ジルクニフはロクシーから齎された新たな情報にやはりと目を輝かせていた。
遠くでは、聖王女と竜王国女王がなぜか泣きながら抱き合っている。
「――それに、光神陛下ははっきり言って平凡でしたわ。あれなら本当に操る事も可能かと。」
「中々良い風が吹いてきたじゃないか。ふふ。神を操るか。」
ジルクニフが不敵な笑いを上げていると、ロクシーは顔を暗くした。
「ただ…陛下、申し訳ありません。智謀の神には二度と光神陛下の前で消滅の話をするなと咎められました。」
「…そうか。やはり、女神という盾を失う事を恐れていると見て間違いない。まさかこちらの計画に気付かれては――」
ジルクニフの腕にゾッと鳥肌が立つと、ニンブルが耳打ちした。
「陛下、神王陛下が向かってきております。」
バジウッドはミノタウロス達と楽しそうに遊んでいる。
まずは秘密に触れた可能性がある事を誤魔化す必要があるとジルクニフは一度心を落ち着かせた。
「ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス殿。ちゃんと話すのはこれが初めてだな。」
ジルクニフは神王の声に、今気付きましたとでもいうような顔をして振り返った。
「ん?あぁ!これは神王陛下。それに光神陛下!こちらからお声掛けに行こうと思っておりましたが、お二人ともお忙しいようでしたので遠慮しておりました。」
「そうか。それは待たせたな。」
気の無い返事にジルクニフは早速一つ嘘を見抜かれたような気がした。
「…いえ。良ければどうぞ、お掛けください。」
前に空いているソファを進めると、二人は迷いなく座りジッとジルクニフを眺めた。
「あの、私の顔に何か…?」
「いやいや。君が何か私達に聞きたいことがあるんじゃないかと思っただけだとも。」
神王の黒いはずの瞳の奥が燃えたように見えると、ジルクニフは一瞬背筋が凍ったような気がした。
「め、滅相もございません。」
「そうか。では、私に何か言いたいことがあるんじゃないかな?」
その瞳は全てを見抜いているようだった。
ふと気が付けば、ツァインドルクス=ヴァイシオンもこちらを窺っているようだった。
(…竜王は私のテストでもしているのか…?であれば――皇帝の意地を見せてやらねば。)
ジルクニフはフッと短く息を吐いて心の中から怯懦を退けた。
「いえ。滅相もございません。あぁ。ひとつ言わせて頂くとしたら、その体は実に素晴らしいですね。どのような魔法でしょうか?」
神王は目を細めた。
やはりお世辞は嫌いらしい。
しかし、お世辞などではなく事実その姿は美しく、神々しかった。圧倒的な美を前に、ジルクニフは優れているはずの己の容姿がまるで大したことのないもののように感じるほどだ。
「それは言えんな。いや、エルニクス殿、君は本当は解って――」
神王が何を言わんとするのか見極めようとしていると、興奮したような女性の声が響いた。
「アインズ殿!!」
何事かと話途中の神王から視線を外すと、顔を赤くしたドラウディロンが来ていた。
「なんだ、どうした。ドラウディロン。」
「どうしたもこうしたもない!何故私に話し掛けに来てくれないんだ!」
「…さっき話しただろう。」
「私には"そうだな"と言っただけじゃないか!」
神王はやれやれと首を振っていた。
「はぁ、相変わらず仕方のない奴だな。すまないがエルニクス殿。これも参加させてもらってもいいかな。」
「構いません。オーリウクルス殿。久しいな。」
ドラウディロンは気に入らないとばかりにジルクニフへ視線を送ると、女神の横にギュムッと無理矢理収まった。
女神は女王に押されて死の神にトン、と手を付くと慌てて立ち上がった。
「あっあの、私立ってますから。はは。」
「あ、…フラミー殿、すまない。そういうつもりじゃなかったんだ。」
神王は女神をまじまじと見るとその手を取った。
「ほら、座って下さい。」
「アインズさん…。」
そのまま腰まで引っ張られた女神は予想外にも、女王のいない方に背を向けて神王の片方の膝の上にちょこんと座らされていた。
居心地悪そうにしているのは、女性として遠慮しているのか、死の神との過度な接触を嫌がっているのか謎だった。
いや、どちらも正解かもしれない。
少なくとも好きならばこれ程立ち去りたがらないだろう。
「それで、エルニクス殿。」
呆然とその様子を見ていると、突然話が戻ってきた事に少し慌てた。
「は、はい。何でしょう。」
「私から二つ質問させてもらってもいいかな?」
ついに来たとジルクニフは居住まいを正した。
ロクシーがこちらの計画のヒントを与えたかも知れない以上ここからは半ば尋問だ。
「君は、何か秘密を握ったのかな?」
単刀直入な問いにジルクニフはつい表情を動かしかけてしまうが、向こうは平然とした面持ちで女神の羽を撫でて玩んでいた。
「神王陛下、私達はまだ会って二回目ではありませんか。秘密など滅相もありません。」
「そうか。では二つ目だ。君は、我が魔導国をどう思っているのかな。」
最早これは分かって言っているのでは――。ジルクニフの動きを牽制する意味での行動だろうという可能性が浮かぶ。
ジルクニフは膝の上で小さくなっている女神を早く仲間に引き入れなければと焦る。
相手が持つのは物理的、魔法的な強さだけでは無い。この闇の神という存在が恐ろしいのは、内包しているであろう力のみならず、その叡智だ。
「素晴らしい国ですよ。ここほど大きく、栄えた国は他に類を見ないと思います。」
「…そうか。貴君の考えはよくわかったとも。」
全てを見通そうとするような美しい黒い瞳にジルクニフは吸い込まれかけた。
「さて、そろそろ闘技場に行く時間だな。」
神王はそのまま女神を抱えて立ち上がってしまった。
女神は神王の腕の中で座るように抱えられ、少し躊躇ってから肩に掴まっていた。
帝国の面々から女神を遠ざけるように見えるその姿はまるで女神の加護は渡さないとでもいうようだ。
ここからはもしかしたらお互い解りきっている水面下での戦争になるかもしれない。
女神に知られれば離反される危険があるためこちらの意図を女神には決して話さないだろうし、かと言ってジルクニフの事を殺そうともしないだろう。
ジルクニフを殺せば女神の枷を外すことができる事実を知っている者がどれ程いるのか解らなくなるし、それによって一気に対神王派が蠢動する可能性をこの王が考慮しないはずがない。
――この化け物。
ジルクニフは親しみを込めた笑みの下で、神王に対する無数の呪詛を吐き出す。
「ドラウディロンも、私達の隣に席を設けてやったから共に来ると良い。」
「あ…なんだ、最初から時間を作っていてくれていたんだな。いつもすまない。」
「全くだ。あの時にも二度とこんなことはないようにしてほしいと言ったというのに。」
寵姫にやれやれとため息を吐くと背を向け立ち去っていった。
アインズはあの夜からフラミーに微妙に避けられていて、離すとすぐにどこかに飛んでいってしまうため取り敢えず運んでいた。
まるでコキュートスと
ツアーが後ろを歩いてくるのが見えるとアインズはドラウディロンに話しかけた。
「ドラウディロン。誘っておいてすまないが、少し離れていてくれるかな。私達はツアーと少し話がある。」
「分かった。既に一度迷惑をかけているし…ちゃんとするとも。」
ドラウディロンが少し下がっていくのを確認するとツアーはすぐに寄ってきた。
フラミーの<
「ツアー。どうだった。」
「嘘ではない事を交えながら隠そうとしていたけれど、アレは嘘をついているだろうね。」
アインズに座るように運ばれているフラミーは自分の首に触れていた。
「じゃあ、あの人は私達の敵なんですか…?」
「敵対行動は起こしていないから分からない。ただの事実確認だった可能性も当然あるが…今後それを盾に何かを要求してくる可能性はあるだろうから、やはり最大限の注意が必要だろう。」
「そうだな…。これでもし竜王達にバラされたらどうなる?」
ツアーは腕を組んで少し悩むようにした。
「…竜王達が
フラミーは一撃でプレイヤー達を葬ったというその竜王の話は聞きたくなかった。
アインズの夢に出てくるという謎の恐ろしい存在を、眠ったまま殺せればどれだけ良いだろうと思う。
フラミーがアインズの首にギュッと抱きつくと、アインズもフラミーを抱える手に少し力を込めた。
「フラミーさん。大丈夫です。最悪ロンギヌスを僕に使わせればいいんですから。」
「…ロンギヌス…そうですね…。」
「策はあるようだね。少し安心したよ。アインズ、脅されても早まって殺さないように気を付けよう。帝国の誰がその情報を握っているかわからない。誰にバラされてもゲームオーバーだ。」
「わかっている。お前の言う通り殺すときは帝国ごと消滅させるとも。」
ツアーは頷いた。
「さて、あまりここでこうして居てもまたあの皇帝に余計な詮索を許すことになる。僕はもう行こう。」
ツアーはそう言い残すと魔法の効果範囲から出ていき、二人の間は無音になってしまった。
「あのアインズさん。私そろそろ歩きます。」
「あ、そうですね。すみません。」
「いえ。なんかこちらこそ…。」
フラミーはアインズから降りたが、二人は結局どちらともなくそのまま手を繋いで歩いた。
周りには闘技場に向かう王達と、それを案内するメイド達が大勢いたが――続く無音状態に、何となく二人きりのような気がして――二人は自分の手が汗をかいていないか心配になった。
ジルクニフとロクシーは前方を歩く神王に竜王が何かを話す様子をじっと見ていた。
「何を話していると思う…?」
「想像もつきませんわね。しかし、穏やかな雰囲気ではなさそうです。」
「間違い無いな。闘技場は自由に座っていいそうだが、竜王の側に座るか女神の側に座るか悩ましいところだ。」
「あ!陛下、女神を下ろしましたわ!」
竜王がどんな魔法を使ったか知らないが、少しでも女神を神王から離させることに成功した様子に、ジルクニフは流石に何百年も生きる存在は違うと思った。
「…女神の近くへ行ってみるか。懐柔作戦だ。」
鮮血帝のその笑みは、帝国の面々を奮い立たせた。
次回 #39 フラミーのお使い
帝国更地エンドはよくない(よくない