授業が終わると、一夏がすぐに俺のところまで来た。気持ちは分かる。野郎二人でいないと、あまりにも居心地が悪いんだよな。
「なあ、星矢」
「どうした、電話帳?」
「電話帳って呼ぶなよ!」
「いや、あまりにも面白すぎて。試験会場の件といい、実はおっちょこちょいだろ」
「そんなことはない! ……と、言いたい」
「せめて自分くらいは自信持ちなさいよ」
左手でツッコミを入れる。男子の馬鹿話なんて、まあ漫才みたいなものだ。笑いはあっても生産性はない。強いて言うなら、隣の席の子のようにクスリと笑ってくれる人がいるなら充分だろう。
廊下の方の観客を見ながら、俺はそっとため息をついた。
「にしても、やっぱり多いな」
「何がだ?」
「視線だよ、視線」
廊下も教室も、皆既日食*1が起こったかのように俺達に注目している。
「観客の地球様達は、俺達の公転軌道がそんなに気になっていらっしゃるらしい」
「え、なんだって?」
「……なんでもない。客寄せパンダみたいだなってだけ」
「あ、ああ」
普通の人には伝わらないよな、そりゃそうだ。中学の友達はそれなりの付き合いもあって「日食って言えや」くらいのツッコミはくれたのだが、それを今日知り合ったばかりの一夏に頼むのは酷な話だ。
「本当に星矢は、星が好きなんだな」
「ああ、両親の影響だよ。名前だって、星の矢で星矢だし、姉さんの名前だって夜空だ」
「星矢も姉がいるのか」
「俺と違って、ずっと頭のいい人だよ。今は大学でISの勉強してるんじゃないかな……多分」
「多分?」
「要人保護プログラムなる、謎の制度で離れちまってな」
「……ああ、なるほど」
「知ってるのか?」
簡単に説明するつもりだったので、なんだか拍子抜けだった。
「箒……さっきの時間声かけてきたあいつとは、それで別れたんだ」
「あの子、身内がすごい人なのか?」
「ISの開発者だよ」
「ほえー、そりゃすごい」
世界最強の弟とIS開発者の妹が知り合いとは、そりゃずいぶんと壮大な話だ。二月まで一般人をしていた俺としては、どうにも想像のつかない世界である。
「じゃあ、その箒さ──」
「ちょっとよろしくて?」
「──っと、何か御用で? 二人っきりの天体観測の件ですか?」
「星矢、それ声かけてくる子全員に聞く気か?」
「ったり前だろ」
今後の生活に影響するのだから、当然聞くつもりだ。姫には聞けなかったが、まあ姫は今更する必要もないだろう。
「まあ、なんてはしたない質問ですこと! 人に対する礼儀というのをご存じないの?」
「すみません、デフォルト設定なんです」
「えらくシステマチックだな」
仕様です。
「で、お嬢様。失礼ですが、お名前をお尋ねしても?」
「まあ! この
「申し訳ない、無学なもんで」
ISのことを技術や法的な部分で学んでいることはあっても、代表候補生なんて勉強する理由がない。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「どうした?」
「質問ですか? 下々の問いに答えるのも貴族の務め。どんな問いでも答えますわ」
貴族で代表候補生で美人とは、天は二物を与えたじゃ済まないな。国家代表や代表候補生は美人が多いのはよくあることだが、それにしてもという感じだ。
と、それはともかく。一夏の問いとは何だろうか。
「あのさ、代表候補生ってなんだ?」
「お前、参考書読んだ? ……あ、読んでないんだもんな、ごめんな、電話帳」
「だから、電話帳は勘弁してくれ」
「すまんな、おっちょこちょい」
「それも勘弁してくれ」
「なんだよ、いけず」
名前知らなかっただけでかなりショックを受けてる様子だったから「代表候補生って何?」なんて言われた日にはどうなることか分かったものではない。
必死にコントをしながら空気を穏やかにしてみようと試みたが、表情を伺う限り無駄だったらしい。
「あ、あなた……本気で言ってますの?」
「ああ、もちろんだ」
あまりにもいい笑顔で言うので、思わず腹に一発決めてしまった。
何するんだという一夏に「黙らっしゃい」と目で反論すると、努めてにこやかにお嬢様の方を見つめる。
「なんなんですの? ここは、ろくに文明も発達してないのですか?」
「あはは、そんなわけ。電話帳と参考書を間違えるような、このおっちょこちょいが悪いんですよ」
心の中で「高名な天文学の先達*2を多数輩出してるからって調子に乗るなよ」という言葉を飲み込む。グリニッジ天文台*3があるとか何も羨ましくない。
「ISっていうのが国家が所有しているものだっていうのはさっきの授業でも出たよな?」
「あ、ああ」
「つまり、誰にでも操縦できるわけじゃない。国は大事なISの操縦者を決めるんだよ」
それが国家代表。
そして、その国家代表に将来なるかもしれない候補生を用意している。それが国家代表候補生だ。ISの適正はもちろん、人柄なども考えて決められる貴重な地位だ。
「まあ要するに、国内でも選りすぐりのエリートが──」
「そう、エリートですわ!」
「──そうか、お嬢様は人の話を遮るのがお好きでいらっしゃるようだ」
ちょっと本初子午線*4通ってるからって世界の中心名乗っていいわけじゃないんだからな?
「本来、私のような選ばれた人間と一緒にいられるなんて、幸運なことなのですのよ!」
「そうか、それはラッキーだ」
「っばーーーーーーーーーか!!!!!」
爆笑しながら一夏の肩を叩いた。これは流石に笑わずにいられない。いくら抜けているとはいえ、これで今まで無事に生きてきたのはマジで意味が分からない。織斑先生が必死に守ってきたんだろうなということだけは分かる。
「…………馬鹿にしてますの?」
そりゃそうだ。これで本気だったら、張り手の一つしても許されると思う。
「お前が幸運って言ったんだろ?」
「はぁ、ISを動かせる男と聞いてましたから、もう少し知性があると思っていましたのに」
「俺に何かを期待されても困るんだが? …………それと、星矢はいつまで笑ってるんだ?」
「い、いや。これ、笑わずにいられるのか?」
むしろ、笑っていないとやってられない、というのもある。
俺が必死に波風立てないように生きようと努力しているそばで、こんなにアホなことを連発されるたら笑うしかあるまい。
「ま、まあ、でも私は優秀ですから、むせび泣いて頼まれれば教えないこともなくってよ? なんといっても私は唯一、教官を倒したエリートなのですから」
「あれ、俺も倒したぞ?」
「今なら土下座だけでも…………なんですって?」
「だから、俺も教官を倒したぞ」
お嬢様は聞き捨てならないことを聞いたようで、鬼気迫った表情で俺を見た。いやいや、世界最強の弟ならともかく、ただの男子中学生だった俺が倒せるはずもないだろ。
というか、流石は世界最強のブリュンヒルデの弟だ。まさか、こんなに素人だとしても周囲とは圧倒的な実力差があるらしい。
「わ、私だけと聞いていたのですが?」
「女子だけってオチじゃないか?」
「まあ、俺達は試験って入学試験とはちょっと違うから」
どちらかというと現状確認程度の簡潔なものだったと思う。試験の難易度が違っていた可能性はあり得るだろう。
「つ、つまり、私だけではない、と……?」
「かもな」
目の前のおっちょこちょいは、もしかしてハンドルを握ると人が変わるタイプなのかもしれない。それこそ、ISに乗ると姉譲りの迫力を纏って戦うような人物だったりするかもしれない。
「な、納得い──」
お嬢様がヒステリックに叫ぼうとすると同時に、チャイムが鳴り響く。タイムアップだ。
「ま、また来ますわ!」
クラスのざわつきに混じって、お嬢様が捨て台詞のように席へと戻っていく。
授業が始まり、今度は織斑先生が教卓の前に立った。
「それでは授業を始める。代表、挨拶…………と、そういえば決めていなかったな」
独り言のように漏らす織斑先生。
代表というのはクラス委員か何かのことだろうか。大変そうな職業だし、俺はぜひともパスしたいところである。
「授業をする前にクラス代表を決める。これは、生徒会会議や委員会への出席、校内大会の代表選手をする。要するにクラス委員だと思えばいい。決まれば一年は変更がないからそのつもりで。自薦他薦は問わない、誰かいないか?」
織斑先生の言葉を聞いて、俺は諦めた顔をした。
早速、教室のあちこちから手が挙がる、
「私は織斑君がいいと思いまーす!」
「私は溝口君!」
「お、俺っ!?」
知っていた。
クラスメイトの性格や実力など全く分からないのだから、話題性を重視することくらいは何となく予想が付いた。ただまあ、ここまで奇麗にハマると笑うこともできない。
「さて、織斑と溝口が出たぞ。他にはないか?」
俺達の名前が挙がったところでクラスは沈黙した。
何となく嫌な予感がして周囲を見れば、お姫様が楽し気に手を振ってきており、お嬢様は誰かが自分の名前を出してくれるのを待っているらしかった。
ならば、仕方ない。
「オルコットさんがいいと思います」
必死に裏声を使って微妙な声音でそう言ってみる。
離れた席の子はともかく、近くの席の子は流石に分かったようで露骨に俺の方を見て笑っている。勘弁してくれ、これでも取り繕う努力はしてるんだよ、邪魔しないでくれ。
……お嬢様の方向から嫌な視線を感じるが、人間には視線を感じる感覚器官はないから気のせいだろう。
「オルコットか。他は?」
今後こそ誰も声を上げない。
まあ、更に声が上がるとすれば開発者の妹らしい篠ノ之箒さんくらいだろうが、今のところはいないようだった。
「いないようだから、この三人から代表を選出する。今回は、織斑と溝口のデータ収集を兼ねてISの模擬戦闘によって決定する」
その瞬間、クラス中から不満そうな声が漏れた。
そりゃまあ、代表候補生レベルの実力者であるお嬢様が負けることはまずないだろう。勝てるなら一夏の方だろうが、少なくとも俺に勝ちの目はない。
少しざわついたのをいいことに、みんな好き勝手にしゃべり始めた。
「やっぱり、男じゃ女に勝てるわけないもんね」
女子の誰かがそんなことを言った。
まあ、昨今の女尊男卑思想に準ずればそういう発言が出るのも無理はない。
「ちょっと待ってくれ!」
「なんだ、織斑」
織斑先生が咎めるが、一夏の視線は女子に向いている。
先ほどのお嬢様とのやり取りもあったので、ものすごく嫌な予感がする。
「なあ」
「な、なに? どうしたの、織斑君」
「男だからって、女より弱いなんておかしいだろ」
あっけらかんと言い放つ。
深くため息をついてこの場から勘弁してくれという空気を出すが、一夏には届いていない。というか、織斑先生も嬉しそうにしないで止めてくれ。俺はケイローンの弓に狙われる趣味はない*5。
当の言われた女子達も一夏の言葉を飲み込むのに時間を要したようだが、やがて意味を理解したのか顔を見合わせて笑い始めた。
「何言ってるの? もう、男が女より強かったのは昔の話だよ?」
「そうそう。いくらISが使えるといってもねぇ」
みんなの言葉に微妙な顔をせざるを得ないし、なによりも織斑先生が険しい表情をしている。
ISで最強と言われる織斑先生が、女尊男卑を好きじゃないのは意外のようで納得できた。あの人は自他共に厳しいタイプだろう。少なくとも、性別で人を決めるようなタイプには見えない。
そして、話を始めた一夏にいたってはクラスの空気に飲まれているのか、なにも返事をしない。これでは俺まで巻き添えを食らってしまう。
「ちょっといいかな?」
静かに立ち上がり、織斑先生の方を見る。先生は目で了承してくれたので、軽く一礼してクラスを見渡した。
やるべきことは思想を変えることではなく、とりあえず俺達は対等な存在なのだと思わせることだ。舐められるわけにはいかない。
「俺や一夏がオルコットさんに勝つのは、まあ至難の業かもな。素人が代表候補生に勝てるようじゃ、代表候補生も形無しだ」
「お、おい星矢! お前、そんなので悔しくないのかよ!」
「ええい、今は黙れ」
さっきからそうだが、ここには人の話を遮らないといけない人種でも集まってるのか?
「まあ、試験で教官を倒したらしい織斑君はともかく、俺には無理だ」
それを否定する気など毛頭ない。
「だが、俺が勝てない理由は代表候補生が相手だからって話だ。実力差が明確に出ている」
ならば、代表候補生以下の、実質稼働時間の少ない人達ならどうだろうか。
「それって、私たちになら勝てるってこと?」
「それはやらないと分からない。でも、みんながみんな、ISを動かしてきたのか?」
そんなわけはない。
入学試験で初めてという生徒だってあり得なくはないだろう。仮にあっても模擬戦闘ができるほどに操縦した経験がある人しかいないというわけでもあるまい。
「なら、俺達の立場はどう違うんだろう? 勉強してないから知識はない。でも、それを埋めたら? 稼働時間や学力を同じところまで到達させたら、俺達に差は生まれるのだろうか?」
「そ、それは……」
女尊男卑の理由はISにある。逆に言えば、ISがなければその優位性はない。俺達は、男女のどちらが優れているかなんていうくだらない問題に気を回す必要なんてなくなる。純粋な収れんと才能の違いに収束するだけだろう。
「理由は知らんが、俺や織斑君という例外が出た。なら、これからもその数は増えていくだろう。そして、考えるなら、今後は身体的に強いとされる男性の方が多くなってしまう可能性だってある」
別に思想は自由だ。
男を見下すかどうかは俺の感知するところではない。俺だってそういう気持ちを抱いてないなどとは言えないだろうし。
「だから、あんまり男だから勝てないとか、そういうのは勘弁してもらえると嬉しい。みんなだって、俺が『みんなには勝てるかもしれない』って言ったときに、嫌な気分しただろ?」
「……ご、ごめん」
「いいよいいよ、今度一緒にお食事でも行ってくれればな」
茶化したように笑う。禍根はいらない。この場ですべてを終わらせることができるのが一番だ。
クラスの空気も次第に軟化したので、これで一件落着だろう。
「だけどさ」
「ん?」
ほっと息を吐き出したところで、女子の一人が俺に声をかけてきた。
「オルコットさんとの勝負はどうなるの?」
それはまあ、敗北濃厚だろう。少なくとも俺には勝てるビジョンが見えない。
一夏は教官を倒したということもあるので、もしかすると勝つことができるのかもしれない。
「そうですわね。ISに碌に乗ったこともないあなた達が私に勝つというのが無理な話ですわね。なんなら、ハンデでもお付けしましょうか?」
「ハンデなんていらねぇ、全力で来い!」
一夏が啖呵を切り、お嬢様は俺の方を見る。
俺も静かに首を横に振った。そもそも代表になる気もないのだから勝ちの可能性が増えるようなことをするつもりはない。
「……そうですか」
お嬢様は「舐めてると痛い目見ますわよ?」くらい言うかと思ったが、思ったよりもあっさりと引き下がった。
「では、勝負は一週間後に。その時に合わせて、織斑と溝口の専用機が届く予定だ。では、授業を始める」
クラスが一瞬ざわつくが先生が視線だけで黙らせる。
ともあれ、どうやらデータ収集というのは専用機を用いたデータ収集ということだったらしい。真紀子さんには一言しかお願いしなかったわけだが、どうなっているのか楽しみだ。
一日の授業が無事に終了した。今日はIS周りの授業が多かったものの、明日からは普通高校みたいな授業も入るらしい。
「ですから、部活動の加入は必須となっています」
山田先生がプリントを配りながら、種々の案内をしている。
今はちょうど部活動に関する内容で、回ってきたプリントにはIS学園の部活動一覧が載っているようだった。
「兼部はできますが、学業に支障がないい程度にしてくださいね。入部届は今から一枚だけ配るので、なくした場合や兼部をしたい場合には職員室まで来てください。入部届の提出には、部活顧問とクラス担任か副担任の印鑑が必要です」
部活動の一覧に目を通すと、かなりの種類が並んでいた。寮生活で娯楽も少ない場所であるため、せめて部活動だけでも充実させようという考えなのだろうか。
とりあえず名前に目を通していく。
ソフト、バレー、新体操……ラクロスなんていうのもあるのか。
文化部の方を見ていけば、こっちはさらに珍しい名前の部活も並んでいる。華道部や茶道部はともかく、オカルト研究部とか何なのだろう……。
「……お?」
一覧を眺めていると、とても魅力的な文字列を見つけた。
「あるのか、天文部!」
顧問は山田先生。
山田先生が星というのもなんだか不思議な印象だが、門外漢でも顧問になることはあるだろうし気にすることでもないだろう。
後で、先生の印鑑をもらいに行こう。
「それでは、これで終礼を終わります。放課後は部活動見学に行ってみてください」
挨拶をして終礼が終わると、俺はすぐに山田先生の印鑑をもらうため、荷物をまとめて立ち上がった。すると、目の前にいきなり人影が現れた。
「ちょっと、ほっしー!」
「おっと、姫様」
姫様は俺の前に立ちふさがって、袖をブンブン振り回している。
「食堂にケーキ食べに行く約束してるの忘れたの?」
「おっと、そうだった」
忘れていたわけではないが、一言断るくらいはしておくべきだった。
「ちょっと用事があるから、姫様は先に行っていただけませぬか?」
「用事? 一緒に行く?」
「いや、いいよ。姫様は先にデザートを決めておいてくださいな」
印鑑貰っていくだけだし、時間をとることもないだろう。
「分かった~、3000円分だよね~?」
「姫様、300円分です。桁が一つ違います」
「あれれ~、そうだっけ?」
「そうですよ」
まったく、油断も隙もありゃしない。
「じゃあ、俺は行くから、また食堂で」
「うん、いってらっしゃ~い」
「はいはい、いってきます」
姫様に手を振りながら、俺は山田先生を追いかけて職員室に向かった。
のほほんさんのことを姫と呼びながら漫才するの楽しくて、それだけで充分なのでは……? みたいな気持ちもしてきた今日この頃。電話帳とのコントも楽しいです。
星矢ってこんな感じだったけなぁ、って思いながら書いてます。
>高名な天文学の先達を多数輩出してるからって調子に乗るなよ
>ちょっと本初子午線通ってるからって世界の中心名乗っていいわけじゃないんだからな?
この辺は自分でも何言ってるんだろうって思いながら書きました。オルコットさんは別に天文学者がいるから強気なわけではないのにね……。
続きなのですが、また大学の卒業研究の方にかかりきりになるので明日に投げるとかではないと思います。いや、本当は今もやらないといけなかったんですが……。息抜きも大事だからね、仕方ないね。
次に息抜きするタイミングで更新するので、その時はよろしくお願いします。