『仮面ライダー鎧武』『艦隊これくしょん』の基本設定をベースに独自要素、解釈を詰め込んでおります。
本作における艦娘の設定は公式ノベライズ作品『陽炎、抜錨します!』及び『鶴翼の絆』を参考としております。
※今後、分量が多い話は複数パートに分けて投稿します。
水平線が橙色に染まる刻。横須賀の港もまた、夕日に照らされ色付いていた。
港に備え付けられたクレーンがせわしなく動き、輸送船に積まれたコンテナを次々と降ろしていく。無事に航海を終えた輸送船の船員達は、船と貨物を港の職員達へと委ね、久々の丘で過ごす夜を堪能する為、嬉々として港を後にする。
だが、貴虎、艦娘達、
そして貨物を移動させる音が響く中……
「馬鹿者!何故、俺や夕張の命令に従わなかった」
提督の、静かだが威圧感と凄みを感じさせる叱責の声が、叢雲へ浴びせられた。
「…………」
叢雲は俯いたまま沈黙する。
「お前の役目は何だ」
「…………輸送船の護衛」
「それが分かっていながら、何故勝手な真似をした。輸送船だけでなく、場合によっては夕張や吹雪が危険にさらされた可能性もあったんだぞ」
「…………」
再び叢雲は口を噤んでしまう。
「……自分がやるべき事、守るべき者を見失うヤツに戦う資格は無い」
そう言い放つと提督は、龍田の方へ顔を向ける。
「叢雲は帰りの護衛任務から外す。代わりにお前が入れ」
「了解しましたぁ」
それを聞いた叢雲は、俯いたまま肩を静かに、一瞬震わせた。
提督は再び正面に向き直り、全員へ簡潔に告げる。
「ご苦労だった。明日の出航時刻まで各員自由に過ごせ。以上、解散」
提督の解散号令が下されると同時に、叢雲が踵を返して走り出した。
「あっ、待って叢雲!」
夕張が即座に叢雲の後を追い、引き留める。
「何?」
「あのさ、せっかく任務も終わったんだからさ、みんなでご飯に行きましょう?」
「……結構よ」
「そんな事言わないでさ」
夕張が叢雲の肩に手をかける。
「やめて」
その手を払うように叢雲は肩を揺らし、冷たく言い放つ。それに対し夕張は一瞬たじろいだ。
「さっきは……悪かったわ……でも、今は余計なお節介は、やめて」
そう言い残すと叢雲は、再び駆け出して行った。
「あっ……」
「仕方ないわ~。今は一人にしてあげましょ」
夕張の元へ龍田が近づいてくる。
「……そうね」
「さぁ~て、それじゃあ、そろそろ行きましょうか~。提督、後ろ失礼します」
そうして龍田が、提督の車椅子の背後へ回り込もうとする。
「いや、その必要は無い」
そう言い提督は、視線を港の入口の方へ向ける。一同がその方向へ目をやると、一つの人影がこちら側へ向かってくるのが見えた。
夕日に照らされ、海風に長い黒髪をなびかせながら歩いてくる女性。白の胴着に赤い弓道袴を身に着けたその姿は、何処か凛とした空気を漂わせている。
そうして、提督の前までやってきた女性は、柔和な笑みを浮かべ一礼をした。
「お久しぶりです、
「堅苦しい挨拶は抜きだ赤城。背中が痒くなってくる」
「ふふっ、それは失礼しました」
そう言って口元に手を当てて、赤城と呼ばれた女性は微笑む。更に貴虎の方へ視線を向け一礼をする。
「あなたが呉島貴虎さんですね?初めまして。私は今現在、この横須賀鎮守府の提督の秘書艦を担当している、正規空母の赤城と申します」
「呉島貴虎です。こちらこそ初めまして」
「早速で申し訳ありませんが、当鎮守府の提督が待っておりますので、御二方は執務室までお越し下さい」
「ああ、行くぞ貴虎」
「はい」
「では参りましょう。失礼いたします」
そうして赤城は提督の車椅子の後ろに回り込み、グリップを手に取り押し始める。
提督、貴虎、赤城が港を後にする。
「次にみんなが集合するのは、明日の朝ね」
「そうね、貴虎さん以外はねぇ」
「え?どういう意味?」
思いもしない龍田の発言に、疑問を投げかける夕張。
「だって~貴虎さんは民間人よぉ。ウチの基地で一時的にお世話していただけで、あの人にはあの人の生活があるはず。ここで事情聴取を受けて、機密を口外しない様に誓約書を書いて、お家へさようなら~って事になるんじゃないかしらぁ?」
「あ……そっか、そうだよね。……これでお別れかぁ」
「ど~したの夕張ちゃん?……あっ、もしかして貴虎さんのこと~~?」
龍田は口元に手を当て、ニヤニヤとしながら夕張の顔を眺める。そんな龍田の言葉の意味する所を理解したのか、夕張は顔をほんのり赤面させて、目の前に伸ばした手のひらをブンブンと振る。
「ち、違うってば!そんなんじゃないって!ただ折角、少しだけど仲良くなれたのに、すぐお別れなんてちょっと寂しいなって思っただけよ!」
「あらあら、じゃあそういう事にしておくわね~」
「もう!龍田の意地悪!」
ニヤニヤとしながら回れ右をした、すまし顔の龍田の背中をポカポカと夕張が叩く。一方の龍田は、歩く貴虎達の背中へ視線を向ける。
(……でも、提督の様子を見ていると、普通にお別れって感じにはならないような気もするけどぉ。どうなるにしても明日が楽しみね~)
「もうこの話は終わり!ごはん食べに行きましょ!お腹ペコペコよ」
照れ隠しの様に声を上げた夕張が、手でお腹をさすりながら話題を切り替える。
「そうね~、間宮さんの料理をいただきに行きましょ~か」
「ええ!それじゃあ、しゅっぱ~つ!」
夕張の言葉に龍田が同調し、二人は食堂へ向け歩き出した。すると
「す、すみません!」
今までずっと黙っていた吹雪が突然声を上げた。それに対し夕張と龍田は後ろを振り返る。
「どうかしたの?」
「私、行く所があるので晩御飯ご一緒出来ません。お二人だけで行ってきて下さい」
そう言い夕張と龍田に向け頭を下げた吹雪は、一人で駆け出した。
「あっ!」
夕張が言葉をかける間もなく、走り出した吹雪の姿は、みるみる小さくなっていった。
「ふふふ、やっぱり駆逐艦の事なら駆逐艦同士よねぇ」
龍田が目を細め微笑する。
「え?……ああ、そういう事か」
龍田の言葉の意味する所を理解した夕張も、にこやかな表情になり吹雪の去って行った方向を見つめる。
「それじゃあ、いい加減私達も行きましょうかね」
「そうね~、そうしましょ」
「何食べよっかな?やっぱり天ぷらそば……いや、丼ぶりモノも捨てがたいなぁ」
「私は、天龍ちゃんが食べたがっていた新作ケーキを食べようかしらぁ。い~っぱい食べて、天龍ちゃんにじっくりと感想を聞かせてあげなきゃ」
「いや、そこは持って帰ってあげようよ」
貴虎達が歩いていると、後ろから走る足音が響いてくる。
三人が後ろを振り返ると、全力で走る吹雪が近づいてくる。そして
「失礼します!」
と、一言告げて貴虎達の脇を通り過ぎていく。
「待て吹雪!」
だが、駆け抜けて行こうとする吹雪を提督が呼び止めた。その声を受けて吹雪は急停止する。
そして提督の方を振り返る。上官の傍を無作法に駆け抜けるという行為に対し、まずい事をしたと思っているのか、彼女の表情は提督の叱責を恐れて強張っているように見えた。
「も、申し訳ありません!」
頭を深々と下げて謝る吹雪。だが、そんな彼女を提督が咎める事は無かった。
提督は、車椅子に取り付けられた荷物入れの中から何かを取り出す。
「吹雪」
その声に顔を上げて反応する吹雪。
「これを持って行け」
提督はそう言い、吹雪に向けて取り出した物を放り投げる。それを吹雪は両手でキャッチする。吹雪の手の中に収まった物、それは提督が食堂を出る時に仕舞い込んだ包みだった。
「余り物だ、お前にやる。早く行け」
提督は軍帽を目深にかぶり直す。
吹雪は暫くの間、包みと提督を交互に見やると
「ありがとうございます司令官!!」
と、敬礼をして再び走り出したのであった。
「……あれはお昼の?」
「打合わせや戦闘の事後処理が忙しくてな、食べそびれた」
「ふふっ、ここに来るまでに何やら色々とあったようですね」
「お前さんの上官に会ったら、まとめて話すさ」
提督はそう言いつつ、貴虎と赤城に先に進むよう促す仕草をする。再び三人は執務室に向かって歩き出した。
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コンコンと扉をノックする音が響く。
「赤城です。例のお二人をお連れしました」
だが、執務室の中から返答は無かった。
「急用でも入ってどこかに行ってしまったのか?」
貴虎が言う。
「いえ、恐らくそれは無いかと……もしかして……」
すると赤城は、無言のままドアノブに手をかけ扉を開ける。鍵はかかっていなかった。
中の様子を覗いた赤城は大きく溜息をつくと、早足で室内に足を踏み入れる。夷提督と貴虎もその後に続いていく。
部屋の中は、所狭しと本棚が並んでおり、そのどれにも本がぎっしりと詰め込まれていた。更には入りきらないのだろうか、周囲には床に平積みにされた本が点々と置いてあった。
窓際に置いてある机の上には、書類と本が乱雑に山積みされており、今にも崩れ落ちそうな状態だった。そしてその向こうに側には、入口に背を向けた状態で椅子に座った人物が一人。
赤城は足元の本を踏まない様に避けて歩きながら、その人物に近づき声をかける。
「提督!」
かなりの大声で呼びかけたものの、椅子に座る人物は何の反応も示さない。
その様子に業を煮やした赤城は、何かをその人物から取り上げる。高々と上げられたその手には、牛乳瓶の底の様な厚みのレンズがついた眼鏡と、文庫サイズの本が握られていた。
「あ、あれ?何も見えない。眼鏡は?どこ、どこに行っちゃったんだ?」
座っていた男は立ち上がりながら、まるで暗がりを手探りで進むように手を揺り動かす。と、振り返った拍子に手が机の上の本や書類にぶつかってしまう。バランスを崩した本や書類が雪崩を起こし、ドサドサと大きな音を立てて床に落ちる。
「うわわわ!」
慌てた男は腹部を机の縁に打ち付け、そのまま机の上に上半身を投げ出すように倒れ込んでしまった。机に残っていた書類の束が宙を舞う。その惨状を目の当たりにした貴虎は、男を助け起こそうと一歩踏み出した。しかし
「やめておけ」
「ですが……」
「心配無い、いつもの事だ」
と夷提督に止められてしまう。
「いたたたた……」
机に突っ伏している男が、頭を上げて起き上がろうとする。そこへ赤城が取り上げた眼鏡をかけさせた。
男はしばし瞬きをした後、横でふくれっ面をしている赤城に声をかけた。
「やあ赤城さん、どうしたんだい?」
「どうしたんだい?じゃありません!また執務中に関係のない本なんか読んで!」
「いや、それは大事な参考資料で……」
「これの!どこが!!参考資料ですか!!!」
赤城が手に持った文庫本を叩きつけるように机に置く。その表紙にはアニメに出てくるような愛くるしい少女が、ウィンクしながらポーズをとっているイラストが描かれていた。
「ほら、こういうのを見て萌え……もとい燃える事によって、キラキラするようにやる気を高揚させてだね……」
「それに!」
男の言う事を遮って赤城が捲し立てる。
「身だしなみにも気を使って下さい!来客があるっていうのに……その髪もいい加減切って下さい」
男の髪は襟足が肩口まであり、前髪も目に覆いかぶさる程で、ボサボサの伸び放題であった。
「いや、忙しくてそんな暇はなかなか……」
「……また、加賀さんに丸刈りにされても良いんですね?」
そう言って赤城はニッコリと微笑む。しかしその眼は笑っているとは言い難い程に、何やら恐ろしげな雰囲気を醸し出している。
目の前の男は身震いをすると、かろうじて机の上に乗っていた軍帽を手に取る。大慌てで髪の毛を軍帽の中に押し込み、姿勢を正した。が、あまりの毛の量の多さに軍帽はモコモコと膨れ上がっており、収まりきらなかった前髪がピョンとはみ出し、再び目元を覆い隠してしまう。
だが男は意に介さない様子で歩き出し、ひょいひょいと足元の本や書類を避けながら貴虎達の所へ近づいてきた。
「いやあ、お久しぶりです。お元気そうで何より何より」
そう言って車椅子に座る夷提督の手を取り、握手を交わす。
「相変わらずだな“ヨコ”」
ヨコ、と呼ばれた男は、次に貴虎の方へ歩み寄り手を差し出した。
「あなたが貴虎さんですね?僕がこの横須賀鎮守府の指揮を任せられている者です。横須賀とか横ちゃんとかヨコっちとかヨッコとか、好きに呼んで下さい」
その飄々とした様子に、一瞬怪訝な表情を浮かべた貴虎であったが、握手を交わし自己紹介をする。
「呉島貴虎です。では横須賀さんと呼ばせていただきます」
「いえいえ、敬語は結構ですよ。僕の方が年下だと思うので。もっとフランクに話して下さい」
「あ、ああ。……了解した」
男の言う事に応えると、貴虎は改めてその容貌を見直してみる。遠目では分かりにくかったが、近くで見ると男は確かに若く見える。年頃は二十歳に届くか届かないか、といった所であろうか。
「……なるほど、やはり妖精さんのお導きを感じます」
握手した後の自分の手をまじまじと見つめながら、不意に横須賀提督が呟いた。
「妖精?」
と、貴虎が聞き返す。が、それに答える事無く横須賀提督は、目を細める様に笑みを浮かべる。とは言っても前髪と厚みのある眼鏡に阻まれて、ハッキリとは見えなかったのだが。
そして男は、再び足元の障害物を跳ぶように避けながら机へ向かい、ふわりと椅子に腰かけた。
「さてと、お話ししたい事、お聞きしたい事は山ほどありますが……まずは今日の出来事についてお話しいただけますでしょうか?」
「ああ」
そうして提督は、基地を出港してから横須賀鎮守府に到着するまでの出来事を事細かに話し始めた。
「なるほど……そんな事が」
顎に手を当て考え込むような仕草をしながら、横須賀提督が言った。
「鎮守府近海に潜水艦部隊ですか。それも駆逐艦と連携を図る様な……。となると、対潜用の哨戒駆逐隊を再編成する必要がありそうですね」
横に控えていた赤城が意見を述べる。しかし
「いや、そこまでする必要はないだろう」
「え?」
「そうですね、その通りだと思います」
両提督の言い分に困惑の表情を浮かべる赤城。
「お二人とも、それは流石に危機感が無さすぎでは?」
「あの潜水艦は大破、ないし中破した状態で出現した。既にどこかで戦闘をして逃げる途中、それか漂流してたって所だろう」
「そうですね、でなきゃ大型輸送船なんて極上の獲物を前に遠巻きに見てるだけ、なんて事をしませんよ。ヤツらはね」
「叢雲に攻撃したのは、ほんの偶然だろう。たまたま、アイツらの所へ不運にも飛び込んで行っちまったんだよ、あの小娘はな」
「ですが、駆逐艦と潜水艦が綿密に連携をとっていたという可能性は……」
「それも無いでしょう。最初からそのつもりなら、吹雪ちゃんだって潜水艦の前に誘い込まれてるはずですよ」
「そうだな」
「……なるほど。少々考えが浅かったです。私の分析力もまだまだですね。精進しなくては」
「とは言え、何も対策をしないのはアレですから、哨戒部隊へのソナー配備数増を検討しておきましょう。今回の様に万が一、という事もありますから」
三人が話すのを、貴虎は黙って聞いていた。そして若干の驚きの気持ちを抱いていた。
先程のドタバタの様子を見ていた貴虎は、正直言って横須賀提督の力量を侮っていた。部下である赤城に怒鳴られる様は、どう見てもだらしのない子供が母親、または姉などに怒られる様な姿にしか見えなかった。
だが、戦況分析を的確に行い、赤城を納得させる様は、この世界の軍事について素人の貴虎でさえも感心してしまった。
また、自分の隣に座る夷提督の冷静な分析・判断も、横須賀に引けを取らない位に優れていると強く感じたのであった。
「それでは赤城さんは、ソナー配備計画の見直しと増産体制強化の旨を担当部署へ伝達お願いします。それで今日のお仕事は終わりになるのでゆっくり休んで下さい。僕はこの方達と、まだお話しする事があるので」
「了解しました。では失礼します」
そうして赤城は、慎重な足取りで扉の前まで歩いていき、振り向いてから一礼をする。
「それでは御二方、ごゆっくり。……それと提督、ちゃんと部屋の中を片づけておいてくださいね」
まいったなという具合に頭をかく横須賀提督を尻目に、赤城は部屋を後にした。
開かれた扉がゆっくりと閉まり、パタンと軽い音をたてる。
「さてと……」
その音を合図としたかのように、横須賀提督は喋りだした。
「本題に入りましょうか。貴虎さん」
「ええ」
「あなたの事については、既に報告を聞いています。異世界から来た人間であるらしい……と」
「自分でも信じ難い事だがな。ここが自分にとっての異世界だという事は。しかし、艦娘の戦い、深海棲艦、実際に見た今となっては否定するの方が難しい」
「ははは、みんな同じ事を言いますよ。あなたの様な境遇の人はね」
「あなたの様な……?という事は、私の様に別の世界からやってきたという人間が他にもいるのか!?」
「ええ、この世界においては、そう珍しい事ではありません」
「一体どういう事だ?詳しく説明してくれないか?」
「元よりそのつもりですよ。ですが、その前に艦娘とは何か……その事からお話しなくてはなりません」
「艦娘?それが私と何か関係があるとでも言うのか?」
「ええ、大ありです」
横須賀提督は、スッと立ち上がると、後ろ手を組んだ状態で窓の外へ体を向ける。
「あの広大な海を駆け巡る艦娘。彼女達は如何にして艦娘たりえるか。あなたはご存知ですか?」
「いや、分からない。そこまで踏み込んだ話は、まだ聞いていない」
「なるほど、では基本的な所から言いましょう。艦娘というのは艤装を身に着け、海を駆け、深海棲艦と戦う軍人の一般的な総称です。一部例外もいますがね。基本的に彼女らは志願兵です。ごく普通の、一般に生活する女性達が、数々の厳しい適性試験を受けた末に、艦娘としての名前と力を与えられます」
「志願兵……幼い少女すらもか……」
「……少なくとも彼女達は、自らの意志で戦う道を選んだものばかりです。その理由や事情は人それぞれですが」
「すまない、君らを批判するつもりで言ったわけでは無いのだ。ただ少しばかり、思う所があっただけだ」
「そうですか。では続けさせて頂きます」
横須賀提督は、仕切り直しの合図の様に咳払いをして話を続けた。
「今述べた通り志願兵で構成されている艦娘達ですが、極稀にそれには当てはまらない、説明のつかない者が我々の前に出現する事があります。そんな普通ではない、もう一つの艦娘が存在するのです」
「もう一つの艦娘……?それは一体?」
窓の外へ目を向けていた横須賀提督は、貴虎の方へ体を向け直し、今までにない程の真剣な表情で告げた。
「かつて“とある戦争”で沈んだ軍艦が転生し、人として生まれ変わったモノ…………それがもう一つの艦娘です」
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執務室の置かれた建物を出た赤城は、兵装の開発などを行う施設“工廠”へ向け歩を進めていた。
横須賀鎮守府は、この国の最大規模の軍事施設であり、その敷地面積は、とてつもなく広大である。従って、施設間の移動といえどもかなりの時間を要してしまう。もちろん電話等の連絡手段はあるのだが、開発の申請は様々な書類手続きを要する為、電話一本で解決するような事は、おいそれと出来ないのである。その為提督の代理として、秘書艦である彼女が工廠へと向かう必要があるのだ。
赤城は海に面した通路を早歩き気味に歩く。時刻は夕食を取り始める時間帯、早く工廠へ行って仕事を終わらせねば、彼女と同じ正規空母にて親友の加賀を待たせる事になってしまう。
特に約束をしているわけでも無いのだが、鎮守府にお互いが居る時、加賀は可能な限り赤城と食事を共にしようとする。先に食べても構わない、と赤城はよく言っているのだが、彼女はいつも澄ました顔で、赤城が来るのを待っていた。逆に赤城も、加賀が遅くなる時はいつも待たせている分、自らも待とうと努めるのだが、空腹に耐えかねて先に食べてしまっている事がしばしば。
だがそんな赤城に対し、加賀は文句の一言も口にする事は一度たりとて無かったのだった。
歩きながらそんな事を思い出し、考えていると、まるで何かの歌に出てくる夫婦みたいだな、と思い可笑しくなってしまう。自然と出てくる笑いを堪える為に赤城は、かぶりを振る。
すると視界の端に何かが映る。
その方向に視線を向けると、桟橋に座り込む人影が見えた。その人物は、体育座りの姿勢で膝の間に顔を埋めている。
「……あの娘は」
目を瞑って頭の中を空っぽにしようと試みる。
……だめだ。
大分前からずっとこうしているが、一向に頭の中がスッキリしない。嫌な出来事、思い出、言葉、そんなのばかりが頭の中をグルグルと駆け巡る。どうしてこうなってしまったのだろう。あんな事をしたのだろう。どうして自分がこんな事に……胸がモヤモヤする。
こんな気分になるのはイヤだ。頭の中を空っぽにしなければ……
同じ事を何度考えたのだろう、いつまで自分はこうしてるのだろう……
そんな事を考えていると、頭の上から声がした。
「隣、いいかしら?」
頭を上げ、頭上を見上げた叢雲の目の前には、黒髪の女性の顔が逆さに映っていた。
叢雲の返答も聞かずに女は、その右隣に移動し桟橋に腰かける。
「あなたが叢雲ね。私は……」
「赤城……さん、でしょ。知ってるわ。ていうかモグリでも知らないヤツはいないでしょ」
「あら、そう?」
「艦娘として着任以来、勝利に貢献した海戦は数知れず。攻め時、引き際の見極めにも長けていて、損害が出たとしても最小限に抑え、それで命を救われた艦娘も数知れず。艦娘とは斯くあるべき。って言われる程のエース中のエースにして模範的艦娘さまが、下っ端駆逐艦の私めに一体何の用で御座いましょうか?」
これでもかという位に慇懃無礼な態度で叢雲は、赤城に言葉を返す。
だが赤城は全く意に介さない様子で言う。
「聞いたわ、今日あった出来事」
それを聞いた瞬間、叢雲は顔に嫌悪感を露骨に滲ませる。
「それでね、気になったの。何で命令違反してまで敵を追い詰めたのかって」
「…………話す気は無いわ」
「そう、ならあなたが話すまでずっと隣に居るわね」
「ハァ!?」
思わず叢雲は声をあげる。
「何バカな事言ってるのよ!?第一、何でアンタに話をしなきゃならないのよ!?」
「そうね……気になって気になって、ご飯が美味しく食べられなくなるから。かしら?」
「バッカじゃないの!?意味わかんない。……絶対話さないから」
そう言って正面へと向き直る叢雲。対して赤城は彼女に対して何も言う事無く、黙って水平線の彼方を見つめていた。沈黙する二人。打ち寄せる波の音だけが周囲に響いていた。
それから五分程度の時間が過ぎた。
相変わらず叢雲、赤城の周りは沈黙に包まれている。
叢雲は思った。わけの分からない事を言ったこの女は、どうやら本気らしい。たとえ自分が立ち上がってどこかへ行こうとしても、絶対に付いてくる。寝床に向かおうとも、枕元に立ってじっと待ち続ける、下手をすれば布団にまで潜り込んで来るのではないか?そんな馬鹿げた考えまでもが浮かんでくる。
「あーーーーもう!分かったわよ、言えば良いんでしょ言えば!!」
結局叢雲が折れる事となった。そして彼女は語りだす。
「悔しかったのよ、あんなチンケな駆逐艦を仕留めきれずに逃がすのが」
叢雲はチラリと隣を見る。赤城は何も言わずに、海を見つめ続けている。どうやら、今言った事だけでは納得がいかない様子である。それを見て叢雲は半ばヤケになり、洗いざらい話してしまう事を決めた。
「私が作戦によく参加出来るようになったのは、ここ一年から半年位の事よ。それまでは訓練、演習も満足にやらせてもらえなかった。空母のアンタみたいに派手な活躍が出来ない駆逐艦娘は、地道にコツコツ戦って、地道にコツコツ戦果を稼ぐしかないのよ。そうしないと誰からも認められない……。戦いにも慣れてきた、撃沈数も増えてきた。駆逐イ級なんて、赤ん坊の手を捻る位に簡単に倒せるようになってきた。だから、今日のヤツを一気に沈められなかったのが悔しかった。逃がすのが許せなかったのよ」
赤城は何も言わない。黙って視線を真っ直ぐに保ったままだった。
「はい!これで言う事は全部言ったわよ!これ以上話す事なんて、ホントにもう無いんだからね!」
そう言い放ち叢雲が立ち上がりかけた時、赤城が口を開いた。
「慢心は、良くないわね」
赤城は叢雲の方へ顔を向けると更に一言、口にする。
「でも、あなたは運が良かった」
「は?何それイヤミ?」
ゆっくりと首を振り否定する赤城。
「あなたはそんな身勝手な理由で独断行動をしてもなお、大切な仲間を失う事も、傷つける事も無く、自分も無傷でいられた。そして犯した過ちを振り返る事が出来る。それは、とっても幸運な事なのよ」
そう言うと赤城は、再び水平線の彼方へ視線を向け、ポツリと呟いた。
「私も、戦場で全てを失う前に気づければ、気づいてもらえていたら、違ったかもしれない」
と、その言葉に叢雲は違和感を覚える。戦場で全てを失う……彼女の経歴を考えるに、そんな出来事と彼女とは関係が無いはずである。一体何を言っているのだろう?そう思い、疑問を口にしようとした時
「それにね、無事に帰って来て美味しいご飯を食べられるのが、何よりも幸運な事よね。生きてるって実感が湧いてきて堪らないのよ!」
両頬に手を当て、満面の笑みを浮かべながら赤城が言う。口の端から涎が垂れている様に見えたが、叢雲は見なかった事にした。
「さ~て、じゃあ私は行くわね。お互いに、お友達を待たせちゃってるみたいだし」
と、言うと赤城は後方へ目を向ける。叢雲も、その視線の先を追う。すると近くにある建物の影に少女が一人。その少女は二人の視線に気づくと、慌てて建物の影に隠れようとする。
「吹雪?」
「迎えに来てくれるなんて良いお友達ね。それじゃあ、さよなら」
赤城は立ち上がって踵を返すと、軽やかな足取りで歩き出した。
自分の近くへ歩いてくる赤城に対して吹雪は、あたふたとしながら敬礼をする。赤城は歩きながらにこやかに敬礼をすると、そのまま去って行った。それを見送ると吹雪は叢雲の方へ、小走りに近づいて行く。
「今の人って赤城さんだよね、何を話してたの?」
「さあ?私にもよくわからないわ。で、アンタは何しに来たの?」
座ったままの姿勢で後ろを振り返りながら、叢雲が吹雪に尋ねる。
「これ、提督に貰ったから一緒に食べようと思って」
そう言うと吹雪は、小さな風呂敷包みを広げる。その中には二個のおにぎりが包まれていた。
「これを夕食の前に食べる気なの?」
「え~~っと、そう!前菜ってやつだよ」
「前菜ってアンタねぇ……」
「いいからいいから」
そうして叢雲へ強引におにぎりを渡すと、先程まで赤城が座っていた位置に吹雪は腰かける。
「いただきま~す!」
元気に声をあげると吹雪は、手に持ったおにぎりに噛り付く。
叢雲も仕方なしにそれに続き、おにぎりを口にした。塩のきいた米の味、湿り気を帯びた海苔から口の中に磯の香りが広がってくる。
叢雲の頭の中には、再び今日の出来事が思い返される。苛立ち、恐怖、後悔、生きている事への喜び、様々な感情が心の中に溢れ出してきた。
俯きながらおにぎりを食べる叢雲の腿に、ポロポロと雫が落ちてくる。そしてそれは、彼女の穿いている黒タイツに点々と染みを作っていった。
「叢雲?」
美味しそうにおにぎりを頬張る吹雪が、嗚咽を漏らす叢雲の方へ目を向ける。
「ち、違うわよ!具の梅干しが酸っぱかっただけよ!あーーーもう!最悪だわ!」
そんな叢雲を見た吹雪は口元に微笑を浮かべると、日が落ちて暗さを増した空を見上げる。
「うん……でも凄く美味しいね」
空には星々がキラキラと瞬き始めていた。