『仮面ライダー鎧武』『艦隊これくしょん』の基本設定をベースに独自要素、解釈を詰め込んでおります。
本作における艦娘の設定は公式ノベライズ作品『陽炎、抜錨します!』及び『鶴翼の絆』を参考としております。
※今後、分量が多い話は複数パートに分けて投稿します。
夏の暑さとアルコールで火照った手が、蛇口から流れ出る水により冷やされていく。
トイレの洗面台で手を洗っていた貴虎は、ふと目の前の鏡を見る。
そこに映った自分の顔は、心なしか穏やかな表情をしているように思えた。
思い返してみれば、今までの自分は働き詰めで、今日のような宴に出たような記憶は無かった。
かつて無い位に気分が何処か晴れやかなのは、宴会のおかげなのかもしれない。
「あながち、こういう事もバカにはできないのかもな」
ポツリと独り言を漏らすと、貴虎は手洗い場を後にした。
そして、宴会場へ戻ろうと廊下を歩いていると、両手に空の器が満載されたお盆を持った、鳳翔の姿が目に留まった。
「鳳翔さん?」
「あら、貴虎さん。お手洗いですか?」
「ええ。それよりも、一人でそれを運ぶのは大変でしょう。手伝います」
「そんな、今日の主役にそんな事をさせるわけには……」
「遠慮しないでください。二人で手分けした方が、安全に早く運べるでしょう」
「すみません。では、お言葉に甘えて」
鳳翔から差し出された片方のお盆を受け取り、貴虎は彼女の横に並び歩き始めた。
「どうですか、楽しんでいただけてますか?」
「はい、これ程までに心豊かな時間を過ごしたのは、久しぶりです」
「ふふっ、そう言っていただけると、頑張った甲斐があります。貴虎さん達の赴任の知らせを聞いて、今朝から艦娘のみんなで準備を進めたんですよ」
「という事は、半日ほどであれだけの準備を?」
「はい。天龍さんと島風ちゃんが、お魚を捕りに行ってくれたり、陽炎ちゃん達が、裏山に山菜や野草を採りに行ってくれたり。それから帰ってきたら、みんなで飾り付けをして……」
聞けば艦娘の歓迎会は、艦娘達で取り仕切るのが慣わしとなっているらしい。
他の鎮守府などでもそれは同様で、皆準備をしたりするのは手慣れており、時にはその速さ、出来栄えを誇らしく語り、自らの所属する部隊の、結束の指針とする艦娘もいる程だという。
「ところで、ここの基地に所属している艦娘は、今日のメンバーで全員なのでしょうか?」
「いえ、他にも何人かいますけど、今は他の鎮守府との合同作戦に参加するために、出張しているんです」
などと更に話していくうちに、二人は厨房までたどり着く。
そして運んできた食器類を、まとめて流しの傍に置いた。
「新しい飲み物も、持っていかないといけませんね」
鳳翔は冷蔵庫や戸棚を開け、ジュースやお茶などのドリンクに、酒類を次々に揃えていった。
「あら。お酒これじゃあ足りなそう。倉庫に取りに行って補充しておかないと……」
「でしたら手伝いましょう。倉庫の場所も頭に入れておきたいので丁度いい」
「わかりました。では、一緒に行きましょうか」
厨房の勝手口を出た二人は、少し離れた場所にある倉庫へ行き、目当ての酒類を運び出す。
ついでに不足していた食材なども補充する事となり、二人は厨房と倉庫を数往復したのだった。
暫くの後、一仕事終えた貴虎と鳳翔の額には、薄っすらと汗が浮かんでいた。
「すみません。長々と手伝わせてしまって」
「いえ、いい腹ごなしになりました」
そして二人は、新たに補充した飲み物や、つまみを持って再び宴会場へ向かっていった。
宴会場へと続く長い廊下を、二人は会話を交わしつつ歩く。すると鳳翔が、何やら訝しむ表情を浮かべた。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ何でもありません」
と、その場は軽く流した鳳翔であったが、宴会場の襖の前で小首を傾げる。
「何か静か過ぎませんか?」
「言われてみれば確かに……」
宴会場から何の音も聞こえてこない。廊下もシンと静まり返っている。
鳳翔は、そっと手をかけ襖を開き、中へと足を踏み入れた。
貴虎も、その後に続いていく。すると部屋の中には誰一人として居なかった。
ただ食べかけの料理、飲みかけの飲料、空の器が所々にあるのみであった。
その奇妙な様子に、二人は思わず顔を見合わせた。
話は数十分前に遡る。
貴虎が部屋を出て以降もなお、叢雲は、ふてくされたままであった。
吹雪もなだめるのを諦めかけようとしていた時、叢雲に提督からの呼び出しがかかった。
そして叢雲は、若干緊張した面持ちで、提督の席へと向かっていった。
一人残された吹雪の元に、不知火と黒潮が近づいてきた。
「昨日は大変だったようですね」
「叢雲が、危うくやられてまう所やったんやて?」
「うん。でも叢雲も皆も何ともなかったよ。貴虎さんや夕張さんのおかげ」
「先程詳細を伺いましたが、軍事に疎いと言っていたにも関わらず、異変を察知し深海棲艦を発見する観察眼に直感力、貴虎さんは、只者では無いように感じます」
「せやな。それはそうと、叢雲は大丈夫なんか?落ち込んどるんちゃうか?」
「やっぱり、昨日の事を引き摺ってるみたい。でも今朝までに比べると、今は少し良くなってきてるのかな?」
「さよか。ほな時間が経てばどうにかなるか」
「果たしてそうでしょうか?」
「どういう事や不知火?」
「いささか冷静さを欠いていたとはいえ、戦闘中に命令違反をしたのです。何らかの処分があるのは確実でしょう。あの時のような……」
と、不知火は提督の正面に座る叢雲の後姿へ、チラリと目を向ける。
「それを分からない叢雲ではないでしょう。ある種の達観、開き直りの気持ちが彼女に芽生えただけなのでは?」
「そうなんでしょうか……」
不知火の言葉に、吹雪は表情を曇らせる。
「だとしても司令はんは、そない厳しい事はせんと思うで。叢雲をこれ以上落ち込ませるような事は、せえへんよ。きっと」
「その可能性もあり得ますが……どちらにせよ、叢雲の様子には気を配らないといけません」
「なんや、随分と優しい事言うんやな不知火も」
にやけた表情を浮かべながら、黒潮が肘で不知火を小突く。
「駆逐隊の士気にも影響が及ぶのを、危惧しているだけです」
「ま~たそないな風に言うて、素直に言うたらええのに」
「素直に自分の考えを言っているつもりですが?」
すまし顔の不知火は、ふと後方へ視線を向けた。そして何某かを見やると、そのままスッと立ち上がる。
「どうしたんですか、不知火さん?」
「少しお花を摘みに行ってまいります」
不知火はスタスタと歩いて、部屋を出ていってしまった。
残された吹雪と黒潮は、怪訝な表情で彼女の出ていった方を見ていたが、突然背後からポンと肩を叩かれる。
何事かと振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべた那珂の姿があった。
「ねえ二人とも、那珂ちゃんのお願い、聞いてくれるかな?」
その様子から彼女が何をしようとしているのかを察した二人は、同時に不知火の出ていった方を見やり、思った。
アイツ一人で逃げたな、と。
不知火と黒潮が吹雪と話していた頃、陽炎の元には川内がやってきていた。
ちなみに島風は、連装砲ちゃんが一人いなくなったと言って、少し前にどこかへと行ってしまっていた。
「やっ!お疲れ様」
「川内さん、お疲れ様です」
「ここ、良いかな?」
「はい、どうぞ」
陽炎は腰を降ろした川内に空のグラスを渡し、飲み物を注ぐ。
そして自分もグラスを手に取り、二人で乾杯をした。
「聞いたよ、陽炎って今ここの駆逐艦娘達のまとめ役なんだって?すごいじゃん!」
「いいえ、そんなに立派なものじゃないです。いつも苦労してばかりですよ。不知火と黒潮にフォローしてもらいながら、何とかやってるって感じです」
照れくさそうに頬を人差し指で、ポリポリとかく。
「ところで、川内さんは先日の大規模攻勢作戦に参加したんですよね?どうだったんですか?」
「私は神通、那珂と一緒にずっと夜戦任務やっててさ、凄く疲れた。けどやり甲斐あったな~。こんな事言うのも何だけど、とても楽しかった!」
「あはは、お疲れ様でした。それで川内さんは、どの位仕留めたんですか?」
「う~ん、確か重巡二隻、軽巡五隻、駆逐は……十から先は忘れたかなって位?あと戦艦、手負いのやつにも遭遇したけど仕留め損なっちゃった。それは残念だったかな」
「十分な戦果じゃないですか!」
陽炎が目を丸くして、驚きの言葉を口にする。
「でもさ、やっぱり力不足を感じたよ。実力は随分とつけてきたつもりだったけど、自分はまだまだだなって」
若干の憂いを帯びた表情を浮かべ、俯き加減に川内は言った。
現状に満足せず、向上心を見せる先輩艦娘の様子に、陽炎は尊敬の眼差しを向ける。
(川内さん程の強さを持つ人でも、そう感じるんだ……)
と思っていると
「だからさ、お願いがあるんだけど……」
そう言って顔を上げた川内が陽炎の方へ、ズズッと近づいてきた。キラキラとした目で彼女を見つめながら。
陽炎は、その様子に何か嫌な予感を感じた。それと同時に
(あ、私逃げられないかも……)
と、冷や汗を浮かべつつ悟ったのであった。
いなくなった連装砲ちゃんを探して、あちこち歩き回っていた島風は、再び宴会場へとやってきていた。
すると、夕張の傍にちょこんと座り、彼女に頭を撫でられている連装砲ちゃんを発見した。
島風はそこへ駆け寄る。
「こんな所にいたの?探したんだよ!」
島風に怒られた連装砲ちゃんは、ギュッと目を細め、両手をバタバタと動かしていた。
正直、周りの人間にはこれが何を訴えている動きなのか、全く理解できないと思われる。が、島風には伝わったようで
「もう勝手にいなくならないでね」
と言い、島風は連装砲ちゃんを抱きかかえた。
「やっぱあなたにはわかるもんなのね。私にはサッパリだわ」
夕張は手に持っていたグラスの中身を飲みほす。
「へへん、だって島風と連装砲ちゃん達は、と~っても仲良しだもんね」
得意気に島風が言うと、傍らの連装砲ちゃん達も、得意気な表情を浮かべる。
「じゃあ、私も仲良くなれば連装砲ちゃん達の事、わかるようになるかしら?」
「うん!きっとそうだよ」
と言った島風だったが、何やら夕張から不穏な気配を感じた。
夕張は俯いたまま静かに、ブツブツと何かを呟いている。そして彼女の傍には、空のビール瓶とチューハイの空き缶が、幾つも転がっていた。
「よーし!これから連装砲ちゃんとの親睦を、思う存分深めるわよ!!」
と叫ぶや否や夕張は、連装砲ちゃんの一体を素早く小脇に抱えると、まるでアメフトの選手の如き猛ダッシュで、その場を走り去っていく。
「まずは分解して、隅から隅までその構造を徹底的に調べ上げちゃうんだからーー!!」
突然の夕張の奇行に、流石の島風も不意を突かれ、反応が遅れてしまった。
そして、我に返った島風は
「待てー!!連装砲ちゃん返せーー!!」
と、叫びながら夕張を追いかけ宴会場を後にするのであった。
橙色の服を身につけた長い髪の女性、川内型軽巡洋艦の二番艦、神通である。
神通は叢雲と目が合うと、軽く頭を下げる。叢雲もそれに合わせ会釈をした。
提督が目で座るように促したので、叢雲は神通の隣に腰を下ろす。
そして、正面に座る提督が話を始めた。
「単刀直入に言おう。叢雲、お前への処分を下す」
提督のその言葉に、思わず表情に緊張を滲ませる叢雲。
昨日の出来事があってから叢雲は、自分がどんな処分を下されるのか、ずっと考えていた。
自分への処分は良くて謹慎、最悪の場合除籍。考え始めた時は心の中は不安だらけだった。
しかし、やがて開き直りの気持ちが芽生え、ウジウジと考えるのも馬鹿らしくなっていった。
そして、どんな処分が下されようと構わない、何でも受け入れてやる。と思い、考えるのをやめていた。
そうして既に覚悟は決めていたはずなのだが、思わず手に、肩に震えが走る感覚に襲われる。
自分の心はこんなにも弱いのか、と叢雲は自己嫌悪に陥る。
そんな彼女へ向け、提督は告げた。
「神通達の哨戒部隊に加わり明朝からの任務に着け、その後暫く演習も同隊で行う。以上だ」
「……え?」
拍子抜けした様子で瞬きをする叢雲。
「それ……だけ?」
「なんだ、不満なのか?なら別の処分を考えるが?」
「そ、そんな事言ってないでしょ!随分と甘い考えの司令官にちょっと呆れただけよ」
つい、いつもの調子で憎まれ口を叩いた叢雲は“しまった”というような表情を浮かべる。
「生意気な口の利き方だな相変わらず。だが、それでいい。お前らしい」
「ふ、ふん!悪かったわね」
「さて、部隊の嚮導艦は神通、お前に任せる。頼んだぞ」
「はい、了解しました」
提督の命に対し、静かに神通が答える。
「叢雲さん、よろしくお願いします。頼りにしていますね」
「随分と腰の低い嚮導艦ね。まあいいわ、頼られてあげるわ」
と、二人が握手を交わそうとしたその時、宴会場内部に大音響で音楽が流れだした。
一同が視線を向けると、そこでは舞台上に立った那珂が、上機嫌で歌を唄い始めていた。
リズムに合わせて、ノリノリで歌とダンスを披露する那珂。
その後ろでは吹雪と黒潮が、バックダンサーとしてステージに参加させられていた。
二人とも引きつり気味の笑顔を浮かべ、ぎこちない動きで踊っている。
那珂の背中を見て必死に合わせようとしているのが見て取れたが、リズムもテンポもてんでバラバラで、見るに堪えないダンスとなっていた。
「ダメです!ダメですってば!」
と、悲痛な叫びが別の所から聞こえてくる。
するとそこでは、陽炎が川内に引っ張られ、何処かへと連れて行かれようとしていた。
「いーじゃん!夜戦しよ、夜戦の訓練!駆逐艦をまとめるなら、夜戦を極めなきゃダメだよ!だから夜戦!」
「何ですかその理屈は!?それに川内さんお酒入ってるじゃないですか!そんな状態じゃ事故になりますよ!やめましょう!」
自分を引っ張っていこうとする川内に必死で抗う陽炎。しかし軽巡の艦娘である川内に、駆逐艦娘である陽炎は完全に力負けしており、ズルズルと少しずつ引きずられていってしまっていた。
「川内姉さん!那珂ちゃん!や、やめてください!」
二人のはしゃぎっぷりに、神通は顔を青くしていた。必死に何度もやめさせようと呼びかけるも、二人の耳には全く届いていない。もっとも、ただでさえ小さい神通の声が、那珂の歌や川内、陽炎の叫び声にかき消されてしまっているせいでもあるのだが。
「神通」
と提督の声がかかる。
「提督、申し訳ありません!」
提督の前に正座した神通は、何度も頭を下げて必死に謝る。
すると提督はそれを手で制し、懐から封筒を取り出し神通に手渡した。
「明朝の哨戒任務に備えて準備を始めろ。全員の体調を万全に整えさせてな。場合によっては封筒の中身を使っても構わん」
神通は手渡された封筒を開ける。その中には二枚の紙きれが入っており、なにやら文章が書かれていた。
手早くそれを読み終えると神通は、そのうちの一枚を叢雲に手渡した。
「叢雲さんは那珂ちゃんをお願いします。私は姉さんを」
と言い、神通は川内の元へ向かっていった。
叢雲は渡された紙切れに目を通す。
その内容を読んだ叢雲は思わず、フフッと声を小さく出して笑ってしまった。
「いーやー!引っ張らないで下さい!」
「ほらほら!早くしないと朝になっちゃうよ!夜戦だよ!夜戦!」
いつの間にやら、うつ伏せに倒れこんだ陽炎の足を引っ張り、川内は宴会場の入口付近まで来ていた。
陽炎は連れて行かれまいと、襖の縁を掴んで必死の抵抗をしている。陽炎の必死の抵抗で、畳の一部がささくれ立っていた。
と、そこへ神通が近づいてきた。
「あ、神通も夜戦しよ夜戦!みんなで訓練すれば捗るし、練度もバリバリ上がるよ!」
その誘いに対し、首を横に振る神通。
「姉さんは、私、那珂ちゃん、叢雲さんと共に明朝の哨戒任務に就く事になりました。なので明日に備えて今日はもう休みましょう」
その通達に川内は不満の声をあげる。
「えーー、何で!?夜はこれからだよ!それに今日は私たちの歓迎会でしょ、なのにどうして!?」
そこへ提督がゆっくりと、足を若干引きずるようにして歩きながら近づいてきた。
「てーいーとくーーどういう事なのさ!?」
「生憎うちの艦娘どもは、今日の準備で疲労してるからな。疲労の溜まっていない者が出撃するのが、艦隊運用のセオリーだ。だから明日はお前たちが出ろ」
「そんなーー!あんまりだよ!」
川内の抗議の声に一切答える事無く、提督は「用を足してくる」と告げてその場を後にした。
だが川内は、なおも神通に対し食い下がった。
「じゃあさ、少しだけ夜戦させてよ。ちょっとやったらすぐ寝るからさ~」
「わがままを言わないで下さい。姉さんの為なんですから。すぐ休みましょう」
その後もしばらく川内の懇願と、それを却下する神通とのやり取りが繰り返される。
このままでは埒が明かないと思った神通は、先程提督から受け取った紙を取り出すと、駄々をこねる川内の目の前に、それを突きつけた。
「これを読んで下さい」
「え、何これ?」
姿勢もそのままに、顔だけを紙に近づけ目を凝らす川内。
その紙には、こう書かれていた。
川内ちゃんへ
赴任先での所属部隊の嚮導艦の命令には、絶対に従って下さい。
もしこれが守れなかった場合は、二度と夜戦任務に就かせることはしないのでヨ・ロ・シ・ク!
それと、バッチリ時差ボケ治してね。
横ちゃんより
それは、横須賀鎮守府の提督からの命令書であった。書類は正規のものが使用され、判子もしっかりと押されている。
そして川内がここへ来た理由、それは書かれている通り“時差ボケ治療”の為であった。
先の攻勢作戦において連日連夜、夜戦任務に就いていた川内型の三人は、生活リズムが完全に昼夜逆転となっており、作戦が終了し鎮守府に帰還した際には、時差ボケの症状に襲われていた。
神通、那珂は早い段階でそれを治す事が出来た。しかし常日頃、周囲から苦情が来るほどに夜更かしし、夜戦訓練に明け暮れる川内は、完全に昼夜逆転の生活リズムが身についてしまったのである。
そのため日常生活、任務にも差支えが出る始末。周囲の者も本格的な治療を試みたが、大規模な軍事施設である横須賀鎮守府は、夜間でも人の動きが活発であり、川内にとって治療を行うには刺激的すぎた。
そこで治療の場として、規模も小さく、夜間も静か、横須賀にほど近いこの基地に白羽の矢が立ったのである。
「そ、そんな……」
書類の内容に目を通した川内はガックリとうな垂れ、その場にへたり込んでしまった。
「そんな~~!」
那珂の落胆の声が響き渡る。
那珂に対しては、叢雲が命令書を読み上げていた。
その内容は、命令に従わない場合はアイドル活動の援助を打ち切る、といったものだった。
ちなみにその援助は、横須賀提督のポケットマネーからなされている。
正式な予算申請をしようとした事もあったが、それは加賀と赤城に捻り潰された。という経緯もそこにあったりする。
「それでも、まだ歌いたいのならどうぞ御自由に」
叢雲のトドメの一言を受けた那珂は、ステージ上にそっとマイクを置いて、ゆっくりと舞台を降りていった。
トボトボと歩く那珂の後ろに、叢雲がついていく。
すると、入口の所でへたり込んだまま動かない川内を連れて行こうと、神通が悪戦苦闘する姿が見えた。
「どうしたのよ」
「姉さんが放心状態になってて、立ってくれなくて。陽炎さんの足も握ったままで手が離れないんです」
「何で手の力だけ入ったままなのよー!死後硬直じゃあるまいし!全然剥がせないんだけど!」
足を掴まれた陽炎が、必死に川内の指を開こうとしているが、状況は一向に改善しなさそうであった。
「仕方ないわね。そのまま陽炎ごと引っ張っていきましょう。もしかしたら途中で離れるかもしれないし」
「え、でも……」
叢雲の提案に戸惑いの表情を浮かべる神通、しかし叢雲に促され、そのまま川内の腕を掴まされる。
「ちょ、ちょっと冗談でしょ!?」
「行くわよ。せーーのっ!」
狼狽する陽炎の意見は無視し、叢雲は陽炎ごと川内を引っ張り始めた。
「すみません、ちょっと我慢してくださいね」
申し訳なさそうに言いつつ神通もまた、力を込めて二人を引っ張り出す。
「いーーやーー!離してーーー!熱っ!あっつ!擦れてるってば!やめてぇぇーーー!」
廊下に陽炎の叫びがこだました。
ステージ上に残された吹雪と黒潮は、その状況をポカンとした表情で見つめていた。
「と、とりあえず解放されましたね」
黒潮の左に立つ吹雪が言う。
「でも、陽炎が連れてかれてもうたで」
「仕方ありません、助けに行きましょう」
黒潮の右隣から声がした。
「ん?……うわっ!不知火!?」
そこには、いつの間にか戻ってきていた不知火が立っていた。
先程の事について抗議しようと黒潮が口を開きかけた瞬間、既に不知火は陽炎の後を追って駆け出していた。
「あっ!」
瞬く間に遠ざかってゆく不知火の姿。
「わ、私達も追いかけましょう!」
「せ、せやな!」
黒潮と吹雪も、駆け足で不知火の後を追いかけていった。
そうして、宴会場からは誰もいなくなった……