ジルクニフ含む一行は神王と女神に正式に挨拶を交わし、全守護神を紹介された後、第六階層と呼ばれる平原に移動した。
平原には大きな美しい絨毯が敷かれ、立食形式のブッフェ台と休憩用の多くのソファが並んでいる。
近くの湖の側にも休憩のソファがあり、あそこで日がな一日何もせずに眺めていられたらどれ程いいだろう。
そしてどの調度品も素晴らしく、神王のセンスの良さが伺えるようだった。
「…地上だと言うのに第六階層とはどう言う意味なんだろうか?」
美しすぎるメイド達が完璧な所作で働いている中、ジルクニフは首をひねっていた。
六階層目は地上で、第五第四とここからは塔でも建っているのだろうかとキョロキョロ当たりを見回したが、遠くには荘厳なコロッセオだと思われる建築物があるだけだった。
「ここは地下だから第六階層。あたし達の守護階層だよ。」
突然かかった幼い声にジルクニフはゆっくり振り返ると、そこには玉座の隣に控えていた
「ここが…地下…?」
「そ、そうです!そんな事もわからないんですか?」
可愛らしくマーレが首をかしげる姿にジルクニフは失笑した。
「そうか。ではあの空は何なのかな?」
「偽物だけど?」
言っている意味がわからず、ジルクニフは悩んだ。
「偽物というのはどう言う例えだ?」
双子は目を見合わせてやれやれと首を振った。
「あなたさー、アルベドが割と賢いって言ってたけど、そんなんじゃシャルティア以下だよ?ここは地下なの。空は至高の御方々が作った偽物。わかる?」
ようやくジルクニフの頭に言葉の意味が染み渡ると、嘘だろともう一度空を見上げた。
「これが…作られた地下に広がる空だと…。」
「やっと分かった?じゃ、あたし達は余興の準備をしなくっちゃ。マーレ!」
「う、うん!それじゃ、さよなら!」
たまたま通りかかっただけなのか双子はコロッセオに向かって立ち去っていった。
「ロクシー、信じられるか?私は子供にからかわれただけか?」
「いえ…わかりません…。ですがここが地下だとすると…まさしく神の力ですわね…。」
二人は揃って空を見上げた。
神王と女神がまだ来ていない為、まだ誰も食事に手をつけてはいない。
各々自分の国の者と何かを話し、少し他国の王を警戒しているようだった。
竜王だけは面白そうにそこら辺をうろうろ歩き回っている。
ジルクニフはその姿を見つけると、神王もおらずいいタイミングだと話かけてみることにした。
「お前達、後で私の計画をゆっくり話すが、まずは竜王と仲良くなるぞ。」
引き連れている帝国の三人に声を掛けるとジルクニフは胸を張って歩き出した。
「ツァインドルクス=ヴァイシオン殿。」
湖を眺めていた鎧は振り返った。
「ん?君は皇帝だったかな。何だい。」
「貴君は神王陛下に敗れたと聞いたが、それは本当かな?」
兎に角まずは事実確認だ。
「…そうだけど。君も僕のせいで何かが起きた、とでも言うのかな。」
心底うんざりと言う感じで鎧は腕を組んでジルクニフを見た。
「いやいや。私は闘いを見るのが好きなんだ。闘技場にもよく足を運ぶ。どんな闘いだったのか聞きたくてね。」
「そうかい。フラミーに押さえつけられてアインズの魔法で僕の鎧が壊されただけの話だよ。」
ジルクニフは思わず笑みがこぼれた。
「な、なるほど。ふふ、貴君はどれ程傷付いたのかな?いや、陛下のお力は絶大だから心配でね。」
「僕は全く傷ついていないとも。鎧を失っただけさ。」
「そうか!いや。鎧を失うのは辛い事だな。」
「いや。鎧くらいなんともないよ。」
遠くを見るような雰囲気に、ジルクニフは竜王が評議国を奪われかけている事に憤慨しているのだろうと確信した。
そしてその態度や雰囲気からして完全に魔導国に屈服しているようにはとても見えなかった。
今は力を蓄えていて、虎視眈々と時を待っていると言う読みが正解だろう。
(帝国と同じだな――。)
ジルクニフはジッと鎧を見ながらつぶやいた。
「奪われると言うのは辛いものだな…。」
「なんだと?」
「あ、いや。その、すまない。それより貴君の力の話だが――」
「静かにしろ。力の話は絶対にするんじゃない。」
突然感じた竜の怒りにわずかに焦りながら話すと、鎧はまじまじとジルクニフを見てそれ以上は何も言わずに立ち去ってしまった。
「…陛下、少し間を詰めるのが早すぎるのでは?何事もせっかちな男は嫌われますよ。」
ロクシーのじとっとした視線にジルクニフはため息をついた。
「力を蓄えている事に触れられる事をあそこまで嫌がるとは…。ツァインドルクス=ヴァイシオンとはなんとしても友好関係を築かなければならん。お前達、耳を貸せ。」
ジルクニフが今後の帝国の計画を話すと、三人は目を輝かせた。
「陛下、それならばやはり女神には帝国へ嫁いでいただくのが一番なのでは?」
ロクシーの言葉にジルクニフは頭をガリガリとかいた。
「馬鹿!!前も言ったがお前は身分をわきまえろ!!」
「しかし、情で縛り、常にそばに置いて監視できればそれが何よりです。」
「それはそうだが…。」
「リユロさんは女神は罪を犯した者には苛烈だと以前言っておりましたが、であれば罪を犯さなければいいだけの話です。」
正論だと解ってはいるが、神王へ感じた神しか持たぬ絶対的な畏れを思い出すといまいちやる気になれない。神王に対をなす女神なのだから、生半可な存在ではないはずなのだ。
「…うーむ……。しかしお前は神が人間に見向きすると本気で思うのか…。」
ジルクニフはロクシーの前では嫁取りに前向きなふりをして後は適当な言い訳を考えておこうと決めた。
あれはまずいと本能が訴えている。
「前例はまさしくここで見てきたではないですか。お手付きのメイドに、恐らく体と引き換えに国を救われた女王と。」
「わかったわかった。やるだけやってみる。引き入れる事には違いないからな。」
四人が頷くと、少し離れたところに闇が開き、女神と美しい男が現れた。
「アインズ殿!」
オーリウクルス女王の声が響く。
「あ、あれはまさか…神王だとでも言うのか…。」ジルクニフから漏れた声にロクシーがシッと声を上げた。「――は、いや、神王陛下なのか。」
その存在は確かに先程の素晴らしい赤いローブを身に纏っていたし、顔に骨と同じ線も入っている。
その男は優雅に歩いてくると、聞き覚えのある声で話し始めた。
「皆、待たせてすまなかったな。私も折角なら食事をしようと思ってな。さぁ、気楽にやってくれ。フラミーさんも食べて下さいね。」
(この姿…なるほど、負けを認める必要があるな。この姿があればこそオーリウクルスやメイドは受け入れているのか。)
神王は女神の背中をそっと押した。
「ひゃっ!あ、あの、じゃ、私、これで!」
女神は神王から逃げるように立ち去った。
「どう思う、ロクシー。」
「少なくとも、好ましくは思っていないようですわね。」
二人はニヤリと笑った。
「ドラウさんー!一緒に食べましょー!」
フラミーは酒宴会の後、とんでもない夜を過ごしてからアインズに触れるのも、なんならもう目を合わせるのも恥ずかしくて堪らなかった。
朝目を覚ますと、フラミーの目の前には自分をまじまじと覗き込む瞳があり、半ば突き飛ばすように起床した。
その後はアインズに散々謝罪しながら一緒に部屋を片付け、二度とあんな失敗をしてはいけないと大反省した。
そして何より、妹か仲間としか思われていない自分とアインズの間に、なにか起こるはずもないと言うのに、泥酔の中ちょっとちゅーを期待した自分が死ぬほど恥ずかしかった。
(……だって女の子だもん……。)
フラミーは思い出しかけた自分のエッチな想像をぷるぷると首を振って追い出した。
ドラウディロンはフラミーの誘いに破顔した。
「もちろんだ!早速取りに行くか!アインズ殿はきっと各国の者達と話すもんな。」
「そうだと思います!私はこういう時役立たずですから…。」
フラミーがひーんと謎の鳴き声――泣き声を上げていると、後ろから声がかかった。
「光神陛下。」
振り返ると、そこには知らない平凡な顔立ちの女性が立っていた。
「お初にお目にかかります。私、バハルス帝国より参りましたロクシーと申します。」
「ロクシーさん。よろしくお願いします。あの、ご存知だとは思いますが、こちらは竜王国のドラウディロン女王様です。」
「あ、紹介させてしまってすまないな、フラミー殿。ドラウディロン・オーリウクルスだ。よろしく。」
ロクシーは深々と女神と女王に頭を下げた。
「お二人は仲がよろしいようで羨ましくなってしまいまして。我が国からは殿方ばかりが来ておりますので。」
ホホホと上品な声を上げる姿に、フラミーはお嬢様っぽいと思った。
「そうですか!良かったら一緒に食べましょう。男の人って難しい話ばっかりですもんね。」
ニコリと笑ったフラミーを見る目はギラリと光ったようだった。
三人は食事をとりながら雑談していた。
近くではアインズが王国戦士長と聖王国の野獣のような男、ミノス王、そしてミノスの連れていたミノタウロスと輪になって笑い声を上げていた。
「つかぬ事をお聞きしますが、光神陛下は神王陛下がいらっしゃらないと存在できないというのは本当なのでしょうか?」
フラミーは突然の質問に少し戸惑う。
アインズがいない世界に自分は留まりたいのかと聞かれているのだろうか。
「…うーん…。確かにアインズさんがここからいなくなったら私も…そうですね…。」
言葉を濁していると、ドラウディロンが食事の手を止めた。
「本当だったのか。私も亜人から聞いたことがあるぞ。闇の神が消滅すると、共に光の神も消滅すると。」
「え?あ、いや。あの、本当はちょっと状況によると言うか…。」
いつもの謎神話かとフラミーは苦笑した。
ロクシーはその状況とは何だろうと思考を巡らせる。
「フラミーさん、何の話ですか?」
神王はいつの間にか戦士長達との会話を終わらせてこちらへ来ていた。
女王は嬉しそうに神王を見上げた。
「アインズ殿!いや、貴君が消えるとフラミー殿も消えると言う神話があるじゃないか。」
「え?あ、いや。うん。あるな。そうだな。」
ロクシーは智謀の神と名高い者に、無礼だとは解っているが只の側室である自分が行わなければいけない問いを投げた。
「陛下。御身にもし万一の事があっても、光神陛下を我らに残しては頂けないでしょうか?」
ロクシーは自分をまじまじと見るその黒き瞳には血色の炎が宿っているように見えた。
「私はこの人を残してどこかへは決して行かないだろうし死ぬこともない。その例えは空想も甚だしい。残すとか残さないとか、二度とそう言う話はするんじゃない。もしするとしても、この人の前では決して許さん。いいな。」
「失礼いたしました。陛下が斃れる想定など不敬にございました。」
闇の神の消滅と、光の神の消滅のセットが状況によって解かれると言う秘密に迫られることを神王は恐れているようだった。
「フラミーさん。カルカ君がフラミーさんとも話したいそうなんで行きましょう。」
神王の差し出された手を、女神は少し躊躇ってから取った。
「あ、あの…。はひ…。」
「お前たち。悪いがこの人は借りていくぞ。」
連れられて向かった先には聖王女達が深々と頭を下げていた。
「ふぅ。あの二人は相変わらずだな。良かったと言うか良くなかったと言うか。」
ドラウディロンの声にロクシーは首を傾げた。
「と、言いますと?」
「あの二人は、どうやら何千年もああ言う感じみたいなんだよ。」
「何千年…。」
何千年も掛かり続ける神々を縛る謎の呪いに人間が立ち向かえるのだろうか。
少なくとも女神が自分の手でどうこうできるものではなさそうだった。
不安は残るが、ロクシーは聖王国の面々と挨拶を交わす女神を眺めながら、皇帝の下へ戻った。
次回 #37 解るはずもない真実
アインズ様、ほとんどそれプロポーズだから!!
えらいぞ!!!(お