眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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試される法国
#11 旅に出しは、その双子


(やっぱり、双子にこの作戦を任命したのは間違いだったかな……)

 

 まだ殆ど外の情報がない中で子供達を外に出すことに、指示を出した張本人たるアインズは今更ながらに不安を覚えていた。

 

 眼前には広がる異世界と、それを背にするアウラ・ベラ・フィオーラ、マーレ・ベロ・フィオーレ、そしてクアドラシル。

 クアドラシルは六本足で、巨大なカメレオンとイグアナを合体させたような姿をしている神獣だ。

 

 アインズは双子と正面から向き合うと、口を開いた。

「気を付けるのだぞ。忘れ物はないか?寂しくなったらいつでも伝言(メッセージ)を送っていいんだからな。それから、もし万が一危険な目に合いそうだと思えば、無理をせずにすぐに逃げるんだ。アウラは後詰として共に来ていたから解るな?あのカルネ村に一時避難しろ。あそこには今私の貸し出したゴーレムが置いてある、それらと村人を盾にして時間を稼ぐのだ。私もフラミーさんも、いつでもあそこへ転移門(ゲート)を開けるから――」

「アインズさん」

 フラミーの自分を呼ぶ声に、つい喋りすぎていた事に気がつきはっと口に手を当てた。

 見送りに出てきた守護者達も含め――全員が優しい眼差しをこちらへ向けていた。

 アインズの双子を心配する気持ちを皆が理解していた。

 

「大丈夫です!アインズ様!ちゃんとマーレと揃って六日後には帰ります!」

「ぼ、僕たちがお役に立つところを必ずアインズ様にお見せします!」

 

 やる気に満ち溢れたアウラとマーレの声に、「大きくなったな」と思ってしまうのは間違いだろうか。

 まだ命を持って動き始めてたった数日だと言うのに。

 手のひらにそっと触れる温かい感触に視線をやれば、フラミーがアインズの手を軽く握りこちらを見ていた。

 上質な陶器のようにさらりとしたその手を壊さないように握り返す。

 

 フラミーはそのままアインズの手を引き双子のすぐ近くまで行くと、優しく語りかけた。

「アインズさんの言う通り、気をつけて行って来てね。マーレ、男の子なんだから、お姉ちゃんを守ってあげてね。アウラ、あんまりマーレを叱らずに導いてあげて、仲良くね」

 そう言うとアインズから手を離し二人を抱き寄せた。

「わぁ!フラミー様!」

 アウラは嬉しそうにフラミーを抱きしめ返し、マーレはスタッフを握ったまま夢見心地に顔を埋めた。

 翼で二人を包み、数度顔を擦り付けると、フラミーは二人から離れ、アインズの後ろへ立った。

 

 アインズさんも、と囁くフラミーを見やればニコリと微笑んでいた。

 こんな時表情があるのが羨ましくなる。

 アインズも気持ちだけは微笑み返すと、アウラとマーレを無言で順にわしわしと撫でた。

「わぁ!ふふふ、アインズ様、くすぐったいです!」

「へ、へへへ。アインズさまぁ」

 少し髪型が崩れた二人からアインズは離れ、本当は寂しがっているのは自分なのかもしれないと思った。

 ぶくぶく茶釜の愛娘(マナムスメ)愛男娘(マナムスメ)の無事を祈った。

「アウラ。マーレ。二人で見事やり遂げるのだ。では、行け」

 

「はい!アインズ様、フラミー様!行ってまいります!」

「い、行ってまいります!」

 アウラとマーレは挨拶をし、控えていたクアドラシルへ二人でまたがる。

 するとクアドラシルは鱗状の皮膚の色を虹色に変化させ、じわりと不可視となった。

 双子も不可視化の能力を持つ、通称透明マントを肩に掛け、墳墓から旅立って行った。

 

「行きましたね」

 フラミーは誰に聞かせるでもなく呟いた。

 透明マントを羽織ったからと言って二人を見失うような者はここにはいない。

 ついには地平の彼方へ二人と一匹の背中が消えた。が、地平から目を離さずに、アインズは共に見送りに出ていた守護者達へ伝達する。

 

「万が一あの二人が助けを求めたら、すぐに向かうぞ。そしてアルベド、デミウルゴス。あの二人に知恵を貸してやってくれ」

 

 慈悲深き声に全員が深く、深く、頭を下げた。

 

+

 

 クアドラシルは双子を乗せて緑の野を疾走する。

 アウラが前に跨がり、マーレはアウラの後ろに足を揃えて乗っていた。

 凄まじいスピードの為、前に乗るアウラとマーレの耳にはゴウゴウと風を切る音が届き続ける。

 

 カルネ村より三十分ほど南下すると、アウラの視界には、遠く巨大な城壁が飛び込んできた。

 アインズやフラミーが見ていたならば感嘆していたかもしれないが、二人にとってはつまらない建築物だ。

 それはナザリックに存在するあらゆるものに劣っていた。

(アインズ様があの村長から聞き出した話では確かエ・ランテルって言うんだっけ)

 街を迂回すればしただけ法国への到着が遅くなる。それはつまり、調査時間が短くなることと同義だ。

「クアドラシル!突っ切るよ!!」

 後ろでここまでの地図を見える範囲で書いていたマーレが検問を指差した。

 地図は真っ直ぐ南に向かって伸びはじめ、山や森などが書き込まれている。

「お、お姉ちゃん、あそこに門があるよ!」

「バカマーレ!わざわざあんな所から入るわけないじゃん!」

 どんなに壁が近付いても速度を落とさないクアドラシルに嫌な予感がしたマーレは、慌てて紙とペンをしまい姉の腰にぎゅっと両手で掴まった。

 するとクアドラシルは猛スピードのまま壁へ突っ込み――足の裏を壁に吸い付かせながら垂直に駆け登る。

 登りきれば壁はさらに中にも二重にあるのが見て取れた。器用に壁の頂点や塔の屋根などを飛び移りながら越えて行く。

 一番内側の壁から六本の足を広げるように大ジャンプをし、ズン!と街の中に着地すると、今度は家の壁や屋根を伝って人を避けながら疾走して行った。

 

 突然大きな揺れに襲われたエ・ランテルの人々が何事かと震源だと思われる辺りを見れば、そこにはハート型のような不可思議な跡が六つあった。

 この日、エ・ランテルの町の中心の道には奇妙な一陣の突風が吹いたのだった。

 

+

 

 エ・ランテルを軽々と通り抜けた二人と一匹の右手には連なる小さな山々、左手には遠く平原が広がっていた。

 夏の終わりとも秋の始まりとも言えない季節の結び目のような陽気だ。

 マーレは再び目に見えたものを――太陽の位置を確認しつつ次から次へと紙に書き込んでいった。

 気づけば、ナザリックから南へ一直線の地図が出来始めていた。

 

 マーレはそれを見ると満足げにふふ、と笑い、出来かけの地図とペンをしまった。そして空を仰ぐ。

 夜明け頃にナザリックを出発したが、太陽の高さから言って時刻はもうじき昼だ。

「お、お姉ちゃん。えっと、そろそろアインズ様とフラミー様とお約束したご飯の時間だよ」

 マーレの提案にこれはいかんとクアドラシルは速度を緩め歩き出した。

 クアドラシルが巻き起こしていた風だけがビュンッと一行を追い越して行った。

「あ!そっか!ちゃんとご飯は三回食べろって仰ってたもんね!」

 アウラは鮮度を維持できる<保存(プリザベイション)>の魔法がかかったサンドイッチを取り出し、後ろに座るマーレと分け合った。

 疾走していてもクアドラシルの背は快適ではあるが、その凄まじい風速にサンドイッチの中身が吹き飛ぶようなことがあってはいけない。

 これを作ったのは料理長だが、フラミーの指示で用意された一推しサンドイッチを失うようなことがあれば一度ナザリックへ戻り謝罪しなければならないだろう。

 食事をしながらゆっくりと進んでいると――恐らくスレイン法国のものであろう防壁が見え始めた。

 やはり双子は無感動にそれを視界に捉えた。

 長き歴史を感じさせる荘重な壁だが、この何でもないサンドイッチの方が二人には余程価値がある。

「フラミー様はこれがお好きなんだね!今度お食事にご一緒させて頂きたいなぁ!」

 フラミーはアインズと違い毎食きちんと食事を取っていた。もちろん、料理長からの圧力もあって。

「そ、そうだねお姉ちゃん!あ、僕、それが良いなぁ!」

 この命令を見事にこなす事が出来た暁には好きな褒美を与えられる為、道中何にするか考えるよう言われていた。

 それを言われたとき、マーレは既に指輪も受け取っているのだからと必死に辞退を申し出たが、初めて外に出ると言う重要任務なのだからと押し切られてしまった。

 至高の存在がそうするべきと言うのならば、そうするべきなのだろう。

 マーレはフラミーお食事権にするようだった。

 ぶくぶく茶釜や餡ころもっちもち、やまいこ、フラミーと良く第六階層でお茶をしていた事をアウラは思い出し、ほぅっと頬を染めた。

 色々な服を着せ、四人で可愛い可愛いと愛でてくれたものだ。

「あたしもそれが良いかなぁ。でも、アインズ様と過ごすのも良いし……――うん、もう少し悩もうかな!時間はまだあるしね!」

 

 青空の下、カメレオンの背で器用にサンドイッチを食べる双子はごちそうさまの後に、もうぬるまってしまった紅茶を交互に飲んだ。




平成の世が終わりを告げ、令和を迎えましたね。
アインズ様の生きた日本はどんな元号だったのでしょうか。

2019.05.01 すたた様 誤字修正ありがとうございます(//∇//)
2019.06.04 kazuichi様 誤字報告ありがとうございます!適用させて頂きました!

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