聖王国の九色の一人、オルランドはミノタウロス達や王国戦士長とウマが合うようで、そちらで遊びっきりだった。
いつの間にかその輪には帝国の騎士も混ざっていて、武人は武人を好むようだ。
ラナーは付いてきた二人をガゼフに任せると、兄やレエブン侯と今後の王国吸収計画について邪悪に語り合っていた。
カルカは王と女神としばし雑談すると、慈悲深き王にずっとお願いしたかったことの一つ目を伝えた。
「北聖王国では陛下方に今一度お目にかかりたいと日々王宮に訴えが来ておりますわ。どうか是非再びご降臨下さいますよう心よりお願い申し上げます。」
「そうか。私達もまた顔をだそう。そう言えば、バラハ嬢はクレマンティーヌからの報告によると頑張っているようだが、お前はちゃんと会えているか?」
アインズはその父を見た。
「は。この間も少しうちに帰って参りました。しかし…その時には陛下方を崇める者と、そうでない者の間で少しイザコザが起きるようになってしまったと…しばし嘆いておりました。」
「そうか…。お前の娘は実によく働いている。よく労ってやれ。」
「ありがとうございます。ネイアも喜びます。」
パベル・バラハは少しその凶悪な目を潤ませていた。
「陛下、これのお陰で悪魔は殆どもう退治されたと聞きました。素晴らしい武器を誠にありがとうございました。これで住民同士のイザコザさえ収まれば、南部にもようやく平和が訪れます。」
そう語るケラルトは腰に佩いているルーン武器に触れていた。
「あぁ。その時には我が神聖魔導国が共に歩んで行けるようデミウルゴスと計画を立てよう。」
カルカはデミウルゴスと言う言葉を耳にすると、二つ目の願いを伝えるべく口を開いた。
「あ、あの、陛下…。デミウルゴス様なのですが…。」
「あれがどうかしたか…?」
まさか色々バレたかと焦るが、アインズは表情が変わらないように精一杯顔に意識を向けた。骨だった時はどんな顔をしていてもバレなかったが、人の身は精神抑制を使っていても危険だ。
「…デミウルゴス様は…その、ご結婚はされているのでしょうか。」
アインズは一瞬己の耳を疑った。
「は?――いや、していないが…?」
「では、お優しいあの方を、良ければ…その…。両国の絆という意味でも、うちへ婿入りさせてはいただけないでしょうか…。我が聖王国の玉座に、あの方は相応しいかと…。」
アインズとフラミーは目を見合わせた。
「カルカさん、デミウルゴスさんのこと好きなんですか?」
恥じらうように頬を染めたカルカは頷いた。
「あー…私達は守護者達に誰と結婚してほしいとかは決して言わないと決めたのだ。特にあいつには好く者がいるかもしれんし…。しかし、それでもいいなら。そうだな、今奴を呼んでやって気持ちを伝えるくらいは手伝おう…。」
「そう、ですか…。で、では、いつもお忙しくしてらしてお話しする事もあまり叶いませんので、是非…宜しくお願いいたします。」
アインズはすごい事もあったもんだとこめかみに手を当てた。
いつか守護者達も誰かと子供を持つのかなぁと感慨深くなる。
「――デミウルゴス、私だ。知っての通り第六階層にいるのだが今少しいいか?…よし。では待っているぞ。」
アインズは悪魔を呼んだがその恋は叶う気がしない為、ぽりぽり頬をかいた。
「ウルベルトさん、あなたの息子、プレイボーイですよっ。」
キャァー!と頬に手を当て盛り上がる様子のフラミーの呟きには嫉妬の色がまるでない。アインズは少しだけ安堵に息をついた。
するとすぐに指輪で転移してきたデミウルゴスはさっと辺りを見渡し、アインズ達を見咎めると小走りで寄ってきた。
「アインズ様、お待たせいたしました!デミウルゴス、御身の前に。」
きちんと膝をつき、頭を下げる悪魔の動きは洗練されている。
「立ちなさい、デミウルゴス。いつも忙しいところ悪いな。」
「とんでもございません。――…フラミー様、陽の下の御身はまた一段とお美しいですね。それで、いかがなさいましたか?」
さっきも玉座の間で会っていた筈だというのに、息をするようにフラミーを褒めるデミウルゴスに、アインズは見習おうと思った。
「んん。カルカ君。」
「はい。あの、デミウルゴス様。」
「なんでしょうか?」
「あの、良ければ、うちに婿入りなど…しては頂けないでしょうか。私はあなたと歩みたいと思って…。」
カルカはレメディオスから自分を守ってくれた大きな背中にすっかり憧れてしまっていた。
いつでも紳士的で優しく、民を慮ってくれるこの亜人は、王にふさわしい。
デミウルゴスはアインズを見ると、その瞳には、まるで"御身のご計画でしょうか"と書かれているようだった。
「全てはお前の気持ち次第だ、デミウルゴス。好きだと思うなら受けるべきだろうし、そうでないなら断るべきだろう。念のために言っておくが、私は別にそうなれと望んではいないし、これは私の計画ではない。」
アインズはそう言いながら、もうなんとなく答えは想像がついていた。
ここで"そうするべきだと思うならそうしろ"と簡潔に言ってしまえば、可哀想な男は聖王国の玉座の為に迷わずそれを受けるだろう。
「そうですか。では、カルカ・ベサーレス殿。申し訳ありませんが私には心に決めた方がいらっしゃるのでその様なお誘いはお受けいたしかねます。」
「…そうですか、もうお相手が…。その方とは将来を誓われてらっしゃるのでしょうか?」
「いえ、本来ならば触れる事も叶わぬ不可侵の領域にいらっしゃる御方でございます。しかし私は…それでも…。申し訳ございません。」
ちらりとアインズを見るデミウルゴスは、カルカにではなく――まるでアインズに懺悔しているようだった。
フラミーは最初、誰のことだろうとワクワクして聞いていたが、アインズをチラチラと気にしながら語る彼の気持ちの相手が誰なのかすぐに気がついた。
「デミウルゴス様のお気持ちが叶わない物なら、このまま好きでいてもよろしいでしょうか…?デミウルゴス様と同じように、私も不可侵のあなたに――」
「私とあなたは違います。私が同じだと言われ、その通りだと思う御方はただお一人です。そんな気持ちは早くお捨てなさい。それでは。」
デミウルゴスは人間を虫けらだと思っているせいか、フラミーの前でそんな事を言わされることが不愉快だったのか、聖王女にとても冷たかった。
「アインズ様…ご不快な話を誠に申し訳ありませんでした。」
「いや、それは構わないとも。お前の気持ちを本当は私もずっとよくわかっていた。だと言うのに…すまなかったな。さぁ、もう行きなさい。」
デミウルゴスはアインズへ深々と頭を下げて指輪で転移して行った。
「デミウルゴスさん…アインズさんの事、本当に大好きなんですね…。」
「は?」
聖王女もその声にしんみり頷いた。
男色を好むようではないアインズへの、その忠誠心とも恋ともつかぬ気持ちは決して叶うものではないとフラミーには思えた。
確かにデミウルゴスがアインズに触れているのは一度も見たことがない。
不可侵の領域――そんな話を本人の前でさせられた彼が可哀想だった。
アインズがずっとそれに気付いていたらしい事だけが救いだろう。
うまく可愛がってやれないと酒宴会の時に言っていたのはこう言うことだったのかと、何も知らなかった自分を反省した。
アインズは何か間違った事を想像されているような気がしたが、今は聖王女のフォローが先決だった。
「すまないな。冷たい奴で…。」
「いえ、気持ちを断ち切れと、自分と同じ轍を踏むなと敢えてああして下さった優しさが私には解りました。こちらこそお見苦しい物を申し訳ありませんでした。はぁ。また素敵なお婿さんを探します。」
カルカは少し悲しそうに笑うと、ケラルトがよしよしと背中をさすった。
「…そうだな。あれは本当に優しい男だからな…。」
アインズも、カルカがナザリックの者だったならそう意図して同じ事を言っただろうと思えた。
アインズ達は気まずくなったので聖王国の面々の下を離れると、グラスを二つ持ったツアーが近付いてきた。
「アインズ、フラミー。今少し良いかな?」
「なんだ?どうかしたか?妙に気が効くな。」
ツアーはアインズとフラミーに酒を渡し、二人を湖畔のソファに座らせると背もたれ側に回って背中合わせに話し始めた。
「飲みながら聞いてくれ。あの帝国皇帝は何か怪しい。あちらを見るな。」
「何?どう言う意味だ。」
「エルニクスさんですか?」
フラミーがそちらを向こうとすると、背中を合わせているはずのツアーから注意が飛んだ。
「フラミー、今はこらえてグラスに視線を落としてくれ。帝国皇帝は始原の力を僕が失ったことを知っているような口振りで話しかけてきた。評議国の永久評議員達すら隠している事実を何故あれが知っている?」
「あ、あのツアーさん待ってください。<
フラミーは立ち上がり、効果範囲を決めるように自分たちの周りをぐるっと指差すと、周囲の音が消えた。
これで安心とばかりに再びフラミーはツアーに背を向けるように座り直しグラスに目を落とした。
「どういう事だ。私は当然話したことなどないぞ。現に帝国には行ったことが無いし、皇帝に会うのもほとんど一年ぶりだ。」
「やはりおかしいな。僕に"奪われるのは辛いな"と、"力の話をしよう"とあれは言ったんだ。勘違いならいいが、何かを看破する能力を持っている可能性もある。」
アインズは皇帝を見たい気持ちをぐっと抑えて、耐性の指輪も着けているので酒をあおった。
「…皇帝は十分程度しか会っていない私を"邪悪で知恵の回る危険なアンデッド"と評しているらしいしな。始原の魔法を奪ったことを知ってその様な評価に変わったのか…?」
最初からそんな風に思っていればわざわざ属国化を願い出てくることなどないはずだ。
「ロクシーさんもアインズさんがいなくなったらって言ってましたし…あの人達、アインズさんに何かしようとしてるんですか…?」
「僕には皇帝に君達が負けるとは思えないけど、もし皇帝が、始原の魔法を奪った事実を掴んでいて、それを竜王達にバラすとでも言うなら帝国ごと葬らなくてはいけないね。」
三人でうーんと唸っていると、魔法の効果時間が切れ、周りの音が戻って来た。
「とにかく、あれにだけ話し掛けないのも不自然だ。私も探ってこよう。フラミーさんはどうしますか?」
「一緒に行きます。害されるような事があるなら、私、あなたを守ります。」
「気を付けろアインズ、フラミー。僕は少し離れたところから嘘をついているかだけ見抜こう。」
三人は皇帝への警戒度をマックスまで引き上げると行動を開始した。
次回 #38 王の弱み
いや…フラミーさん…デミウルゴスは…。orz
ジルクニフ!!!逃げろ!!!この三人は…やばい!!!