アインズは何を言われているのかわからなかった。
聞き方が悪かったのか、アンデッドを恐れ過ぎているのか、それともプライドをズタズタにしてしまったのか、相手はさっきまでとは違う人間なのではとすら思える。
「そうか、わかった……」
アインズは何一つ分からなかった。
フラミーも捨て犬を見るような目で男を見ている。
「あなた、どこから来たんですか?お名前は?」
全裸にさせられ、混乱しているのかもしれないので、出来る限り優しく、わかりやすいように質問し直していた。
「は。スルシャーナ様はお分かりかと思いますが――」
そうアインズを見るその男の様子はアインズをスルシャーナという者と間違えているようだった。
「私はスレイン法国が特殊部隊。陽光聖典隊長を務めるニグン・グリッド・ルーインでございます。この度は神々への数えきれないご無礼をどうかお許しください。そして、何卒法国へお戻りくださいますよう、伏してお願い申し上げます」
ニグンと名乗った男は深く首を垂れた。
「お前のいう通りアインズ様とフラミー様は神にも等しきお力をお持ちの御方々よ。最初から命を差し出して――」
「アルベドよ、黙れ。勝手なことをするな。ニグン・グリッド・ルーイン。私は神でもスルシャーナという名でもない。先に言った通り、我が名はアインズ・ウール・ゴウン。この名はかつて知らぬものがいない程に轟いていたのだがな」
そう答えるアインズにニグンは食い下がった。
「し、しかし!貴方様のお力、お姿、どれをとっても……!!スルシャーナ様、私から神官長達へ話し、法国の誤ち全てを改善させます!!必ず御身の理想とする国へと導くことを誓います!!求められれば何であっても差し出します!!どうか、お戻りくださいますよう……どうか再び我らをお導きいただきますよう……この通り!」
伏せるニグンは頭を強く地面につけた。
腰に一枚布を巻いただけの風呂上がりのおっさんスタイルで繰り広げられる土下座を見かねたフラミーがアインズへ耳打ちした。
「この人の事情はよくわかりませんけど…とりあえず何日か待ってもらって、その法国という国について調べてからお返事したらどうです?」
「まぁ、別に今すぐ決めなくたって良いわけですもんね」
アインズは頷いてからニグンへと向き直った。
「ルーインよ。今すぐどうするかは決められぬ。私は一週間後に再び…そうだな。この野に来よう。その時にお前の言への答えを聞かせる。その時まで大人しく待て。できるな」
ニグンは涙に濡れる声でもちろんだと、さらに深く頭を下げた。
「では行け」
よたよたと立ち上がるとニグンは何度も振り返り、自分の部隊の下へ戻っていった。
「なんだか妙に疲れた。」
「本当ですね。でも、見てください」
アインズはそう言うフラミーの視線の先を追った。
夕暮れが終わり、紫色に染まり始めた空には星が瞬くのが見えた。
「――綺麗ですね」
「はい!本当。とっても綺麗」
二人はニグンが服を着直す姿を極力見ないように空を眺めた。
その後、一行は
「――話は以上だ。隠密能力に長けたしもべを用意し、法国へ向かわせろ。指揮は同じく隠密に長けるアウラ。そして隠蔽に長けるマーレ。二人で取り掛かるのだ。決して法国に我々が探りを入れていることを悟らせるな。何か必要なものがあればいつでも申し出ろ。期限は六日だ。最後の一日をかけて全員で情報を精査する」
玉座の間に双子の了承する声が響いた。やる気に満ち満ちた顔はキラリと輝くようだった。
主人達の立ち去った玉座の間には、興奮によって生じた熱気が渦巻いていた。
「皆、面を上げなさい」
アルベドの静かな声に引かれ、未だ頭を下げたままだった者たちが、顔を上げる。
「デミウルゴス。私達がアインズ様と話した際の言葉を皆へ伝えましょう」
「畏まりました」
跪いたまま昨晩の事を話すデミウルゴスは、ナザリックの外のものが見れば凍り付くような笑顔だった。
「『世界征服なんて、面白いかもしれないな』と……」
「そしてアインズ様はすでに世界を手に入れるご計画を始め、フラミー様と共にわずか半日で国ひとつを手に入れるだけのご成果を上げられたわ。私達なんて足元にも及ばない智謀……策略……」
全員に聞こえるように話すアルベドの声は震えていた。
震えは悲壮感ではなく、決して逃れることができないよう隅々まで張り巡らされていくその智謀を側で見ていられたことへの大いなる喜びに震えているのだった。
「各員、ナザリック地下大墳墓の最終目的は至高の御方々に宝箱を――この世界をお渡しすることだと知れ」
「正当なる支配者、アインズ様と、我らが主人、フラミー様にこの世界の全てを」
フラミーの自室に入ったアインズは、人生史上二度目の女性の部屋に、以前ドタバタの末に入った時とは違う緊張感を少し覚えていた。
「フラミーさん、ルーインとかいうあの人の……どうするんですか?たとえ法国がどんな国であったとしても、神さま呼ばわりしてくるあの団体と行って裸の王様みたいになったら辛いんですけど……」
「あの人がさっき言った通り、本当に"求められればなんでも差し出す"んだったら、村長さんに見せてもらったお金とか……地図とか……欲しいものはたくさんあるなって思っちゃって」
はははと笑うフラミーに、一理あるとアインズは考えた。
「それはそうですね。にしても、百歩譲って俺も神様だと思ったとして、何でフラミーさんじゃなくて俺を求めるんでしょうね?先に会った姉妹だって、俺のこと殆ど無視してフラミーさんに助けを求めてたのに」
それについてはフラミーも不思議に思っていたようで、首を傾げていた。
「どうみても死神ですもんね。これで死ぬと救われるみたいな教えが蔓延してる国だったらゾッとしちゃいますね」
言葉とは裏腹に大してゾッとしていない様子のフラミーに、本当ですねと応えるアインズも特別ゾッとはしないのだった。
「もし殺してくれって言うならアンデッドの材料にでもしようかな。アンデッドも作れるって分かりましたし、魔法の実験は急務ですしね。それに、人間を食べたいと思ってる
「皆のこと考えてあげて優しいですね、アインズさん。是非そうしましょう!皆喜んでくれるといいですね!」
精神までも異形となった二人は来るかもしれない大虐殺に胸を躍らせるのだった。
フラミーのポットの紅茶がなくなる頃に、話が聞こえるか聞こえないかという絶妙な位置どりに立っていたメイドが近付き、新しい物と取り替えた。
「そう言えば、昨日の夜デミウルゴスと何かありました?あいつちょっと怖いですよね」
そう言うアインズに、フラミーはふるふると首を振った。
「いえ、デミウルゴスさんは何も。ただ、世界って雄大なんだなと思ったら、感動しちゃって。ちょっぴり泣きそうになっちゃいました」
恥ずかしいな、と困り顔をフラミーに、アインズはすぐに頷いた。
「ああ、わかります。俺も本当に感動しましたもん。今日の夕暮れも、綺麗でしたね」
「はひ!あんな色の空、初めて見ました」
「これから感動するもの、たくさん見れたら良いですね」
「たくさんお出掛けして、あちこち見に行きましょう!」
二人は楽しげに今後待ち受ける冒険に胸を馳せた。
温かすぎる。
仲間と共に世界に繰り出すというのはこれ程までに温かいものか。
「法国も、ファンタジーよろしく素敵な国だと良いなぁ!」
フラミーは楽しみで仕方がないと言うような様子だった。
「だとしたら、死を望む国じゃないと良いですね。見たこともない建物とかがあったら、壊しちゃうのもったいないですし、ちゃんと管理させたいですもんね?」
「じゃあ、死にたがりの国だったとしても、生かしてあげましょう!別に無理に殺すことないですもんね」
まだ見ぬエリアへ思いを馳せる二人の楽しげな笑いはいつまでも続いた。
2019.06.04 kazuichi様 誤字報告ありがとうございます!適用させて頂きました!