『仮面ライダー鎧武』『艦隊これくしょん』の基本設定をベースに独自要素、解釈を詰め込んでおります。
本作における艦娘の設定は公式ノベライズ作品『陽炎、抜錨します!』及び『鶴翼の絆』を参考としております。
※今後、分量が多い話は複数パートに分けて投稿します。
貴虎の目の前に突如として現れた男、DJサガラ。
沢芽市にて、カリスマネットラジオDJとして名を馳せていた彼は、ダンスを愛好する街の若者達の間に“インベスゲーム”という名の、怪物同士を戦わせるゲームを流行らせた。
が、そんな彼の裏の顔は、貴虎の所属していたユグドラシルコーポレーションの協力者。
インベスゲームは、ユグドラシルの実験の一環に過ぎなかった。
ゲームの道具である、果実を模した錠前“ロックシード”更にその力を最大限に引き出すベルト“戦極ドライバー”の。
そんな謎の人物が今、貴虎の目の前に姿を表していた。
だが、その容姿は通常の人間のそれとは異なっていた。色は白黒のモノトーン。そして時折、モザイクがかった様にその体が歪む。
まるで壊れたテレビに映る画像の様に。
「通信用の立体映像?貴様が姿を見せたという事は、この世界は異世界などではないのか?」
彼は元々、神出鬼没と言っていい程に、突然貴虎達の前へ姿を現す事があった。
だが、異世界であるはずのこの場所へ姿を見せた事に、貴虎は困惑する。
「いや、この世界は、お前が元いた世界とは違う世界さ」
相変わらずの飄々とした口調で、サガラは告げる。
「だとしたら、何故お前は俺の前に姿を表す事が出来るんだ、説明してくれ。……お前は一体何者なんだ」
サガラは素性の知れない謎の人物。異形の存在オーバーロードとも面識がある様子だった彼は、何らかの事情を知っているはず。そして、普通の人間には無い力を持っているであろう、という事も窺い知れる。
そして、貴虎が元の世界に戻る手掛かりも……
「やれやれ、俺としては、何故お前さんがこんな所に居るかの方が、はるかに謎なんだがね」
とオーバーなリアクションを交え言った後、彼は自らの素性・正体を語り始めた。
彼自身がヘルヘイムの森そのもの、言わばその化身であると……
様々な宇宙を、世界を渡り歩き、そこに存在する生命体に破滅と進化を促す存在であると……
生存競争の末、黄金の果実を手にした勝者に、世界の行く末を決めるという運命を託し、見届ける使命を帯びた者であると……
目の前で淡々と喋るサガラの話を、貴虎は黙して聞いていた。が、その拳は血が滲まんばかりにグッと握り締められ、徐々に震え出していく。
「……貴様が……貴様が、全ての元凶だと言うのか……」
今にも溢れ出しそうな感情を必死に抑え込みながら、貴虎は声を絞り出す。
「有り体に言えばそうなるかもしれないな。だが生物の進化とそれに伴う淘汰、それは仕方の無い事だ」
「仕方ない、だと……!」
貴虎は握り拳を思い切り机の上に叩きつけた。
「ふざけるな!どれだけの人間がその犠牲になったと思っている!」
悪びれた様子もなく、あっさりと言い放たれたサガラの一言。それに対し押さえつけていた感情が遂に爆発する。
叫びと共に打ちつけられた拳は衝撃で擦り切れ、血がジワリと滲み出す。
「おいおい、別に俺は直接人に対して手を下した事なんて無いぜ。そりゃあヘルヘイムの浸食によって、ちょっとは被害を被った奴はいるだろうがな。そんなの人類が常日頃、世界中で出している被害に比べたら些細なものだ」
「何だと……」
「それにお前達、ユグドラシルの人間は“人類を救う”と称して十億人を選定し残り数十億人を見捨てる計画を立てていた。同族を見捨てる選択を出来るようなお前達の方が、俺には十分に残酷に思えるがね」
「…………」
「植物が繁殖する、微生物が、虫が魚が、様々な生き物が、己が生存をかけて競い合う。これは自然の摂理だ。そして俺は、その担い手に過ぎない。それ導く事こそが俺の使命、存在理由」
まるで大衆の前で演説する政治家の如く、大手を振るいながらサガラは己が主張を悠然と語り続けていった。
「……それで我々の世界の次に、この世界が貴様の言う“自然の摂理”とやらの犠牲になるというのか」
そんな彼の話を聞いていた貴虎は、俯きながら怒気を滲ませた声で呟いた。
深海棲艦という脅威に晒されながらも、それに屈することなく逞しく生きる人々。そして艦娘達。
貴虎に暖かく接してくれた者達、皆がヘルヘイムの森の浸食に蝕まれる。
そんなことは許しがたい、自然の摂理と言われた所で納得できるはずもない。
だが貴虎の呟きに対し、サガラから返ってきたのは意外な答えだった。
「いや、それは無い。お前のいた世界での黄金の果実争奪戦は、まだ終結していないんだからな」
貴虎は目を大きく見開き顔を上げる。
「何だと!?」
「俺の使命は黄金の果実を手にした勝者の決断を見届ける事。それを終える事無く他の世界へ試練を与えに行くなんて、あり得ない話だ」
「では、お前は一体何の為にこの世界へやってきたのだ!?」
「ちと話は長くなるが……」
そう前置きをすると、サガラは静かに語り始めた。
ヘルヘイムの森そのもの、その意志が形を成したものであるサガラは、ヘルヘイムの植物のある所であれば自由に姿を表す事ができた。そして、植物の存在を探る事も可能なのである。何せ己が体の一部なのだから。
ある時、沢芽市及び世界中に浸食を続けていたヘルヘイムの植物、その一部に異変が見られた。
とある場所に蔓延っていた植物が、ほんの僅か一メートル四方にも満たないような範囲でスッパリと消失していたのである。
仮に何者かが切り取り、持ち去ったのであったとしても、切り取られた部分の気配もまた感じ取れるはず。だがその気配は全く感じられなかった。異変を察知したサガラは、その原因を探り始めた。
すると、消失の起こった箇所から、僅かながら時空の歪みのような現象が感じ取られた。
彼はその歪み、その先にある世界へと接触を試みる。それは非常に困難を極めるものであった。
だが、遂には試みが成功し、この基地に存在する果実を介する事で、僅かながらに意識を送り込むのに成功したのである。
「全く、ここまで苦労させられるとは思わなかったぜ」
片手で額を押さえ、やれやれといった具合のジェスチャーをしてみせるサガラ。
「今の俺は、この近くにある果実を介してどうにか意識を飛ばしている。だが、それも長くは続かないだろう」
「何故だ?」
「う~ん、何ていうかね、人間に分かるように例えると……まるで激流に逆らって泳いでいるような感覚、とでも言えば良いのか?その位に負担がかかっているんだよ。こうしてお前と会話しているだけでな。それと、どういう理由か分からないんだが、この辺にある果実以外のヘルヘイムの気配を感じ取る事が出来ない」
「ここ以外にはヘルヘイムの果実、植物は存在していないという事なのか?」
貴虎の問いかけに対し、サガラは首を横に振る。
「言い方が悪かったな。気配をハッキリと感じ取る事ができ、俺が干渉できるのは、この近くにある果実だけという事だ。この世界の他の場所に、ヘルヘイムの植物が存在するのは確実だ。だが存在するという事だけは分かるんだが、どこにどの程度存在しているのかまでは分からない。そして何故か干渉もできない。まるで……そう、ボワ~っと霧に包まれたような感じでな。様々な世界を渡り歩いてきた俺だが、こんな不可解な事に出会うのは初めてだ。……と、そこでだ」
サガラは片手の人差指を立て、貴虎の目を見据え言った。
「貴虎、俺に協力しちゃあくれないか?」
「協力、だと?一体何のために」
「勿論、この世界のヘルヘイムを消滅させるためさ」
思いもよらないサガラの言葉に、貴虎は唖然とした。
「ヘルヘイムを消滅させるだと!?」
「ああ、そうだ」
キッパリと言い放つサガラの表情は真剣そのもの。いつも見せるような、おどけた雰囲気は全く見られない。
その意図が読めず困惑する貴虎に向け、彼は更に話をする。
「既に言ったように、俺の存在意義・目的は黄金の果実を手にした者の決断を見届ける事。ヘルヘイムを浸食させるのは、あくまで手段であり目的ではない。だからこの世界におけるヘルヘイムの浸食は、本来ならあり得ない事だ。そして、俺自身の意図を超えた範囲で蔓延る、言うなれば“暴走”したようなものを放っておくのは、望ましくない事なのさ」
真剣に話す彼の声色、表情は相も変わらず淀みなく見える。言っている事も、一見筋が通っているように思えた。
だが……
「……お前の言う事が本当だという根拠は、何処にある」
貴虎には、サガラのいう事を素直に信じられなかった。いくら自然の摂理、存在意義などいった言葉を並べられても、ヘルヘイムによって、彼の住む世界が脅威に晒されたのには変わりない。貴虎は、未だサガラに対する不信感を拭えてはいない。本当の所は、自分を利用してこの世界への進行を手助けさせるつもりなのではないか。そんな考えすら浮かび出す。
「残念だが、今の俺にそれを証明する手立ては無い。ただ……信じてくれ。とでも言う他にないな」
懇願するように出される言葉を聞いてもなお、貴虎は睨むような視線でサガラを射抜き続ける。
「ただこう言うだけじゃ不満なら、いっそ土下座でもしてみせるか?」
「そんなポーズに何の意味がある」
ぴしゃりと言い切る貴虎。サガラは「まいったねぇ」と呟き後頭部をかくような仕草をする。
貴虎は暫しの間、瞳を閉じ沈黙をする。部屋の中には時計の秒針が時を刻む音だけがこだましていた。そして
「……わかった。協力しよう」
サガラの申し出を了承することを決めた。
「よっしゃ!流石は主任サマ、話が分かる!」
満面の笑みを浮かべ、指をパチンと鳴らすサガラ。
「私はもう主任ではない。それと、お前を心から信じ許したわけではない、という事は肝に銘じておけ。この世界の人々には恩がある。そして私は、その人達を助けたいからこそ貴様に協力するのだとな」
「フッ、アンタらしいな。では早速だが時間が無い。お前の知るこの世界の情報を教えてくれないか?何か手がかりが得られるかもしれない」
貴虎はサガラに対し、今この世界で起こっている事、彼が体験した出来事を話していく。
どうして貴虎がここにいるのか、艦娘について、深海棲艦について、それにまつわる彼が知りうる全ての事を、包み隠さず伝えていった。
「ふむ、なるほどねぇ」
一通り聞き終えたサガラは、腕を組み思案するような仕草をする。
「俺も色んな世界を渡り歩いてきたが、こんなユニークな世界は、滅多にお目にかかれるもんじゃないな」
「それで、お前にとって手掛かりになりそうな情報はあったか?」
「どうだろうねぇ。深海棲艦、妖精さんに艦娘、どれもこれも不可思議でいて怪しいところだが、決定打に欠けるな」
その時、サガラの姿が一層大きく歪みだした。まるで映像にノイズが入った様に激しく揺れ動き、暫くしてまた元に戻る。
「っと、そろそろ限界が迫っているみたいだ。あと少しで俺の意識は、この世界から完全に切り離される」
「何だと?それで、私はこの世界で何をすればいいのだ?」
若干の焦りを滲ませた口調で貴虎が言う。
「今はとにかく出来るだけ沢山の情報を集めていてくれ。俺も可能な限り早くこの世界との再接触を図ってみる。どれだけかかるかは分かないけどな」
「ああ、了解した」
「……と、そうだ。お前に渡しておきたい物がある。あれを持ってきてくれないか?見ての通り、今のこの体は虚像なもんでな。自分で取りたくても取れないんだ」
そう言ってサガラは、窓際に置いてある花の植えられた植木鉢を指差した。
貴虎はそれを手に取り、サガラの目の前に差し出す。
「その花を抜いて、鉢植えだけを机の上に置いてくれ」
意図がわからず一瞬首を傾げた貴虎だったが、彼の言う通りにして鉢を机に置いた。
そして机の前に立ったサガラは、鉢植えに向け両手をかざすと、瞳を閉じ、何やら念じ始めた。
暫くすると白黒のモノトーンだったはずのサガラの手が、黄金色の輝きを発しだす。
淡い光が鉢植えを、そして部屋全体を仄かに照らし出していった。サガラの手から溢れ出る光はやがて収束していき、小さな黄金色の光の粒となる。しかしてそれは、鉢植えの土の中へゆっくりと吸い込まれていった。その光の粒が完全に鉢の中心へと消え去ると同時に、黄金色の輝きは弾けるように霧散した。
「ふぅ、出来るかどうか分からなかったが、どうにか成功したようだな」
「一体何をしたのだ?」
黙ってサガラの様子を見ていた貴虎が口を開く。
「黄金の果実の力、それをこの鉢植えに埋め込んだ」
「黄金の果実だと!?」
「正確に言うと果実そのものでは無いがな。俺がオーバーロードの王、ロシュオから受け取り葛葉紘汰に託した黄金の果実の欠片。それの残りカス……いや、種みたいなもんかな?」
「……種」
「とは言っても、これが何かの役に立つかどうかは俺にも分からない。もしやと思ってやってみたものの、今この鉢植えからは全く何の力も感じられないんだ。まあ、気休めのお守り程度にはなるかもしれんがな。それ以上の事は期待しない方がいいかもな」
と、再びサガラの姿が乱れだす。その乱れの間隔は先程に比べ、徐々に短くなっているようだった。
「最後に何か聞いておきたい事はあるか?」
「聞いておきたい事……」
それを聞いた貴虎の脳裏に、ある人物の顔が思い浮かぶ。その人物の事を、彼がどうなっているのか知りたい……
と、貴虎は一瞬口を開きかける……が、寸前で思い止まり口を閉じる。その後、再び口を開くと
「お前の力で私を元の世界に戻す事は可能か?」
と質問をぶつけた。
「残念だが、そいつは無理だ。俺に普通の人間を次元移動させるような力は無い」
「そうか」
「すまないが、それは自分で方法を……いや、異世界を渡り歩く戦士の力を借りれば、あるいは……」
「何か知っているのか?」
「以前……の世界……よく…………パラ……」
その瞬間、目の前のサガラの姿が判別が困難な程に歪み出した。同時に、発せられる言葉も途切れ途切れになっていく。
「……元を……たる……つ者……さ…………れば…………」
サガラはそんな状態になってもなお、言葉を発している様であったが、その全てを伝えきる前にプツリと、彼の姿は貴虎の前から消え去ってしまった。
サガラの姿が消え、その声も途絶えると室内は完全に静まり返った。
視線を落とし、貴虎は机の上に置かれた鉢植えを見やる。それは先程、奇跡的な輝きに包まれていたのが嘘のように、土気色の薄汚れた姿を晒している。
その前で黙して佇む貴虎の心は、何故か不思議なほど落ち着いており、何かに安堵したかのようでもあった。
貴虎はそんな自分の心情に、ふと違和感を覚えたのだった。
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ひび割れたコンクリート造りのビルが轟音と共に崩れ落ち、その破片が炎上する車を押し潰した。
廃墟と化した街の各所から煙があがっている。そして道路、建物、街の繁栄を象徴するオブジェ、至る所に都市には不釣り合いな植物が生い茂っており、そこには紫の果実が数多く実っていた。
辺りを見渡す。怪我をしたのか、それとも動く気力を失ったのか、茫然とした様子の人々が多数うずくまっている。
そんな中、泣きじゃくる一人の子供が目に入った。その周りには誰もおらず、親兄弟とはぐれてしまった様に見える。
その子供が気になり近づこうとした時、母親らしき人物が駆け寄ってくるのが見えた。
「お母さん!お腹すいた!」
涙を流しながら、クシャクシャになった顔を押し付けるようにして、母に抱き付く子供。
「もう大丈夫よ、これを食べて元気を出して、ね」
我が子を励ましながら母親は、手に持った果実の皮を剥き始める。
そして、瑞々しく潤った果肉を差し出した。
「やめろ!」
その様子を目にした男は、子供が果実を頬張るのを止めようと必死になり駆け出す。
だがそれは適わず。子供は美味しそうに果実を咀嚼し、飲み込んだ。
次の瞬間、子供が苦しそうに胸を押さえ、悶え始めた。
突然の出来事を前にし、パニックになる母親。その眼前で緑の植物に子供の体は覆われていく。
瞬時に生い茂った植物が消え去ると、そこには上半身が不気味に膨れ上がった灰色の人型の怪物が現れた。
悲鳴を上げる母親の腹部を、怪物の鋭い爪が貫く。そしてその身体はドシャリと音をたて、力なく地面に倒れ込んだ。
その光景を目にした人々は、恐怖の叫びを口にしながら、我先にと逃げ出していく。が……
人の群れ目がけて、燃え盛る火球が飛来した。その爆発に巻き込まれ、人々は一瞬にして吹き飛ばされる。
ある者は爆散し、ある者は壁に激しく叩きつけられ、ある者は火炎に包まれ悶え狂い、絶命する。
男は見た。地平線を埋め尽くすほどの、人型の怪物の群れが近づいてくるのを。
そしてそれを先導するように歩く人物の姿を。
黒のスーツを身にまとったその人物は、男を一瞥しニタリと笑みを浮かべると、瞬時にその姿を変化させた。
一瞬にして、緑と白の軽装鎧のような装甲を身に纏ったその人物は、手にした弓を引き絞り、天へ向け光の矢を放つ。
放たれた光の矢は上空にて弾けると、逃げ惑う人々に向け容赦なく降り注いでいった。
思わず目を覆いたくなる、地獄のような光景。そんな中に佇む男、貴虎の頭上にも光の矢が降りてくる。
貴虎は矢を放った男を見据えながら絶叫した。
「光実!!」
目覚めた貴虎の瞳には、真っ白な天井と固定された電灯が映る。
「夢か……」
ベッドの上で体を起こして周囲を見渡す。部屋の中は必要最低限の家具が並んでおり、昨夜と全く変わらない様相であった。机の上にポツンと置かれた鉢植えも……
コンコンとドアをノックする音がした。
「貴虎?私だけど、開けてもらえる?」
ドアの向こうから聞こえてきたのは、夕張の声だった。
貴虎はベッドから降りてドアを開く。
「おはよう、ってすごい汗じゃない。大丈夫?」
夕張に言われて自分の体に目を落とす。確かに彼女の言う通り、着ている寝間着には、汗が大きな染みを作っていた。
「大丈夫だ。それより何か用か?」
「あ、提督に言われて様子を見に来たの。なかなか起きてこないみたいだからって」
貴虎は部屋の中を振り返り時間を確認した。時刻は十一時になろうといった頃合いであった。
「出来れば連れて来るように、って言われてたんだけど、体調が悪いなら無理しないで休んでて良いわよ」
「いや、問題ない。すぐに着替える。待っててくれ」
貴虎はドアを閉めると、壁際に掛けてあった軍服を手に取った。
貴虎の部屋は通称“別棟”と呼ばれる建物の中にあった。
ここは当初、艦娘達の宿舎の一つとして割り当てられていた建物であったが、基地の規模の縮小共に使用されなくなっていった。そしていつしか、歴代提督専用の建物として使われるようになり、今に至っている。もちろん提督の執務室兼私室は別棟の中に存在するが、提督は現在様々な設備が整えられている“本館”の作戦司令室にいるとの事だった。
貴虎と夕張は今、その本館の廊下を歩いていた。
「そういえば、さっき私が部屋の前に着く直前に何か言ってなかった?」
「私が?」
「ええ確か……ミツ、ザネ?そんな風に聞こえたんだけど。誰かの名前かしら?」
「……私の弟だ」
「ああ、なるほど。昨日話してた」
合点がいったように夕張は、ポンと手を打ち合わせる。
「ふふっ、そうやって口に出してしまうなんて、やっぱり家族が恋しいんじゃないの?」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら夕張は言う。
「どうだろうな」
「え?」
「ここに来る前……最後に会った時に、派手に喧嘩をしてしまってな。弟とはそれっきりだ」
「あっ……ごめんなさい無神経な事言っちゃって」
夕張は申し訳なさそうに顔を少し俯かせた。
「気にするな。もう過ぎた話だしな」
「そう……仲直り、出来ると良いわね」
「……ああ」
二人は司令室のある上階へ続く階段を昇りはじめた。