「……で、いつまで固まってるんですか?」
俺がISを起動してしまってから、数分が経過した。
いつまでたってもみんな動き出さないので声をかけたが、そこでようやく周囲が動き出した。
「な、な、なななななな……」
「な?」
「な、なに動かしてんの溝口!? 二人目!? 二人目なのか!?」
友人が興奮気味に詰め寄ってくる。
俺はその剣幕に気おされながら、先ほどのやり取りのことを思い出す。
「なんか、ISと『一緒に宇宙行こう』って話になって……」
「…………」
瞬間、体育館の中で顔見知りの連中の表情が固まる。
「どうした?」
思わず尋ねると、固まった表情が悟ったような表情に変わる。
「はぁ。なんだ、宇宙か」
「なんだってなんだよ」
「お前、何やらせても安定して中の上はあるけど、宇宙が絡んだ瞬間に凡人の称号を投げ捨てるもんな」
「なんだそれ」
確かに宇宙や星が絡むようなことがあれば張り切ってしまうことは度々あるけど、そこまで言われるようなことをした覚えはない。
……いや、「宇宙行きたい」なんて理由でISを起動してしまった以上、否定はできない。
「でも、良かったな。溝口、前から『IS乗れたらポラリス行けたのに』って言ってたし」
「いや、それはあり得ないことだと思ってたから……」
誰がISを動かせるようになると思うだろうか。
そもそも、記念すべき一人目になった織斑一夏ならまだ理解できた。IS開発者である篠ノ之束の知り合いであり、元日本代表のブリュンヒルデだった織斑千冬の弟。そんな彼は、世界で一番ISを動かしやすそうな人物である。
しかし、俺はISとは何の関係もないただの中学生だ。星好きなのが個性かもしれないが、そんな人間はこの世界に大量に居るし、俺より詳しい人間だって当然いる。そんな中で、なぜ俺なのだろうか?
疑問が浮かんでくるが、あの会話を思い出すと答えは自ずと浮かんできた。
「……偶然、なのかもな」
この場所に、星が好きな
家族や友人以外には馬鹿にされ続けてきたが、俺はとうとう夢を叶える唯一の可能性を手に入れた。
それなら、俺は――
「行くよ、
これまで、妄想としか思えなかった夢だ。ISがなければ一生叶うことなどなかっただろう。
しかし、それを手に入れた以上やらない道理はなかった。
軽くISのアームを動かし、ゆっくりと傍にいた女性の方を向いた。
「あのー、ちょっといいですか?」
「な、なに?」
高圧的な態度とは打って変わり、戸惑いと怯えがこもった表情で俺を見る。こういう反応をされると、俺もどういう態度をすればいいのか分からない。
俺はISをまとったまま、彼女達に尋ねた。
「これ、どうやって外すんですか?」
「……は?」
普通は起動すると思ってないから、解除の方法なんて教わっていない。
ホテルの一室。
俺は初めてISを起動してから、ずっとここで軟禁生活を送っていた。
「……で、セイ君はIS学園に急遽入学が決まったわけだけど、大丈夫?」
「は、はい。たぶん」
真紀子さんの心配に、曖昧に返事をした。
真紀子さんは、俺の叔母だ。
もともとロボット工学の研究をしていたのだが、ISの発表をきっかけにIS工学を始めた。IS工学の界隈では、それなりに有名らしい。
現在は以前勤めていた研究所から、
「その、あんなこともあったのに……」
「すみません、その話はちょっと」
「あ、ごめんね」
流石に、あの時の話をされるのは居心地が悪い。
「……それで、これから細かい話を進めていきたいんだけど、いいかしら?」
「あ、お願いします」
思考を戻す。
俺のこれからに関わる大事な話だ。
「セイ君は、ISを起動できる男性として認定されました。現在、日本政府による安全確保としてこのホテルにいる。これは大丈夫よね?」
「はい」
「4月になるとIS学園に入学して、実際にIS操縦者として経験を積むことになると思うわ。今このホテルでは、一般的なISに関する知識を蓄え、非常時の対応や日々の振る舞いについて準備をする期間になると思う」
月並みだが、誘拐・暗殺・美人局なんて言葉が脳裏をよぎる。
ハリウッド映画でしか見たことないような事件が、これからは現実のものになるかもしれない。
「セイ君はその辺しっかりしてるし大した問題は起こさないと思うけど、学校での振る舞いは気を付けてね」
「分かりました」
実質女子高の中に、男二人だけの生活だ。今から想像するだけでも胃が痛くなりそうではある。
だからせめて、織斑一夏君だけでも気楽に話せる人だと嬉しい。
「それで、専用機が配布されるようになったわけだけど…………それよね?」
「あ、はい」
首元にかかっている、北斗七星*1のネックレスを見せる。
これは、あの時のISだ。解除することができた瞬間に、
「これ、そのまま使うわけじゃないんですよね?」
「そうよ。専用機に関しては私の会社が担当することになったわ」
「そうなんですか?」
身内がいるのにそれでいいのだろうか?
なんて思っているのが通じたのか、真紀子さんは「大丈夫よ」と笑った。
「セイ君も、身内がいた方が安心するでしょ?」
「それはまあ」
専用機の担当が真紀子さんのところになったのは、ただの中学生である俺のことを考えた結果なのだろう。
「で、それ自体はいいんだけど、結局はセイ君が乗る機体なわけだから、セイ君自身の希望を聞かせてほしいの」
「希望、ですか?」
「ええ。速さ、装備数、防御力とか、セイ君がこれだけは譲れないと思う条件はない?」
真紀子さんは封筒から書類を取り出して俺の方に並べてくる。
専用機の取り扱いに関するものらしく、文面には難しそうな内容がたくさん書かれている。
「これは専用機の仕様と、IS学園入学に関する書類ね。一応、兄さん達の代わりに私が保護者になるから」
「代わり?」
「要人保護プログラムというのがあるの」
このプログラムの対象になった人とその家族を守るために作られたもので、犯罪で身代わりなどとして利用されないように戸籍などを変えて生活するようになるものらしい。
「親と兄弟は対象に入るから、今回は兄さんと義姉さんと夜空ちゃんの三人ね」
「え、大丈夫なんですかそれ……」
そういうプログラムだから生活は保障されるのだろうが、姉さんに関しては大学もあるはずだ。
「そちらに関しても配慮されるみたいだから安心して。今はセイ君自身のこれからを考えて」
「……そうですね」
確かに、家族の心配をしている余裕はない。どちらかといえば俺の生活の方がよっぽど大変な状況だ。
「たくさん喋ったけど、飲み込めてる?」
「大丈夫です」
春からIS学園に入学すること。
真紀子さんの会社が俺の専用ISを作ってくれること。
父さん達とは一緒に暮らせなくなり、代わりに真紀子さんが保護者代表になってくれること。
取り急ぎ、これを把握しておけば問題ないだろう。
「うん、大丈夫そうね。……それで、話を戻すけど」
「あ、これですね」
再び胸元に視線を落とす。
「……その、やっぱりISをやるってことは、モンド・グロッソを目指すってことになるんですかね?」
IS学園とはISの操縦や整備についての知識を学ぶ場であるが、そのISは競技としてしかほぼ扱われない。日本は軍を保持していないのでなおのことだ。
ただ、もし競技用としてISを学ばなければいけないのだとしたら、それは俺の求める道とは明らかに外れている。
真紀子さんはその辺を察してくれたのか「安心して」と笑った。
「確かに競技や軍事用に運用されるISの数は多いけど、それが全部じゃない」
ISは本来想定されたような、人間には非常に危険な地域への調査用としての運用もなされている。
「NAXAやJAXAだって宇宙探査用のISを保有しているし、深海や活火山での活動もある。そういった分野の人達は、きっとセイ君のことを待ってくれているはずよ」
ブリュンヒルデの弟である織斑一夏は姉のようにモンド・グロッソを目指すのかもしれないが、俺はそうじゃない。そして、そんな俺と気持ちを共にする人は何も目の前にいる人だけではない。
「確かに世界に二人しかいない男性操縦者のデータを収集するのは目的であるけど、それはそれとして作るISはセイ君自身が納得できる機体にしてあげたいから」
「……なら!」
俺から真紀子さんに頼むことなんてたった一つしかない。
「
ただそう告げると、真紀子さんは笑顔でうなずいた。
「もちろん。セイ君の夢を応援するって決めてるから」
「ありがとうございます」
ずっと笑われてきた夢が少しずつ現実のものになっていくのを感じ、心の奥底から嬉しい気持ちがこみあげてくる。
「それで、これを持って行きたいんですよね?」
「ええ。……できる?」
「分かりません」
これまで何度か違う人に渡そうとしてきたけれど、そのたびに粒子化しては俺のところに戻ってきていた。
試しにネックレスを外し、真紀子さんに渡してみる。
「これをお願いします」
「ええ」
真紀子さんがネックレスを受け取るが、特に変化はない。
「大丈夫、みたいね?」
「ですね」
理由は分からないけれど、きっと真紀子さんのことを分かってくれたのだと思う。俺の夢を応援してくれる大切な仲間なのだと。
「じゃあ、改めましてよろしくお願いします」
「任せて。きっと、セイ君の夢を叶える最高の機体にして見せるから」
入学まで残り一か月ほど。
やることはまだまだ山積みで、
「じゃあ、その書類よろしくね」
とりあえずは、目の前にある大量の書類に目を通すところから始めなければいけないようだった。
……遅くなりました。
別作品を完結させ、その後ちょっとオリジナル短編書いてたらこの様ですよね。
星についての解説なのですが、注釈を使えるようになったのは大変便利だなと思いつつ書いてます。