『仮面ライダー鎧武』『艦隊これくしょん』の基本設定をベースに独自要素、解釈を詰め込んでおります。
本作における艦娘の設定は公式ノベライズ作品『陽炎、抜錨します!』及び『鶴翼の絆』を参考としております。
※今後、分量が多い話は複数パートに分けて投稿します。
闇夜の森には戦闘により発生したと思われる音が、様々な方角から響いていた。
そんな中を三人の艦娘が駆けていた。
基地襲撃の報を受けて、哨戒任務より緊急帰投した神通、不知火、叢雲の三名である。
彼女らは装備もそのままに、戦闘の起こっていると思われる場所を目指していた。
遠方より、一際大きな音が響き渡る。
不知火が音のした方向へと、鋭い視線をチラリと向けた。
「また爆発音……加えて砲声音でしょうか?」
「ったく!職員の人達もパニック状態で状況を何もわかってないし、他のみんなは誰もいないし!一体何なのよ!」
叢雲が苛立たし気に声を荒げる。
「深海棲艦による襲撃、ではなさそうですが……」
先頭を駆ける神通が呟く。
(海賊やテロリストの類でしょうか?生活に困窮する人々、或いはならず者が徒党を組んでその様な行為に及ぶという話を耳にした事はありますが……だとすれば、よりにもよって何故この基地を?)
全速力で駆けつつ神通は思案する。
世界が深海棲艦の脅威に晒されていようとも自らの生存、欲望の為、あるいは快楽の為、同族を手にかける事を厭わない人間は存在する。艦娘は、時にその様な者らが起こした事件に対処する事も――稀にではあるが――ある。
人々を異形の脅威から守る存在が、人に仇名す人に武器を向ける。どの世でも不条理と矛盾とが存在しているのであった。しかしながら、それをも飲み込みながら人は、艦娘は生きてゆかねばならない。
「!?」
と、神通が何かに気付き、後方を走る叢雲と不知火を手で制した。
急停止した二人は、前方を見据えたままの神通から後ろ手に送られるサインに従って身を屈め、息を潜める。木と茂みの影に隠れ、三人は前方の様子を窺う。
その先には奇妙な出で立ちの人影が四体。
縦縞模様の刻まれた被り物をした者と、宝石のような被り物をした者らとが、骸骨のような被り物をした者と相対している様子が見られた。
「何なのよ、アイツら」
「……何かの催しでしょうか?商業施設のイベントのポスターで、似たような物を見たことがあります」
「こんな所でお子様向けのショー?冗談でしょ?」
「はい、まるで冗談のような光景です」
と叢雲と不知火が小声でやり取りをする。
程なくして、この場から遠く離れた森の一角から、黄金色の光が天へ向けて昇るように出現した。
前方の人影も、息を潜める三人の艦娘らも、その異様な光景に目を奪われる。
「な、何の光よアレ……」
驚愕した叢雲が思わず呟きを漏らす。他の三人も同様にこの状況に困惑し、暫し黙していた。
「……意見具申します。前方にいる謎の、恐らくこの騒動に関係しているであろう者達は、我々に気付いていません。この隙にここから離れ、他の仲間と合流するのが最善かと思われます」
と不知火が神通に告げた。
「私も同意見。もしかしたら仲間割れの真っ最中だったのかもしれないし、ここで下手に動いて一斉に襲ってこられたら厄介に過ぎるわ」
叢雲も不知火の提案に同意した。
それを受けた神通は、再び前方の謎の集団へと目を向ける。
縦縞模様の被り物に青を基調とした意匠の姿をした人物が、骸骨の被り物をした人物へ向けて、何やら話している様子が見受けられる。両者の会話の内容は、神通らのいる位置からは聞き取れなかった。
やがて謎の集団の三人と、対峙する一人は臨戦態勢へと移っていく。
不知火の提案の通りにこの場を去るのであれば、この状況は神通らにとって絶好の機会であった。だがしかし
「…………総員この場にて待機。暫し様子を見ます」
神通はそのように決断した。
――――――――――――――――――――――――――――――
一時は穏やかになりつつあった風が、今また強く吹き荒れる。
枝葉が揺らされ、ザワザワと音をたてた。
ディエンドとの間合いを測るように、スカルはゆっくりと歩を進める。左足を若干引き摺るようにしながら。
今までは抑えられていた古傷の痛みや違和感が、ここにきて強くなってきていた。
(俺の体はもって数分。それまでに決着をつけねばならんだろうが……)
思案するスカルは、何気なしに馴染みの動きで右手を頭の上へと持っていく。
だが、途中で本来そこにある帽子が弾き飛ばされていた事に気付き、その手を止める。
彼は自嘲気味に軽く息を漏らすと歩みを止め、ディエンドらに向けて構えをとった。
そして暫しの後、風がピタリと止み、周囲の空気が一瞬沈黙する。
それがまるで合図であったかのように、彼らの最後の交戦が始まった。
そこからの攻防は僅か三分にも満たないうちに終結する。
先んじて動いたのはスカルであった。
彼は真っ直ぐに駆け出して、銃撃の連射を敵の集団に向け浴びせかけた
メイジの一体がこれに対し、バリアの魔法による障壁を展開。スカルの初撃は防がれてしまう。
【ATTACK RIDE BLAST!】
愛銃にカードを装填したディエンドが反撃。強力な連続射撃が放たれた。
無論反撃があるであろう事はスカルも承知の上。銃撃が放たれると同時に、彼は左方向へ身を投げ出した。
地面の上を数度転げ回り攻撃から逃れると、即座に手足に力を込め、クラウチングスタートのように低い姿勢から、全力で敵の横合い目がけて駆け出した。
再度ディエンドの銃撃が、彼を追うように放たれる。
しかしながら、それはスカルの横へと着弾。数センチ程度の僅かな差で当たらない。
メイジが出す障壁は、前方にのみ展開される。左右・後方まで覆う程の大きさは兼ね備えていない。
スカルは守りの手薄な位置を狙い、スカルマグナムの引き金を引いた。
放たれた銃弾の何発かが、ディエンドやメイジの身体へと命中。彼らの装甲から火花が散った。
僅かに怯んだ敵に対し、畳掛けるべく全力で進むスカル。
だが、一つの人影が彼目がけて跳躍する。
ライドスクレイパーを手にしたメイジが、空中から突きを放った。
スカルは身体を捻り初撃を回避。しかしながら続けざまに振り払われる連撃が、彼の脇腹を打ち付ける。
「ぐっ!」
苦悶の声を漏らすスカル。だが彼の動きは止まらない。次に突きが繰り出された瞬間、左脇へライドスクレイパーを挟み込んだ。そして得物ごとメイジを引き寄せる。
自ら放った突きの勢いとスカルの引き寄せにより、メイジはバランスを崩し前方へつんのめる。どうにか足を踏ん張って倒れ込む事は防いだ。が
「俺のおごりだ。とっておけ」
胸元に突きつけられていた銃口から弾丸が放たれる。その衝撃にメイジは身体をのけ反らせた。
「ふんっ!」
攻撃を受けたメイジの手放したライドスクレイパー。スカルは素早くそれを左手に握り、突きを放つ。
胸元に一撃を受けたメイジの体が弾き飛ばされ、地を転げると近くの木の幹に激突した。
【エクスプロージョン ナーウ】
鐘の音が響き、スカルの周囲の空気が膨大な熱量と共に弾けとんだ。
【エクスプロージョン ナーウ】
先程障壁を展開していたメイジが放った魔力が、スカルの周囲で弾け飛ぶ。
空間に突如として出現した巨大な爆炎が、森の中を赤く照しだす。眼前へとかざした手を、メイジはゆっくりと降ろす。
と、その時。爆炎の中から、何かがメイジを目がけて飛び出した。
真っ直ぐに凄まじいスピードで飛来するライドスクレイパーが、メイジの腹部に激突する。
メイジの身体が激しい衝撃を受けて、くの字に曲がった。
続けざまに炎の中から飛び出す人影。大きく腕を振り上げた仮面ライダースカル。
その右拳がメイジの頭部を目がけて振り下ろされた。
頭部に激しい一撃を受けたメイジは顔面から倒れ込み、仮面を半分ほど地面に埋める事となった。
「これで、二つ」
スカルは肩を大きく上下させた。その片足は小刻みに震えている。
と、彼の上体に火花が散り衝撃が走る。
ディエンドが銃撃を放ちつつ、スカルの元へと駆けて来る。
一瞬身体をのけ反らせたスカルだったが、即座に体勢を立て直し、迫りくるディエンドに対してタイミングを計って拳を振るった。
だが、手ごたえは無い。拳は空を切るのみ。
「遅いよ」
背後から聞こえた声に振り向くスカル。その顔面が銃床で打ち据えられた。
意識が飛びそうになるのをすんでの所で堪えて、スカルは顔を前に向ける。
彼の目に迫りくるディエンドの姿が映る。
スカルが構えるより早く、ディエンドはすれ違いざまにその身体に打撃を浴びせる。
一度、二度、三度と高速移動するディエンドの攻撃が、スカルの装甲に傷を刻んでゆく。
「はっ!」
そしてディエンドの蹴りが、スカルの背中を打つ。
蹴り飛ばされたスカルは、うつ伏せに地面へと倒れ伏したのであった。
「いい加減無駄な抵抗はやめたまえ。意地を張った所で傷が増えるなんだからさ」
倒れたスカルを見下しながら、ディエンドは嘲るように言い放つ。
「…………断る」
喉の奥から絞り出すように声を上げ、スカルはその身を起き上げ始める。
ゆっくりと、震え混じりに動く足、膝、腕がぬかるんだ地面を抉ってゆく。
ぬかるんだ地面に押し当てられるように開かていれた指が、グググッと握られてゆき、指の跡が地に刻まれる。
と、次の瞬間。スカルは握り込んだ泥を、後ろ手に投げ放った。
ディエンドの顔面目掛けて飛ぶ泥の塊。
しかしてそれは、眼前にかざされた彼の左手に受け止められた。
「そんな小細工通用するわけないだろう」
呆れ気味に言い放つディエンドに対して、起き上がったスカルが向き直る。
意識が朦朧としていた。ふらつく体に鞭打って、彼は構えをとろうとする。
【チェイン ナーウ】
だが、それはあえなく阻まれる事となった。
突如として、地面に刻まれた魔法陣の中から伸びてきた幾本もの鎖が、スカルの身体を簀巻きのように、がんじがらめに拘束したのだった。スカルに倒された二体のメイジが手をかざしつつ、ゆっくりと彼の方へと向かってきていた。
「ふぅ。ロストドライバーとスカルメモリの力、十分に見せてもらったよ。だけどもう年貢の納め時というやつだ」
ディエンドもまたスカルの元へと歩を進める。
そしてスカルの腰のロストドライバーへと手を伸ばした。
「……ん?」
ディエンドの手が止まる。ふと感じた違和感。彼は程なくしてその正体に気付く。
「スカルメモリが無い?」
本来であればメモリの刺さっているはずのスロット部分。そこには何も刺さっていない。
【スカル!マキシマムドライブ!】
力強い電子音声が鳴ると共に、スカルの身体から紫色のオーラが立ち上った。
「何っ!?」
ディエンドは咄嗟に、自分の顔を庇うように腕をかざした。
その瞬間、鎖に縛られたスカルの胸元が大きく膨れ上がった。
胸元から飛び出た髑髏型のエネルギーが、魔法の鎖を噛みちぎった。
なおも膨れるエネルギーの奔流が、ディエンドを弾き飛ばす。
ディエンドは背中をしたたかに打ちつけて、地面に倒れ込む。
そしてスカルは高く高く跳躍した。その腰のスロットに刺さったスカルメモリが唸りを上げていた。
「くっ!メモリを既に……あの泥は僕の注意を逸らすのが目的だったという事か。してやられたよ」
(あのディエンドとかいうヤツの狙いはベルトとメモリ。俺が身に付けている限りコレを奪いに必ず近づいて来る。読み通りだったな。流石に鎖の拘束は予想外だったが、それも良い目晦ましになった)
スカルは心の中で呟いた。
加えて簀巻きのように縛られたのも、功をそうしたのだった。おかげで手首を軽くひねるだけで、隙を見て腰のスロットに差していた、メモリを起動できたのであるから。
「終わりだ」
スカルの目の前には、直径一メートル程に肥大化した髑髏型のエネルギーが。
彼はそのエネルギーを、地面を背にして倒れたまままのディエンドに向けて蹴り放った。
「だけどこの勝負、僕の勝ちだ!」
ディエンドが手にしていた一枚のカードが、ドライバーへ装填された。
【FINAL ATTACK RIDE DIDIDIDIEND!】
ディエンドライバーの銃口の先から、幾枚ものカードの形をしたエネルギーが、その射線上に円を描くように展開していく。
同時に彼の周囲にいた仮面ライダーメイジの姿が崩れ、一枚のカード状の光と化した。そして銃口から飛び出したエネルギーの中に吸い込まれてゆく。
ディエンドは上空のスカルへ狙いを定め、引き金を引いた。
銃口から飛び出したビームが、スカルの蹴った髑髏と衝突。凄まじいエネルギーのぶつかり合い。眩い光が周囲を強く照らし出す。
ぶつかり合ったエネルギーの余波が、周囲に突風を巻き起こした。
髑髏の口に飛び込んだディエンドの攻撃。それは、みるみるうちに髑髏を押し返してゆく。
やがて紫の髑髏に亀裂が入る。たちまちのうちにそれは全体へと広がっていく。
次の瞬間、スカルの蹴り放った髑髏が無残にも砕け散った。髑髏を砕いたビームはスカルの元へと達し……
空中で巻き起こる激しい爆発。轟く轟音。膨張する爆炎。
爆風が更に一陣の突風を周囲に吹き荒れさせる。
程なくして突風と爆発とが収まった。
そしてその場にあったのは、悠然と立ち上がるディエンド。身体を煤けさせ地面に倒れ伏すスカルの姿だった。
「たった一人でここまで僕と渡り合うとは、流石に予想外だったよ」
肩をすくめて言うとディエンドは、倒れたままピクリとも動かないスカルの元へと近づいてゆく。
「ともあれ僕の勝ちだ。ロストドライバーとスカルメモリは頂いていくよ」
と、その時。
「!?」
ディエンドは咄嗟に後方へと跳びすさる。同時に響く砲声。彼の眼前の地面がはじけ飛んだ。
そしてスカルを庇うように暗がりから飛び出し、立ちはだかる人影が一つ。橙色の制服を身に付け、腕に砲を括り付けた長髪の少女。
「ご無事ですか提督?」
「…………その声……神通か」
地面に伏せられていたスカルの頭が、ゆっくりと上を向く。
霞む彼の視界には、臨戦態勢の――普段の弱々しげな様とは異なる――部下の凛とした後姿が映っていた。
「司令!?嘘でしょ!?」
遅れて駆け寄ってきた叢雲、不知火は驚愕と戸惑いの表情を浮かべつつ神通の後方につく。
「よく、俺だとわかったな、神通」
「あの歩き方、帽子を直そうとする仕草を見れば察しはつきます」
「そうか」
「ですが司令、何故そのようなお姿に」
傍らに立った不知火が問いかける。
「不知火さん、細かい話は後回しです。提督を安全な場所へ。叢雲さん、目標前方の敵戦力、構え!」
神通の指示を受け、即座に不知火は提督を抱え起こして更に後方へと引き、叢雲は手にした武装と艤装のアームに取り付けられた武装とをディエンドへと向ける。
「やれやれ、ここの女の子達と来たら、誰もかれも強情で参ってしまうね」
ディエンドは嘆息する。
「そこをどきたまえ、怪我をしないうちにね」
「お断りします。私たちの提督に、これ以上手は出させません」
「仕方ないな」
ディエンドは新たに一枚のカードを取り出し、ドライバーに装填する。
だが次の瞬間、彼は不穏な気配を感じ横へと跳びすさる。
彼の後方から飛んできた、折れた刀が、彼の立っていた位置に突き刺さった。
「そっちだ、龍田!」
着地したディエンドの顔面へ向けて、薙刀が差し伸ばされる。
しかしディエンドは、すんでの所でその柄を掴み攻撃を受け止める。
「あ~ら、残念」
突きを受け止められた龍田が、クスリと愉快そうに微笑む。
ディエンドは掴んだ薙刀をグイと龍田ごと引き寄せようとする。しかし龍田は、その直前に武器を手放し軽やかに跳躍、ディエンドの胸板を蹴りつけて、そのまま反動で後方宙返りをし跳びすさる。
龍田の蹴りを受けて、たたらを踏むディエンド。
「喰らえっ!」
と、彼の頭上に多数の爆雷、横合いからは魚雷が投擲された。
ディエンドは龍田の薙刀を投げ捨てる。そして勢いよく右手を突き出すように振るって銃身をスライドさせ、即座に上方へ向け引き金を引いた。
【ATTACK RIDE BLAST!】
銃口から放たれた攻撃が瞬く間に拡散し、降り注ぐ爆雷、迫りくる魚雷を全て弾き飛ばす。
撃ち落とされた魚雷と爆雷が地面の上で弾け飛んだ。無論ディエンドに傷一つ付けることなく。
「ああっ!」
「チッ!ダメか」
残っていたありったけの爆薬を放った吹雪と川内が、悔し気に声をあげる。
「姉さん!」
「戻ってきてたんだな神通!」
互いの無事を確認し、安堵の笑みを浮かべる姉と妹。
彼女らは目配せして頷くと、改めて敵へと向き直った。
ディエンドが首を左右に動かし周囲を見渡す。
彼は完全に包囲されていた。しかしながらディエンドは動じた様子も無しに、軽い調子で問いかける。
「この様子だと兵隊さんたちは、みんな君たちに倒されてしまったのかな?」
「あんなヤツら、オレたちにかかればどうって事ねぇんだよ!」
天龍が胸を張って言い放った。
「そうか。どうやら僕はスカル君だけでなく、君たちの実力も見くびっていたようだね」
ディエンドは改めて周囲を見渡す。
彼の目に映るのは、息も絶え絶えの仮面ライダースカルと、闘志を目に宿した少女らが七人。
(全部で八人。いや、今この場にいないのを合わせるともっとか。僕の全てを出しきれば十分に勝てるだろうが。気がかりなのは貴虎君の手にしたと思われる力。彼が加勢する事があるとなれば……)
遠くで地響きのような音が鳴っている。戦闘が行われている様子が感じ取れる。貴虎が戦っている事は間違いなく、少なくともライダーの力、若しくはそれに相当する何かを手に入れたであろう事をディエンドは推測した。
そしてそれは、並々ならぬモノであろう事は予想に難くなく……
暫しの沈黙。続く艦娘らとの睨み合い。僅かな時間を経て、ディエンドは再び嘆息した。
「どうやら今日は、ちょっとばかし君らの方にツキが傾いているようだ。だから」
ディエンドが一枚のカードを取り出した。
艦娘らに緊張が走る。彼女らは一斉に身構えた。
「こうさせてもらうとするよ」
ディエンドはカードを素早く装填し、銃口を上に向けて引き金をを引いた。
【ATTACK RIDE INVISIBLE!】
するとディエンドの姿が空気中へ溶けるように、スウッと掻き消えた。
「消えた!?」
天龍が驚愕の声をあげる。
「みなさん!周囲への警戒を怠らないでください!」
神通が即座に言い放つ。
その場にいる艦娘らは左右上下、前方後方へと顔を向け、ディエンドの姿を探す。闇に紛れての不意打ち、距離をとっての狙撃。あらゆる状況を想定し、彼女らは警戒する。
だが、何も起こらない。時折吹く風が木々を揺らす。それらがザワザワと音をたてるのみであった。
「どうやら……ヤツは逃走したらしいな」
暫しの後、スカルがよろめくように立ち上がった。
スカルはドライバーのスロットを閉じ、スカルメモリを引き抜いた。
一陣の風が巻き起こり、纏っていた装甲が霧散するように掻き消え、髑髏の超人は壮年の男性へと姿を変えた。
と、提督は膝からガクリと崩れ落ちそうになるが、傍らの不知火と叢雲が咄嗟にその身を支え、地に倒れ込むのを防ぐ。
「提督!」
と誰かが言ったのを皮切りに、艦娘らが提督の元へ駆け寄って来た。
集まった全員が無事な様を見て、提督は無言で頷いた。
「お身体は大丈夫なのですか?」
神通が言う。
外見の上では大きな傷などは無いように見られるが、尋常ではなく消耗している様は誰の目にも明らかであった。
「少し無理をし過ぎた。車椅子とおさらばするのは当分先になりそうだ」
「そんな風に口が動くのなら、とりあえずは大丈夫そうね~」
龍田がクスリと笑った。
「なんだか凄いビームみたいなのを喰らったみたいだけど、よく無事だったわね」
「直撃はしなかったからな。アレのおかげだ」
叢雲の問いに対して提督は、地面のある一点を指差して答えた。
その方向へと神通が向かう。何かが落ちているのに気が付き、腰をかがめてそれを拾い上げる。
それは焼け焦げて真っ二つに折れた矢であった。
「これは…………艦爆の残骸?ということは、さっきの爆発と爆風が提督を弾き飛ばして……」
「お~い!」
神通がポツリと呟いたその時、馴染みのある明るい声が聞こえてきた。
皆が見やると、那珂と黒潮が手を振りながら歩いてくる姿があった。
二人の間には、抱えられるようにしながら歩く鳳翔が。
近づいてくる彼女らへ向け、艦娘らは口々にその名を呼びかける。ある者はその身を案じ、ある者はホッと胸をなで下ろしながら。
そして提督らの傍に来た鳳翔らもまた、安堵の表情を浮かべていた。
「提督、みなさん。よくご無事で……」
「鳳翔さんの方こそ大丈夫なの!?怪我でもしたんじゃ……」
叢雲が声をあげる。
「いえ、これは体力と精神力を消耗し過ぎてしまっただけですから。少し休めば大丈夫ですので」
笑顔でそう口にする鳳翔であったが、隠し切れない疲労の色が顔には浮かんでいた。
「鳳翔」
提督が声をかける。
「お前の機体が盾になってくれたおかげで助かった。礼を言う」
「お役にたてたのなら何よりです。しかし、大切な艦載機を全て失ってしまいました。申し訳ございません」
「いや、よく生き残ってくれた」
提督は若干俯き気味の鳳翔の頭に手を乗せ、労いの言葉をかけた。
「…………はい!」
鳳翔は目じりに僅かに涙を浮かべつつ、満面の笑みで声を弾ませたのであった。
「皆もよくやってくれた」
周囲を見渡すようにして提督は、他の艦娘らにも労いの言葉をかける。
彼女らはそれに対し――にこやかな顔で――敬礼をもって返したのであった。
「だけど安心するのはまだ早いわぁ」
落ちていた薙刀を拾い上げつつ龍田が言う。
「貴虎さん達がまだ戻っていないわ。あっちにも怪物がいるみたいだし~助けにいかないとぉ」
「それでしたら」
と神通が歩み出て進言する。
「私達が向かいます。皆さんは既に戦闘で消耗しておられる様子ですし」
彼女は視線を提督へ、次に旗下の叢雲、不知火へと向ける。彼女の提案に対し二人は無言で頷く。哨戒部隊の三人の目にはふつふつと新たな闘志が浮かびつつあった。
と、その時。
「あっ!?」
その場にいた幾人かが声をあげ、天を指差した。
するとその先では、光り輝く一筋の黄金色の衝撃波が、雲を切り裂き天高く昇っていく様が。
常ならざる不可解な未知の現象。にもかかわらず、これを見つめていた者たちは誰一人としてそれに対し、恐怖・不安の類を抱くことは無かった。
むしろどこかホッとしたような、穏やかな気持ちに包まれていた。
そして提督が口元に笑みを浮かべ、静かに呟いた。
「どうやらアイツは、自分の道を切り開いたようだな」
――――――――――――――――――――――――――――――
時は提督らの戦闘が終結する少し前……
相も変わらず巨体に似つかわしくない素早い動きで、貴虎の周りを動き回り、攻撃をするシカインベス。
対する斬月は、立った場所から殆ど動くことなく攻撃を受け流し、インベスの体へと的確に攻撃を叩きこんでいた。
振り下ろされた拳が地面に突き刺さり、土を巻き上げた。
だがその場には、既に斬月の姿はない。
彼の姿はインベスの腕の上にあった。
斬月は腕を駆け上がっていき、インベスの肩口にて刀を振りかざした。
一太刀、もう一太刀と刀を振るうたびに、肩に生えた巨大な枝角が細切れにされていく。
インベスは肩を振るい、腕を伸ばし、貴虎を降り落とすか捉えようと試みるが、手は虚しく空を切るばかり。
そして遂には自らの拳で己が顔を打ち付けてしまう。そのショックでふら付いたインベスは、轟音を立てて仰向けに倒れ込む。
その直前にインベスの身体を蹴って跳躍していた貴虎が、華麗に地上へと着地をする。
倒れ込んだインベスは顔をブルブルと震わせながら立ち上がると、まるで怒りの感情を爆発させるかのように激しい雄叫びを上げる。
「これでトドメだ」
それに怯むことすらせず静かに言い放った斬月は、戦極ドライバーのカッティングブレードを一度動かす。
【メロンスカッシュ!】
音声が鳴ると同時にインベスの元へ駆け出す斬月。
そして、目にもとまらぬ速さで振り下ろされる無双セイバー。その一撃がインベスの片腕を切り落とした。
続けざまに横薙ぎに払われる一撃。それは斬撃を受けたインベスが苦悶の声を上げるより早く、その頭を切り飛ばしていた。
右腕と首とを失った巨大インベスの体は、地響きを立ててその場に倒れ伏したのだった。
「…………凄い」
「やったわ!」
感嘆の声を漏らす夕張と、両手を上げて歓喜の声を上げる陽炎。
その声を背中越しに聞き、斬月もまた安堵の息を漏らした。
(この感覚、アーマーの性能、以前私が使用していたものと寸分違わぬように思える)
自らの手、武装、身体とを見下ろし貴虎は思案する。
(いや、それよりも重要な事は……)
基地を襲撃したディエンドなるライダーとその一味。インベスを葬った今、彼らを排除する事こそ急務。
遠くから微かに聞こえてくる、戦闘を行っていると思わしき音の類。それらが途絶えた様子が無いという事は、未だに提督らが奮戦していると推察できる。
(一刻も早く彼らと合流せねば。戦極ドライバーの力をもってすれば、ヤツらとも十分に渡り合えるはず)
斬月はインベスの亡骸を一瞥すると踵を返し、夕張らを伴って基地へと戻るべく歩を進め出した。
彼は、いや、誰しもが思いもしなかっただろう。斬月の背後であり得ない異変が起こっている事など。
うつ伏せに倒れたインベスの首の切断面からは、ドロドロと黒い液体が地面へと流れ出ていた。まるで重油のようなそれは、突如としてピタリとその流れを止めた。
と同時に切断面が沸騰するようにボコボコと泡立ちはじめ、そして膨張してゆく。
やがてその中心部には、何某かが形作られていく。それは筒状の物。艦娘らが常日頃から見ているモノに近しい。
ギリギリ、ガリガリと何かを擦るような微かな音が、その中より鳴りだした。この状況でその微かな音に気が付く者はいなかった。
従って彼は運が良かったと言えよう。いや、戦場に立つ戦士の直感が働いたとも言えるかもしれない。
斬月は、ふと倒したインベスの方へと左回りに振り返る。
半ばまで彼が振り返りかけた瞬間!
インベスの首から生えた“巨大な砲身”が火を吹いた。
凄まじい轟音と衝撃が斬月を襲う。
次の瞬間、斬月の身体は木の葉のように宙を舞い、そして地面に激しく叩きつけられたのだった。
彼の体は数回バウンドした後に地面を転げていった。
「貴虎!」
夕張の悲鳴にも似た声があがった。
地面に投げ出された斬月は一度首を振ると、よろめきつつゆっくりと起き上がる。
砲撃は、彼が左腕に装着していた盾に運よく当たっていた。その為大事には至っていなかったのだった。
(何だ今のは!?あんな攻撃をするインベスなど存在するはずが……)
斬月が敵の方へ目を向ける。
倒れていたインベスが、よろよろと立ち上がっていく。
そのインベスの首の切断面からは、金属製の筒のようなモノ、戦艦クラスの砲にも等しいそれが生えていた。
そして砲身の付け根の周辺から、どす黒い肉のようなモノが泡立つように盛り上がって来る。
更に、切り取られた腕の切断面も、同様にブクブクと泡立っていた。
(再生しているのか!?……いや、再生というよりもこれは)
“変化”或いは“進化”
インベスの身体は、元のそれとは明らかに異なる状態になりつつあった。
その急激な変化は程なくして治まった。
巨大インベスの片腕は、灰色がかった筋骨隆々の腕に変化していた。それは今も健在である元の腕と比べると一回り大きく、そのアンバランスな出で立ちは不気味さをより際立たせている。
そして新たに生えた頭は、全体的に灰色がかった黒色をしており、目鼻耳などの器官は存在していなかった。
そんな頭部に唯一存在し、見る者の目を引くのは、顔の半分を占める程の大きな“口”であった。
獣というよりも、人のそれに近い歯と歯茎とが剥き出しになった口から、インベスの肩が上下するのに合わせるように息が漏れている。
インベス、否、異形の怪物は、空気をビリビリと激しく震わせる程の咆哮を轟かせた。
同時に口から伸び出た砲身から砲弾が放たれる。出鱈目に撃ち出されたる砲弾が、周囲に次々と着弾。砲弾に貫かれた木々が次々となぎ倒されていく。
「な、何なんですか、あの怪物!?」
陽炎が驚愕し、その顔を青ざめさせる。
「そんな、信じられない。あれじゃあまるで……」
夕張も目を見開き、目の前の光景に身をすくませていた。
と、怪物の顔が夕張らの方を向いた。
刹那――彼女らへ向けて砲撃が放たれた。
(あっ……!?)
突然の事に夕張らは身を動かす事も出来ない。砲弾が迫る様が、その眼にハッキリと映る。
だが、次の瞬間。斬月が咄嗟に彼女らの前に立ちはだかり、盾を構えて砲撃から二人を守っていた。
強烈な衝撃に腕が痺れ、一瞬盾を取り落しそうになるのを斬月はグッと堪える。
「大丈夫か!?」
「え、ええ。ありがとう」
斬月と夕張が言葉を交わす。
と、そこへ向け、天を仰いで咆哮した怪物が、真っ直ぐに突進してくる。
斬月は無双セイバーを構えると、柄に備え付けられた銃を怪物に向けて撃ち放つ。
銃弾は怪物に全て命中。だが怪物には全く怯んだ様子は無い。走る勢いも衰えることは無い。
「早く逃げろ!アイツは私が何とかする!」
斬月は剣と盾を構え直して突撃していく。
「貴虎!待って!」
夕張が呼び止めるも斬月は敵へ果敢に向かっていく。
振り下ろされる怪物の拳。
斬月はそれを盾で受け止める。突進の勢いも乗って威力を増した攻撃に斬月の腕は軋み、足が僅かに地面にめり込む。
「はぁぁぁっ!!」
雄叫びと共に、受け止めた拳を盾をずらして横にいなし、迫っていたもう片方の拳へと斬撃一閃。
斬り飛ばされた怪物の指の何本かが宙を舞った。
苦悶の雄叫びを上げて、怪物が体をのけ反らせる。
すかさず怪物の胴へと連撃を浴びせ、傷を刻んでゆく斬月。
怪物は怒りを滲ませたように咆哮し、左右から腕を振るい、打撃を繰り出す。
斬月は後方へ跳びすさって、この連撃を紙一重で避けた。
怪物の口から再度砲身が伸びる。それを見てとった斬月は、盾を眼前に構えた。
超至近距離から放たれる砲撃。その凄まじい爆風は、斬月の体を再び宙へと舞い上げた。
怪物もまた、自身の攻撃の反動と爆風を受け、後頭部を地面に叩きつけるように倒れ込み、後方へ身体を転げさせていく。
斬月の身体は再び地面に叩きつけられたものの、今度はどうにかして受け身を取り、即座に体勢を立て直す。
頭が若干ふらつくものの、身体に異常は感じられない。しかしながら疲労しつつある斬月。その呼吸は荒げだし、息をするたびに肩が上下していた。
倒れていた怪物もまた、ゆっくりと立ち上がりつつあった。
その指の付け根の肉が、泡立ち盛り上がる。切断された指が、元あった他の指よりも太く不均等に生え揃っていた。
「貴虎!」
彼の背に向けて夕張が声をあげる。
「早く逃げろと言ったろう!」
「いいから聞いて!」
叫ぶように夕張が言った。
「何故だかはわからないけど、あの怪物は深海棲艦の力を身に付けている!だったら艦娘の力をもった武器じゃないと倒せない!」
「……そうか。……実は、私もそうではないかと思っていた」
「ならあなたも逃げましょう!今のあなたの力は凄いものだけど、あの怪物を倒せるかはわからない!このままじゃいつか追い詰められてしまう!あの怪物が本当に深海棲艦と同じモノになっているなら、基地に戻って私たちの武装を揃えて総攻撃すれば勝てる見込みがあるはず!」
「一理あるかもな……だが、それは出来ない」
「どうしてですか!?夕張さんの提案が正しいと思います!」
陽炎も夕張の意見に同意の姿勢をみせる。
「忘れたのか、敵はあの怪物だけじゃない!最悪挟み撃ちになる!今ここでヤツを何とかせねば、被害はより拡大する!」
夕張と陽炎はハッとして目を見開いた。
眼前の怪物に気をとられ、謎の侵入者らの存在を失念していた事に気付き。
「私は今やれる事は全てやる。身体の動く限り足掻き続ける。諦めるのはその後だ!」
刀と盾を構え直し、斬月は跳ぶように駆け出した。
後ろで夕張と陽炎が呼びかける。目の前の敵に意識を集中した貴虎の耳に、その言葉は届かない。
艦娘の力でなければ倒せないのであろうとも関係ない。たとえ怪物が再生を続けようとも、トドメを刺せなくとも貴虎は夕張らを、仲間を守るために刀を振るい続ける。再生を続けるのならそれが出来なくなるまで切り続ける。
かつての呉島貴虎なら取らなかったであろう無謀な突撃。非合理的な行動。だが彼の心の中に芽生えた熱い思いが、覚悟が、その身体を突き動かしていた。
「 」
ふと、声が聞こえた。否、何者かに語り掛けられている。そんな感覚が彼の身に走った。
(何だ……!?)
耳元、いや、心に直接語り掛ける様な声が、貴虎には確かに聞こえた。ように感じられた。
何かがいる様な気配は感じられない。彼の遥か後方には夕張と陽炎が、目の前には倒れた木の幹を掴んで、自分へ向け投げつけようとしている怪物の姿が。彼自身以外に、この場にいるのはそれだけ。
何と言っているのかわからない、声のような気配。だが、それは貴虎の決意と行動をより強固なものへと昇華させる。
がむしゃらに投げつけられる大木を、刀を振るって両断する。
一本、二本、三本。投げつけられ、切断された木々が森の奥へとすっ跳んでいく。
砲撃音が轟く。怪物が放った、狙いすました砲撃。だが砲弾は斬月の僅か後ろに着弾。斬月は怪物の予想を遥かに上回る速度で突進する。着弾時に発生した爆風をその背に受けて、更に加速していく。
【メロンスカッシュ!】
ベルトのカッティングブレードを倒した瞬間、威勢のいい電子音声が鳴ると共に、斬月の刀が金色のオーラを纏いだした。
「ハァッ!」
斬月は目にもとまらぬ速さで怪物の股下を走り抜け、一閃!
怪物の脚が付け根から切断される。
よろめいた怪物は、両手を地面に着くように倒れ込む。かに思われた。
しかしながら怪物は、両の手をつく寸前、全力で地面を叩いたのだった。
その衝撃で高く跳躍した怪物は首をぐるりと動かし、地上の鎧武者へと砲撃の狙いを定める。
上空から連続砲撃の雨を降らせ、仕留めようという意志があったに違いない。
だが、遅い。
怪物の砲撃の狙いが定まる寸前
【メロンスパーキング!】
腰を深く落とし居合いの構えをとる斬月。彼の全身は金色のオーラに包まれていた。
「はあぁぁぁっ!!」
目にも止まらぬ速さの居合一閃!
光り輝く刀が上空の怪物に向けて振り払われた。三日月のように鋭く描かれる斬撃の軌跡。そこから飛び出すように放たれた眩い光の刃が、天へと昇る。
光の刃は怪物を、その中心から縦一文字に両断した。
怪物の体は、地響きを立てて地面へと転がり落ちたのだった。
そして怪物を切り払ってもなお飛翔する三日月は、遥か上空にある灰色の雲をも両断し、空の彼方へと消え去っていったのであった。
雲の裂け目から、隠れていた月が再度その顔を覗かせ、地上に月光を注ぎだした。
「…………」
沈黙する斬月。程なくして彼は、ゆったりとした動作でその姿勢を正す。
その呼吸は激しい攻撃を行った後にも拘らず、落ち着いており、微塵も乱れてはいなかった。
彼の眼前で怪物の体が、ドロドロと融けるように崩れていく。
どす黒い泥のようなそれは地面へと広がると、やがて霧散した。怪物など初めからいなかったかのように、その存在は世界から消え去ったのだった。
戦いを見つめていた夕張と陽炎。目の前の光景に圧倒され、茫然としていた二人であったが。
「や……」
「や、やったー!!」
怪物が倒された事に安堵、歓喜し抱き合い飛びあがった。
そして、静かにたたずむ鎧武者の傍らへと駆け寄っていく。
「凄い!凄いです貴虎さん!」
「まさか本当にあの怪物を倒しちゃうなんて……大丈夫?怪我とかしていない?」
「ああ、問題ない」
陽炎と夕張の方を見やって答える斬月。
「だが安心するのはまだ早い。例の侵入者の迎撃に向かわなくては」
と、その時。
「……あれは?」
斬月が空へと目を向ける。
そこには彼の見慣れぬ明るい光が瞬いていた。その後を追うように、続けて光の筋が地上から立ち上り、やがて弾けるように輝き出す。それは基地の方向から飛び出しているようだった。
「信号弾だわ。……戦闘終了、撃退に成功!?」
「あ、また上がってきた。…………犠牲者は、無し!」
夕張と陽炎が信号弾の色と瞬きの具合から、その意味を読み取った。
吉報を知った彼女らの声は、意図せず弾んでいるようだった。
「そうか。皆、無事なのか」
斬月が呟く。その声には安堵の色が浮かんでいた。
そして彼はロックシードとベルトを操作する。
たちまちのうちに纏っていた装甲が消え去り、鎧武者は口元に笑みを浮かべた青年へと姿を変えたのだった。
「お疲れ様、貴虎」
夕張がねぎらいの言葉をかける。
「ああ、夕張も無事で何よりだ。怪我などはしていないか?」
「そうね。ちょっとお腹にひっかき傷ができちゃったけど、これくらい大したことはないわ」
明るく微笑混じりに言う夕張。
だがそれを聞いた貴虎の表情が、一瞬で険しくなった。
「何だと!?見せてみろ!」
夕張の腹部に顔を近づける貴虎。
夕張の傷。それは破れた服の隙間、あばら骨のある付近にあった。そこからは薄っすらと血が滲み出ていた。
「えっ!ちょ、ちょっと!」
「触るぞ」
「え、それは!」
夕張の返答も聞かずに貴虎は、傷の周囲を手で触りつつ、丹念にその様子を調べる。
勿論傷に直接触れることの無いように、細心の注意は払っていた。
突然の出来事に混乱した夕張は、身じろぎ一つすら出来ずにいる。
顔を染め、口をパクパクと動かす。心臓の鼓動が耳に響いてくると錯覚するほどに大きく、激しくなる。
陽炎も口を両手で覆って、やや興奮気味にその様子を見つめていた。
「インベスに、あの怪物にやられたのか?」
「ひゃ、ひゃい……いえ!に、逃げる時に木の枝に引っ掻けて破れたのです!で、あります!」
夕張の言動からは、動揺の色が滲み出ていた。
「そうか……それなら大丈夫だな」
安堵の息を吐いた貴虎は、そのまま夕張の腹部に当てた手を離した。
「そそ、そうですね。なんともない、ですわ!」
貴虎の手が離れてもなお、夕張の心臓の鼓動は収まらない。寧ろ一層激しくなっているように感じられた。
茹で蛸のように、夕張の顔は真っ赤になっていた。
「……どうした、やはり具合が悪いのか?」
問いかける貴虎。夕張はその顔をまともに見る事ができず、サッと俯く。
「え、えっと、その……ちょ、ちょっと熱が出たのかな?雨に長時間当たっちゃってたし!……アハハ」
「そうか、では」
貴虎が夕張に背を向けた。
「え?」
「私が負ぶっていこう」
「……だ、だだ、大丈夫!自分で楽勝で歩けるし!」
スッと立ち上がろうとする夕張だったが、
「ッ!!!」
足に激痛が走る。夕張は思わずその場にうずくまる。
「無理はするな。足のケガもあるんだ、遠慮する必要は無い。」
「で、でも……」
煮え切らない夕張の態度に首を傾げる貴虎。
「ダメですよ貴虎さん」
と、陽炎が歩み出た。
夕張は彼女がフォローしてくれるのであろうと考え、胸をなで下ろす。
貴虎に何やら耳打ちする陽炎。その顔には、どこか悪戯っぽい笑みが浮かぶ。
(あ……嫌な予感)
「そうか、確かにその方が良いな」
と言うと貴虎は夕張の傍へ歩み寄り、彼女の身体を抱え上げた。
「キャッ!」
次の瞬間、夕張は貴虎に抱きかかえられていた。俗に言うお姫様抱っこの形で。
再び顔を真っ赤にして口をパクパクと開く夕張。
「確かに、負ぶるよりもこの方が腹の傷に負担がかからないな」
「でしょ?ってわけだから夕張さん、基地に着くまで大人しくしてて下さいね」
夕張の顔を覗き込むようにしてニッコリと微笑む陽炎。
非難の眼差しを夕張が向けるも、意に介さない様子で後頭部に両手を組み当てて、すまし顔で陽炎は歩き出す。
「では、帰るとしよう」
貴虎もまた、ゆっくりと歩き出す。
初めは興奮、緊張していた夕張であったが、歩くたびに体に伝わる心地良い振動と、全てが大事なく終わったという安堵感を受けてか、意識が微睡みだす。
彼女はゆっくりと、深い眠りに落ちていったのだった。