一台の馬車が神聖魔導国のなめらかな街道を進んでいた。
目の飛び出るような額で作られているその馬車は、よく整備された街道でなくとも、ガタガタと居心地悪く揺れたりはしない。
馬車の周りには帝国三騎士のニンブルとバジウッドが馬を走らせ、上空に目をやれば、そこにも警護の手はある。
ヒポグリフと呼ばれるモンスターに乗った者たちと、
「モモン様は普段はエ・ランテルにいらっしゃるんですか?」
ロクシーはモモンが神王に遣わされた監視役ではないかと馬車の中で疑い続けていた。
そうでなければあれ程警戒していた帝国の者達に見す見す女神を連れ帰らせたりはしないだろう。
「いえ。エ・ランテルにはたまに冒険者組合の様子を見に行くくらいですね。後は組合長と食事に行ったり。私は普段は…あー…そうだな…。」
濁される言葉の真意を探ろうと皇帝と二人でじっと女神の隣に座る英雄を見た。
「普段はずっと私と一緒に居ますよ。ねぇ、モモンさん。」
「あ、はは、そうですね。確かに。」
少し照れ臭そうにするモモンとフラミーは軽く笑い声を上げた。
想像以上に気さくな雰囲気の二人にジルクニフとロクシーは目を見合わせた。
「あの、失礼ですがお二人はどのようなご関係なのでしょうか?」
「仲間ですよ。私たちずっと一緒にやってきましたから。」
「ずっと一緒とは…一体どのくらい…?」
「あ、うーん。
ロクシーが長寿の神の発言に納得すると、モモンは肘掛に寄りかかって笑った。
「ははは。流石ですねフラミー様。」
「うわぁ…モモンさん、そんな呼び方やめてくださいよ。いつもみたいに呼んでください。」
「いや、それはダメでしょう。フラミー様我慢してください。」
妙に甘い雰囲気があるやり取りだった。間違いなくこの二人はデキている、様子を見ていたジルクニフは確信した。
神王に監視役として遣わされるうちに恋に落ちたか。
この英雄も相当な力を持つと聞くし、ロクシーには女神の嫁取りはやめて二人揃って帝国に渡らせようと提案することに決めた。
「さぁフラミー様。そろそろ帝国領に入りますよ。」
ジルクニフは平凡な女神と平凡そうな英雄にほくそえんだ。
領土に入ってからもさらに馬車を走らせると、ようやく帝都に着いた。
ロウネに確認させたところによると、闘技場の次の興行は明後日だった。
その晩ジルクニフの部屋では魔導国の二人とロクシーの四人と言う小さな晩餐会が開かれた。
「モモン殿は随分酒に強いんだな。私はもう結構だとも。これ以上は明日に支障を来す。」
「そうですか?じゃあ、残りは明日という事で。」
モモンは英雄だと言うのに気取ったところのない気さくな男だった。
よくお酌して色々と聞いてくる様子にジルクニフは少しだけ気を良くした。
英雄と言っても冒険者組合に加入している身なのだからこう言う目上の者とのやり取りには慣れているのかもしれない。
「そうだな。明日もまた是非ここで四人で食べようじゃないか。」
ジルクニフはロクシーを説得し、帝国なら女神を嫁に取れるとモモンにアピールして二人で帝国に流れさせることに決めていた。
解散してしまう日までにここで二人揃って暮らすように説得しなければいけない。
女神は既に魔導国を離れたそうにしている為、モモンと言う口実を与えれば何とかなるだろう。
残るは枷の問題だ。
「ところでモモン殿はフラミー様を愛している事は神王陛下には?」
ジルクニフが聞くや否やモモンは咳き込んだ。
「な、何を突然!?」
「いや。愛しているんだろう?フラミー様も君をお気に入りの様子じゃないか。」
「ジルクニフさん!?」
「フラミー様も、ここは帝国です。何を隠すことがありましょう。なぁロクシー。」
「陛下の仰る通りですわ。神王陛下のおそばでは許されないのでしょう?」
モモンとフラミーは顔を真っ赤にして目を見合わせた。
「んん。我々はそう言う関係ではありません。皇帝陛下もロクシーさんもあまりフラミー様を困らせないでください。」
「まだそう言う関係ではないなら、なれば宜しいではありませんか。」
ロクシーがきっぱりと言い放つ。
「いや、別に我々は…。」
「なんだ、モモン殿は妙にうぶなところがあるな。英雄として数えきれない女を抱いてきただろうに。」
「エルニクス皇帝陛下!俺は決して――」
「あぁ、いい。いい。女神の前で無粋だったな。御身は無垢でらっしゃる。」
「あ、あの!」
少し大きい声を出した平凡な頭脳の女神は顔を真っ赤にしていた。
「み、皆さん…ちょっと…酔っ払いすぎですよぉ…。モモンさん、今日はもう行きましょ。」
「あ、は、はい。そうですね。」
女神が立ち上がるとモモンも慌てて立ち上がり、これは思ったより時間がかかりそうだとジルクニフは思う。
しかし少なくとも明後日の興行までは引き止められるし、最悪モモンは仲間にできなくても仕方がないと割り切って女神に焦点を絞ればいい。
勝利条件は二人揃ってではなく、女神だ。
その場合は女神がここに留まるための口実を別に考えておかねばならないが。
ジルクニフの脳裏には一瞬だけ嫁取りという文字が浮かんだがそれをすぐに振り払った。
「部屋まで送ろう。」
「いえ、大丈夫です。先程ロウネさんに一度通して貰っていますし。」
モモンの拒否は妙にきっぱりしていて、何となく踏み込む余地がないような感じがした。
「…そうか。ではまた明日、帝都の案内で。」
二人が挨拶をして出て行くと、ジルクニフはソファの上に寝転がった。
「ロクシー、どう思う。」
「モモン殿のあの様子は神王陛下に踏み込むなと言われているのでは?」
「やはりそうか。英雄はどれ程の忠誠心を持っているんだろうな。」
フラミーは与えられた自室に入ると窓を開けて外をキョロキョロ確認した。
誰もいない事を確認すると不可視化し、ふわりと飛んで外に出ると隣のモモンの部屋の窓を叩いた。
するとすぐにカーテンと窓は開けられた。
「フラミーさん。」
「モモンさん…。」
モモンは不可視化しているフラミーの腰に両手を伸ばすと、フラミーもモモンの肩につかまって部屋に入った。
二人の間に運命めいた視線が通う。モモンはすぐにフラミーを下ろすと、窓とカーテンを閉めた。
するとフラミーは不可視化を解いた。
「すみませんね、フラミーさん。あいつら悪ノリしてましたね。」
「あ、はは。いいえ。モモンさん、結構ジルクニフさんに飲ませてたから仕方ないですよ。」
「はぁ。せっかく結構飲ませたって言うのに、秘密をどうやって知ったのか聞き出せなかったし、意外と難しいもんですね。」
モモンは話しながらソファに掛けると、マントの下で隠れるように喉に張り付いていた口唇虫のヌルヌル君を外し、取り出してあった飼育カゴに入れた。
まるでコンタクトレンズを取り外すような光景だ。
ヌルヌル君は艶々とした肌色をしていて、先端は人間の唇を思わせる形をしている。
アインズは自らの空間――インベントリーよりタッパーのようなものを取り出し、パコリと蓋を開けた。
「私、明日タイミングを見て呪言使ってみようと思います。」
「あぁ、そっか。デミウルゴスみたいにうまく呪言を使えたら言い逃れできますしね!」
タッパーから
「――フラミーさん、座らないんですか?」
フラミーはじっとモモンを見たまま立っていた。
「えっ、あっ、そ、その。はは。」
「…ん?――あ、見慣れない顔のせいでまた人見知りしちゃってたのか。」
モモンはサッと手を振ると人化した体に展開していた顔の幻術を解いた。これならばモモン状態で飲食もできるので、かつて漆黒の剣と冒険をした時のようにあれこれと言い訳を言わずに済む。
「気付かなくってすみません。さ、どうぞ掛けてください。」
「え?あ、はは。ありがとうございます。」
フラミーは見慣れたアインズの顔に戻ってホッとしたのかアインズの斜め隣に置かれている一人掛けソファに腰掛けた。
「ほーら、ヌルヌル君。エサの時間だぞー。」
取り出したキャベツを口唇虫に近付けると、もしゃりと食いついた。手を離せばもりもりと食べていく。
「…かわいい。」
フラミーがぽつりと呟くと、アインズは与えようとしていた二枚目のキャベツをフラミーへ差し出した。
「やります?」
フラミーはパッと顔を明るくすると、キャベツを受け取った。
「ヌルヌルくーん、ご飯ですよぉ。あーん。」
そう言われると、ヌルヌル君はあーんと口を開け、再びキャベツに食いついた。瞬く間に食べ終わる。
大満足の様子で飼育箱にある軽く陰になっている場所にのそのそと帰って行った。
「最初は気持ち悪かったけど、こうやって世話をすると可愛く感じるもんだなぁ。」
アインズは朗らかに笑うと、フラミーも嬉しそうに微笑み、アインズの横顔を眺めた。
「そういえばモモンさんのお顔って、前にニニャちゃん達と冒険した時も見せてましたよね。あれも運営の剣士のイメージなのかなぁ。」
「あ、いえ。一応俺の顔なんですよ。」
「えっ?あ、あれが、鈴木さんのお顔だったんですか?」
モモンの、いや――鈴木悟の若干美化した顔は以前漆黒の剣に見せた時に不評だった為、以前よりもさらに美化を重ねていた。声同様、回数を重ねるごとに少しづつ美化することで違和感なくこの完成体に行き着けた――と思う。
エ・ランテルではフラミーは大抵真隣にいたので、殆ど初めて正面からその顔をしっかりと見たが、隣から見るのとは少し印象が違うなと思っていた。
そしてまさか鈴木の顔だとは思いもせずによく見もしなかった。
慎重なこのギルドマスターが、真の素顔をそう簡単に見せるとは思いもしないだろう。
「そんなような違うような…ですけどね。」
「はは…鈴木さんってカッコいいんですね。」
フラミーはあの顔じゃ余程モテただろうなと百戦錬磨の訳に思い至っていた。
「いや…全然…。あ、そうだ。良かったら村瀬さんも顔見せてくださいよ!」
「…私の顔はこの顔ですよ。」
プイと顔を背けたフラミーに、アインズはふと昔を思い出した。
「はは、あれ?そう言えば俺茶釜さんにオフ会の写真何回か見せてもらったんですけど、フラミーさんってもしかしてそのままお団子の人ですか?」
「えっ!何勝手に見てるんですか!」
フラミーは顔を真っ青にした。
「ははは。怒んないで下さい、後ろに写り込んでただけで茶釜さんも見せようとして見せたわけじゃないですから。」
「うわぁー…それ絶対酔っ払って寝てる写真だぁ…。」
フラミーは女子の集まりにしか出かけなかった為、男子のギルメンで彼女に会った事がある者は一人もいなかった。
社会人ギルドのオフ会にはどうしても飲酒が付き物だったので、酒に弱いと言う女子を無理に誘い出す者もおらず、全ギルメンもそう言うフラミーとの付き合い方に納得していた。
「ははは。確かに寝てました。可愛かったですよ。」
フラミーはアインズを見るとすぐに顔色を青から赤へ変えた。
「んなぁ…なんで嘘言うんですかぁ。」
「嘘じゃないですって。すごく可愛かったです。村瀬さん。」
アインズは愉快そうに顔色の変化を眺めていると、フラミーは置かれていたクッションを不服そうに抱きしめた。
「…もうっ。すぐおちょくる…。」
「えーフラミーさんこそすぐにそう言う事言うじゃないですか。」
アインズはこの後、怒った?とまた聞かれるかなと少し謎の期待をして瞳を覗き込んでいると、フラミーもアインズの瞳を覗き込みだした。
二人の間にはまるで磁石でもあるかのように揃ってゆっくりと顔を寄せ合いだし――扉をノックする音がしてハッと二人とも我に返った。
「あっ、そ、そうか。忘れてた!」
慌てて幻術を呼び戻すとヌルヌル君を取り出した。体液に塗れた体がひんやりとし、少し気持ち悪い。
喉にぺちょりと吸い付かせると「んーんー」と数度テストを行い、外に声をかけた。
「どなたですか。」
「モモン様、少しよろしいでしょうか。」
「構いません。入ってください。」
すると、帝国に常駐させている
扉が閉められるとモモンはアインズとして話し始めた。
「文官Dよ、どうだ。ここで始原の魔法を私が持っていることを知る者はどれ程いる。」
「は、アインズ様。ご連絡頂いて以来調査を続けて参りましたが、どのリッチ達も
アインズは少し悩んだ。
「巧妙に隠しているのか、知る者がエルニクスしかいないのか…。まぁいい。どうやって看破したのかも気になるところだ。何か特別な儀式や魔法を目撃した者がいないか引き続き捜査しろ。」
文官Dは深々と頭を下げると退室して行った。
「…とにかく明日呪言チャレンジだな。」
アインズは再び顔の幻術を消して振り返ると、フラミーは顔を真っ赤にしていた。
ツルクニフさん!もっと二人を後押しするんだ!!
でもこの人、このあと禿げるんだよね(えぇ
次回 #41 帝都
七夕だったので2000字程度のTwtr閑話を書きました(´ω`)
相変わらずストーリーとはあまり関係ありません。
https://twitter.com/dreamnemri/status/1147694124968972289?s=21
TwtrIF閑話もこの機に貼っておきます。
ウルベルトさんとペロさんが酒宴会後、唐突に来るガバガバ設定のお話です!
どこにも繋がっていない読み切りです。
https://twitter.com/dreamnemri/status/1146332648794542080?s=21