眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#31 閑話 図書館と悪魔

 麗らかな秋の午後――パンドラズ・アクターは新しい王と言う名の傀儡を育てていた。

 中庭に井草のマットを敷いて行われる王様講座は、動きから話し方、生活方法まで徹底的に教えるそうで、アインズは「テスト」と称して出席し、熱心に耳を傾けていた。

 しかしこの王は傀儡のため実務に関する事は必要最小限しか教えない。

 微妙にオーバーだが、確かに王様らしい気がする動きをアインズは一生懸命覚え、後で復習しようと決めた。

 たまに鎮静されながら。

 

「アインズさん、アインズさん。」

「どうしました?」

 フラミーは髪を切った日からよく髪を下ろしたままでいた。

 風に吹かれて髪がそよぐ様は妙に神秘的だ。

「私アリアドネについて一度調べに最古図書館(アッシュールバニパル)行ってこようかなーって思うんです。」

 一度ギルド武器だけを持って宝物殿だと思われる扉の前に行ったところ、扉はギルド武器に確かに反応していたがアリアドネの糸玉が解らずに扉は開かなかった。

「あぁ。戻りますか。」

 アインズが腰を上げかけると、フラミーはアインズの骨の胸をトンと押して座らせ直した。

「いえ、アインズさんはここでズアちゃんの講座チェックしてて下さい!私ちょっと行ってきますから。」

「そうですか?じゃあ…もう少し見てようかな。」

 パンドラズ・アクターは父が自分の話を聞き続けてくれる事に喜びながら、父とは違い一般庶民丸出しのミノタウロスに王のなんたるかを聞かせた。

 

+

 

 フラミーは最古図書館(アッシュールバニパル)に着くと、司書長のティトゥス・アンナエウス・セクンドゥスが案内のために出てきた。

 製作系に特化したアンデッドのNPCであり、デミウルゴスと共に巻物(スクロール)製作に精を出している。

「ようこそ、フラミー様。本日は何をお探しでしょうか。」

「ティトゥスさん。こんにちは!今日はアリアドネについて調べにきました。」

「いつもの死獣天朱雀様のご蔵書ではないのですね。――どうぞ、こちらでございます。」

 勉強に来るたびに案内してくれるティトゥスとフラミーは中々の仲良しだ。初めて会った時は名前が長すぎるために、名乗られた瞬間名前が耳を滑ったらしい。何と呼べばいいのか分からずしばらく困った。

 図書館には静寂が音として聞こえてきそうなほどに静まりかえっていたが、二人はいつものように軽い雑談をしながら進んだ。

 階段を上り、二階のバルコニーのように突き出しているところまで来ると、ティトゥスはよくやく足を止めた。そこは吹き抜けになっている為に図書館内を軽く見渡すことができる。

「フラミー様、大体この辺りがアリアドネの出てくるぎりしゃ神話でございます。」

「わぁ…結構ありますね。タブラさんよく集めたなぁ。」

 こんな時にタブラ・スマラグディナがいればすぐにアリアドネについて教えてくれただろうと、いつも何を言っているのかよく分からなかったインテリジェンスの塊のような友人を思い出した。

 フラミーはティトゥスにアリアドネの記述のある数冊を出して貰うと、案内をそこまでにふわりと一階へ降り立ち、辞書コーナーへ一人向かった。

 リアルの自習のみならず、デミウルゴス主催の勉強会のためにも通ったそこはフラミーにとって一番馴染み深いコーナーだ。

 易しそうな薄い辞書と難しそうな分厚い辞書を二冊取り出すとフラミーは席に着いた。

 辞書を引いても、辞書に書いてある意味がわからず、さらにもう一冊の辞書を引くと言う地獄の作業だ。

 インターネットのあった生活に飼いならされた悪魔は目の前の状況に苦笑した。

 

「どりゃどりゃ…。」

 本を開くと、細かい字がびっしりと書いてあり、それだけで小学校中退のフラミーは目眩がするようだった。

 小卒と言うだけである程度恵まれていると言われるリアルで、孤児だと言うのに数年でも学校に通えたことをフラミーはとても孤児院に感謝している。ただ、社会保障がぐずぐずになったリアルにおいて、村瀬は孤児院へ自分の養育費の返済をしていた。それは恐ろしい額で――村瀬は常に税金や返済に追われていた。

 そう言う点では、アインズはやはり優秀だ。

 フラミーはユグドラシル時代、勤勉なモモンガをいつも尊敬していた。

 大学を出ていると言われてもなにの違和感もない程の秀才はフラミーの憧れの的だった。

 天才的なぷにっと萌えや、大学教授をしていたと言う死獣天朱雀達の中で、ギルドマスターは学び続ける事でそれらと肩を並べていたのだ。

 余談ではあるが、アインズと同じく小卒だったウルベルトは自身の学歴も育ちも負け組と捉えており、モモンガをして「よくぞここまで」と思わせるほどに社会に対する憎悪を抱いていた。

 ウルベルトはフラミーの生まれや育ちを知って身近に感じていたし、フラミーも自分をギルドに誘ったウルベルトの後ろをしょっちゅうちょろちょろと付いていた。「俺は負け組のくそったれだよ」と笑っていたのも懐かしい。

 それの被造物であるデミウルゴスが妙にフラミーに懐くのは、ウルベルトが――いや。全ての真相は闇の中だ。

 

 開いたばかりの本を前にフラミーは早くも嫌になりかけたが、アインズにこの情けない状況を見せない為にせっかく一人で来たのだ。

 ここで挫けてはいけないだろう。

(アインズさんなら一瞬で片付きそうだけど…。)

 フラミーは顔をぷるぷる振ると本を立てて食い入るように読み始めた。

 

+

 

 デミウルゴスは悪魔(アルベド)の囁きに乗っていた。

 アルベドの進言により、アインズに許可されたプチ酒宴会の献立を考える為、悪魔は副料理長のピッキーと共に最古図書館(アッシュールバニパル)に向かっていた。料理長は基本的に一般メイド達の食事を作るのに大忙しな為、今日はピッキーが出張ってくれている。

 酒宴会の際には支配者が初めて食事をとると言うこともあり、料理人陣も大変やる気に燃えている。

「デミウルゴス様。私も食事会はとても賛成なのですが…大丈夫でしょうか…。」

「…君の言いたい事は分かっているとも。しかしアルベドも流石に統括だからね。ちゃんと良い計画を立てていたよ。」

 控えていた僕に扉を開けてもらい中に入ると、部屋の隅で本の山に囲まれているフラミーがいた。

 

「おや?お一人…?以前よくやってらしたチュウガッコウまでのお勉強でしょうか…?」

 アインズが眠りから目覚めてからべったりだったはずのフラミーの一人の姿にデミウルゴスは首を捻った。

「デミウルゴス様、良いですよ。私は取り敢えずいくつかレシピを見て、後でご相談させて頂きます。」

「あ、いや。これも重要な仕事だからね。」

 二人は現れたティトゥスに目的を話し案内されていった。

 

+

 

 フラミーは初めて読んだ神話の数々がどれもこれも悲話ばかりでわずかに目を潤ませていた。

 漸くアリアドネの記述に辿り着けば、それはやはり悲しい話だった。

 アリアドネは迷宮に閉じ込められているミノタウロスを退治しに来た王子に恋をし、糸玉を与えて迷宮で迷わないように助けると――王子は迷宮を出た後アリアドネを迷宮のある島に置き去りにしたらしい。

 アリアドネは後にディオニソスなる神に愛されてオリンポスに連れられて行ったそうだが、フラミーはたとえ誰かに愛されたとしてもアインズではない人が自分を迎えに来て嬉しいのだろうかと考えた。

 余計な事を考えながらアリアドネの出て来るところを一通り読んだが、結局糸玉の意味はわからずため息をついてパタリと本を閉じた。

 

「あっ、あれ?いつの間に?」

 フラミーは正面で足を組んで本を読んでいたデミウルゴスの存在に驚いた。

 読書が終わった事に気が付いたデミウルゴスは片手で読んでいた本を閉じると組んでいた足を下ろし、頬杖をやめて座り直した。

「お勉強お疲れ様でした。四時間前にお声掛けしましたが、集中されているようでしたので。きちんとご挨拶をしてから戻ろうかと。」

「わ、四時間もですか?ごめんなさい、私本当に読むの遅いし…周りも見えなくなるタイプで…。」

「いえいえ。二時間はピッキーと酒宴会のメニュー決めをしておりましたので。それより、本日は神話ですか?」

 二時間でも結構な時間だとフラミーは苦笑した。

「はい。デミウルゴスさん、ミノタウロスの国でギルド拠点が見つかったって言うの、聞きました?」

「えぇ。なんでも転移阻害の迷路があったとか。アインズ様が執務に戻られなかった日に伺いました。」

「そうなんです。そこに宝物殿みたいな扉があったんですけど、開かなくって。ギルド武器とアリアドネの糸玉を見せろって言うんです。」

「アリアドネの糸玉?アリアドネというと拠点の監視システムを思い出しますが…。」

「はい…そのアリアドネの元になってるアリアドネの神話がここにあって。でも読んでも私には正解がわかりませんでした。」

 フラミーは両手で頬杖をついて少しだけ頬を膨らませた。

「…私も読んでみましょう。」

 デミウルゴスはぎりしゃなる一国の小神達と至高の四十一人程の神が関わりを持つはずもないかと思った。

「はは、待たせた上にお仕事増やしてすみません。」

「とんでもございません。それこそが私の喜びです。」

 デミウルゴスは立ち上がると机をぐるっと回ってフラミーの隣に座り、置かれた本を開いた。

 繰り返される勉強会で隣に座ると言うことには随分耐性が付いていたし――アルベドに若干感化されていた。

 

「ふーむ。そうですね…。」

 デミウルゴスは口に手を当てて考えながら読み進めて行った。

 

「これはアインズ様とパンドラズ・アクターは…?」

「それが、まだ読んでないんです。」

「なるほど…アインズ様が目を通されればすぐにでも正解が分かるかも知れませんが、私の勝手な推測を申し上げてもよろしいでしょうか?」

 フラミーはデミウルゴスに向き合うように椅子を斜め後ろに引くと、瞳をキラキラさせた。

「聞かせてくださいっ!」

 

 デミウルゴスも椅子を斜めにしてから語った。

「恐らくですが、まずは出口から最短ルートで真っ直ぐその扉まで行きます。転移阻害の行われている迷宮内でそうすることができるのはギルドの者達だけでしょう。」

 それから…と言おうとするデミウルゴスに、フラミーは慌ててノートを取り出し書き取った。

 この人は支配者とは違い智謀の神というわけではないが、いつも一生懸命だ。

 デミウルゴスはくすりと笑うとノートを覗き込んで、書かれて行く文書を見ながら、自分の言ったことをもう一度ゆっくり復唱して行く。

「すみません。はは。」

 フラミーは書き終わると申し訳なさそうに笑った。

「いえ。これでアリアドネの糸は繋がったので、次は玉ですが、迷宮内の完全なるマップを扉に見せます。侵入者が万一ギルド武器を手に入れて真っ直ぐ宝物殿に行くようなことがあっても、コンプリートマップが無ければ開かないようにしておけば時間が稼げますし、マップを製作している間に迷路内で隙を狙って迎撃も可能でしょう。これは三重の鍵です。」

 フラミーは頷くと再びメモを取った。

 デミウルゴスもノートに視線を落としてゆっくり復唱して行く。

 フラミーの下ろしたままの髪がサラリと落ちるのを愛おしそうに掬って長く尖った耳にかけ、この世のものならざる美しい横顔をよく見ようとすると――突然ガタンと立ち上がった。

「わっ!どしたんですか!?」

 デミウルゴスはくるりと体の向きを変えて図書館の入り口に向かって跪いた。

 

「あ、アインズさん。」

 フラミーは手を振りかけると、ハッとして辞書の上に本を置いて隠した。

「アインズ様。おかえりなさいませ。」

「フラミーさん、随分遅いからどうしたのかと思ったらデミウルゴスと遊んでたんですか?」

 アインズは笑いながらそう言うと、フラミーとデミウルゴスの前に座り、フラミーの隠すように置いた本を軽く指先でツツ…と押して確認した。

 二冊もの辞書にアインズは心の中でくすりと笑った。

「遊んでないですよぉ。もー。ちゃんとアリアドネの秘密を解いてました。………デミウルゴスさんが。」

 フラミーは苦笑すると頬をポリとかいた。

 アインズは立ち上がったまま控えているデミウルゴスに座るように促した。

 辞退するデミウルゴスにフラミーが椅子の背もたれを押して声を掛けなおすと、ようやく悪魔は座った。

 

「それで?わかったのか。デミウルゴス。」

 悪魔は少し小さくなった様子でフラミーに視線を送った。

「フラミー様から是非ご説明を。」

「いいんですか?手柄横取りですね。なんて。ははは。」

 アインズはフラミーの差し出したノートを受け取ると一ページ分のそれに目を通した。

「ふむ。デミウルゴス、これは確かに納得がいくな。流石だ。明日にでも早速試してみよう。」

「いえ。この程度、アインズ様も小神の事を知ればすぐにお気付きになったかと。」

「そんな事はないとも。お前の働きにはいつも助けられている。さて、フラミーさん。そろそろ行きますよ。あなたは食事の時間でしょう。」

 アインズはノートを持ったまま立ち上がった。

「あ、あの。」

 渋る様子に、まだ何か用が?とアインズは思いながら机を回り込んで行くと、フラミーは視線を落とした。

「これ…流石に片付けないと…。」

 それを聞くや否やデミウルゴスもサッと立ち上がり本を集めながら告げた。

「ここは私が。どうぞ御身はお休み下さい。」

「でも悪くってそんな…。」

 アインズはフラミーの手を取ると逆らうはずも奪うはずもない息子にこんな(・・・)思いを抱く自分がバカらしくて自嘲した。

「本当にすまないな、デミウルゴス。愚かな私を笑ってくれ。」

「滅相もございません。寛大なお心にはいつも深く感謝しております。」

「お前がそう言う男で私は命拾いしたよ。」

 フラミーはよくわからない話を始めてしまった二人の様子に軽く首をひねるとアインズに手を引かれて図書館を後にした。




次回 #32 ギルド武器の破壊
(ジルクニフの所行く行く詐欺

でみぃ……!!!っく…!!

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