仮面ライダー斬月・艦   作:はちコウP

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この作品は2014年11月21日にpixiv https://www.pixiv.net/novel/series/452817 に投稿した作品を加筆・訂正した物となります。

『仮面ライダー鎧武』『艦隊これくしょん』の基本設定をベースに独自要素、解釈を詰め込んでおります。

本作における艦娘の設定は公式ノベライズ作品『陽炎、抜錨します!』及び『鶴翼の絆』を参考としております。


※今後、分量が多い話は複数パートに分けて投稿します。


【第四話】part1

 

 真夜中の夜空に浮かぶ月を、厚い雲が覆い隠す。静寂なる海上は、たちまち闇に包まれる。

 その闇間に紛れるように佇む複数の黒い影。影からは、幾つかの淡い緑色の光が揺らめいていた。

 それは深海棲艦の哨戒部隊であった。深海棲艦が人の様に眠るのかは定かではないが、まるで眠っているかのように、その影は目を細めて動かない。

 ここは深海棲艦の制海権内、未だに人間達、艦娘達が足を踏み入れた事のない黒い艦の楽園、聖地と言えるような場所。深海棲艦の戦力の充実したこの海域は、よほどの大部隊を率いて攻めなければ、人類は返り討ちに合うと推測されるほどに守りが固かった。

 だが、そんな所へと無謀にも近づいてくる異様な気配を、哨戒部隊の旗艦“重巡リ級”は感じ取った。

 

 その気配は、真っ直ぐに自分たちの方へ近づいてくる。海洋生物とは明らかに異なる気配。自分達に近しいと思われるそれからは、味方の識別信号は送られて来ない。

 重巡リ級は、即座に周囲の随伴艦へ通信を送る。それを受け、艦隊は直ちに陣形を整え迎撃態勢をとった。

 深海棲艦達の瞳が、青く淡く輝きだし、その闘志を溢れさせる。

 艦隊が整えた陣形は複縦陣。隊を縦二列に分けた防御寄りの陣形である。それぞれの列は、片方が軽巡へ級を先頭とし雷巡チ級二隻が後ろに並ぶ。もう片方は重巡リ級を先頭とし、残りの軽巡へ級、雷巡チ級がそれに続くという形をとっていた。

 

 日中と違い見通しのきかない夜間戦闘、夜戦時においては砲撃の命中率が著しく低下するため、必然的に接近戦が多くなる。敵を照らし出す照明弾や探照灯があれば別であるが、この哨戒部隊は、そういった類の装備は持ち合わせていなかった。

 そのため、視覚と聴覚を研ぎ澄ませ、近づいてくる敵の気配を探る事に集中する。夜戦においては、多くの攻撃が一撃必殺になる。

一瞬の間違いが生死を分かつのだ。

 

 前方へ意識を集中していた重巡リ級が、ふと風切音を耳にした瞬間、隣の列の先頭に位置していた軽巡へ級が、突如として炎に包まれ爆散した。

 それに気づくと同時に重巡リ級は周囲の随伴艦に対し、専用の通信信号で散開の指示を飛ばす。

 信号を受け、素早く散開する指揮下の艦。次の瞬間、砲弾の飛来する音が、艦隊のいた位置を突き抜けていった。

 謎の敵からの攻撃は、異様なものであった。通常であれば、砲弾という物は放物線を描いて撃ちだされるものだ。遠方の敵に対し砲撃する場合、おおよその位置を予想し砲弾を発射した後に、着弾した位置から敵との距離を割り出し、角度を調整して命中率を高めていくのがセオリーである。だが今の攻撃は、そうやって角度を付けられて発射された様子は見られなかった。外れた二発目の攻撃が着水した音が聞こえなかった事を考慮すると、砲撃は水平発射されたとしか思えなかった。

 しかも敵の姿はおろか、砲撃の噴射炎すら確認できていない。明らかに通常の夜戦時の射程を逸脱した距離から、敵の攻撃は行われていた。夜間偵察機が飛んでいる気配も感じられない。偶然当たっただけ、という可能性もあったが……

 

 散開し、独自の判断で動き出した一隻の雷巡チ級が、敵弾の直撃を受け炎に包まれる。深海棲艦達は周囲を見渡すが、敵の姿は見受けられない。こうも連続して被弾が続けば、偶然の一言では片づけられない。敵は暗闇の中、遠距離からの攻撃を当てる何らかの術を持っているのは確実であると思われた。深海棲艦達は、警戒心を一層高める。

 そんな中、このままでは埒があかないと判断したのか、二隻の雷巡チ級が突撃を開始する。事態を打開するために、こちらから打って出ようという腹積もりだ。

 二隻の雷巡チ級は、砲弾の飛んできたと思われる方向へ全速で進む。ジグザグの軌道を描きつつ、敵の狙いを外しながら。

 雷巡チ級の脇を、風切り音が幾つも掠めていく。数発の攻撃を避けた所で、前方の闇の中に緋色の光が二つ浮かび上がっているのが見えた。その光めがけて二隻の雷巡チ級は、左手の砲を掃射する。だがその瞬間、緋色の光が素早く揺れ動く。残像を幾つも描きながら高速移動する敵に対し、雷巡チ級の攻撃は掠める事すらかなわなかった。

 敵の動きに翻弄されているうちに、一隻の雷巡チ級が直撃弾を受けて炎上する。だが敵の痕跡を捉えてもなお、攻撃の正体は掴めない。威力はどう見ても砲撃のそれだが、砲撃の音も噴射炎も確認できない。

 沈んでゆく同胞の身体を燃やす炎が、周囲を照らし出す。その明かりを頼りに、残された雷巡チ級が周囲を見回そうとしたその時、側面から黒い影が躍り出て、雷巡チ級の顔面を鷲掴みにした。チ級は反撃を試みようと腕に装着された主砲に力を込める。ヒュッと下から吹いた風切音が首筋を撫でる。その瞬間、雷巡チ級の腕から力が失われ、だらりと垂れ下がった。体が水面に音を立てて没するより早く、雷巡チ級の意識は深淵に飲み込まれていった。

 

 黒い謎の影に向かって全速力で近づく軽巡へ級が砲撃を放つ。謎の敵の周囲に水柱が数本立ち上がる。炎に照らされているおかげで、砲撃の狙いは定まりやすくなっていた。攻撃を受けた黒い影は素早く前進を開始、左手で掴んでいた物、雷巡チ級の頭部を軽巡へ級に向かって投げつけた。自分の顔面へ向け、一直線に飛んでくるそれを手で払いのけると、へ級は主砲を前方へ向ける。しかし、そこに敵の姿は無い。戸惑うへ級は突如、上方から強い衝撃を受けた。頭頂をそのまま強い力で押し込められ、全身を海の中へと沈められる。何とかその手から逃れようと必死にもがく軽巡へ級の全身を、複数の弾が突き貫く。その体に無数の穴を空けられた軽巡へ級は、爆発する事も無く海の底へと、その身を沈めていったのであった。

 わずかな時間の間に五隻もの深海棲艦を沈めた黒い影は、ゆっくりと立ち上がり、炎上する雷巡チ級の方へ目を向ける。

 やがて炎上する雷巡チ級の身体は、完全に水面下へと沈む。程なくして周囲は再び暗闇に包まれた。

 

 その瞬間、謎の影の後頭部めがけて高速で近づく物が。それは巨大な黒鋼の手甲。

 

 旗艦である重巡リ級は、随伴艦が倒される光景を見て思った。

 この敵と正面からやりあっても倒す事は不可能だ。全滅は免れない。と……

 そう判断すると瞬時に重リ級は、敵の動きを観察、常に相手の死角を維持するように動き回り、チャンスを待った。

 この重巡リ級は人類側からはフラッグシップ級とカテゴライズされる、強い力を持った精鋭であった。戦闘力、判断力にも優れ、並みの艦では足元にも及ばない。これしきの動きをするのは容易い事であった。

 そして機が訪れる。目の前の障害を全て蹴散らし、油断しているであろう謎の敵へ、渾身の打撃を叩きこんだ。

 リ級の手甲が黒い影の頭部に一撃を加える直前、リ級の視界の端で淡緑色の小さな光が煌めいた。

 手甲は後頭部の手前、数センチの所で停止した。決して重巡リ級が意図して止めたわけでは無い。止められたのだ。

 右腕には強い力で縛られた様な感覚が。すると奇妙な風切音が聞こえる。自分の周囲を小さな物体が複数飛び回っているのを感じる。再び淡緑色の光が煌めいた、それも複数。そこから放たれた何かによって重巡リ級は、残る左腕・両足をも拘束され、完全に身動きを取ることが出来なくなってしまった。

 重巡リ級は表情を変化させる事無く、目の前の敵の後頭部を見据える。

 月を覆っていた雲が晴れ、月光が海上を淡く照らし出した。目の前の黒い影はゆっくりと振り返り、その相貌をもって重巡リ級の顔をじっと見つめた。その瞳は血走ったように緋く、そして見る者が見れば吸い込まれるように美しかった。

 そして、その顔を触れ合う寸前まで接近させた謎のヒトガタは、静かに囁いた。

 リ級には呟いた言葉の意味は理解できなかった。否、他の誰であろうと理解は出来なかっただろう。

 この世界の誰もが聞きなれない様な音を口から発し、ニヤリと笑みを浮かべる。

 刹那、重巡リ級の体に衝撃が走った。謎のヒトガタの右腕が、リ級の腹部を貫いていた。

 右手の先には禍々しく伸びた鋭い爪。その先からリ級の体液がしたたり落ち、水面に波紋を広げる。

 重巡リ級の青く光る相貌が黒く染まり、その全ての肉体活動は停止した。

 腹部から右腕を引き抜くと、ヒトガタは爪の先に付いた重巡リ級の体液を舌でスッと舐めとった。リ級を拘束する縄のような何かが光を発しだす。すると重巡リ級の身体がその光に包まれる。リ級の全身を包んだ緑色の光は、やがて収縮、結晶化し謎のヒトガタの左手に収まった。その結晶は、さながら何かの果実の様にも見えた。

 バシャリと音を立てて、拘束を解かれた重巡リ級の体が水面へ落ちる。まるでミイラの様に干からびたその体は、瞬く間に海底へと沈んで行った。

 謎のヒトガタは、左手にもった結晶を口へと運び込む。不気味な咀嚼音が周囲に響き渡る。喉を鳴らし、咀嚼したそれを体内へ流し込むと、ポツリと呟くように口から、謎の声を発したのだった。

 

 再び、流れる雲が月を覆い隠した。その身体を闇に溶け込ませ、謎のヒトガタは音も無くその場を立ち去って行った。

 

          ――――――――――――――――――――――――――――――

 

「軍艦が人として生まれ変わった姿!?」

 横須賀提督の口から発せられた思いもしない言葉に、貴虎は驚愕した。

 彼の言う“もう一つの艦娘”それが異世界から迷い込んだ人間という事ならば、今の貴虎にはすんなりと受け入れられたかもしれない。しかしそれが“軍艦が人として転生した者”などというオカルトじみた話をされては、流石に「はいそうですか」と受け入れる事など出来るわけがなかった。

 やはりこの男は、ふざけた男なのだろうか?と疑いの目を向けていた貴虎に対して、隣から声がかけられる。

「この程度でいちいち疑っていたらキリがない。馬鹿馬鹿しいと思っても最後まで聞いておけ」

 声の主の方へ目を向ける貴虎。彼もまた、真剣な面持ちで貴虎の目を見据えていた。貴虎の心の内は、この壮年の提督にはすっかり見透かされている様であった。無言で微かに頷くと貴虎は、再び前方に向き直る。

「フォローありがとうございます。……とその前に失礼、頭が重いので」

 すると横須賀提督は、パンパンに張っていた軍帽を脱ぎ机の上に置く。そして、軽く会釈をしてから再び話を始めた。

「私の秘書艦の赤城と同じ正規空母の艦娘に、加賀という者がいます」

 加賀……そういえば先程の会話に、そのような名前が出てきたな。と貴虎は思い返す。

「そして同じく飛龍、蒼龍と言う名の正規空母の艦娘が存在します。赤城、加賀、飛龍、蒼龍……あなたは、この名前に聞き覚えはありませんか?」

「……ミッドウェー海戦、かつての太平洋戦争で沈んだ軍艦か?」

「はい、ちなみに戦艦としては非常に有名らしい“大和”“長門”などの名を冠した艦娘も、当鎮守府に所属しています」

「だが、それが何だと言うのだ。ただ当時の軍艦になぞらえて、彼女らが名づけられたというだけの話ではないのか?」

「確かに彼女達は、太平洋戦争時に存在していた軍艦にちなんだ名が与えられています。ですが、この世界においてあなたの言う、太平洋戦争という名の戦争は起こっていないのですよ」

「何だと?」

「いや、今まさに我々が行っている戦争こそが、それなのかもしれません」

 そうして横須賀提督は、静かにこの世界の近代史、主に戦争の歴史について語り始めた。

 

 この世界においても、二度の世界大戦は存在していた。

 戦争における国家間の対立の様相は、貴虎の知るそれとほぼ似通っていたが、それ以外においては、異なる点がいくつも見受けられた。とりわけ目立ったのが文明レベルの違いだ。この世界の大戦は、貴虎の知識にある大戦の時よりも高い技術水準、文明を人類が有する状態で勃発していた。軍事の専門家ではない貴虎が聞いても、その差は数十年単位の隔たりがあるように思われた。

 そして、この世界における第二次大戦の序盤に異変は訪れたのである。

 突如として出現した謎の艦隊が世界中の海を跋扈し、ありとあらゆる国の船舶、港湾都市等に対して攻撃を開始した。

 後に深海棲艦と名付けられる、艦とも生物とも知れない異形の存在への対応に、人類は追われる事になった。

 拡大する戦火、被害に対して大国は、こぞって最新鋭兵器を投入し深海棲艦の撃滅を試みた。しかしながら、いかなる強力な兵器を用いても深海棲艦に対して決定的な損害を与える事は敵わず、増え続ける敵艦隊に海上輸送の拠点、航路を制圧された国々は、次第に疲弊していった。

 強大な軍事力を有する国ほど、その度合いは高く、度重なる戦闘による燃料や資源の消費、敗北により被った損害のおかげで、瞬く間に国力は低下していった。そして慢性的な資源の不足により、運用コストの高い最新鋭の戦闘機、戦艦などの兵器は無用の長物と成り下がってしまった。

 この世界における日本は、大戦に本格的に参戦する直前の状態であり、最新鋭の兵器の配備数も少なかったため、資源の消費及び損害は最小限に抑える事が出来た。

 しかしながら資源の備蓄にも限りがある。他国からの輸入に資源を頼っている日本にとっては、それが絶える事は滅亡を意味するにも等しかった。

 

「だがそんな時、不可解な事が起こり始めました」

「不可解な事?」

「ええ、深海棲艦の出現とほぼ時を同じくして、素性の知れない人間達が次々とこの世界へと現れはじめたのです。貴虎さん、あなたのようにね」

 

 その人間達を保護した政府関係者は驚愕した。皆、誰一人として戸籍が登録されておらず、この世界に存在していた形跡も見受けられなかったのである。そこでその人間達に対して数々の質問を投げかけ、情報を集める事を試みた。何処から、何の目的で、どうやって来たのか。これまでの経歴、居住地など、ありとあらゆる事について聞き取り調査を行った。

 その結果、幾つかの事実が判明した。それは大まかに分けて三つ。

 まず年齢・性別等はまちまちで、その共通点・法則性は、何一つなさそうであるという事。

 次に、それぞれが暮らしていた環境、境遇などもバラバラであるという事。

 そして調査対象の人間全員が、望んでこの世界を訪れたわけでは無く「気が付いたらこの世界にいた」と証言しているという事であった。

 未確認・不確定要素は多いものの、様々な情報を総合した結果、その人々は“バラバラに異なる世界から迷い込んできた”という結論に至ったのである。中には、ほぼ同じ世界から来たと思われる共通点を持つ者達もいたが、お互いに面識を持っていたという人間は殆どいなかった。

 

「ですが、そんな彼らを更に調べて行くうちに、ある共通点が判明したのです。それは彼らが皆、第二次大戦及び太平洋戦争に関する知識を持っている事。そして、軍事に関する何かしらの才覚に優れていたという事でした」

 

 迷い込んできた人間の中には兵器開発、戦略指揮、戦史研究などの分野に秀でた人間が多数存在していた。その人物達に可能性を見出した軍は彼らを徴用し、対深海棲艦の研究を進めていった。その研究の過程で、低コストで運用可能な小型の新兵器が開発された。そしてそれは、深海棲艦相手に絶大な効果をもたらしたのであった。その際に兵器を運用したのが素性の知れない女性達、艦の生まれ変わった人間“艦娘”と後に呼ばれる事となる者達であったのだ。

 

「もちろん軍艦が生まれ変わった、などというオカルトじみた話は人々に受け入れられませんでした。最初はね。ですが彼女たちの記憶や証言内容、戦史研究家達のもたらす情報を整理していくと、どうしてもそう判断せざるを得なかったのです。数々の異世界の方々のケースと同様に」

 横須賀提督はそう言いながら、広げた右の手のひらをゆっくりと前に突き出した。

「ですがもう一つ、決定的な判断材料として僕が、僕の様な人間が“妖精さん”を感じ取ったというのがあります」

「妖精さん?……そういえば、先程もそんな事を言っていたようだが」

「はい、妖精さんです。この世界においては、人知を超えた不可思議な現象を“妖精さんの仕業”とする風習、妖精信仰ともいうべきものが存在するのです。もっとも宗教の様な大仰なモノではなく、民間伝承、迷信に近いモノであるのですがね」

 横須賀提督は突き出した手を下げ、後ろ手に組む姿勢をとり話を続ける。

「僕は物や人に触れる事によって、それが妖精さんの加護を受けているかどうか、大まかにですがその力の強弱をも感じ取る事が出来るのです。あ、理解できなくても結構です。そういうものがあるらしい、程度に捉えて下されば良いですよ。そして、艦娘や異世界から来た人々、深海棲艦に有効な兵器からは妖精さんの力が強く感じられる、という傾向があります。あと余談ですが、人によっては小人のような姿をした、妖精さんの姿を見る事が出来るらしいですよ」

「だから私も異世界の人間である、と判断したのか?」

「ええ……実はあなたの事に関して報告を受けた時点で、既に戸籍や存在の形跡は調べさせて頂いたのです。その時点で呉島貴虎及び沢芽市という都市は存在しないという事は分かり、十中八九あなたが異世界人であるだろうと結論付けました。そして先程の握手を通じて、それは確信に変わったのです」

「なるほどな。先程の言動はそういう意味を持っていたのか」

「はい。と、大まかな説明はここまでとなりますが、ご理解いただけましたか?」

「正直な所、余計に頭が混乱している。この世界の成り立ち、異世界の人間や艦娘の存在、あなたの様な特異な性質を持った人間、わけのわからない事ばかりだ。だが、事実として受け入れなければならないのだろうな……」

 苦笑混じりに貴虎が嘆息する。

「今は分からなくとも、体験を通してじきに理解できるようになりますよ。……ところで、これから貴虎さんはどうされるおつもりで?」

「……これから、どうする……か」

 そう言われてみて初めて貴虎は、これから自分がどうするか、何をしたいのかを全く考えていなかった事に気が付いた。

 もっとも、目を覚ましてから流されるがままに横須賀まで連れて来られ、その間は未体験の出来事に驚くばかりで先の事を考える余裕など、一時もなかったのではあるが。

 そして貴虎は、暫く思考を巡らした後にポツリと呟いた。

「……元の世界に戻る方法を探したい……と思う」

 真っ先に思い付いたのが、それだった。

「そうですか、元の世界にね。何か当てはあるのですか?」

「いや、残念だが何もない。地道に情報を集めていって、手がかりを探すしかなさそうだ」

 と言ってみたものの、右も左も分からない、何のツテも無い未知の世界でどうしたら良いのか。具体的な方針は全く思いついていない。それ以前にどうやって生活するかという問題が立ちはだかる。正に前途多難であった。

 そんな事を考え沈黙する貴虎に、横須賀提督から声がかけられる。

「貴虎さん。もし宜しければ我々に協力しては頂けないでしょうか?」

「協力?私が一体何を?」

「あなたさえ宜しければの話ですが……提督になってみる気はありませんか?」

「私が提督に?」

「ええ、先程言った通り異世界から迷い込んできた人々には、何かしらの才覚を持つ者が多いのです。昼間の遭遇戦での出来事、私があなたから感じた強い妖精さんの力、それを考えるにあなたには、軍事に関する才覚がおありだと私は考えます。優秀な戦力は多いに越したことは無い。事実、提督の中には、あなたと同じような境遇に置かれていた人々も登用されていますし。それに軍では異世界の人々によって、様々な研究が進められています。その中には、あなたにとって有益となりうるモノもあることでしょう。あなたは我々の勝利に貢献し、我々はあなたに情報や研究の成果を提供する。ギブアンドテイクです」

 その提案に貴虎は、しばし考え込む。確かに彼の言う通り、元の世界に戻る手がかりを得るためには情報が必要だ。何の当てもない貴虎が一人で動くよりは、彼の提案を受けた方がよっぽど良い。

 だが、艦隊指揮の経験も知識もない自分が提督になる、などと言われても今一つピンとこない。それに似たような事として、貴虎にはユグドラシルコーポレーションにて戦闘部隊の指揮を取った経験ならばある。だが、それが提督業においても通用するかどうかは、わからない。

「もしそれがお気に召さないのであれば、鎮守府の事務職や輸送船の船員などの仕事を斡旋する事も可能です。また、軍に携わる事を望まない人も時々いらっしゃいます。そういった方々には、一般社会での生活を送ってもらっています。まあ、機密保持の為に自由は大分制限され、監視も付く事になりますがね。どの選択肢を選ぶにしても我々は強制しませんが……」

 考え込む貴虎に、横須賀提督は更なる提案を持ちかける。が……

「いや、その必要は無い。最初の、提督になるという提案を受けさせて貰いたい。軍事について素人の自分に、どこまで出来るのかは全くもって分からないが」

 長考の末出した結論がこれだった。確かに畑違いの仕事かもしれない。だが、自分の今までに培ってきた経験が生かせる可能性があるのならば賭けてみたい、そう思ったのが理由だった。

 そしてそれ以外にもう一つ、僅か間ながら世話になった艦娘達、夷提督への恩返しに何か手助けが出来るかもしれない、と考えたのもその理由の一つであった。

「いやあ、お引き受けいただきありがとうございます!」

 そう言うと横須賀提督は、再び足元の書類や書籍を器用に避けながら近づいて来て、両手で貴虎の手を固く握りしめた。

「だが私は軍事に関しては素人だ。それでも大丈夫なのか?」

「心配いりません。研修期間は、たっぷりと設けさせてもらいますから」

 横須賀提督はチラリと横に視線を向ける。

「分かってる、ウチで面倒を見れば良いんだな」

 車椅子に座った提督が、やれやれといった仕草で軽く首と手を動かす。

「いやはや理解が早くて助かります」

「と、いうわけだ」

「よろしくお願いします」

 そう言って夷提督に頭を下げる貴虎。そのやり取りが終わるのを見計らって、横須賀が口を開く。

「いくつか注意事項を言っておきます。異世界の事や、そこから来た人々についての情報は、軍の最高機密となっています。それは一部の人間しか知らない事です。くれぐれも他言無用でお願いします。たとえ艦娘にであってもね」

「艦娘にも……?それは何故なんだ?」

「完全に解明されていない不確定な情報というものは、時として人々に混乱をもたらします。それは艦娘とて例外とは言えないでしょう。憶測、それに基づいた偏見による差別的行動、その他諸々の事態が起こるのを危惧しての事です。故にこのような秘密を知る人間は少ない方が良い。上層部の判断によるものです」

 横須賀提督の言う事を聞いて貴虎は、自分にも覚えがあった事を思い出す。

 彼の所属していたユグドラシルコーポレーションは、秘密裏にヘルヘイムやインベス等への対策活動を行っていた。それが万が一露見した場合、機密保持のために、街一つを焼き払う事というプランまで用意して……

 貴虎の胸中に、不快な思いが広がってきた。だが即座にその思いを封じ込め、目の前の男の話に集中する。

「それと、転生した艦娘の中には、自らの出自にコンプレックスを持つ者が僅かながらいます。そんな娘達は、周りの人間達との違いに苦悩しながらも、どうにか折り合いをつけて日々を送っています。彼女達の心の平穏の為にも、どうか宜しくお願いします」

「分かった。決して他言しないと誓おう」

「ありがとうございます。ところで、話は変わりますが貴虎さん。僕はあなたの話に大変興味があります。特に謎の森、植物の進攻と怪物についてね」

「ヘルヘイムの事か?」

「ええ、凄まじい繁殖力を持つ未知の植物、口にした生物を異形の怪物に変えてしまう果実、それにより生まれた怪物インベスや謎の知的生物オーバーロード、どれも非常に興味深い。そして、そんな脅威と戦ってきたあなたの経験にも。それらには、僕らの現状を打破するヒントがあるかもしれませんしね」

「聞きたいというのであれば、話しても構わないが、私の話が役に立つかどうかは保障できないな」

「そうでしょうか?あなたの世界での出来事には、何処となく今の我々の状況と酷似する点を、感じざるを得ないのですがね。さて、本当はここでじっくりお話を伺いたい所ですが、そろそろ夕飯時だ。折角ですが、それは次の機会に致しましょう」

「ああ」

「それではお二人は、お食事に行ってください。ご一緒したいのですが、僕は部屋の片づけをしなければなりません。でないと、また赤城さんに怒られてしまいますから」

 横須賀提督は苦笑をしつつ頭をかいた。

「では行くとするか」

 そうして車椅子の車輪を器用に転がして方向転換する夷提督。

 貴虎は彼の先に立ちドアを開ける。夷提督が部屋を出た後に「失礼する」と一礼をし、続く貴虎もまた同様にして執務室を後にした。

 

 そうして、夷提督と共に夕食を取るために食堂へと向かっていく。

 その道中、貴虎の胸中にはある思いが渦巻いていた。

 自分はふと思いついた事から元の世界に戻りたいと言った。だがしかし、自分は一体元の世界に戻って何をしようというのか。弟の暴走を止める事が出来なかった。戦う力も失った。説得でもするつもりか?いや、出来るとは思えない。その術も自身も無い。

 他に何か、自分がやるべき事があるのか、全く分からない。そんな自分が、元の世界に戻って一体何をしようというのだろうか……と。

 

 

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