仮面ライダー斬月・艦   作:はちコウP

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この作品は2014年9月19日にpixiv https://www.pixiv.net/novel/series/452817 に投稿した作品を加筆・訂正した物となります。

『仮面ライダー鎧武』『艦隊これくしょん』の基本設定をベースに独自要素、解釈を詰め込んでおります。

本作における艦娘の設定は公式ノベライズ作品『陽炎、抜錨します!』及び『鶴翼の絆』を参考としております。


【第一話】

 

 梅雨の長雨が降る日も徐々に少なくなり季節は夏に差し掛かろうとしていた。

 その日、空は雲一つない快晴で果てしなく広がる大海原も穏やかにゆらゆらと揺れ、照り付ける太陽をくっきりと水面に映し出していた。

 もし船乗り達がこの光景を見れば、誰もが絶好の航海日和だと口を揃えて言うであろう。

 だが、そんな穏やかな空気を引き裂くように、突如として辺りには爆音が響き渡った。

 

 爆音のした方角では、数個の黒い影と数人の少女達が激しい水しぶきを立てながら水上を"駆けて"いた。

「どう!?この攻撃は!!」

 セーラー服を身に纏い、淡く緑がかった銀髪をなびかせる少女が、海面を滑る黒い影に向け両手に構えた巨大な主砲を発射した。

 少女の放った砲弾は眼前の黒い影【駆逐イ級】に全弾命中、黒煙と怨めし気な唸り声を上げながら敵駆逐艦は、海の底へと沈んでいく。

 

 また、彼女のすぐ傍では……

「オラオラァ!こいつを喰らいやがれ!」

 片目を眼帯で覆い、何某かの動物の耳を模したようなアンテナを頭の脇に付けた少女が、背負った艤装から延びる単装砲の砲撃をもう一隻の駆逐イ級に浴びせていた。

 敵は回避運動をとるも砲撃を避け切る事は出来ずに被弾。船体から炎を吹き上げる。

 

 そして彼女らよりも若干の幼さを感じさせる容姿をした四人の少女が、連携を取りつつ別の敵艦を追い詰めていた。

「逃さへんで!」

 灰色の髪の少女が手に持った連装砲を敵巡洋艦【軽巡ホ級】に向けて発射する。

「徹底的に追い詰めてやるわ」

 落ち着きながらも闘志を秘めた言葉を発し、近くを滑る少女が続けて砲撃を敵艦に向け浴びせかけた。

 二人の砲撃を受け軽巡ホ級は身に着けた砲の大半を破損。中破状態へと陥る。

「行くわよ!魚雷発射用意!」

 二つの黄色のリボンで髪を結えた少女が間髪入れず仲間達に号令を出す。

 合図を受けて四人の少女たちは魚雷を装填、発射の姿勢をとる。

 だが軽巡ホ級もまた即座に回避運動を取りはじめた。少女たちの姿勢、立ち位置、目線を瞬時に見極め、最適であろうと推察される航路を割り出し速度を上げる。

「……撃」

 じっくりとタイミングを図り、指揮を執る少女が発射の号令を発しようとした刹那

「四連装魚雷いっちゃってーーー!!」

 両脇にマスコットキャラの様な砲を抱え、丈の短いセーラー服を着た少女が敵艦に向けて魚雷を発射した。

「て!……ってバカ!タイミングが早いわよ!」

 ワンテンポ遅れて残りの三人の魚雷が一斉に発射される。

 最適な発射タイミングを取れなければ魚雷の命中率は低下する。

 一度チャンスを逃せば次発装填、発射の準備が整う前に敵艦との距離はますます離れ、撃沈する事は困難となってしまう。

 号令を下した少女はそれを憂い、思わず頭を抱えた。

 しかし……

 突如として爆音が周囲にこだました。

 頭を抱えていた少女は、音のした方向に目を向ける。

 そこには燃え上がる軽巡ホ級の姿があった。

 

 大きな口の様な形をした装甲からはみ出る両腕を振り回し、もがき苦しむ軽巡ホ級。

 少女達の挙動を読み取った軽巡ホ級の回避運動は完璧なものだった。四人の魚雷発射のタイミングが揃っていれば、ギリギリで全弾回避可能であっただろう。

 しかしながら、わずかに早く発射された魚雷が命中、軽巡ホ級は爆発炎上する。

 遠くからはうかがい知る事は出来ないが、燃え盛る火炎と装甲の下で軽巡ホ級は驚愕の表情を浮かべていた。

 そして遅れて発射された魚雷のうちの一発が直撃。それがトドメとなり軽巡ホ級は爆散。海の底へとその姿を消していった。 

 

「や……やったぁ!」

「これでウチらの勝ちや!」

「まあ、悪くない戦いだったわね」

「私から逃げられるわけないんだから!」

 四人の少女たちはそれぞれの思いの丈を口にし、ある者は飛び跳ね、ある者は腕を高らかに掲げ勝利の味を噛みしめていた。

「……って!勝ったから良いものの島風!あんた私の号令をしっかり聞きなさいよ!」

「だって陽炎の号令遅いんだもん!」

 魚雷を早まって撃った少女、島風はふくれっ面を黄色のリボンをした少女、陽炎に向ける。

「それにちゃんと当てたんだから良いじゃん!」

「それとこれとは話が別よ!連携をしっかりとれないとこの編成をしている意味が無いでしょ!」

「まあ、まあ二人とも落ち着きいや」

 灰色の髪の少女、黒潮がなだめに入る。

「確かに敵艦倒せたから結果オーライやけど、島風も反省はせなアカンよ?」

「ぶぅー!」

 島風は不機嫌そうにふくれっ面から空気を吹き出しそっぽ向く。

「ちょっと!何なのよその態度は!」

 陽炎が島風に向かって声を荒げる。

「でも陽炎の号令のタイミングが適切でなかった事も事実ね」

「不知火!?」

 落ち着いた口調で薄紫色の髪の少女、不知火は言う。

「あの号令のタイミングだと全弾回避されていた可能性は高いわね。連携が取れなかった事は反省すべきだけど、島風の攻撃から学ぶべき所も十分にあると思うのだけれど?」

「むぅ……」

「それに真っ先に飛び上って喜んでいたのは誰?」

「うっ!それは……」

 不知火の指摘を受けた陽炎は、耳まで顔を赤く染める。

「だ、だってこの四人で軽巡倒せたの初めてだし……」

 陽炎は俯きながら恥ずかしそうに呟いた。

 その様子を見て不知火は、口元に微笑を浮かべる。

「まあ、今までに比べて連携がうまなっとるのは確かやね。これからもみんなで頑張っていこうや。な、島風」

 黒潮は島風の肩を軽く叩き言った。

「……うん、そうだね」

 島風は俯きながら、少し照れくさそうに呟いた。

 

「戦いを通して芽生える美しき友情……眩しいわね」

 遠巻きから四人のやり取りを眺めていた少女、夕張が呟いた。

「な~に気取った事言ってるんだよ」

 隣に立った眼帯の少女、天龍が軽くツッコミを入れる。

「べ、別に気取ってなんかいないわよ。ただ、あの子たちも随分と馴染んできたなって思っただけよ」

「まあ、確かに。最初は微妙な雰囲気が漂っていたし、演習での陣形を組む事すら満足に出来てなかったもんな」

 腕を組みつつ天龍は感慨深げに、うんうんといった具合で頭を上下させた。

「でもよ、考えてみるとおかしな編成だよな」

「え?」

「いや、島風以外は全員陽炎型の駆逐艦娘だろ。だったら同じ陽炎型で組んだ方が運用はしやすいはずじゃないか?そこに駆逐艦にしちゃあ特徴的すぎる性能の島風を組みこむなんて、バランスが悪いだろ。提督は何考えてんだ?」

「そうねぇ、セオリーと違った編成にして気分転換とか?」

「おいおい、これは遊びじゃねぇんだぞ。そんな理由で編成されてたまるかっつーの」

 天龍が半ば呆れた口調で言う。

「冗談よ冗談。でもその提督の采配のおかげで勝利し続ける事が出来てるんだから良いじゃない」

「まあ……な。……うん!こんな事を気にするなんてちょっとらしくなかったな。考えるのは提督の仕事、体動かすのがオレ達の仕事だ!」

 そう言いながら天龍は、握り拳を前方へ向け突き出した。

「そんじゃあそろそろ帰投するか。長居は無用だ」

「ええ、そうね」

「お~い、お前ら帰るぞ!とっとと陣形を組め!」

 天龍が叫びながら駆逐艦娘達のもとへ向かっていく。

 

 提督の指示により夕張・天龍の軽巡洋艦娘二名は駆逐艦娘と共に編成を組み、基地近海での哨戒活動を行っていた。

 哨戒活動と言ってもこの海域で敵【深海棲艦】の艦隊が出現する事は稀である。

 今現在そこまで厳重に警戒する必要は無かった。

 目的としては練度不足の艦娘達に経験を積ませるため、迷い込んだ敵はぐれ艦の索敵、駆逐を行わせるのが主であった。

 

(でも以前はこの辺でも深海棲艦の動きは活発で、毎日のように艦隊戦が繰り広げられてたのよね。だから海底には深海棲艦の残骸がウジャウジャあるとか……)

 夕張は、バラバラになった黒い残骸の山が海底を埋め尽くす光景を思わず想像してしまい身震いをする。

 そしてそれを振り払うように、頭を素早く左右に振った。

(うう、変な事を考えるのはやめよう。みんなと合流してさっさと帰りましょう)

 そう考え天龍達の元へ向かおうとした夕張は、何気なく後ろを振り返った。

 眼前には穏やかに揺れる大海原が広がっている。一見何も異常は無いように思えたのだが……

 その時、遠方の海面がほんの一瞬虹色に瞬いた様に見えた。

(あれは……もしかして……)

 何か予感を感じ取った夕張は、天龍達の方へ向かって叫ぶ。

「みんな!向こうの方に何かあるみたい!私行ってくる!」

「お、おいちょっと待てよ!」

「大丈夫、敵艦の反応も無いみたいだし、すぐ戻るから!」

 そう言うと夕張は足に付けた主機の回転数を上げ、光の見えた方向へと進んで行った。

 

 ごく稀に戦闘終了後の海域では、漂流している艦娘が発見されることがあると言われている。その時には救難信号の様に海面が光る事がある、という噂を夕張は耳にしていた。

(まさかとは思うけど、見過ごして行くわけにはいかないわよね)

 噂については半信半疑であったが、本当に漂流している艦娘がいて、それを放置して帰ってしまったとあれば寝覚めが悪い。気のせいであればそれで良い。夕張はそう考え動いていた。

 そして夕張は目的の場所にたどり着き、何かが漂っているのを目にした。

「え……?」

 

           ――――――――――――――――――――――――――――――

 

 落ち着いた茶色の木目の内装が施された部屋の中で、白い軍服を身にまとった男が書斎机に向かい、レトロなタイプライターを打って書類を作成していた。

 その目つき、引き締まった体躯は歴戦の強者を思わせる風貌をしている。

 しかしながら彼が漂わせる雰囲気は、軍人のそれとは幾らか異なっているようにも思われた。

 そして男の居る部屋の中にはその他に、数個の観葉植物の鉢と本棚、コーヒーを淹れるための道具が一式置かれており、隅々まで整理が行き届いていた。

 静かな部屋には男の打つタイプライターの音だけが響き渡る。

 するとその音の均衡を破る様に扉をノックする音が。そして少し遅れて人の声がした。

「提督、龍田です~。報告にあがりましたぁ」

「入れ」

「失礼いたしますぅ」

 甘ったるい声と共に、一人の少女が部屋へ足を踏み入れる。

 少女は黒みがかった紫色のショートヘアをしており、その頭上にはまるで天使の輪を思わせる様な奇妙な機械が浮いていた。

「こちらが報告書になります」

 そう言いながら龍田は机に向かう男、提督の前に書類を差し出した。

 提督はそれを受け取り目を通し始める。

「それと天龍ちゃん達の部隊から連絡がありましたぁ。作戦は無事終了。間もなく帰投するそうです」

「わかった」

 書類に目を通したまま提督が応える。

「それと~途中で民間人と思われる男性が漂流しているのを発見したらしいのですけど……」

 すると提督は龍田の方へ視線を向ける。

「民間人の男?」

「はい、何でも酷い怪我をしているようで意識も不明みたいです」

「そうか……なら病室を一部屋確保しておけ。それと治療もだ」

「ええ、そうおっしゃると思って既にお部屋は確保してありますぅ」

 龍田はにっこりと微笑みながら言った。

「フッ、相変わらず用意が良い」

 提督も口元に笑みを浮かべながらそれに応えた。

「恐れ入ります」

 そして提督は壁に掛けられた時計を確認した。時刻は正午を少し過ぎた頃である。

「提督、お仕事は一旦やめてお昼にしませんか?お腹すいてきたんじゃないですか~?」

「ああ。ならば今日は食堂に行くとするか」

「では~、後ろ失礼致します」

 龍田は提督の後ろへ回り込む。提督の座る車椅子のグリップを握り、手慣れた様子で方向を転換させる。

 そして車椅子を押しながら部屋を後にしたのであった。

 

           ――――――――――――――――――――――――――――――

 

 それから二週間程経過したある日。休暇中の夕張は長く続く廊下を歩いていた。

 窓の外は雲一つなく晴れ渡り、鳥のさえずりと共に、訓練を行う艦娘達の声が響き渡っていた。

 夕張の居る建物は戦闘にて負傷した入渠させる、もとい艦娘の治療・装備の修復を行う総合保養施設である。

 その設備は多岐にわたる。規模の大きな鎮守府、基地ともなればまるでリゾート施設の様な豪華さを誇っている程であった。

 しかしながらこの基地は、本土から離れた小島に設けられており、入渠施設も小規模なものであった。だが島には天然の温泉が沸いているため、入浴施設に関しては他の鎮守府に負けない位に充実していた。また温泉の効能面も優れており、艦娘の中にはわざわざ本土から治療・リフレッシュの為にやってくる者もいる程であった。

 

 施設内を歩く夕張は、階段を昇り目的の階へたどり着いた。

 すると病室から出てくる、眼鏡をかけ白衣を身に付けた小太りの男を目にした。

「先生!」

 夕張はその男の元へ早足で近づいていく。

「やあ、こんにちは。もしかしてここの患者さんの事かな?」

「はい。やっぱり、まだ目を覚ます様子は無いんですか?」

「そうだね……怪我の方は命に関わる程じゃ無かったから心配はいらないんだけど」

 そう言って医者は病室の扉の方へ視線を向けた。

「意識が戻らない原因はハッキリとわからないけど、精密検査でも脳には異常が見られなかったからね。時間が経てばいつか目を覚ますさ」

 再び夕張の方へ向き直り医者は言った。

「先生がそう言うなら安心ですね」

「随分とあの人の事を気にかけているみたいですね」

「はい、偶然とはいえ私が救助した人ですから。どうしても気になってしまって」

「そういえばそうでしたね。では中に入って様子を見て行かれますか?」

「え、大丈夫なんですか?」

「はい、それに誰かがそばに居てあげた方が患者さんにとって良い効果があるかもしれませんしね。それでは、本土に帰る船の出る時間が迫ってますので私は失礼します」

「はい、お疲れさまでした」

「お疲れさま」

 医者が階段を降りて行くのを見届けると夕張は、病室のドアノブに手をかけて扉を開いた。

 

 夕張は部屋の中に入ると、窓際にあるベッドの傍へと向かった。

 そして自らが救出した男の様子を観察する。海の上で見た時は、出血やこびり付いた汚れで気が付かなかったが、よく見ると男は端正な顔立ちをしていた。それでいてその体つきには鍛え抜かれた様が窺える。

(もしかして軍人さんなのかしら?……でもそうは見えないなあ。軍服も戦闘服も着てなかったし、助けた時はボロボロのスーツ姿だったし。一体何者なんだろうこの人?)

 暫くの間ベッドに横たわる男を眺めると、夕張は窓辺に向かっていきカギを外すと窓を開け放った。外からそよ風が吹き込み、カーテンを微かに揺らす。

「う~~ん、良い風ね」

 緑色のリボンで縛ったポニーテールを風になびかせつつ、夕張は近くの棚に置いてあった雑誌を手に取り、ベッドの傍の椅子に腰かけた。

(今日は特に予定も無いし、ちょっとここでゆっくりしていこうかな。良い風も入るし、リラックスできそう)

 部屋には雑誌のページをめくる音が響き始めた。

 

           ――――――――――――――――――――――――――――――

 

 微かに開き始めた瞼の隙間から陽の光が入り込む。その眩しさゆえに瞳の周りの筋肉が一瞬ピクリと痙攣する。

 それを何とか抑え込み、ゆっくりと目を開く。眼前に映ったのは真っ白な天井、そしてしっかりと固定された電灯。

 体を起こそうとすると全身に激痛が走った。

 その痛みに思わず顔をしかめる。体を起こすのをいったん断念し、そのままの状態で手足の指先から順に力を込めていく。それぞれの部位の感覚はしっかりと存在していて、ゆっくりとだが確かに動かすことが出来る。

 手足が折れていたり、麻痺・欠損していたりする様子はみられなかった。

 そして痛みに耐えながら、再びゆっくりと体を起こしていく。やっとのことで上体を起こしきると、自分の体の様子を目で確認する。体の各所に包帯が巻かれている。何者かによって治療された様子が窺えた。

 頭の中で自分に何が起こったのかを整理しようとし始めたその時、すぐ隣から物音が聞こえた。

 男は思わずその方向に目を向けた。

 

 手に取った雑誌を半分ほど読み終えた所で、夕張は眠気に襲われた。

 始めはそれを必死にこらえて雑誌を読み続けていたが、遂に耐え切れなくなり椅子に座ったまま、うたた寝をしてしまっていた。

 力の抜けた彼女の手から雑誌が零れ落ち、床に当たり音を立てる。

 その音に反応して体が一瞬ビクリと動く。そして夕張は目を覚ました。更に口の端から涎が垂れかかっていたのに気が付き、手の甲でそれを擦り取る。

(ううっ……いつの間にか寝ちゃってたんだ。風があんまりにも心地良くって)

 夕張は椅子に座った状態のまま手を伸ばし、床に落ちた雑誌を拾い上げた。

「ふわぁぁぁぁ……」

 そして立ち上がると両手を上に伸ばし、目を細め、口を大きく開けて欠伸をする。

「う~ん、ちょっと夜更かしし過ぎたかな。見たいの溜まっちゃってたしなあ」

 そして椅子に座りなおそうとした所で、ふとベッドの方を見やる。

 ベッドの上では眠っていたはずの男が包帯に包まれた上半身を起こし、彼女の方へと視線を向けていた。

「……あ」

 再び手から零れ落ちた雑誌が音を立てて床の上に落ち、窓から吹き込んだ風がそのページをパラパラとめくっていった。

「……君は?」

 ベッドの上の男が口開き、低い声で呟いた。

 その途端に夕張は慌てて立ち上がり、顔を赤くしてまくし立てた。

「わ、わわわ私は夕張!け軽巡洋艦で兵装実験が……ってそ、そうじゃなくって。あの、その……て、提督を、上司を呼んできますので待ってて下さい!」

 慌てて駆けだそうとした夕張であったが……

「うわわぁっ!」

 床に落とした雑誌を踏んづけ、盛大に足を滑らせ転んでしまった。

「お、おい大丈夫か」

「痛たたたた……お、お構いなく!じゃあそのまま、そのまま待ってて下さい!」

 大急ぎで立ち上がり、服の裾をバッバッと払うと、夕張は凄まじい勢いで部屋を後にしていった。

 部屋の扉が大きな音を立てて閉まる。

(うわーー!みっともない姿見られちゃった男の人に!涎垂らして、欠伸して、転んで……何なのよ!起きてるなら起きてるって言ってよ!ビックリした……っていうか慌て過ぎよ私!)

 突然の出来事に頭を混乱させたまま夕張は、廊下を駆けて行ったのであった。

 

 その一方で一人部屋に残された男は、あっけにとられたまま扉の方に視線を向けて呟いた。

「夕張?……軽巡洋艦?ひょっとするとここは軍艦か何かの中なのか?」

 そうして窓の外に目を向けた男であったが、そこには海ではなく、緑の木々が生い茂った林から鳥たちが飛び立つ光景が広がっていた。

 

           ――――――――――――――――――――――――――――――

 

 それから数分後、病室の扉をノックする音が響いた。

「はい」

「失礼する」

 扉が開き、先程の女性が車椅子を押しながら部屋に入ってきた。

 その車椅子には白い軍服と軍帽を身に付けた、壮年の男性が座っていた。

 女は若干気恥ずかしそうな雰囲気で俯いていたが、ベッドの上の男は一緒に入ってきた軍人風の男に気を取られ、女の仕草には気を留めていなかった。

「気分はどうだ?」

 軍人風の男が口を開く。

「……体のあちこちが痛みますが、それ以外は特に変わった所はありません」

 ベッドの上の男が答える。

「あなた方が手当てして下さったのですか?」

「ああ、海を漂っていたお前さんをコイツが見つけてな。ここまで連れて来させた」

 車椅子の男は、右手の親指を後ろの女に向けて言った。

 合わせて女が会釈をする。その顔は少々紅潮していた。

「腹が減ってるんじゃないか?ずっと眠りっぱなしだったんだからな」

 それを聞きベッドの上の男は自らの腹をさする。

 言われてみると空腹感を体が訴えているような気がしてきた。

「食べれそうか?」

 その問いに男は無言で頷く。

「夕張、鳳翔の所に行って食事を作ってもらって来い。なるべく消化に良い物をな」

「了解しました」

 車椅子の男に命じられ、女が部屋を出て行く。

 そして再びベッドの上の男に向かって話かける。

「さて、自己紹介がまだだったな。俺はこの基地を任されている者だ。一応提督という役割を与えられている」

「提督、ですか?」

「ああ、そうだ。今は、夷(えびす)と名乗っている」

「今は……?それは一体どういう」

「さあ、俺は名乗ったぜ、次はお前さんが名乗る番だ」

 疑問の声を遮る様に、目の前の夷と名乗った男は促した。

 それを受けてベッドの上の男は、自らの名を名乗るのであった。

「呉島、貴虎」

 

 窓から吹き込んだそよ風が、再びカーテンを静かにユラユラと揺らした。

 

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