『仮面ライダー鎧武』『艦隊これくしょん』の基本設定をベースに独自要素、解釈を詰め込んでおります。
本作における艦娘の設定は公式ノベライズ作品『陽炎、抜錨します!』及び『鶴翼の絆』を参考としております。
※今後、分量が多い話は複数パートに分けて投稿します。
そんな出来事があったとは露知らず、部屋の入口に立ち尽くす貴虎と鳳翔。
しかし「そのうち戻ってくるでしょう」という鳳翔の声を受け、貴虎は共に部屋へ足を踏み入れる。
二人は新たに持ってきた飲み物や、つまみを配膳すると共に、空いた皿などを片づけ始めた。
「随分と派手に騒いでいたようだな」
部屋の散らかりように、貴虎が思わず呟く。
「そうですね。でも賑やかなのは良い事です。あの人が来る前は、この基地はこんな賑やかさとは無縁でしたから」
「あの人?」
「今の提督の事です。前任の方は、こんな事を許してはくれませんでしたから」
「そんなに違ったのですか?」
「ええ、前任の提督は生粋の軍人といった人で、軍としての規律を重んじていましたから。対して今の提督は、元々軍人ではありませんが、厳しくも優しくみんなを気遣ってくれて、何だかみんなのお父さんみたいな感じで……」
「あの提督が軍人では無かった?」
「そうですよ、って何も聞いてらっしゃらないのですか?」
「ええ」
「そうですか。あの人は、自分の事を進んで語ろうとしないんですね本当に……」
と、二人が会話をしていると、ガヤガヤとした声と足音が聞こえてきた。
「あ、皆さん戻ってきたみたいですよ」
鳳翔がそう言うとほぼ同時に襖が開かれ、艦娘達が部屋へ入ってきた。
「ホントひどい目にあったわ……叢雲だけじゃなく神通さんまで、人を何だと思ってるのよ」
不機嫌そうにブツブツ言っているのは陽炎。その服は所々ヨレヨレになっており、全体的に黒ずみが目立つようになってしまっていた。
「おかげで床掃除の手間が省けましたね」
不知火の一言に、続く黒潮、吹雪が笑い出す。陽炎は更に不機嫌な表情になり、そっぽを向いたのだった。
四人の駆逐艦娘の後から続けて入ってきたのは、天龍と龍田であった。
「も~、天龍ちゃんってば、機嫌直して、ねっ」
天龍の腕に、自分の腕を絡みつかせながら歩く龍田。それに対し、ふくれっ面の天龍。
だが、何故かチラチラと龍田の方を、横目で何度も見ている。
その視線の先には、龍田のぶら下げる小さな箱、その表面には大きく【甘味処間宮】の文字が印刷されていた。
自らの席に腰をかけた天龍の目の前で、龍田は持ってきた箱を開き、その中身を手に取る。
「じゃ~ん!間宮さんのお店の新作スイーツ、ミックスベリーのパイよ~。美味しそうでしょ~」
「ぐっ……」
「天龍ちゃん、さっきの事を許してくれたら、このお菓子あげてもいいわよぉ」
そう言いつつ龍田は、天龍の目の前でベリーパイをゆらゆらと揺り動かす。
出来上がりからかなりの時間が経っているにも関わらず、ソレからは芳醇な果実の香りが漂い、天龍の鼻腔を刺激する。
「ダメぇ~?」
龍田が上目使いで天龍を見つめる。会話の主導権は完全に龍田のモノとなっていた。
天龍は暫く何やら葛藤している様子であったが、龍田の眼差しと、お菓子の香りに根負けし
「わかったよ!もう気にしねぇよ!」
と声をあげた。
「ありがと~天龍ちゃん!じゃあ仲直りの印に……はい、あ~ん」
龍田はパイの一片を手に取ると、それを天龍の口元へ運んでいった。
「馬鹿やめろ!ガキじゃあるまいし!」
だがニコニコしたままの龍田は、一向に天龍の口元から菓子を動かそうとしない。
フルフルと肩を震わせた天龍は、仕方なく目の前のパイを一口齧った。
程良い酸味と甘み、生地は時間が経ってサクサク感が失われているものの、ソースと馴染んでしっとりとした生地の食感が合わさり、新たな味わいを醸し出している。口の中に何とも言えない魅惑的な感覚が広がり、天龍は思わず口元を緩める。
「あはっ!とっても美味しいでしょ~。はい天龍ちゃん、もう一口あ~ん」
その声につられて、再びパイを口にしようとした天龍だったが、ふと我に返り顔を真っ赤にする。
そして龍田の手からパイをひったくると、そのままの勢いで口に放り込んだ。
「あ~ん、天龍ちゃんってば、はしたないんだからぁ」
それに対し天龍は、口をもごもごさせながら何やら抗議しているようだった。
そうしてあっという間に、再び宴会場は賑やかな空気に包まれていった。
貴虎の隣で鳳翔は、にこやかに微笑んでいる。その様子と艦娘達の楽しげな姿を見て、貴虎の心も自然と穏やかな気持ちに包まれていった。
「鳳翔さん!」
陽炎がこちらへ近づいてきた。
「あれ持ってきてくれた?」
「あ!ごめんなさい、私ったらうっかり……」
「あはは、良いですよ。自分で取ってきます」
「本当にごめんなさい。ところで、他の人達は何処にいったのかしら?」
「提督はお手洗いに、夕張さんと島風は分かりません。」
「川内ちゃん達はどうしたの?」
その名前が出た一瞬、陽炎の顔が強張った。
「……川内型の人達と叢雲は寝ました」
憮然とした口調で陽炎は言うと「失礼します」とその場を去っていった。
「何かあったのでしょうか?」
「どうなんでしょう。それにしても、夕張ちゃんと島風ちゃんは何処に行ったのかしら?そろそろデザートを配る時間なのに」
「私が探してきましょう。鳳翔さんは準備がおありでしょうし」
「そうですか。ありがとうございます」
貴虎は宴会場を出ようと歩を進める。
すると入口で、宴会場へ戻ってきた
「何処に行くんだ?」
「夕張と島風を探しに行ってきます」
提督は「そうか」と一言だけ告げると、そのまま自分の席へと戻っていった。
貴虎が廊下を歩き始めて間もなく。突然、何かがぶつかる様な大きな音と「うぎゃー!」という叫び声が耳に飛び込んできた。何事かと思い貴虎は、音のした方へ駆け出した。
すると前方から駆けてくる人影が目に映った。
「私から逃げようなんて、夕張には無理だよーー!」
連装砲ちゃんを抱いた島風が、猛スピードで貴虎の横をすれ違った。
思わず立ち止まり、彼女の走り去った方を見やる。
「何なんだ一体?」
貴虎は再び足を動かし、音のした方へ向かう。するとそこには、目を回して仰向けに倒れ込んでいる夕張の姿があった。
状況を見るに、ものすごい勢いで壁に激突したようである。
「おい、大丈夫か!夕張!」
倒れた彼女を抱き起しながら、貴虎は呼びかけた。
「う~ん……あれ、貴虎?」
「大丈夫か?」
その問いかけに頷くと、夕張は貴虎の手を離れ、自分でその場に座り込んだ。
「何があったんだ?すごい音が響いていたが」
「あ、あははは……ちょっとね」
夕張は島風の連装砲ちゃんを奪って、自室に向け一目散に走っていった。
しかし自他ともに認める快足を誇る島風に、行く先々で先回りされてしまっていた。
島風に良いように走らされ続けた夕張は、ヘトヘトになった所へと背中から跳び蹴りを打ち込まれる。そして、蹴られた勢いそのままに壁へと激突してしまった。との事である。
「完全に遊ばれてた感じね。まいったわ~」
そうしておどけて見せる夕張。
「そんな事をして、酒の飲み過ぎではないのか?もう休んだ方が良いのではないか?」
「大丈夫大丈夫。今ので頭が冴えたからさ。……よっと!」
夕張は勢いよく飛び上るように、立ち上がってみせた。
「とっと、うわっ!」
「危ない!」
しかし、バランスを崩してひっくり返りそうになってしまい、貴虎に腕を掴まれて何とか踏みとどまる。
「本当に大丈夫なのか?」
「ごめんごめん。今のは流石に調子に乗り過ぎたわ」
てへへ、と笑いながら夕張は指で頬をかいた。
それから二人は宴会場へと向かい歩き出す。
「そういえばさ、貴虎って家族の人に連絡とかしたの?」
「……連絡?」
「そう。無事を知らせたりとか、提督になるとか、色々と言っておかないと不味いでしょ?」
「あ、ああ、そうだな。すっかり忘れていた」
「ダメよ、そういう事はしっかりしないと」
「明日にでも済ませておこう」
夕張との何気ない会話に、思わず表情を曇らせる貴虎。
「もしかして、余計なお世話だったかな?」
その表情に何かを感じ取った夕張は、どこか申し訳なさそうにしていた。
「いや、そんな事は無い。ただ、すぐに連絡が取れない所に家族がいるものでな」
「そうなんだ。奥さんとかかしら?」
「いや、私は未婚だ。親と……弟、だな」
「そっか、貴虎には兄弟がいるんだ。どんな弟さん?」
「弟は……」
夕張の質問に対し口ごもる貴虎、脳裏に弟、光実の顔がよぎった。
自らが親代わりとなり、面倒を見ていた実の弟。
道を誤った彼を正す為に、貴虎は戦いに赴いた。自らの過ちを清算する為に、戦いに赴いた。
本気で戦いを繰り広げた、本音をぶつけ合った、その末に迷いを捨て去れなかった自分は……敗北した。
その時の光景が、次々と頭に浮かんでは消えていく……
「……ら……た……とら、貴虎ってば!」
傍らで呼びかける夕張の声で、貴虎は我に返った。
「どうしたの、急に黙り込んじゃって?」
「あ、ああ、すまない。私にも酔いが回っていたようだ」
「もう、貴虎も人の事は言えないわね」
「……全くだ」
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「みんな~デザートの時間だよ~!」
宴会場へと戻ってきた陽炎の手には、果物カゴがぶら下げられていた。
「おっ!待ってましたー!」
「配るのを手伝いしましょう」
黒潮と不知火が駆け寄り、中に入っていた果実を手に取ると、部屋の中の者達に配って回る。
「はい、司令もどうぞ」
「ほう、これはイチジクか」
「ええ、夕食用の山菜を取りに行った時に見つけたの。味は保障するわ」
「陽炎、配り終わったで!ウチらの分も早う分けよ」
「今行く!あ、果物ナイフもあるけど使う?」
それに対し、軽く首を横に振る提督。
「そう、じゃあ私は行くから」
提督へ手を振りながら駆逐艦娘達の集う席へと、陽炎は向かっていった。
提督は手でイチジクの実を二つに割り皮を剝き、一息にかじりついた。
「ふむ……なかなかの甘さだな」
「美味し~い!」
島風が幸せそうな笑みを浮かべる。
「ホンマやなぁ」
「取ってきた甲斐がありますね」
駆逐艦娘達が、カゴから次々とイチジクを取り出しては食べていく。皆完全にその味の虜となっていた。
「おい、ちょっとお前ら食いすぎなんじゃねぇのか?オレにも、もう少し分けてくれよ」
そこへ、自分に配られた果実を食べ終えた天龍がやってきた。
そしてカゴの中から実を一つ、ヒョイっと掴み取った。
「ん?何だこりゃ?」
「えっ?……こんなの取ってきた覚え無いよ?」
天龍と陽炎が怪訝な表情で、天龍の手に握られた果物を見つめていた。
その果物は、鮮やかな赤紫色の彩りをもち、チューリップを逆さにしたような形をしていた。
それ以上に特徴的なのは、ヘタの部分の形状で、絡み合った繊維が、まるで南京錠のような輪っかを形成していた。
世にも奇妙な見た目の果実であったが、それを見つめる天龍は、何ら怪しく感じる事は無かった。
むしろその香り、見目麗しさが食欲をそそる。
喉をゴクリと鳴らし天龍は、果実の皮を剥きはじめた。
皮は難なく、スルリと剥くことができた。その表皮の下に包まれていた果実の中身は、若干ピンクがかった半透明で、寒天や杏仁豆腐を思わせるようにプルプルで柔らか、見た目にもハッキリ分かる程に潤っていた。
「何だかライチに似てますね」
座った状態の陽炎が、天龍の手元を見上げている。
「すっげぇ美味そう……」
うっとりとした眼差しで手の中の果実を見つめる天龍。そして再び喉を鳴らし唾を飲み込み、ゆっくりと、その果実を口元へ運んでいった。
廊下を歩く貴虎と夕張は、宴会場の方から賑やかな声が聞こえてくるのを耳にした。
「何か、やけに賑やかね。どうかしたのかしら?」
「そういえば、先程デザートを配ると言っていたな」
「本当?じゃあ早く行かないと!みんなに食べられちゃうかも!」
夕張が緩やかに駆け出した。貴虎もそれを追うように、歩く速度を速めていった。
二人が部屋に入ると、皆が果物らしきものを頬張っている様子が目に入った。
するとこちらに気づいたのか、龍田が手招きをする。どうやら貴虎と夕張の分は、彼女が確保してくれていたようである。夕張はその方へ向け、軽やかな足取りで歩いていく。
何気なく貴虎は周囲を見渡した。
すると、虚ろな表情をしている天龍の姿が目に映る。その手には特徴的な形をした赤紫色の果実が握られていた。
彼女はその皮を剝き、ゆっくりと口元へと運び始めた。
「やめろ!!」
貴虎の叫びが室内に響き渡った。
頭に靄がかかった様にボーッとする。
目の前の果実から目を離す事ができない。何故こんなにも惹きつけられるのだろう?
これは絶対に美味いに違いない。こんなにもいい香りと鮮やかさをした果物が不味いはずがない。
さっき食べたベリーパイもイチジクの実も、これには敵わないはずだ、きっと。
頭の中で渦巻く思考と本能に突き動かされ、夢見心地の天龍は、その手に握りしめた果実にかじりつく。
刹那
パァン!と乾いた音が響き渡った。
天龍の手から果実がこぼれ落ち、ベシャリと音を立てて畳の上に落下する。
突如として叩かれた手がヒリヒリと痛む。その手を押さえながら視線を正面へと向けると、そこには息を切らせた貴虎が立ちはだかっていた。
「……っ!痛ってぇな!いきなり何しやがる!」
吠える天龍の両肩が強く握られた。
「何処でこの果実を見つけた!」
「あ、ああ!?」
「言え!早く言うんだ!!」
凄まじい剣幕で天龍を怒鳴りつける貴虎。その手には過剰なまでの力が入り、肩はギリギリと音をたて、指が肉に食い込まんばかりに締め付けられる。天龍は思わず痛みに顔をしかめる。
更に貴虎が天龍を追求しようと、口を開きかけたその時、彼の首筋にヒヤリとした感覚が走った。
「貴虎さぁん、天龍ちゃんに手を出すなんて、どういうつもりかしらぁ?」
二人の間に割って入るように、横から龍田の顔が覗きこんだ。彼女の手には果物ナイフが握られており、その刃は貴虎の首に突きつけられていた。貴虎の手が緩み、拘束を逃れた天龍が後ずさりをする。
「貴虎!」
遠くから夕張の悲鳴にも似た声が響いた。
「た、龍田、何のマネだ?」
「質問しているのはこっちよぉ。返答次第では、制服が真っ赤に染まる事になるわよ~」
龍田の口元は微笑を浮かべているが、細められた目の奥からは鋭い殺気が放たれている。とても冗談でやっているようには思えなかった。明確な敵意が貴虎に向けられている。貴虎の背から冷や汗が滑り落ちる。
突然の出来事に直面した他の艦娘達は、張りつめた空気の前に悲鳴を上げる事すらかなわず、固唾をのんでその状況を見つめる事しか出来なかった。天龍が何か言いたげに近寄ろうとするが、龍田に目で制され、たじろいでしまう。
そうして水を打ったように静まり返る室内。その静寂を破ったのは一人の男だった。
「龍田、その辺にしておけ」
夷提督がゆっくりと貴虎達の元へ近づいてきた。
「ダメですよぉ、提督のご命令でもこればっかりは」
「ナイフをそんな風に当てがわれちゃあ声なんて出せるか。それに、貴虎が着ているのは俺が貸した制服だ。俺には血塗れになった服を着る趣味は無いんでな。血生臭い事は勘弁してもらいたい」
提督の説得を受け、不承不承といった具合に龍田が貴虎から離れる。
ナイフの当てられていた首筋には、薄っすらと赤い線が浮かんでいた。
提督が、畳の上に落ちていた潰れかけの果実を手に取り、貴虎の前に差し出す。
「貴虎、もしやお前が言っていた果実というのは……」
「……ええ、恐らく間違いないでしょう」
ヘルヘイムの果実。
貴虎の居た世界において、浸食を続けていた植物に生る禁断の実。
それを食した生物は、一瞬のうちに異形の怪物“インベス”に変化してしまう。
一度変化してしまったが最後、人としての理性は失われ、本能の赴くままに行動する怪物に成り果ててしまった者は、二度と元の姿に戻る事は無い……
それが今、ここには存在するはずの無い物が今、貴虎の目の前にあった。
「一体どういう事か説明してくれよ」
天龍が、貴虎に掴まれた肩をさすりながら近づいてきた。
隣には龍田が控え、ニコニコとした笑みを浮かべているが、その佇まいに隙は無く、絶えず警戒をしているような様子であった。
「この果実は……猛毒を持っている」
一瞬の躊躇で言葉を詰まらせつつ貴虎は言う。
「うげっ、マジかよ!?」
天龍が目を丸くして驚きの表情を示す。
「こんなに綺麗で美味そうなのにか?」
「鮮やかな見た目や魅惑的な香りで誘惑し、他の生物に実を捕食させる。そんな植物は自然界にはありふれている」
提督が言った。
「それにしても、尋常じゃない慌てぶりだったんじゃな~い、貴虎さん?」
「その果実を食べ、そして変わ……死に至った者を知っている。……そのため我を忘れてしまった。天龍、すまなかった」
貴虎は天龍の正面に向き直ると、深く頭を下げ謝罪する。
「いや、頭を上げてくれよ。逆に礼を言わなきゃなんねぇのはオレだしよ。おかげで助かった」
そして天龍は「ほら、お前も」と龍田を小突く。
「貴虎さん、ごめんなさい。ついカッとなっちゃったの。悪かったと思っているわ。でも天龍ちゃんの肩に痣とか残ったら困るから気をつけてねぇ。これでも女の子なんだからぁ」
龍田の脇で天龍が「これでもとは何だよ!」と抗議の声を上げている。
「ああ、以後気を付ける」
「それはそうと、イチジクを採ってきたのは陽炎達だったな。本当に心当たりが無いのか?」
提督のその問いに、陽炎と不知火は首を振り否定する。
と、近くにいた黒潮が、おずおずと手を挙げた。
「もしかしたら、それ持ってきたのウチかもしれへん……」
そうして口を開いた黒潮の話によると
山菜採りに行った際に、イチジクも手に入れた陽炎達。その後で黒潮は、海で魚を捕っている天龍らの様子を見に行った。だが彼女らの元へ向かう途中、浜辺を歩いていた時に黒潮はうっかり転んでしまい、浜に打ち上げられていた流木や蔦の傍に、イチジクの入ったカゴをぶちまけてしまったのである。
そうして散らばったイチジクを回収している時に、紛れ込んでしまったのでは、という事らしい。
「ウチが慌てんと中身確認しとったら、こないな事には……貴虎はん、天龍はん、ホンマすんません」
「良いよ気にすんな。もう済んだことだしよ」
「それにしても、残ったコレはどうしましょう」
不知火が、カゴに入った二個の赤紫色の果実を見やる。
「ゴミ捨て場に投げちゃえばいいんじゃない?」
陽炎が言うが
「それはダメだ」
貴虎が否定する。
ヘルヘイムの果実は、食した生物をインベスへと変化させる。それは人間に限った事ではない。
ゴミ捨て場に近寄った鳥やネズミが果実を食べ、インベス化するのを貴虎は危惧していた。
「焼却処分する」
そう言って貴虎は果物カゴを手に取った。
「いや待て。処分はするな」
提督が貴虎を制した。
「それを持って俺の部屋まで来い」
と言うと提督は、部屋の外に置いてあった車椅子に座り、自分で車輪を回して進んでいった。
貴虎もその後を追い、部屋を後にしようとした。
「待って貴虎」
夕張が声をかけてきた。貴虎が振り返ると、彼女は手に持ったおしぼりを貴虎の首筋に当てる。
少ししてそれを離すと、おしぼりには薄っすらと赤い線が染みついていた。
貴虎はそこで初めて、自分が出血していた事に気付いた。
「もう血は止まってるみたいね」
「すまないな夕張」
そう言い残して今度こそ貴虎は部屋を後にする。夕張はその背中を心配そうに見つめていた。
部屋には艦娘達だけが残された。
流石にあの騒ぎの後では誰も宴会を続ける気にはなれず、会はそのままお開きとなったのだった。
「確かにコレが例の実なんだな」
「はい、嫌と言う程見てきた果実です。間違いありません」
夷提督の執務室で貴虎は、回収した果実をくまなく調べていた。
その末に出た結論に、貴虎は眩暈を覚えた。
「何故……ここにこんな物が」
果実を睨みつけるように見ながら、憎々しげに貴虎は呟く。
「それを言っても何も始まらん。今出来る事を考えるのが先決だ」
「具体的にはどうするのですか?」
「これを横須賀鎮守府に送って分析をさせる。あそこの研究施設なら更に詳しい事がわかるだろう。そして本当にこれが危ない物なら、ヨコを通して各所に注意を促してもらう。万が一があったら事だからな」
「ですが既に、この近辺で繁殖を始めている可能性もあります。この植物は周囲の生態系などお構いなしで増え続けますので」
「そうだな、明日皆に島内を調査させよう。それと果実の輸送はアイツに任せるとしよう」
貴虎と提督はその後も暫くの間、ヘルヘイムの植物に対する対策を話し合った。
そして案が出尽くすと貴虎は、今日はもう休むようにと提督に促される。そこで話合いは終了となった。
時計が刻をきざむ音が、静寂な部屋に響き渡る。時刻は深夜を回った所だが、貴虎は未だに寝付けずにいた。
貴虎は執務室のある建物にあてがわれた寝室にいた。部屋の中は綺麗に掃除されており、ベッドメイクも丁寧にされていた。恐らく鳳翔が整えてくれたものと考えられる。
貴虎は窓際に立つと、外の様子を見つめた。しかし目の前は闇に包まれており、目に入るのは窓に映った自らの姿のみであった。
「我ながら酷い顔をしている……」
思わず独りごちる。
数時間前に洗面台の鏡に映っていた姿とはうって変わって、貴虎の顔には疲労の色が滲み出ていた。
自分の置かれた状況に折り合いをつけ、新たな決意を以って頑張ろうとしていた矢先、貴虎の目の前に現れた悪夢。
彼自身が“理由の無い悪意”と称したその現象に、この世界が今まさに飲み込まれようとしている。
その事実は、貴虎の心を疲弊させるに十分過ぎた。
貴虎は俯いて目を閉じると、大きく溜息を吐いた。
「ほう、果実の気配を辿って来てみたら意外なヤツの姿が……こいつぁ驚いたな」
突如、貴虎の背後から声がした。
ハッとして視線を上げる。しかし窓には貴虎以外に誰の姿も映っていない。
だが、その声は確かに貴虎の背後から聞こえてきた。ゆっくりと貴虎は背後を、声の主の方向を振り返る。
するとそこには、サイクルウェアを身に纏い、額にバンダナを巻きつけ、不敵な笑みを浮かべ貴虎を見据える一人の男が立っていた。その男は貴虎の良く知る人物であった。
「貴様は……DJサガラ!?」