「ともかく、まずはギルド武器を寄越せ。」
アインズはツアーに何度言ったか解らないセリフを吐いた。
「兄者!!それを渡したら…次の戴冠が叶わない…!」
王弟の叫びはその通りだが、生き残れなければ戴冠も何もない。
「パンドラズ・アクターよ。」
「は。」
悩む様子の王の手の中にあるギルド武器をパンドラズ・アクターは迷いなく掴んだ。
「離しなさい。」
「これを渡せば…命だけでも救ってくれるか。」
「確約できません。」
「お、弟の命だけでも…頼む…。」
「それも確約できません。全ては我らの神が決めることです。しかし、渡さなければあなた達は今すぐあの蟲の武人よりも強大な力をもって殺されるという事だけははっきりと言えますね。」
しばらく抵抗すると、王は手を離した。
「兄者……。」
弟の喘ぐような声が響くと、アインズは機嫌よさそうに口を開いた。
「取り敢えずお前が持っておけ。さて、殺すなんてとんでも無いぞ、パンドラズ・アクター。こいつらはナザリックで無限の苦しみに処する。」
「――オ待チ下サイ。」
「どうした?コキュートス。」
「…アインズ様ニオ願イシタイ儀ガゴザイマス。」
パンドラズ・アクターはギルド武器をしまうとアインズの言葉に異を唱えるコキュートスを動かぬ顔で睨んだ。
「なんだ?お前が珍しいじゃないか。言ってみろ。」
コキュートスは跪いてから続けた。
「ハッ!今後、彼ラノ中カラ屈強ナ戦士ガ現レル可能性ガゴザイマス。故ニココデ拷問ニテ使イ潰シテハ勿体ナイカト思ワレマス。今後、ヨリ強イミノタウロスガ生マレタ時ニ、ナザリックヘノ忠誠心ヲ植エ付ケ、部下トスルノガ利益ニナルカト…。」
「…この生き物がフラミーさんにやった事を忘れたのか?お前の言う事はそれを帳消しにするほどのメリットか?」
そう言われると、至高の四十一人に多大なる無礼を働いたこの王達を助けるほどのメリットは――浮かばない。
今まで自分はただの剣だと思い、指示された通りに亜人を支配してきただけだ。
ニグンに指示を出す事は多くあったが、全ては定まったレールに乗っかってやってきた。
「どうした。コキュートス。何もないのか。ではニューロニスト行きという事でいいんだな。」
正面から挑んでくる姿と、支え合う兄弟の姿を美しいと思っただけの情け無い武人は何も言えなかった――が、静かな声が救いの手のように差し出された。
「父上。横からの発言、よろしいでしょうか。」
「どうした、パンドラズ・アクター。言ってみろ。」
「は。このプレイヤーの子孫で実験をされては如何でしょうか?」
「ほう。面白そうな話だ。」
支配者は楽しげに魔法で生み出した椅子に座った。
「はい。今後ナザリックがどのようになろうとも、子を設ける時が来ましょう。父上の血を引く者も、守護者の血を引く者も生まれるその時に、ユグドラシル由来の血の混ざりがある者が位階魔法やスキル、レベルをどのように習得し積み重ねる事ができるのかを、知っているのといないのでは、教育に大きな違いが出ると思われます。あの番外席次はレベルこそ九十代ですが、あまりにも弱すぎます。」
パンドラズ・アクターは軍服を翻し、帽子に手を当て、結論を告げる。
「赤毛のミノタウロスはナザリックで飼育管理し、守護者が子を持つ時と同じ想定にて、親の愛とナザリックへの忠誠の中子供を育てる実験を行うべきかと具申いたします。」
アインズはパチパチと手を叩いているフラミーの表情がそれを嫌そうにしていないことをちらりと確認した。
「…見事な提案だ、パンドラズ・アクター。」
「ありがとうございます。」
「では赤毛達は無限の拷問ではなくナザリック第六階層にて平和の下生かせ。赤毛の教育や管理はお前だ、コキュートス。おい、赤毛。」
突然話しかけられた王は弟と肩を抱き合ったまま冷や汗を流していた。
「は…はい…。」
王と王弟は既に戦う意思はなく、素直に返事をした。
「お前達に妃はいるか?」
「いえ…まだ…。」
アインズはどうしようかと思う。
「…コキュートス。妃については後程連絡する。少し待て。」
「畏マリマシタ。」
アインズはもう決めたが念の為に口頭でも確認する事にした。
「フラミーさん、良いですか?気持ち悪くないですか?」
フラミーがうーんと唸るとコキュートスはやはりダメかと赤毛への無慈悲な日々を覚悟した。
「私は全然良いです。でも、アウラとマーレがまた第六階層に新しい動物が増えるのを嫌がらないか確認した方がいいと思いますよ。」
「わかりました。この先フラミーさんが嫌になったらすぐにニューロニストに送りますからね。」
フラミーの穏やかな声音と、フラミーの長い髪の毛に指を通すアインズの優しい視線にコキュートスは安堵した。
「ではコキュートス。双子には自分で連絡して説得しろ。」
「ハ。」
コキュートスがデミウルゴス謹製の
「まぁ、珍しい赤毛だしな。――<
アインズは腕輪を光らせると王と弟の記憶をいっぺんに開いた。
宝物殿の開け方を探るが、この二人はあそこの存在を知りもしないようだった。
アインズは悩んでから、記憶の中にナザリックと至高の四十一人への忠誠を書き込んだ。
王達の瞳は恐怖で濁っていたはずが、途端に歓喜の色へと変わっていった。
傍では連れられてきていたミノタウロス達がその様子を怯えたように見つめ、家の外にもいくらか野次馬が集っていた。
魔法が済むと、アインズは二人から少し離れ、双子と連絡を取り終わったコキュートスへ視線を向けた。
「アインズ様。双子ハ構ワナイト。」
「そうか。<
コキュートスは頭を下げると王と王弟を立たせた。
「イクゾ。ゴ慈悲ニ感謝スルンダ。」
二人は先程まで何もかもが恐ろしいと思っていたと言うのに、ナザリックへ行ける事が嬉しくて堪らなかった。
「は!!神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下。我々は先に参ります。いくぞ、弟者。」
「あぁ!紫の君。ご無礼をお詫びします。それでは。」
フラミーは苦笑すると、意気揚々と立ち去る三人の背中に手を振った。
王達とコキュートスのいなくなった部屋でアインズは次の仕事へ意識を切り替えた。
「さて、この国はうちの物にしたいが…パンドラズ・アクター。どう思う。」
「恐らく王を攫ったと抵抗する市民と戦争になるかと。」
「ふむ…。ではあの王を呼び戻すか?」
「いえ。それでも人を食うこの国を併呑し、人肉食を黙認していればスレイン州の者や聖王国は離脱を望む可能性があり国内に不和をもたらすかと。かと言ってここの家畜と奴隷を突然奪えばここが内乱状態に、更に近隣の国で人攫いが発生すれば魔導国は信用を失いましょう。」
「…そうか、ではまだ併呑は難しいな。王はうちで使いたいし…おい。赤マント。いや、ミノスと言ったか。」
未だ母の首を抱いて泣くミノタウロスに声をかける。
パンドラズ・アクターが軽く小突くとそれはようやく顔を上げた。
「お前、王にならないか?」
数日後、王宮は突如地盤沈下を起こし、賢王も王弟もその災害に巻き込まれて死亡したとお触れが出された。
そしてその時にミノスと言う軍人が王より直々に後を継いでほしいと頼まれたと言い、早々に即位した。
とは言え、ぽっと出のミノス王を国民達は最初懐疑的な視線で見ていたが。
半年もして国が潤い出すと、皆がその見事な政治手腕に唸りそう言う視線は落ち着いた。
新しい王が就いた日から奴隷商には友好国になったと言う魔導国のスケルトンが次々と送り込まれ始めた。
最初はそのおぞましさに皆が息を飲んだが、餌代も教育費もかからない新しい奴隷を一月もすると喜んで受け入れだした。
人間の奴隷よりも力があるのに食費もかからず、不平不満を言わないスケルトンは瞬く間に国中に浸透し、後に五十年もすると最後の男の奴隷が寿命で死に、国から男の奴隷は消え去った。
女の奴隷は性処理として一定の人気があったため女奴隷専門店が立ち上がるとそれは娼館として姿を変え、どの国にも存在する規模にまで縮小されて行った。
一方家畜屋は、一年もすると魔導国より輸入が始まる魔導国羊と呼ばれるビーストマンのような、人間のような不思議な家畜を飼い始めた。
ビーストマンにとって人間は食料なので交わる事もないため、やはり魔導国羊という品種なのだろう。
この家畜は四足歩行でビーストマンから牙や爪、攻撃性を取り除いたような獣だった。
家畜の割に知能が高く、たまにミノタウロスの言葉を真似して鸚鵡返しする様が可愛いとペットとしても出回るようになる。
その肉は人間の旨味とジビエのような癖のある、大変味わい深いもので、これまで味わった凡ゆる肉の中でも一位ニ位を争うものだった。
丁寧に金をかけて育てられた高級な人肉に勝るとも劣らぬその肉は安く出回り人間の家畜の需要を少しづつ奪っていった。
しかし、完全に人間の家畜業者がいなくなるまでには七十年と言う長い月日がかかった。
ミノス王は老いさらばえていたがそれを達成した事を心より喜ぶと自分の母へその偉業を報告したと言う。
王宮には美しい白い花を咲かせる木が植えられ、日々それを摘んでは母の墓に手向け続けた。
そして、半ば傀儡として過ごした七十年の王位に心から感謝し、自分の願いを全て叶えた慈悲深き神王にその国を任せて隠居した。
この王はミノタウロス王国に数えきれない貢献をし、後に魔導国になったミノス州では真なる賢者としてミノタウロス達の歴史に名を残す――が、今はまだ賢きたった一人の息子以外誰もそれを知らない。
人間を食わないと言う王が立てば、口だけの賢者の時代のように国民も人を食う事をやめるだろうし、そう言う王がいるなら魔導国国内の不満もあまり出ないかもしれないとアインズは安直に指名した。
たまたま目の前にいて割と理性的、と言うのも理由の一つだが。
パンドラズ・アクターにミノスを王に仕立て上げるよう言いつけると、アインズは家探しを始めた。
聡明な息子はこの先の全ての計画を察すると、静かに目撃者達の殲滅を開始した。二体のメスを残して。その胸中は自らを生み出した存在がこれほど優れ、千年先、万年先までも策の範囲内とできることに感動しており、他の者達には悪いが自慢したい気持ちを抑えるのが辛いほどだった。が――子の心、親知らずだ。
アインズが母親の寝室だと思われる部屋に入ると、蕾は綺麗な布の上に大切そうに飾られていた。
「フラミーさん、ありましたよ。」
「本当ですか!良かったぁ。」
アインズは蕾を手に取ると
フラミーが良かった良かったと喜ぶ声を聞きながら、やっぱりこれが自分の贈った物なら良かったのにと苦笑した。
綺麗になった蕾を数度振って水を切ると、床が濡れていない所に移動して、髪を下ろしたままのフラミーを手招いた。
「壊されたりしてなくって良かったです!」
早く返してと言わんばかりのフラミーに、アインズは片膝をついて蕾を差し出した。
聖王国の時と同じ格好だ。
「今更ですけど元気のおまじない、いっときますか?」
「わぁ!はいっ!」
心底嬉しそうに笑った顔を見ると、アインズはその効果を使った。
光は蕾の先から出るとポンっと弾けてフラミーに降り注いだ。
光の中、アインズはフラミーの手の中にゆっくり蕾を握らせた。
「…フラミーさん、俺と一緒にいてくれます?」――これを返しても。
アインズの脳裏には迷宮でフラミーが言った、蕾が見つかるまでは離れないでいたかったという言葉が響いていた。
「えへ?やだなアインズさん。どこまでも付いていくって前に言ったじゃないですか。」
少し顔を赤くして首をかしげるフラミーの蕾を持つ手を鈴木悟は撫でた。
「ギルドマスターに、でしょ。それは。」
アインズは恥ずかしくなって立ち上がるとくるりと背を向けた。
「さて。衛兵達の記憶でもちょちょいと書き換えますかね。」
寝室を出ると、どこから現れたのかと言うほどの大量の死体の山をパンドラズ・アクターがナザリックに回収しているところだった。
「父上!父上のご計画はこのパンドラズ・アクターが完璧に遂行してみせます!ここは火事ということにしましょう!!」
アインズは鎮静された。
次回 #31 閑話 図書館と悪魔
12:00にいきます!
フラミンゴ、「はい」って言うところだよそこ!!
そんなこと言ってたら通算100話です!
皆様本当にありがとうございます。( ;∀;人
今日で皆様とも67日のお付き合いです!
相変わらず拙いジッキンゲンですが、まだもうちょっと続くんじゃよ!
よーし!じゃ、陰口叩いてたジルジル虐めにいかないといけませんね!!
ちなみにそろそろ殺戮をお望みの声が届いてきましたので、ガッツリ殺戮エンドも近々行きたいところですね!