仮面ライダー斬月・艦   作:はちコウP

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この作品はpixiv https://www.pixiv.net/novel/series/452817 に掲載した作品と同一の物です。

『仮面ライダー鎧武』『艦隊これくしょん』の基本設定をベースに独自要素、解釈を詰め込んでおります。

本作における艦娘の設定は公式ノベライズ作品『陽炎、抜錨します!』及び『鶴翼の絆』を参考としております。


※今後、分量が多い話は複数パートに分けて投稿します。



仮面ライダー斬月・艦【第十三話】part1

 

 荒れ狂う闇夜の海原を駆ける少女のようなモノ。

 それは狙いを付けた獲物を執拗に追いかける。

 轟音と共に放たれた砲弾が、逃げる輸送艦の両脇・後方へと着弾し、洋上に激しく水飛沫を撒き散らす。

 その様を見て舌なめずりをした少女は、立て続けに弾を四連射。放物線を描いて輸送艦の頭上を飛び越え進路前方に着水したそれは、行く手を阻むかのように水のカーテンを一瞬にして作りだす。

 程なくして崩れた水のカーテンは、輸送艦の上に一気に覆いかぶさり、その船体を満遍なく海水にまみれさせる。

 その光景を目にした少女は、海上を駆けながら腹を抱えて大笑いする。

 

 楽しい!愉しい!タノシイ!

 自分のカラダを弄ってメチャクチャ、グチャグチャにしたアイツは気に入らない。あの時は最悪な気分だった。目は回り、体内からよくわからない何かが零れ出て、痛みと熱さと冷たさと重さとが混ざったような不快感に襲われた。

 でも今は最高だ!体は軽く、みなぎる力はスゴク気に入っている。

 逃げ惑い、怯える様な姿を晒す艦を見るのはタマラナイ。

 アイツに何かやるように、あつめるようにと言われたけども、そんなのはどうでもイイ。知るものか知るものカ!今はアレを潰すのがオモシロイ!アイツの言った事は気が向いたらやればイイ。

 あの獲物は全部自分のモノだ。愉しいオモチャで遊ぶのは自分だけ、他のダレにも譲らない!

 

 そう思考しながら少女のようなモノは、自分の後に続く黒い影の群れを大きく引き離し、一人で輸送艦群を追いかける。

 やがて少女はニタリと口元を歪め、天を仰ぐように咆哮する。

 と、彼女の眼前に禍々しい形状の魚雷が幾本も出現。そして着水。

 前方に大きく突き出された両腕の動きに呼応するように、魚雷群はスピードを上げて突き進む。

 魚雷の一本が輸送艦の右脇を、続くもう一本が左脇を掠めてゆく。

 そして次の一本は船体の後方に命中。

 立て続けに残りの魚雷も同様に、全弾吸い込まれるように同じ箇所へ。

 水柱と灼熱の火柱が闇の海上に立ち昇る。

 燃え盛りながら沈んでゆく獲物を眺める少女の顔には、恍惚の表情が浮かんでいた。

 悦に浸った少女は、噛みしめるように一呼吸した後に、残る獲物も追い詰めんと、船速を更に上げてゆく。

 少女の遊戯は、まだ始まったばかり。

 

          ――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「は~~いっ!みんなグラスは持ったかな?」

 演壇の脇でマイクを手にした那珂が、アイドルスマイルを浮かべ、明るく良く通る声で宴会場内にいる面々に呼びかける。

 夷提督をはじめ、部下の艦娘らがグラスを手に立ち上がる。

 そして演壇上に立つ六人もまた、配られたグラスを手にする。

「うん!準備オーケーだね!それではっ!貴虎さん、夕張ちゃん、天龍ちゃん、龍田ちゃん、神通お姉ちゃん、叢雲ちゃん。六人の南方での活躍と健闘を祈って~~~っ!かんぱ~~~い!」

「「「乾杯!」」」

 程なくして宴会場には、皆の談笑する声が響き始めたのであった。

 

 

 サガラの感知により、トラック諸島からハワイ周辺に捜索範囲は絞り込まれた。

 その後、急ピッチで作戦計画の変更と出撃メンバーの選出・編成が二日足らずで行われた。

 これに伴って、南方へ出撃するメンバーの壮行会も企画された。

 鳳翔は一際腕によりをかけて料理を作り、幹事に任命された陽炎が他の駆逐艦娘らを率いて諸々の準備に駆けずり回り、MCの那珂はここぞとばかりに張り切って、司会どころか歌とダンスの練習まで行い、川内は夜通しの準備作業を嬉々として行うなど、基地は終始明るい空気に包まれていた。

 そしてその雰囲気そのままに、万歳三唱からの三本締めで壮行会はお開きとなったのであった。

 

          ――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 季節は未だ夏。しかしながら日中こそ汗ばむ陽気であるものの、夜になれば暑さは大分和らいでくる。都会から離れた自然豊かな島であれば、夜風に吹かれながらの散歩は快適にできる。

 基地の敷地内を酔い覚ましがてら歩いていた夕張は、ふと星空を見上げる。

 アルコールで火照った顔にそよぐ夜風は、何とも言えず心地良い。

 風に乗って運ばれる、土や草木の香りとは暫くお別れだ。

 明日のこの時間、既に自分達は艦娘待機船にて南方へと向かっている頃合いだろう。

 行く先で感じる風や、見える星々はどんなものなのだろうか。

 そんな事を夕張は思う。

 

 艦娘待機船、それは艦娘らが長期にわたる遠征任務などをする際に、拠点となる軍艦である。

 一通りの生活設備に食料・物資が大量に積み込める倉庫、大規模な整備ドッグなどが搭載されている、いわば母艦となる存在だ。

 それは通常の軍艦に比べて、対深海棲艦用に特化した索敵・防衛装備を多数搭載しており、艦娘に頼らなくとも多少の自衛程度ならこなす事が可能である。

 ただし、生産・運用にかかるコストが他の艦よりもはるかに高く、まだ試作段階でもあるために、その配備数は極めて限られていた。

 今回の任務においては、北方海域に配備される艦よりも機能の優れた艦が、優先的に配備される事となっていた。少数の人員で任務にあたる彼女らへの、横須賀提督のせめてもの気遣いであった。

「大丈夫なのかな、私で……」

 ポツリと独り言ちた夕張は、瞳を閉じて軽く深呼吸をする。

 と、その時。背後からガサッと草の擦れる音がした。

 思わず肩をビクリと震わせた夕張は、サッと後ろを振り返る。

「驚かせてしまったか?すまないな」

「貴虎?」

 白い軍服姿の貴虎がやってきていた。

「お前がこちらに向かって歩いていくのが見えたのでな。少し気になって様子を見に来たのだが」

「ちょっと散歩をしてただけよ。心配させちゃったみたいね、ごめんなさい」

「そうか。なら良いのだが」

「貴虎も良かったらどう?夜風が気持ちいいし、空も良い眺めよ」

 そう言って手招きする夕張。促された貴虎は、彼女の傍らに立ち夜空に目を移す。

 吹いたそよ風が草木を揺らし、二人の髪を僅かになびかせる。

「美しい月と星空だな」

「……そうね」

 空を見上げたまま暫し沈黙する二人。

 周囲には草木の微かなざわめきと、虫の声が控えめに響いていた。

 

「……ねえ」

 沈黙を破ったのは夕張の一言。

「貴虎はさ、怖いと思った事は無い?戦うのを。元の世界ではインベスとかと戦いをしていたんでしょ?」

 その質問に貴虎は少し考える様な仕草をする。

「どうだろうか。正直に言うとよくわからない。初めて戦った時は何かしらの気持ちを抱いていたかもしれない。だがそれ以上に、私が何とかしなければ、という使命感が強く心を支配していたのだと思う。恐怖を感じているヒマは無かったのかもしれないな」

「そっか。やっぱり貴虎は強いのね」

「そうだろうか?」

「ええ、そうよ」

 夕張は貴虎に向けて微笑する。

「実は私ね、大規模な作戦で最前線に出た事って無いんだ」

 呟いた夕張は再び夜空へと目を向けた。

「そうなのか?意外だな」

「うん。貴虎もある程度分かってると思うけど、私がよく任されるのは新兵装や改造兵装の製作補助や実験なの。適性が戦闘よりもそっち寄りだからってのもあるだけど、大規模作戦に編成された時は、せいぜい拠点の防衛や潜水艦狩りみたいな露払いをする程度。安全で信頼性のおける武装が好まれる最前線では、未知の性能の新兵装が活躍する機会はむしろ……ね」

「なるほど。軍隊らしい考え方だな」

「そうね。で、そんなんだからさ。今回の任務は……」

「怖い、のか?」

 貴虎の問いかけに夕張は瞳を閉じて少々俯く。

 脳裏によぎるのは上級インベス、及びその進化態に襲われた記憶。

 その時の事を思い出すと今でも体が震える。

 これから向かう場所には、それ以上の怪物が潜んでいるかもしれないのだ。もしかすれば貴虎すらも知らない未知の敵すらも……

「怖いわ。正直に言うとね。だけど、心のどこかでワクワクもしている。戦いは得意じゃないけど、前線でメカニックとしてサポートの技術を存分に活用出来るのが楽しみだったりする。現地でデータを取りながら兵装を調整して、即座に実戦に投入してなんて経験なかなか出来るものじゃないもの」

「そうか」

「戦いではあまり役に立てないかもしれないけど、あなたの兵装のサポートは技術者魂にかけて全身全霊でやらせてもらうわ」

「ああ、頼りにしている」

 貴虎はフッと微笑む。

「だが、そう卑下するほど夕張は弱くないと俺は思う」

「え?」

 言われた事の意味を理解しきれず夕張は怪訝な表情をする。

「お前の過去の戦闘データに目を通させてもらった。戦果を見る限りでは他の者に見劣りする点もあった。だがそれは数値のみに注視した場合。それに現れない戦場での立ち回り方は特筆すべきものを感じた。状況に臨機応変に対応し、自分に出来る事を最大限にやろうとする姿勢が見られる。加えて兵装の損傷率や不具合の発生率が飛びぬけて少ない」

「それは、ただ仕事柄構造や特性を知ってるからってだけのことよ」

「兵器の構造を熟知している事は大きなアドバンテージだ。それを知っていれば性能を十全に引き出す事だって可能だろう。それを自分に馴染ませ、戦術にまで深く落とし込めれば、性能の劣る物が優れた物を凌駕する状況も出て来るはずだ」

「…………」

「夕張にはそれが可能だと私は思う」

「……フフッ。こういう風に褒められたのは初めて。ありがと。貴虎がそう言ってくれるなら、戦闘の研究にも多く力を注いでみようかしら?期待には応えたいしね」

「それは何よりだ。あらためて、頼りにしてるぞ」

「ええ、私こそ」

 二人は見つめ合い、互いに笑みを交わす。

「では戻るとするか。明日は早い」

「そうね。行きましょう」

 二人は並んで宿舎の方へと歩き出したのであった。

 

          ――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「これでよし。龍田さん、手伝ってくれてありがとう」

 厨房にて、受け取った食器を棚にしまった鳳翔が振り返る。

「い~え~、どういたしまして~」

「よかったら一杯いかがですか?」

「そうね~。じゃあお言葉に甘えようかしら~」

 鳳翔が冷蔵庫から白濁りの液体が入った一升瓶を取り出し、その中身をグラスに注いで傍にある作業台の上に置く。

「はい、どうぞ」

「いただきま~す」

 グラスに口を付け、中身を一口分含み、舌の上で転がすように味わって、コクリと音を鳴らして喉の奥へと流し込む。

 そして軽く一息ついて

「おいしい」

 龍田は目を細めた。

 その様子を見て、フフッと声を漏らす鳳翔。

「な~に、鳳翔さん?」

「あなたもそういう表情をするようになったのね、なんて思ったらつい」

「そ~かしら~?自分ではあまり意識した事はないのだけれど。ま~ぁ鳳翔さんが言うならそうなのかもしれないわね」

「昔のあなたは、あまり人を寄せ付けない、関わろうとしない感じでしたから。やっぱり、あの時の出来事と、天龍さんのおかげかしら?」

「も~鳳翔さんってば、その話はしない約束よ」

「フフッ、そうでしたね」

 クスクスと笑いあう二人。と、そこへ足音が近づいてくる。

「お~い、龍田いるか?」

「あら~天龍ちゃん。どうしたの?」

 厨房へと入ってきた天龍へ、にこやかな表情を浮かべた顔を向ける龍田。

「なかなか戻って来ねぇから見に来たんだろ」

「まあ、心配して見に来てくれたの?天龍ちゃん優し~い」

「ちげーよ。持っていく荷物と書類のチェックを一緒にやってくれって言ってたろ」

「あら、そういえばそうだったわね」

 とぼけ顔の龍田を見て天龍は溜息をつく。

「ったく……って、お前こんな時間に呑んでんのか?」

「そうよぉ。一仕事終えた後の大人の楽しみってやつよ」

「つくづくお前ってやつは。程々にしとけよな」

「大丈夫よぉ。お子様な天龍ちゃんと違って私はセーブもできるし、飲み過ぎて寝転げたりしないものぉ」

「あん?何だと」

 龍田の一言に対し、僅かに苛立った天龍が語気を強める。そして龍田の隣に立つと

「鳳翔さん、俺にも同じの一杯くれ」

「コレ、ですか?」

「もう、そういう所よ天龍ちゃん」

「るせぇ!鳳翔さん早く!」

「はぁ……どうぞ」

 鳳翔から手渡されたグラスを受け取った天龍は、片手を腰に当ててグラスを持ち上げる。

「ダメよ~天龍ちゃん。一気飲みなんてしちゃあ」

「黙って見てろ!」

 そして天龍はグラスの中身を一気に煽り…………口の中に広がる予想だにしてなかった味に驚き、盛大にむせてから一言放った。

「甘酒じゃねーかコレ!!」

「そうよ~。一仕事終えた体には、鳳翔さん特製の冷やし甘酒が良いんだからぁ」

「それならそうと言えってんだよ!ったく」

 そんな二人のやり取りを見て微笑む鳳翔。

「話は変わるけれど、二人とも戦いの準備は大丈夫?」

「勿論よ~。貴虎さんから聞ける限りのインベスとかの情報は聞いたし」

「武器だって新調したしな。ディエンドとかいう奴の一味と戦った俺らにとっちゃ、インベスなんて怪物は敵じゃねぇだろうしな」

 天龍と龍田が今回のメンバーとして選出された理由。それは必然的に増えるであろう近接戦闘に備えて、砲雷撃戦以外の戦闘手段もこなせる者が求められたからだった。

 彼女らは近接戦闘の心得が他の艦娘に比べて多い。更にライオトルーパーとも渡り合い、それを退けた実績がある。加えて、比較的長く貴虎と接しており、気心も知れていたおかげで共に練度・知識をを高めるのが容易だった点が選出の決め手となった。

「本当は航空戦力も欲しい所だけど、鳳翔さんは私の代わりに秘書艦をやらなきゃいけないし」

「それだけど、後でトラック諸島に出張している空母の艦娘が協力してくれるそうよ」

「マジか。でもオレとしちゃ鳳翔さんがいてくれた方が頼もしいんだけどな」

「私は空母としては技術しか取り柄が無いからダメよ。火力や搭載数に優れた他の娘の方がよっぽど頼りになるわ」

「あら、謙遜しているように見えてさりげなく腕前自慢もするのね~、鳳翔さん」

 イタズラっぽい笑みを浮かべて龍田が言う。

「これは私のちょっぴりの誇りと、技術を褒めてくれる人達に悪いからって事にしておいてわかってもらえるかしら?」

「は~い。わかりましたぁ」

 その時、壁に掛けられていた時計が鳴り時刻を告げる。

「と、もうこんな時間か。龍田そろそろ行こうぜ」

「そうねぇ。鳳翔さん、ごちそうさま。それと提督と基地の事よろしくね~」

「はい、勿論です。おやすみなさい」

 自室へと向かって行く二人に対して鳳翔は軽く手を振ったのであった。

 

          ――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 明かりの灯った夜の資料室にて、一人の女性が書類を書いていた。

 室内は冷房が効いてひんやりとしており、新しい物から年季の入った物まで様々な紙類の匂いが微かに漂っている。

 時折手元に置かれた冊子を熱心に見る女の背後に忍び寄る影があった。

 気が付く様子の無い女に手を伸ばす影……

「こら神通!」

「きゃっ!」

 その影、川内により後ろから首に手を回すようにして抱きつかれて、悲鳴を上げる神通。

「姉さん!?……もう、何ですか?」

「何ですか?じゃないよ。せっかく部屋にまで行ったのに、神通ってば居ないしさ。探し回っちゃったよ、まったく。んで、壮行会が終わったばかりなのに、こんな所で何してたのよ」

「貴虎さんと叢雲さんの訓練メニュー作りがまだ途中だったので、出発までに仕上げておこうと思いまして。横須賀提督からの勅命ですし、万全を期さなくては」

「え~~っ!?相変わらず真面目だなあ。何もこんな時にやらなくってもいいでしょ」

「ですが、現地へ向かいながらの訓練です。取れる時間は限られてますし、いつ不測の事態が起こるか分かりません。ですから……」

「ハイハイ続きは明日。待機船に行ってからやる!きっと何とかなるから大丈夫!そんなのよりも優先する事があるんだから」

「優先する事?何をですか?」

 小首を傾げる神通。

「それはぁ、姉妹艦水入らずの壮行会だよ!」

「え?」

 神通がキョトンとしていると

「あ~~っ!二人ともこんな所にいた!」

 部屋のドア付近から那珂が顔を覗かせた。

「いい所に来た、那珂!神通を部屋まで連れて行くから手を貸して!」

「りょ~か~い!」

 サッと素早く神通の傍までやってきた那珂は、川内と共に神通の腕をとり、左右から挟み込むようにして彼女を連行する。

「ホラ行くよ!キリキリ歩いた!」

「今夜は那珂ちゃんライブ姉妹壮行会スペシャルバージョンをやるからね。楽しみにしてて!」

「わ、わかりました二人とも。ですからせめて書類だけは」

 言い終わるより早く、三姉妹の次女は部屋から連れ出されてしまったのであった。

 誰もいなくなった部屋の机の上には、書きかけの書類と開かれた資料とペンとが転がっていた。

 

          ――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 急須と茶葉の入った筒を乗せたお盆を手に、吹雪は執務室へと続く廊下を歩いていた。

 角を曲がった所、その前方に叢雲の姿が見えた。

「あっ、叢雲……」

「あら吹雪じゃない。こんな時間にどうしたの?」

 問われた吹雪は思わず目を泳がせた。

「え、え~とね。司令官まだお仕事してるみたいだし、お茶でもどうかな~って思って。鳳翔さんや龍田さんは別の仕事があるみたいだし。それより、叢雲こそどうしたの?明日の出撃に備えなくていいの?」

「その為に来てたのよ」

 叢雲が手にした書類の束をチラつかせる。

「南方海域での戦闘データや海流に天気の変動の傾向、気になったのを貰いに行ってたのよ。粗方事前にチェックはしたけど、追加であった方がいいと思ったのを念のためね」

「へ、へぇ~……気合い入ってるんだね」

「これくらい当たり前よ。それにしても、アンタこそ司令に対して気を回しちゃって。時期秘書艦の座でも狙ってるの?」

「そ、そんなんじゃないってば!」

「冗談よ、冗談。それじゃ、おやすみ」

「おやすみ……」

 叢雲は手をひらひらと振って自室のある方へと向かって行った。

「……あ、あのさ。叢雲!」

「何?」

 吹雪に呼び止められた叢雲が振り返る。淡い水色の長い髪がフワリとなびく。

「えっと、その…………頑張ってね!初の重大任務!!」

「?……ええ。アンタもしっかりね」

 踵を返して再び歩き出した叢雲の背を、彼女が角を曲がって見えなくなるまで吹雪は見つめていた。

 

 扉をノックして(えびす)提督の返答を聞いて、吹雪は緊張気味に執務室へと足を踏み入れる。

 するとそこでは、ちょうど夷提督が机の上でコーヒーを淹れていた。

「あ……」

「どうかしたか?」

「い、いえ。お茶でもどうかなと思ったんですけど……必要無かったですね。失礼しました」

 消沈した吹雪は微かに頭を下げて踵を返そうとする。

「……待て」

 夷提督がそれを呼び止めた。

「え……はい」

「折角だ、二人分淹れるのも手間は大して変わらん。飲んでいくか?……いや、小娘に今の時間飲ませるのは……」

「い、いえ!大丈夫です!是非ともいただきます!」

 吹雪は大袈裟な程に声を張り上げて言った。

 程なくしてコーヒーの入ったカップを夷提督に差し出され、吹雪は角砂糖を三つと粉クリームを入れてかき混ぜる。スプーンに砂糖のざらつきが感じられなくなった頃合いで、吹雪はカップに口に付けた。

 ほのかな甘みと苦みとが混ざり合った味わいが舌の上に広がる。

 提督はブラックコーヒーに口を付けつつ、机上の書類に目を通していた。

 コーヒーをちびちびと飲みつつ、吹雪は所在なさげに視線を室内のあちこちへと泳がせる。お茶を入れに来たという口実を失い、部屋にいる理由を失ったのを図らずも提督に救われたのだが、一向に吹雪は話を切り出せずにいた。

 そうこうしているうちにカップのコーヒーは無くなり、本当に誤魔化しの利かなくなった吹雪は、意を決して口を開こうとした。

「叢雲の事が気になるのか」

 先んじて夷提督から突然告げられた言葉に吹雪は目を丸くする。

「ど、ど、どうしてわかったんですか!!?」

「顔に書いてある。誰にでも察せる位にハッキリとな」

「あ、う、うう…………」

 恥ずかしさのあまり耳まで真っ赤にして、両手でカップを持ったまま吹雪は俯いた。

「聞きたい事があるなら答えるぞ。出来る範囲でな」

「は、はい。それじゃあ……」

 ほのかに赤みが残る顔を上げて、吹雪はおずおずと喋り出した。

「今回の任務にどうして叢雲が選ばれたんでしょうか?他の方々が選ばれた理由はなんとなく分かるんですが」

「ふむ」

 コーヒーに口を付けて一呼吸置き、夷提督は吹雪の質問に対して答えだした。

「最後の一人を誰にするかと考えていた時に、叢雲を編成に加えてほしいと神通が進言してきた」

「神通さんが!?」

「叢雲が神通指導の特訓を度々受けていたのは、お前も知ってるだろう。それで神通が言ってきた。叢雲にはまだまだ伸びしろがある。教えるべき最低限の事を教え切らないうちに特訓を中途半端に終わらせたくない。とな」

 予想だにしていなかった意外な人物の名と、その経緯を耳にした吹雪が目を丸くする。

「そして叢雲本人にこの提案を説明したら了承したのでな。だから決定した」

「そんな簡単に……。あの、差し出がましいかもしれないのですが、もう少し熟慮された方が良かったのではないでしょうか?今回の任務は通常のものとは事情が違います。深海棲艦だけでなく、インベスみたいな怪物を相手にする可能性も高いはずです。だから特殊な戦闘経験のある艦娘を選ぶべきではないでしょうか?先日の基地襲撃の時に戦った黒潮ちゃんとか――」

「お前など、か?」

「え!?あ、いえ、その……」

「自分が選ばれなかったのが納得いかなかったか?」

「い、いえ!そういうわけでは!」

 慌てて手と首を横に振って否定する吹雪。

「冗談だ。お前はそういうタイプの娘じゃないのは知っている」

「ううっ、司令官ふざけないで下さい」

 肩を落として消沈する吹雪に――すまんな――と一言挟んで夷提督は咳ばらいをした。

「もう少し詳しく説明するとしよう」

 その一言を受け、吹雪が姿勢を正し視線を夷提督と合わせる。

「確かに今回の任務は特殊なものだ。殆どのメンツは役割と適性とを厳選して編成したが、最後の一人の駆逐艦を入れる枠は、正直言って誰を入れても大差は無いと俺は考えていた。実力、技能はほぼ横並び。性能は島風がある程度飛びぬけているが、アイツは横鎮から北方海域の任務に参加するよう辞令が来ているからな。俺の動かせる手駒じゃあない。お前の言う通り、ディエンドとかいうやつの一味との戦闘経験やインベスとの遭遇経験を踏まえるという考えもあるだろうが、お前達がした程度の経験は付け焼き刃にしかならんだろう。実際の戦場で劇的に差がでるようなもんじゃない。ならば少しでも覚悟と気概のあるヤツを行かせた方が良い。叢雲にはそれがあった。そういう事だ」

「……覚悟と、気概……」

 夷提督の話を聞いた吹雪は、小さく呟いて顔を俯かせた。

 彼女の拳がギュッと強く握られ、口が真一文字に結ばれる。

 そして、ほんの十秒足らずの沈黙の後

「司令官!」

 顔を上げた吹雪は力強く言葉を発した。

「私も今回の任務の編成に組み込んでいただけないでしょうか!」

「何故だ?」

「叢雲の力になりたいんです!」

 投げかけられた夷提督の問いに、吹雪は迷うことなく即答した。

「叢雲と私は殆ど同じ時期に艦娘になりました。養成学校で一緒に学んだり訓練したりして。彼女は私なんかよりずっと成績が良かったし、学科も実技も同期のトップクラスでした。卒業して各所に配属される時、きっとこの子は皆を引っ張っていくような存在になるんだろうなって思ってました。そんな叢雲が前任の司令に干されて全く活躍も訓練も出来なかったなんて……ヒドイと思って……」

 吹雪は目元にいつの間にか滲んでいた涙を腕で拭う。

「確かに叢雲にも非はあったと思います。だけど休む暇もない程の雑用を押し付けたりだとか、懲罰の粋を超えてます。……そんな辛い思いをしていたのを私は知らなくって……ちょっとでもその時に案じる事を思いつかなかった自分が許せなくて」

「それはもう終わった事だ。その提督はもうここにはいない。お前さんが知らなかった事は罪でも何でもない」

「司令官……」

 こらえきれず、吹雪の瞳からこぼれた一筋の涙が頬を伝い床に落ちる。

 吹雪は再度、服の袖で顔を拭ってから言葉を紡ぐ。

「私は叢雲が私の知らない所で辛い目に合うかもしれないのを、もう放っておきたくありません!ワガママで勝手な事を言っているのは承知してます。彼女だって私の助けなんて必要としていないでしょう。だけど、お願いします!私も編成に加えてください!雑用でも何でもこなします!お願いします!」

 思いの丈を吐き出した吹雪は、夷提督の瞳をジッと見据えた。

 その力強く決意のこもった視線を受け止めた夷提督は「フッ」と軽く笑みをこぼしたのであった。

(やれやれ。他人を思って涙を流す娘の思いを無下にはできんな……)

 

 

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