迷子のプレアデス   作:皇帝ペンギン

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第十五話

 白銀の全身鎧(フルプレート)が右腕を大きく振るう。呼応するかのように頭上に浮かべた剣が勢い良く射出された。絶死絶命は木々を盾に鋼の雨を避ける。駆け抜ける側から背後の地面が爆発した。枝葉や木片が舞い散る。もうもうと立ち昇る土煙の中、女はお返しとばかりに戦鎌(ウォーサイス)を最上段から振るう。武技〈空斬〉──三日月の斬撃が勢いよく土煙を突き抜けた。

 迫り来る斬撃に全身鎧が掌を向ける。六本の剣が格子状に並び盾となった。炸裂音とともに相殺、眼下には既に女の姿はなく。

 

「──死ね」

 

 瞬時に全身鎧(フルプレート)の背後に回った番外が大きく戦鎌を振りかぶる。全身鎧(フルプレート)は視認もせずに身を翻し抜刀、白刃が煌めき戦鎌と鍔迫り合った。空中で何合も斬り結ぶ。

 

「こいつ……何で!」

 

 番外席次はがむしゃらに鎌を振るう。上段、袈裟懸け、中段、切り上げ、斬りおろし、真横、下段。どの角度から斬り込んでも切り返される。今まで全ての敵は一太刀で斬り伏せてきた。こんな手合いは初めてだった。

 

「っく……!」

 

(この力……リーダーにも匹敵しうる。やはり法国は)

 

 白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)、ツアインドルクス=ヴァイシオンは全身鎧を遠隔操作しながら怒りを抑えきれないでいた。

 

 スレイン法国が極秘に特殊部隊を組織していたことは知っていた。秘密裏に監視し続けていたところ、彼らはあろう事か魔樹ザイトルクワエの封印を解いてしまった。あれはリーダーを始めとした十三英雄たちが死力を尽くして封印したものなのに。それだけでも度し難いのに彼らは何らかの方法で魔樹を操ると森妖精(エルフ)の国にけしかけた。彼我の戦力差は明らかであり、森妖精の国はもうまもなく滅亡するだろう。

 

 滅ぼした後は? 過剰戦力の行き着く先は? 決まっている。スレイン法国と目と鼻の先にある亜人国家、アーグランド評議国。人類至上主義を謳うスレイン法国にとって不倶戴天の敵だ。必ずや攻め入ることだろう。そしてこの少女の恐るべき強さは異常だ。〝ぷれいやー〟を彷彿とさせる。対竜王(ドラゴンロード)戦を見据えた切り札なのだろう。裏でこんな化け物を用意していた法国にふつふつと怒りが沸く。

 

「お前たちは我々を裏切っていたのか! これは重大な盟約違反だ!」

「はあ? 知るかよ!」

 

 糾弾するツアーに番外は苛立たしげに刃で応える。両者会話は全く噛み合わず、主張は平行線を辿った。打ち鳴らされる金属音だけがやけに大きく響いた。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 リ・エスティーゼ王国。大通りに面する高級宿泊施設のラウンジに二人の美女の姿があった。帽子を被る赤い三つ編みは〝赤の美姫〟ルプスレギナ・ベータ。彼女は注文したカフェに手も付けず、ソファーにダラリともたれ掛かり天を仰いでいた。対面に座る黒髪ポニーテールは〝黒の美姫〟ナーベラル・ガンマ。こちらも放心状態でボーッとしていた。ミルク多めのカフェ・シェケラートの氷がカランと鳴る。ルプスレギナがボソッと呟いた。

 

「なーにが『お前たちの探している吸血鬼はここにいる』っすか」

「思い出しても腸が煮えくりかえるわね」

 

 六腕を撃破し、八本指の何人かを捕縛。これ以上ないほどの成果を上げた美姫への報酬は約束通り確かに支払われた。支払われたのだが……

 

『私だ。私が……お前たちの探している吸血鬼だ』

『は?』

 

 イビルアイが仮面を取り、素顔を晒しただけだった。どうやら彼女が件の吸血鬼で、国一つを滅ぼしたらしい。何やら贖罪の言葉や本当の目的など呟いていたがどうでもいい。〝亡国の吸血鬼〟はシャルティア・ブラッドフォールンではなかった。骨折り損も甚だしい。燃え尽きた二人は日がな一日ラウンジでぼんやり過ごしていた。依頼など面倒な雑務は全て奴隷1号2号に任せてある。

 

「あー、つまんないっす。世界でも滅びないっすかねー」

「そうね」

 

 まだ全てを調べ尽くしたわけではないが、アインズ・ウール・ゴウンやナザリック地下大墳墓の情報は思うように集まらない。万一、億が一だがこの世界に一切の痕跡がないのなら。そんな世界に存在価値はない。滅んでしまえ。募る憤りは発散の場を求めていた。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 永遠に続くかと思われた攻防はやがて終わりを迎える。均衡が崩れ出す。勝敗を分けた要因は大きく分けて三つ。

 

 まずは経験。番外席次にとって強者との実戦はこれが初と言っていい。

 

 斬っても突いても相手にそれ以上の力で切り返される。こんな状況でなければさぞや楽しめたことだろうが、今の番外にはそんな余裕はない。彼女からすれば眼前にいるのはやたらとしぶとい森妖精の王。早く殺す。殺さなければ。焦燥だけが募り余分な体力を消費してしまう。

 対するツアーは白金の名を冠する真なる竜王であり、〝白銀〟と謳われた英雄でもある。八欲王然り、他の竜王然り、十三英雄のリーダー然り。強者と拳を交えた経験も数えきれないほどだ。実力が拮抗した相手にこそ経験がものをいう。

 

「いい加減に、落ちろっ!」

 

 焦れた番外が距離を詰めようと強引に突貫。浮遊剣が縦横無尽に番外を射抜く。黒の翼、左肩、右大腿。次々に穿たれていく。全身を真紅に染め上げながらも女は止まらない。全身鎧の懐深くへと飛び込んだ。

 

 ()った、そう確信した。口元が自然と吊り上がる。絶死絶命の全身全霊をかけた一撃が、白銀の左肩口から右肘にかけてを斬り裂いた。右腕が落ちる。

 

「何……!?」

 

 勝利の笑みが消え失せる。肉を切る感触も骨を断つ感触も伝わってこない。その違和感を証明するように、斬り裂いた胸装甲の隙間には虚空が広がっていた。

 

「空っ……ぽ? がはっ」

 

 斬り落とした右腕が番外の腹に突き刺さる。あまりの衝撃に肺の中の空気が消え失せた。意思を持つかのように動く右腕が浮遊する剣の一振りを掴み一閃。女の腹を真横に斬り裂いた。そのまま剣の柄を鈍器のように頭上へと振り下ろす。鈍い衝撃音と共に女は地へと落とされた。木々をなぎ倒し落下。地面に大穴が開き土煙が舞い上がった。

 

 二つ目の要因は体力。生身の番外に対してツアーの全身鎧は伽藍堂。魔力が続く限り無尽蔵のスタミナがあるのと同義。対する番外は常に全力だ。極限まで神経を研ぎ澄ませている。さもなければとうに斬り伏せられているだろう。時間経過につれ徐々に圧されはじめる。額には珠のような汗が浮かんでいた。

 

「うっ……ぐ……く」

 

 地に落とされた番外が身を起こそうとするがツアーがこの機を逃すはずがない。先んじて左腕を振るう。風切り音が唸り番外を放射状に取り囲む。剣の檻が完成した。いくつかは手首や膝裏など甲冑の繋ぎ目を貫通していた。

 

「があああ!?」

「……悪いが容赦しない。君は危険過ぎる」

 

 ツアーは遠隔操作で右腕を回収すると両手を眼下の女へと翳した。掌に白き光が灯る。

 

「ッ──!?」

 

(なんだこの光は? 私はこんなの知らない。知らない。こんな、魔法──)

 

『始原の魔法には気をつけろ』

 

 女の脳裏に神官長たちの言葉が過ぎる。始原の魔法──八欲王が世界を歪める以前より存在する真なる竜王のみが使うことを許されし秘術。

 

「あの男は……私が殺したはず……でも……まだ……いる? ううっ」

 

 殺したはずの森妖精の王が何故始原の魔法を使うのか。明らかな矛盾にズキリと頭が痛む。

 

「たくさん……たくさん……殺した」

 

 拍動性の頭痛は止むことはなく、むしろどんどん強まり女を蝕む。大剣や斧、レイピアやセーラー服。いろんな装備の森妖精の王を殺した。

 

 あの骸たちの顔は、本当に森妖精王だったろうか? 

 

「あ、ああ……私は、私は一体……誰と」

 

「哀れな……」

 

 頭を抱え唸る少女にツアーは同情の念を禁じ得ない。おそらくあの少女は法国にいいように利用されているのだろう。だが彼女の存在は許されない。今以上の難敵に成長されてからでは遅い。ここで脅威を完全に排除する。

 

「もう、眠れ……」

 

 極光の煌めきが収束する。ツアーが鋼に閉じ込めた籠の鳥へ向け、その白き光を手向けようとして、

 

「なっ──」

 

 ズンとツアーの後頭部をみすぼらしい槍が突き穿つ。穂先が面貌のスリットを貫通した。ツアーは驚愕に目を剥く。

 

 勝敗を分けた最大の要因。

 

「やらせる……ものか」

 

 それは仲間の存在。槍は長い黒髪の少年が投擲したものだった。漆黒聖典隊長は半死半生の体で湖畔に辿り着いた。青年の仮面は既に剥がれ落ち、年相応の幼い顔つきは苦痛に歪んでいる。押さえた腹からは赤黒い液体が滴り落ちていた。

 

「くっ……」

 

 偶然か、それとも狙ったのだろうか。兜の内側に記した印が破壊された。ツアーの遠隔操作が解ける。術者を失った始原の魔法はコントロールを失いその場で臨界を迎えた。

 

「いけない──」

 

 少年は少女の名を叫びながら手を伸ばす。刹那、超爆発と熱波がエイヴァーシャー大森林の空を駆け巡った。無数の葉が暴風に煽られ、熱波に晒され灰燼と化す。規格外の熱量はまるで朝焼けが到来したかのよう。見るもの全ての視界を純白に染め上げた。

 

 

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

「全軍進撃! 目標、スレイン法国!」

「進撃ぃ〜」

 

 アベリオン丘陵を十万の軍が進行する。先陣を切るのはソリュシャン・イプシロン。そして妹のエントマ・ヴァシリッサ・ゼータ。各々十傑にして四足獣人(ゾーオスティア)の〝魔爪〟ヴィジャー・ラージャンダラーと〝黒鋼〟ムゥアー・プラクシャーの背に跨っている。後ろを行くのは蛇王(ナーガラージャ)〝七色鱗〟のロケシュを始めとした十傑の五人。それから種族や部族ごとに纏まった亜人たちが続く。闇小人(ダークドワーフ)の工匠を脅し、全ての武器庫を開かせた。可能な限りの亜人を彼らの武具で武装させた。

 不満も異論も唱える者はもうこの世にいない。そも十傑が大人しく服従しているのだ。彼らより弱い亜人たちが逆らえる道理はなかった。

 

 ソリュシャンの目的は至ってシンプルだ。十万の亜人軍を法国へ侵攻させる。ただそれだけだ。いくら頭数を揃えても所詮烏合の衆、あの女には敵わない。しかしそれでいい。数は力──至高の御方の一人、ぷにっと萌えの金言を思い出す。あの女は何かを守るように神殿最奥に控えていた。ナザリックに例えるならば階層守護者のような立ち位置と推測出来る。謂わば法国の切り札なのだろう。ならばそう易々と自分の持ち場を離れるとは思えない。その証拠にあの時、女はやろうと思えばソリュシャンたちを追えたにも関わらず深追いしてこなかった。

 以上の自論を踏まえてソリュシャンは戦略を立てた。道中、目につく適当な村や小都市を襲う。その地で大袈裟なほどに暴虐の限りを尽くす。それからあえて数人ほど生かして情報を拡散させる。後は法都を目指し進軍するだけでいい。いずれ軍が出てくるだろうがそれも計画通りだ。スレイン法国はエイヴァーシャー大森林においても戦線を展開している。いくら愚かな人間といえ、戦線を二つに拡げる愚行は犯さないはずだ。万一全軍がこちらに差し向けられても構わない。強靭な肉体、鋭い爪や牙、魔的な種族特性。人では持ちえない強力な能力を有する亜人種が遅れをとるはずがない。いずれ軍では手に負えなくなるだろう。その時法国はどう出るか。

 あの女を誘き寄せられるならば上々だ。十万を超える亜人をぶつけ戦場に釘付けにしてやればいい。その隙にあの扉の先を暴くのだ。出てこないならそれもまた良い。あの女が穴熊を決め込んでいる間に法都を蹂躙し尽くしてやるだけだ。いずれにせよ、あの女の澄まし顔を崩せるならば何だっていい。与えられた屈辱は一日たりとも忘れていない。ソリュシャンは手足を捥いだあの女を体内で溶かす様を思い浮かべる。

 

「ッ!? この光は──」

 

 恍惚の表情が驚愕に染まる。南の空に突然太陽が出現した。そう形容する他ない暴力的なまでの白が闇夜を照らし出す。エイヴァーシャー大森林の方角だ。遅れて轟く爆音、そして発狂したかのように吹き荒れる暴風。

 

「ソリュシャン!」

「ええ、わかっているわ! 第十位階……いえ、それ以上かしら」

 

 エントマの声にソリュシャンは思考を巡らす。プレアデスはおろか、百レベルの守護者たちですら未到達の領域、超位魔法。その輝きと思しき光。求めていたアインズ・ウール・ゴウンへの手掛かりになるやもしれない。すぐに斥候を放つべきだろう。ソリュシャンが亜人に命令を下そうと口を開きかけ、

 

「な、なんだこれは!?」

 

 誰かが絶叫する。大地が揺れた。立っていられないくらいの地響きはアベリオン丘陵を引き裂いた。浮き足立つ亜人軍は信じられないものを目撃する。無数の蔓や蔦、枝葉や根が大地を突き破り出現したのだ。一本一本が大樹の幹ほどのあるそれは、亜人たちを次々に絡め取っていく。

 

「た、助け──」

「うぁあああああ!?」

 

 絡め取られたものたちは繭のように包まれ地に引きずり込まれていく。あっという間に見えなくなった。

 

「何なのこれぇ〜」

「トレント? たかが植物系モンスター如きが!」

 

 計画修正を余儀なくされ、毒づくソリュシャンは今度こそ言葉を失った。天を突こうかという大樹が地中より姿を現したのだ。大樹の二つの巨大な虚が妖しく輝く。ソリュシャンらを認識した大樹は、丘陵地帯に響くような雄叫びを上げた。

 

 

 

 

 

リ・エスティーゼ王国、バハルス帝国、スレイン法国。人間国家三大国が非常事態宣言を発令したのと、ユリ、シズ組とルプスレギナ、ナーベラル組に〈伝言〉が届いたのはほぼ同時だった。

 


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