『仮面ライダー鎧武』『艦隊これくしょん』の基本設定をベースに独自要素、解釈を詰め込んでおります。
本作における艦娘の設定は公式ノベライズ作品『陽炎、抜錨します!』及び『鶴翼の絆』を参考としております。
※今後、分量が多い話は複数パートに分けて投稿します。
目の前のお盆の上に置かれた、陶器を手に取る。その器の中には鰹と昆布の出汁香るつゆが、程よく満たされていた。
せいろの上にたっぷりと盛られた蕎麦を箸でつかみ、半分程度つゆに浸すと一息にそれを啜る。
そして隣の皿に盛られた、ほのかに湯気を立てている揚げたての海老天を、軽くつゆに浸し口へと運ぶ。
衣がサクッと小気味よい音を奏で、出汁と海老の香りが、口いっぱいに広がった。
「―――っ!美味しいッ!」
感嘆のあまり、ギュッと閉じていた目を見開き、幸せいっぱいといった表情を浮かべ、夕張は声をあげた。
訓練を終えた一同は、昼食のために食堂へとやってきていた。
「夕張さんって本当に蕎麦が好きですよね。週に何度も食べてるみたいですけど、飽きないんですか?」
夕張の隣に座る陽炎が尋ねる。そんな彼女の昼食は、シーフードカレーであった。
「ええ全然!食べ方のバリエーションが豊富で良いのよ、蕎麦って。夏はこうしてキュッと水で締めたコシのある麺が堪らなく美味しくて、冬は熱々のつゆに揚げたてのかき揚げを浸したりとか、海老天をのせて食べるのが最高だわ!お肉や卵、山菜、とろろ、何にでも合って組み合わせは無限大!色々試して楽しめる!ホント素晴らしいわ!」
蕎麦の魅力を熱く語る夕張。対して、話しかけた陽炎は「アハハ……」と引き気味に乾いた笑い声を出していた。
夕張の向かいに座る貴虎も、彼女の勧めで昼食は蕎麦を注文していた。
特に蕎麦好きというわけではない貴虎ではあったが、その味は大変美味に感じられた。さすがに毎日とまではいかないが、いくらでも食べられそうな気がした。夕張が熱心に語るだけのことはあると思われた。
「はい、天龍ちゃん、あ~ん」
貴虎達のいる所から、少し離れた席より声がする。
そちらへ視線を向けると、一足先に食堂へ来ていた天龍と龍田が食事をしていた。
龍田は箸で掴んだ鶏の竜田揚げを、向かいの天龍へ差し出している。
「やめろって、ガキじゃないんだから!自分で取るよ!」
天龍は龍田の目の前の皿から、サッと竜田揚げを掴み取ると、自らの口へ放り込んだ。
「も~天龍ちゃんったら、恥ずかしがっちゃって、カワイイ~!」
「うるへぇ!」
竜田揚げを頬張ったまま言うと、茶碗に盛られた白飯をガツガツとかっこんだ。
そんな天龍の様子を見つめる龍田は、ご満悦といった表情を浮かべていた。
二人の席からは、他者が近寄りがたい雰囲気が醸し出されており、実際その周囲には空席が目立っていた。
「あの二人は、随分と仲が良いのだな」
「いや、あれは仲が良いという次元を超えているような……」
「龍田さんは、天龍さんの事となると何をするかわかりませんし……」
その光景を何の気なしに見る貴虎とは対照に、夕張や陽炎を始めとした艦娘達は、複雑そうな表情をしていた。
「見せつけてくれちゃってるね~、あのお二人さんは」
と、言いつつ近づいてくる艦娘がいた。川内である。その少し後ろから、神通と那珂も付いてきていた。
「ここ、空いてる?」
貴虎達が頷いたのを確認すると三人は席に着き、昼食の乗せられたお盆を置くと
「も~那珂ちゃんおなかペコペコ。いっただっきま~す!」
「いただきます」
「いただきまーす!」
三者三様に言葉を発し、食事を取りはじめた。
そんな三人の様子を見ていた吹雪が、辺りをキョロキョロと見渡して首を傾げた。
「皆さんは、四人で哨戒任務に行かれてたんですよね?叢雲はどうしたんですか?」
確かに、一緒に出撃したはずの叢雲の姿は、食堂内のどこにも見当たらなかった。
「ん?ああ、あの子だったら、自主トレをしてから来るってさ。熱心だよねホント」
「自主トレですか?皆さんと一緒に帰投したばっかりですよね?どうして……」
「まあそれは、神通のせいだよね」
「私ですか?」
神通は箸を止めて、川内の方を見やる。
「だってさ、旗艦のあんたが激しい航行するからさ」
「どういう事?」
一通り食事を終えた夕張が会話に加わる。
「いや、駆逐艦の娘が編成に加わるからさ、いつもの私達の航行よりも、ペース落として行こうとしたんだよ。私達の動きに慣れてない娘には、負担が大きいって思ってさ。そしたら叢雲が「遠慮はいらないわ!」なんて言うもんだから、神通が本気出しちゃってね。案の定、叢雲は何度も置いてかれそうになったり、水面を転げまわったり、な~んて有様で大変な目にあってたんだよ」
「あ~それは……いくら叢雲がそう言っても、真に受けちゃだめよ神通」
「そうそう、神通は変な所でバカ正直だから」
苦笑交じりに言う夕張と川内。それに対し神通は、若干の弱々しさを感じさせる声色で抗議の声をあげる。
「そ、そんな、真に受けてなんかいませんよ。ちゃんと加減はさせてもらいました」
「あれで?」
「はい。ちゃんと普段の九割五分に加減しておきました」
「きゅ、九割五分って……それ加減って言うの?」
と若干引き気味の夕張。
「叢雲さんの要望も、最大限考慮してそうしたのですが、何か間違っていたでしょうか?」
きょとんとした表情で言う神通。それを見た川内は、やれやれといった具合で肩をすくめた。
「ふふふ、今朝の哨戒任務は、上手くいったみたいですね」
微笑混じりの穏やかな声が聞こえてくる。
一同がその声の方へ目を向けると、そこには鳳翔の姿があった。
彼女は大きめのお盆を両手で持っている。「失礼しますね」と前置きをして彼女は、テーブルの上にお盆を乗せた。
そこには、人数分の冷茶と饅頭が並べられている。
冷茶は透明な茶器に注がれており、見ているだけで涼しげな気分になってくるような風情があった。
「よろしければ、皆さん召し上がって下さい」
「わあ、ありがとうございます!」
「いただきます」
「ありがと、鳳翔さん!」
その場にいた駆逐艦娘達、吹雪、不知火、陽炎が真っ先に菓子へと手を伸ばした。年頃の少女だけあってか、甘いものには目がない様子であった。
「鳳翔さんは、お昼ごはん食べないんですか?」
「私は訓練の前に軽く済ませましたので」
夕張の問いに答え「あのお二人には後で渡しておきましょう」と天龍、龍田の方へ視線を向けた後で、鳳翔もまた饅頭とお茶へ手を伸ばした。
昼食を終えた者達は談笑をしつつ、ティータイムを満喫している。
その雰囲気に貴虎も、穏やかな気持ちで浸っていた。
午前中に様々な施設を周っていた時にもそうであったが、不思議とこの基地には、よそ者である彼に疎外感を感じさせるような空気というものが、無いように思われた。
お茶を啜りつつ鳳翔は、皆が談笑する光景を愛おしむように見ていた。すると
「この基地も随分と様変わりしましたね」
と、神通が言葉を漏らした。
「ええ、本当に。神通さんが前に所属していた時には、想像もつかなかったでしょう?」
「はい。以前は何処にいても、緊張した空気に包まれていましたので」
「以前は?」
二人の会話を耳にした貴虎が思わず口にした。
「あ、はい。前任の提督は、風紀に厳しい方でしたので……」
貴虎の呟きに対し、神通が律儀に答える。
それを聞いた貴虎は、鳳翔が今の提督は着任して一年程だと言っていたのを思い出す。
思案顔の貴虎を見た鳳翔は、軽く微笑むと
「興味がおありなら、お話致しましょうか?」
と声をかけてきた。
「ええ、お願いします」
頷く貴虎。
「あっ、それ私も聞きたい!」
と、夕張が興味津々といった様子で話に加わってきた。
「何故だ、夕張はこの基地の者だろう?」
貴虎が怪訝な表情で夕張に問う。
「あ、そういえば貴虎は知らないのか。私がこの基地に配属になったのはね、今の提督が着任した後だったの。だからその前の基地の様子ってよく分からないのよ。みんなから話を聞いた事もないし」
「なるほどな」
「あの、私も聞かせてほしいです」
吹雪がおずおずと手を上げる。
「私も夕張さんと着任時期は、ほぼ同じでしたので」
「わかりました。では少し長くなりますが……」
と前置きをして鳳翔は語り出した。
「約一年と数カ月前、この基地にいた前任の提督は、先程も言いましたが非常に厳しい方でした」
――――――――――――――――――――――――――――――
激しく駆動する足元の主機が海水をかき分け、水しぶきを巻き上げる。
最大船速で洋上を駆ける叢雲は、遠方に浮かぶ的へと狙いを定め、背負った艤装から伸びるアームの先に装着されている連装砲を撃つ。放たれた砲弾は、初弾が的を飛び越え着水、次弾が的の手前に落ち、水柱を作りだす。
その結果を元に狙いを微調整、精度を上げた一撃を撃ち込む。と同時に叢雲は、急速に方向転換を開始する。
速度は維持したままで。
横目で的への着弾を確認しつつ、次の目標へ意識を向けようとした瞬間、強烈な遠心力が叢雲の身体に働き、そのバランスを大きく崩した。必死で体勢を立て直そうと試みるも、抗うことは敵わず、彼女の身体は転倒し、着水。
猛スピードを保ったまま水面に叩きつけられた叢雲は、水切りの石のように何度も何度も跳ねた後に停止した。
水上に仰向けに倒れ込んだ叢雲の頬を、小さな波がパシャりと打ちつける。艤装により働く浮力のおかげで、そんな姿勢であっても艦娘の身体は沈むことは無い。そのまま休むことも可能であったが、叢雲は疲れた身体に鞭打って、ゆっくりと立ち上がった。
口の中に入った海水をペッと吐き出す。塩辛さが口の中に溢れかえっていたが、不快ではなかった。むしろ、どこか心地よさを感じさせる程だった。
こんなにも一心不乱に訓練に励んだのはいつ以来だろう、と叢雲は考え記憶を辿る。そして……
「最悪……」と呟いた。
とにかく気に食わない男だった。
“何処が?”と言われると困る。あまりに多すぎて。
少なくとも自分の、仲間の命を預けるに足る人物だとは思えなかった。
第一印象から上官として敬える人物と感じられなかった。
「貴様、態度がなっとらんな」
そして、それがその男が自分に放った第一声だった。
「アンタこそ艦隊司令官としてなってないわね。それでアタシらを指揮していけると思ってるの?」
叢雲は間髪入れずに、男に対し言葉を返した。
艦娘は通常の軍隊とは異なった設備、指揮系統にて運用される。それは深海棲艦と戦うために生まれた艦娘の持つ特性ゆえであり、風紀や規則などの面でも、違っている点が多岐に渡った。
その一例として、言葉遣いや生活態度が挙げられる。これらは通常の軍であれば、定められた規範のもと、厳しく指導されるものであろうが、艦娘達に対しては、任務に差し支えの無い範囲であれば、特に咎められることはなかった。事実、艦娘には常に酒をあおっているような者や、どんな時もネットスラングなどを、恒常的に口にする者などがいたりする。
そもそも艦娘とは、誰にでもなれるものではない。艦娘になるために必要な資質や、適性が無ければならないのである。そして、それを持つ者は非常に少ない。
適性が無ければ、艤装を身に付けようとも、まともに動かすことは出来ず、攻撃を放ったとしても、深海棲艦には傷一つ付けることは不可能なのだ。
それ故に艦娘は、性格や言動などよりも、資質が最優先にされ選ばれる。
――もっとも、人格的に致命的レベルの問題がある人間であっても、選抜されるなどという事は流石に無いのだが――
本来なら軍隊生活に適さない者であっても、艦娘になれる。叢雲などは正にその類であった。
彼女らを指揮する提督もそれを理解し、多少の無礼な振る舞いがあろうとも笑って許せるような、艦娘運用に適した資質を持つ人間がなるのが一般的であった。
これは艦娘運用の総司令部である横須賀鎮守府の提督の裁量が、大きく関わっているらしいと言われている。
だが、かつて叢雲らを指揮していた提督は違っていた。
国の海軍本部から転属してきたその男は、基地に所属する艦娘達を厳しい規則で縛り上げた。
提督に対する態度、作戦行動中の振舞い、言葉遣いはもちろんのこと、非番時の生活態度、必要以上に大勢で集まり話すことの禁止、その他諸々。その時の艦娘達にとって、自由は皆無に等しかった。
前任提督のやり方は、風紀を正す、というよりも何かしらの私怨でも混じっているのでは?と思わせる程。
実際、その男の艦娘に対する接し方は、事務的で冷徹、とても信頼、愛情のようなものは感じられなかった。
慣例とのあまりの違いに、横須賀鎮守府に対し抗議の声を上げる者もいたが、返答らしい返答は無かった。
頑として方針を曲げないどころか、反抗する者には罰則まで容赦無く課してくるその提督の姿勢に、反発をしていた艦娘達は、やがて諦めを覚え出す。そして、渋々ながらも彼のやり方に従っていった。
だが叢雲は違った。
初対面時に提督へ辛辣な言葉を浴びせた叢雲は、その怒りを買い、戦闘に関する全ての事柄に関わる事を禁じられる。
実戦・演習に参加することは勿論、遠征・訓練への参加、艤装・兵装に触れることすら禁止された。
その間彼女に与えられた仕事は、基地内の清掃などをはじめとした雑用などだ。休む暇も殆どない程大量の。
叢雲が態度を改め謝罪すれば、彼もその禁止令を撤回したかもしれなかったが、叢雲は決して折れることは無かった。
そんな彼女を見かねた他の艦娘達が、説得をする事もあった。
意地を張ってもしょうがない。シャクなのは皆同じ。このままじゃ叢雲が損をするだけだ。賢く振舞え、大人になれ……と。
だが叢雲は、それをも拒否し続ける。
確かに自分の態度、振舞いは“子供”っぽいのだろう。そしてそれは、戦場に赴く者として失格なのかもしれない。
自分でもわかる。だが理不尽な事をする人間に、およそ信頼できない、してくれない人間に黙って従うのが“大人”なのか?戦場に身を置く者が、命を預けるに値しないと思う人間に従えるのか?
嫌悪感と疑念を抱きつつ叢雲は、いけ好かない男の押し付ける雑務を淡々とこなし続けた。心と体は常に疲弊していたが、辛そうな表情を見せると、男は満足げな笑みを浮かべる時があったので、努めて平静に、時には余裕の笑みさえも浮かべつつ。
そんな苦難の日々を叢雲は過ごしてきた。
自分が知る限り最悪の人間であった、前任の提督がいなくなった日。
叢雲は男の目を盗んで密かに手入れしていた愛用の艤装を装着し、海へ飛び出した。そして、朝から休まず気を失うまで、一心不乱に訓練をし続けた。その時の、海風と水しぶきが顔を打ち付ける何ともいえない快感は、今でもハッキリ覚えている。
叢雲は少しずつ主機の回転数を上げていく。徐々に速度を増し、洋上を駆けだす。
あの悪夢のような日々はもう過ぎ去った。今はひたすらに、自分を高めることに集中できる。
更に、自分は限られた期間ではあるが横須賀の精鋭、川内型の、かの有名な神通と同じ部隊に配属されたのだ。このチャンスは絶対に無駄にしない。
胸に熱い思いをたぎらせながら、叢雲は訓練を再開した。
――――――――――――――――――――――――――――――
「そんなことが……私、何も知らなくて……」
友人の過去を始めて知った吹雪。ショックを隠し切れない様子で彼女は俯く。
「別にあなたが気に病むことないのよ。私達も話してなかったんだし。ていうか、そもそも思い出す気にならなかったから、前の司令がいた時のこと」
陽炎が言う。
「でもさ、不知火とかは平気だったんじゃない?余計な事とか冗談とかあまり言わないし、仕事はテキパキこなすし、軍人向きな性格してるし。実際、結構気に入られてたっぽいじゃん?」
「そうでしょうか?」
「絶対そうだって」
陽炎の声に対し、表情一つ変えることなく答え、不知火は茶を一口飲む。
「ですが、陽炎と同様に私も前任司令の事は、あまり思い出したくはありません」
「どうしてよ?」
「あの方は、陽炎達に優しくありませんでしたから」
ポツリと告げられた不知火の言葉に対して、目をパチクりとさせた陽炎だったが、その発言の意味を理解すると、満面の笑みを浮かべ、不知火の頭を抱えるように抱き寄せ撫で始めた。
「苦しいです、陽炎」
そう言う不知火であったが、その表情に不快な思いをしている様子は感じられなかった。
「でも、前任の提督はどうしてこの基地を去ったんですか?」
夕張が鳳翔に問いかけた。鳳翔は一呼吸おいてゆっくりと口を開く。
「事故があったんです」
「事故?」
「それは一体どういう?」
貴虎が言う。
「それは私がお話しした方が良いかもしれませんね」
神通が口を開いた。
「あれは私が他の方々と一緒に、輸送船の護衛任務に就いていた時でした……」
その日、ここ伊豆諸島の基地に所属していた神通は、とある輸送船の護衛任務を担当する事となった。
輸送船は横須賀へと向かう船であり、横須賀鎮守府に出向く予定であった前任提督も乗船していた。
当時の日本近海は、今よりも深海棲艦の動きが活発であり、制海権内の護衛任務といえども油断はならなかった。
護衛に就く艦娘の数も六人が基本、全員が綿密な計画と確実な指揮の下、信頼をもって行われなければならない。
提督の作戦立案と旗艦への伝達、旗艦から随伴の艦娘へのスムーズな意思疎通を図るために必要な事は、特に念入りに行われるのが常識である。
が、その時の前任提督はそれをしなかった。
いつもと異なり部下の艦娘達が全員、目の届く範囲にいるという事で、全ての指揮を自らが執り行おうとしたのだ。
無論艦娘達は異議を唱えたが、男はそれを聞き入れず、旗艦すらも任命せず、護衛任務の詳細までも艦娘達に教えようとしなかった。ただ一言「貴様らは黙って私に従えば良いのだ!」とだけ口にして。
その後、指揮のため甲板上に立つ提督から無線で下される指示に従いつつ、艦娘達は護衛航行を開始した。
そして出港して数時間後……輸送船は深海棲艦の襲撃を受けた。
輸送船の航路に立ちふさがるように、数隻の軽巡洋艦と駆逐艦が展開。
前任提督は、護衛艦全員でこれらを排除するように、と艦娘達に命じた。
万一に備え輸送船の傍らに誰か残すべき、と意見具申した者もいたが、それは聞き入れられなかった。
「ソナー及びレーダーには、目の前の敵艦以外の反応は無いとの報告を艦橋より受けている。一刻も早く、忌々しい眼前の脅威を排除せよ。従わない者は厳罰に処す」
その言葉に艦娘達は従わざるを得ず、全員が揃って敵艦の迎撃に向かう事となる。
通常の船舶に搭載されている電探の類は、深海棲艦相手には効果が薄い。その事は周知の事実のはずであったが、前任の提督は、それを全く意に介することは無かった。海軍出身の提督には、自らの経験、考えを過信しすぎるきらいがあった。この判断にもそれは如実に表れていた。そしてその慢心は、深海棲艦に付け入る隙を十分に与えてしまったのだ。
輸送船に立ちふさがった深海棲艦の艦隊、それはいわば陽動部隊であった。
不完全な索敵網と、手薄になった守りを悠々と潜り抜け、潜んでいた敵の潜水艦が接近。輸送船へ魚雷を発射した。
無論、突然の攻撃を回避しきれるはずも無く、数本の魚雷が命中。輸送船は航行不能に陥ってしまったのである。
更には、魚雷着弾の衝撃で、甲板上にて指揮をとっていた提督が、海へと投げ出されてしまう。
潜水艦の襲撃、提督の水没、それによる指揮系統の混乱。不測の事態が重なったことにより、最悪の状況に叩き込まれてしまった艦娘達。敵艦隊の迎撃に向かった艦娘の中には、輸送船の護衛に戻ろうとした者もいた。
しかし戦場と化した洋上は、艦娘達の状況報告や、輸送船からの被害報告などの無線通信が雑多に入り乱れ、お互いの状況、位置関係、敵艦の動き、どれも誰一人として正確に情報を把握できてはいなかった。
未だかつて経験したことのないイレギュラーな状況に、艦娘達は、ただ翻弄されるばかり。
艦隊全滅という最悪の事態を、誰もが思い浮かべだした。その時だった。
「神通、お前が旗艦を務めるんだ」
「輸送船の艦橋から無線が入ってきました。続けて戦況、被害状況、対応策などの情報が私達に知らされました。それを受けて私達は冷静さを取り戻し、艦隊を二分、敵艦隊及び潜水艦部隊の撃沈に成功したのです。幸いにも私を含めた艦娘全員に大きな損害は無く、海に投げ出された前任提督も救助され、一命を取りとめました。そして、派遣されてきた横須賀からの救援部隊と合流し、無事に鎮守府まで到着できたんです」
「あの、神通さん。その指示を出したのは誰だったんですか?その時の司令は、海に落ちてしまったんじゃあ……」
吹雪の疑問に、神通は微笑を浮かべて答えた。
「それは、今この基地で私達を指揮してくださっている
「司令官が!?」
「どういう事だ?輸送船に、提督が二人も存在していたというのは……」
「前任の提督の横須賀行きの理由が、夷提督を横須賀まで連れて行く、というものだったのです。厳密に言うとあの方は、その時まだ提督ではなかったのですが」
「提督ではなかった?」
「貴虎さん、あなたと同じように、今の提督も漂流者だったのです」
鳳翔が言った。
先の話の出来事の数ヶ月前、島の海岸線を散歩していた鳳翔は、浜辺に倒れこんでいる男の姿を発見した。
その男の体には銃創、火傷などの酷い怪我が刻まれており、意識は不明。治療に当たった医師曰く、生きているのが不思議な状態とのことであった。
基本的に艦娘やその部隊が、海難事故被害者、漂流者などを保護した場合、身元を確認の上、しかるべき所まで送り返すのが原則となっている。
また、先のケースのように、保護された者の身元特定が困難、移送する事が危険を伴うと判断された場合、泊地・基地などの施設で治療を施す。
そして、移送可能の判断された場合、最も規模の大きな最寄りの鎮守府へ傷病者は送られ、治療中に知り得た機密等を他言しないよう、誓約書へサインさせた上で、元の生活へと戻っていく、というのが一般的な流れであった。
治療の補助や身の回りの世話は、担当職員以外にも、救命処置等の学習の一環として艦娘が行う事があり、その場での彼女らとのやり取りについても、厳しい箝口令が敷かれる事となる。ちなみに、この時は鳳翔や神通が世話を担当する機会が多かった。
やがて車椅子を用いれば動けるほどに回復した男は、横須賀鎮守府へと移送される事となる。その時に、件の事態に遭遇したというわけであった。
「ちょっと待って!ってことは提督って民間人だったのよね?その指示に従ったっていうの!?」
夕張が信じられない、といった表情で言う。
「あ、その、それは……下された指示が、非常に理に適っていると思われましたし、何より……」
「……何より?」
「安心感を感じたんです。その声に」
「いや、だからって……ねぇ。実は軍の関係者だった、とかだったら納得いくけど」
「実際、そこの所はわかりません。提督の経歴について、私達は何も知らされていませんので」
と鳳翔。
「事実としてわかっているのは、艦隊の危機を救ったという功績が、横須賀の提督に認められたのと、前任の提督が艦隊指揮を続行するのが不可能と判断されたために、入れ替わりでこの基地へ今の提督が配属となったという事だけです」
「何だか、今の貴虎と状況が凄く似てるのね……」
「そうだな、私も驚いたよ」
夕張の言葉に、貴虎は相槌をうつ。
「提督って凄い人だったんだな~。那珂ちゃん憧れちゃうかも!」
と、今まで話に加わっていなかった那珂が、目を輝かせながら言う。
「へぇ、那珂がそんな風に興味を示すなんて珍しいじゃん。武勇伝みたいな話に関心あったんだ」
と川内。
「だって、突然の大舞台で大成功して、スカウトされて、大役に大抜擢なんて、みんなが憧れるアイドルのシンデレラストーリーみたいでしょ?那珂ちゃん、そういうのに憧れちゃう!そうやって華々しくデビューして、スターの階段を駆け上がりたいな~」
「って、そういう理由!?提督は、アイドルでもシンデレラでもないっての!」
と、川内は那珂の額を、軽く指で弾いた。
「痛っ!も~~!顔はやめてってば~!」
那珂は涙目で、川内の肩をポカポカと叩く。
その様子を見て周りの者達は、思わず吹き出していた。楽し気な笑い声が周囲を包み込む。
貴虎もその光景に、思わず笑みをこぼす。
すると、食堂の入り口から声が聞こえてきた。
「あっ、おったおった!貴虎は~ん!龍田は~ん!司令はんが執務室で呼んどったで~!」
黒潮が、大きく手を振りながら声をかけてきた。
「あら~もうそんな時間なの?ざんね~ん」
天龍と戯れていた龍田は、そう言うと立ち上がり
「ごめんね天龍ちゃん。午後のお仕事始まっちゃうから行ってくるわ」
と、名残惜しそうに天龍に別れを告げ、貴虎のもとへとやってくる。
「貴虎さん、午後からは提督業務の講習よ。一緒に提督の所に行きましょ~」
「ああ、わかった。では失礼する」
同席の艦娘達に一例をすると、龍田に連れられ貴虎は食堂を後にした。
入れ替わるように、二人を呼びにきた黒潮が、とてとてと歩いてきて席に着いた。
「そういえば、あんた今まで何してたの?」
「指令はんの手伝いしとった。あと、散歩やな」
陽炎の質問に答えながら、黒潮は卓上の饅頭を手に取りひと齧り。
「メッチャ美味いなぁ、この饅頭!」
満足そうに頬に手を当てる。
「やれやれまいったぜ」
と、呟きつつ離れた席にいた天龍もやってきた。
「相変わらずのラブラブっぷりだったね」
「うるせぇよ」
川内の茶化しに対しそう返す天龍だったが、その声色に嫌悪や怒気のようなものは感じられない。
何だかんだ言いつつ、天龍自身も龍田とのコミュニケーションは嫌ではないらしい。
「にしても、こんな大勢で何を話してたんだ?」
「話って、何かあったん?」
「昔話を少々、前任提督時代の事を」
天龍と黒潮の質問に鳳翔が答える。それを聞いた天龍は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「そうか」
と、ぶっきらぼうに一言呟き、お茶を口にする天龍。彼女はこの話題に乗る気は全く無い様であった。
それから一同は、再び会話を始める。すると程なくして……
「あら、ゾロゾロとこんなに揃ってお昼なんて珍しい。何かあったの?」
自主トレを終えた叢雲が、昼食のカレーを手にやってきた。
「……何なのその目。私の顔に何か付いてる?」
先程の鳳翔の話を聞いていたせいか、その場にいた多くの者が、揃って無意識のうちに叢雲へと視線を向けていた。
途中から話に加わった天龍と黒潮は、キョトンとした表情を浮かべている。
一同の様子を不審がるように、叢雲は目を細める。
(まずい……)
一部の艦娘達に緊張が走る。
叢雲はプライドの高い艦娘だ。先の話にもある事からも分かるように。そんな彼女に同情、哀れみの目を向けていたと気取られれば、不機嫌になるのは間違いない。何より、昔の記憶に触れるのは憚られる。
「何でもありませんよ。それよりも、自主トレは満足に出来ましたか?」
神通が努めて平静を装って、声をかけた。
皆が心の中で「神通ナイス!」と彼女に感謝しつつ、自然に目をそらしたり、お茶を手にしたりする。
「ええ、問題なかったわよ」
と、席に着いた叢雲の手を、吹雪が突然両手でガシッと握りしめた。
「叢雲!」
瞳を潤ませながら、吹雪は叢雲の眼じっとを見つめる。
その様子に叢雲ならずも、その場にいた全員がドキッとした。
「なっ……いきなり何よ」
「一緒に頑張ろう!訓練も演習も実戦も、一緒に!一緒に思う存っっ分やろうね!」
「え、あ、ええ……?そう、アンタも自主トレしたいの?……好きにすれば?」
「うん!やる!私やるよ!頑張る!!」
お互いの思いは、まったく噛み合ってはいなかったが、叢雲は吹雪の態度をそういう事だと判断したようだ。
一時は焦りを抱いた艦娘達も、その様子を見て、心の中で安堵の溜息を吐いた。
「そういえば、さっきここに来る途中で貴虎と龍田の二人とすれ違ったわ。昨日、自分の首筋にナイフを突きつけた女と隣り合って平然と歩けるなんて、大した胆の座りっぷりよね貴虎ってば」
食事をとり始めつつ、叢雲が言う。
そういえば、といった具合で皆昨夜の出来事を思い出した。朝の基地周辺の捜索や訓練をこなすのに気がいって、その事はすっかり頭から抜け落ちていたのだった。
「まあ、お互いスッキリと水に流した、って感じなんじゃないの?」
夕張が言う。
「ふ~ん、まあ私には関係ないから別にいいけど」
叢雲はスプーンですくったカレーを、口に放り込む。
「でも、本当に貴虎って得体が知れない気がするわ。一時的な記憶喪失になってすぐ戻ったって都合良すぎじゃないの?」
「そうかしら?」
「夕張、アンタ輸送船護衛の出港前にちょっと怪しんでなかった?私たちと一緒に」
叢雲は、吹雪の方にも視線を向ける。吹雪は目を瞬かせた後に
「あったねそんな事。でも変なことじゃないと思うよ」
と告げ立ち上がると、食堂備え付けの雑誌棚へ向かい、幾つかの雑誌を持ってきた。
叢雲は、その表紙に書かれた見出し文を口に出す。
「深海棲艦襲撃が人類の心に牙をむく!急増するPTSD!新たなる脅威!?外因性短期記憶障害にせまる……?」
「鎮守府が発行し始めた広報誌なんだって。こないだ夕張さんに教えてもらったの」
「いや、私も龍田に教えてもらってね。あの輸送任務があった日に。これを読んでこういう事もあるんだなって、勉強になったわ」
スプーンを置き、パラパラと雑誌をめくる叢雲。軽く記事に目を通してみる。
輸送船団所属のA氏は、外因ショック性短期的記憶障害を煩っている。その直接的原因は深海棲艦、その襲撃である。
氏の所属する船団は某日、大陸と我が国を往復する輸送航路を航行中に深海棲艦の襲撃を受け、船団の半分以上が沈没するという甚大な損害を被る。
だが、輸送船団員にとって深海棲艦との遭遇は日常茶飯事ともいえる。事実、A氏はこれまでに何度も深海棲艦との遭遇を経験しており、ある時は自らが乗る船が沈められるという、衝撃的な出来事にも出くわした。
そんな彼が、何故ショック性記憶障害を煩ったのか、それは船が襲われた時の状況にあった。
深海棲艦の襲撃を受ける直前、輸送船団はシージャックにあっていたのだ。
漂流者を装った強盗団。罠にかかり、それを救助した輸送船団旗艦は、制圧されてしまう。
武装集団は銃撃戦の末、船員らを人質にとる。A氏は、その際に同僚達が殺害されるという衝撃的な光景を目の当たりにしてしまったのだ。
更にそこへ深海棲艦の襲撃、複数の衝撃的な出来事に直面したA氏の精神は、大きなダメージを負ってしまう。
これがA氏の記憶障害の原因のあらましである。
この様なケースについて脳神経学の権威である○○大学のD教授はこう語る……
なかなかに記事は本格的で、著名な大学教授へのインタビューや各種データ表等もあり、読みごたえがありそうな内容だった。
「なるほどね」
と、本を閉じる叢雲。
「他にも戦術論とか、艦娘のコラムとか、ちょっとした娯楽情報とか、色々載ってる号もあるんだよ」
吹雪から更に渡された広報誌を、ペラリとめくる。目次を見ると、確かにそんな記事も見受けられる。
と、叢雲は編集スタッフリストの中に気になる文字を発見した。
【責任編集”重巡洋艦青葉”】
「……コレ本当に信憑性あるの?」
思わず叢雲の口からそんな言葉が漏れた。