眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#41 帝都

 ジエット・テスタニアは小さな皮袋に詰まったたくさんの硬貨の感触ににたりと笑っていた。

 いつもの様に魔法で作り出した香辛料を商会で売ってきた帰り道だ。

 次の商会に向かおうと大通りを進んでいくと、宿屋の前には人だかりができていた。

(有名な冒険者でも来てるのかな?母さんとネメルにいい土産話になるかも。)

 ジエットは帝国が魔導国傘下に入ってからと言うもの付きに付きまくっていた。

 魔法学院の嫌味ったらしく不愉快な同級生は移住してしまった教師達を追って魔導国へ引っ越して行ったし、教師と生徒の減った学院では日々丁寧な指導を受けることができ、学費も下がった。

 そして何より、神殿が闇の神と光の神を祀るようになってからは治癒を受けても神官達に高額の支払いをしなくて済むようになった。

 ジエットは猛病という特殊な病に罹っている母をよく連れて行くので――多少は神殿にお布施を払うが以前の数十分の一程度になり――非常に助かっている。

 一時はワーカーにならなければ母の治療費を捻出できそうになく、学院もやめようかと思っていたと言うのに、今ではバイトの数も減らし、勉強に打ち込み、日々が輝いていた。

 強大なアンデッドを送り込んでくる魔導国を恐ろしいと言う人もいたが、ジエットにとっては自分の生活を劇的に良くしてくれるまさに神の国だった。

 

 ジエットは少しワクワクして人混みを掻き分けると、そこには端正な顔立ちの黒い鎧に身を包むアダマンタイトのプレートを戴く戦士と、帝国三騎士の鎧に身を包む戦士がいた。

 見たこともない豪華な組み合わせに、ジエットは妹のネメルを呼びに行こうかと思っていると、その後ろからは皇帝と紫色の女神が出てきた。

 買った事はないが、神殿でオシャシンを売っているのを見たことがある。その人はたしかに女神のはずだ。

「な……あれ…本物なのか……?」

 女神の造形はあまりに美しく、あんなものが本当にこの世に存在するのかとジエットは思わず声が漏れた。

 やはり妹にぜひ見せてやりたい。きっと喜ぶだろう。

 早く迎えにいってやらなければと思ったが、ジエットは好奇心に負け――全ての幻術を看破する力を持つ目を覆っている眼帯を外した。

 

+

 

 フラミーとジルクニフは護衛のモモン、バジウッドとともに一通り帝都を見ると、昼食を取るため帝都一と評判の宿屋に寄った。

「かつてのエ・ランテルより活気があっていい国ですね。」

「そうだろう、モモン殿。」

 ジルクニフは嬉しそうに大きく頷いた。

「しかし…フラミー様。実はアンデッドの数で少しご相談があるのです。」

 フラミーは食事の手を止めると一度ナプキンで口元を拭ってから顔を上げた。

 皇帝の瞳は僅かに潤み、妙に艶かしい雰囲気だ。

「ん?なんですか?」

「数をもう少し…こう、お願いできませんか?」

 アインズは以前帝国にアンデッドを増やすと言っていたし、ここは二つ返事でオーケーだろう。フラミーはトンっと自らの胸を叩いた。

「わかりました。大丈夫、任せてくださいっ。」

「ああ!ありがとうございます!フラミー様にご相談してよかった!」

 ジルクニフは嬉しそうにすると突然テーブルの縁に乗せていたフラミーの手を包むように握った。

 フラミーはぴくりと肩を震わせてジルクニフを見ると非常に爽やかな顔をしている。

「ああ…フラミー様は誠に女神だ…。」

「あ、ああ…はは…いえ。」

 ゆっくり手を引いて机の下に偲ばせると、膝に掛けてあるナプキンで少し拭いた。

「んん。エルニクス皇帝陛下、それは不敬なのでは。」

 聞き知った言葉をモモンが呟くとフラミーは面白そうに笑った。

「そうだったかな。いや、嬉しくてね。帝国と私のためにこうしてフラミー様が動いて下さると言うのが。」

「わ、私のためって皇帝陛下…。」

 モモンは呆れるように言うと、フラミーも少し困ったように笑った。

「は、はは。このくらい気にしないでください。お友達ですから。」

「私はフラミー様とお友達になれて何よりでございます。」

 

 その後食事を済ませ、先に馬車を用意し始めるように言われたモモンはバジウッドと共に表に出た。

 二人は馬車を宿屋の者に持ってくるように申し付けた後、表玄関で馬車とそれぞれの主人を待っていた。

 モモンの手の中には兜があり、道行く人々はその顔と胸に輝く冒険者の証を見ると皆感嘆した。

「やれやれ。加減と言うのも難しいものだな。」

 モモンが呟くとバジウッドはチラリとその顔を見た。

「加減?それにしても、モモン殿はさぞモテるんでしょうね。」

「はは…近頃はなんだか妙に…。本当困ったもんですよ…。」

 モモンはアルベドとシャルティアを思い浮かべて苦笑した。モテたいはずの人の本命になるにはまだまだ時間がかかりそうだと言うのに。

「はぁ〜俺も言ってみたいですねぇ、そんな事。羨ましいですよ。モモン殿程になったら愛人は一体何人いるんですかい?」

 思いもしない問いに、モモンが一人もいねーよと心の中で突っ込んでいると、バジウッドの話は終わっていなかった。

「俺は妻と愛人合わせて五人と暮らしてますけど、モモン殿は愛人三十人くらいですか?」

「え、モモンさん…愛人三十人…。」

 フラミーのドン引きボイスが聞こえるとモモンは少し焦りながら声のする方を向いた。

「ちょ!そんなわけ――」言いかけると、モモンはバッと振り返った。「なんだと!?」

 自分の何かを見破られた感覚に陥ったモモンは真剣な面持ちで背に掛けてある剣に手をかけ身構えた。

「ん!?どうしたんすか!?」

 バジウッドは何が起きたか分からなかったが取り敢えず手を腰の剣にかけ身構える。

 モモンは抜剣せずに慎重にこちらをみている人混みを睥睨すると、口を開けてこちらをボウっとみている青年がいた。

 ――間違いない。あれだ。

「フラミーさんはここで待ってて下さい。」

「え?モモンさん?」

 モモンは安心しろとでも言うようにフラミーの顔をさっと撫でると、割れていく人混みを進み、口を開けたままの青年の前で立ち止まった。

「…君は、私の何を見ている。」

「あっ!は、す、すみません!!こ、光神陛下があんまり美しいんで…その美が偽物なのかと…。まさか、美しさを隠すために幻術を使ってる人がいるなんて思いもしなくって……。」

 幻術の下にあるアインズとしての人の身を見ていることを確信したモモンは記憶を書き換えようかと思ったが、この姿では記憶操作(コントロールアムネジア)は使えない。

「……そうだ。私は人に注目されるのを好まない。どうかこれは内密にしてくれるかな。」

「わ、分かりました。それにしても…本当に冒険者さん…すごく綺麗ですね…。」

 フラミーにも使えない魔法のため悩んだ結果、モモンは青年を指差した。これは後日書き換えを行う必要があるだろう。

「え?な、なんですか?」

 青年の影に影の悪魔(シャドウデーモン)が忍び込むのを見ると、モモンは兜を被った。

「いや。なんでもないとも。皮袋に穴があきそうだ。気を付けたまえ。」

 少年が硬貨をずっしりと入れた皮袋を見ると、そこには確かに小さな穴が空いていた。

「あ、ありがとうございます…。」

 モモンはバサリとマントを翻してフラミーの元へ戻った。

 

+

 

 その日の晩餐、ジルクニフの部屋では二度めの晩餐会が開かれていた。

 昼間英雄が女神を「フラミーさん」と呼んだ時の雰囲気はやはり護衛として付いている意外の感情が乗っていた。

 神王にそこまで踏み込むことを厳しく咎められる理由についてジルクニフはしばらく悩んだが、思い浮かぶ理由は駆け落ちを恐れているくらいしか浮かばなかった。

 

「フラミー様、良かったらこの先モモン殿と帝国に根付かれてはいかがでしょうか。ここでモモン殿の子を産み、育てるのです。」

「えっ、こ、こども?」

「昼にモモン殿も言っておりましたが、我が帝国は活気ある良い国ですよ。きっとお二人で素晴らしい日々を過ごせるかと。」

 フラミーは顔を真っ赤にすると立ち上がった。

「あ、あの、私、ちょっとお手洗いです!」

 平凡な頭脳の女神はパタパタと出て行ってしまった。

「ふーむ。モモン殿がハッキリしなければフラミー様も気持ちに決着など付けられないか。」

「エルニクス皇帝陛下…本当いい加減にしてくださいよ…。」

 

「なぁモモン殿、神王陛下の目の届かない今のうちに、女神を抱いたらどうかな?そうしたら女神の気も変わるかもしれん。その後は帝国で働くというなら我が国は女神との暮らしを全力でサポートするぞ?」

「だ、抱くって…エルニクス皇帝陛下、誤解です。私は決して彼女をそのようには…。」

「英雄のくせに意外とうだうだと女々しいな。あの様子じゃ女神は生娘だろう?それを――」

 ジルクニフは言いながら気が付いた。

(あれほど色を好む神王が美しい女神を抱かない理由はなんだ…?胸だけの問題ではないはずだ。)

 生娘で無ければならない故に神王もモモンも女神に踏み込めないのだとすると――

「まさか、処女で無くなると枷が外れるのか…?」

「は…?一体ナニを想像して…。」

 モモンは大量の冷や汗をかきはじめていた。

「なるほどな。だから"状況による"、か…。確かにこれでは自分一人ではどうにもなるまい。」

 モモンが腰抜け、もしくは枷を解く許しが出ないが故に抱けないというならば代わりに筆下ろししても良い。

 女神はトイレから戻ってくるとちょこんとソファに腰を下ろした。

 

「フラミー様。良かったら少し涼みに出ませんか。」

 ジルクニフは立ち上がると人懐こい笑顔を作ってフラミーに手を伸ばした――が、手を取る様子がなくわずかに焦れる。

「私の部屋は帝城内でも最も眺めが良いのです。今日はいつもより空気が澄んでおりますし、是非お見せしたい。」

「そうですか?じゃあ…。」

 躊躇われながら取られた手はサラサラと滑らかで、まるで上等な陶器のような触り心地だった。

 引っ張って立たせると、ジルクニフは手慣れた様子でフラミーの背中に手を回してお気に入りの広いバルコニーに出た。

 モモンのじっと眺めてくる視線に、別にお前が抱けるならそれでも良いと心の中で伝えた。

 

 バルコニーの手すりに着くと女神は嫌そうに離れた。

「あ、あの…ジルクニフさん、ちょっと、近いです…。」

「ふふ。私がこうする事で喜ばなかった姫は今までおりませんでしたよ。」

「うわぁ…。」

 ジルクニフは上から下までまじまじと女神の様子を見た。

(闇の神が色を好むなら光の神は清らかなわけか。よくできている。)

 清らかな乙女でなくなったら光の神から堕天し、闇の神との表裏の繋がりを失うのかもしれない。

 しかし適当な者と交わってとっとと枷を外していない所を見ると、 余程神王やモモンからのガードが固いのだろう。

(いや、もしや堕天するといくつか神としての力が減るのか…?)

 強大な力を持つ女神をモモンが抑えきれるとも思えない。

「…あ、あの…、なんですか…?」

 思考に没頭していると女神は肩をすくめて心底居心地悪そうにしていた。

「何でもありません。…フラミー様は力を失ったりはしないのですか?」

 女神は息を飲んだようだった。

「奪われなければ失ったりしませんけど…どうしてそんな事を聞くんですか?」

「…奪われなければ…ふふ、なるほど。いえ。少々興味が。」

『教えて下さい。あなたは一体何を知っているんですか…?』

 女神のその声は妙に響き、必死に答えを探すように瞳を覗き込んできた。

 ジルクニフは自分の首に下がる精神防御のネックレスが一瞬輝いたような気がしたが、何の魔法も使われていない為星の輝きを反射したのだろう。

「そうですね。最早全ての答えに行き着いたかもしれません。」

「……それを、誰かに話したりする予定は…?」

「ありませんとも。しかし御身にもご協力はして頂きたいものですね。」

 力を落としたとしても枷を解いて、次の竜王との戦いでは共闘――もしくは、邪魔をしないでもらおう。

「この私を脅すつもりですか?」

 女神の様子がおかしいことに気が付いたのかモモンはすぐに立ち上がりこちらへ向かってきた。

「脅すなんてとんでもない。さぁ、きちんと英雄にあなたの本心を伝えなさい。」

「な…ジルクニフさん、誤魔化さないで下さい。」

 

「…エルニクス皇帝陛下…フラミー様はお困りのようです。」

「モモン殿。ふふ、さぁ、今日は遅い。解散だ。」

 ジルクニフはモモンの背中をバンバン叩くと上機嫌に解散を宣言した。

 

+

 

 モモンは今夜も窓からフラミーを部屋に招き入れてカーテンを閉めると、フラミーが座る向かいにモモンも座った。

 ずっと頭の中をジルクニフの言った生娘だの処女だのと言う言葉が反響してはブンブン頭を振っていたが、このアバターが経験済みだったらある意味問題だとモモンはなんとか平静を取り戻した。

「フラミーさん。さっきバルコニーで何話したんですか?」

「あの、何だか私は力を失ったりするのかって聞かれました…。」

「…始原の魔法を失っているツアーが居てこその疑問か…。」

 フラミーは真剣な面持ちで頷いた。

「それから、協力すれば秘密はバラさないって言ってました。」

「協力?一体何の?」

「わかりません…。それが呪言もきかなかったんで探れなかったんです。」

 昼は大抵バジウッドか他人が近くにいた為、呪言に周りの人間が誘われる事を危惧して使用できなかった。

「…そうでしたか…。兎に角、要望があるなら明日以降言ってくるか…。」

「はい。物によっては叶えて、うまくやっていきます…?」

「うーん。一度でも願いを聞くと何度も強請られる気もします。少しアルベドにでも相談してみようかなー。」

 モモンはソファに沈むと溜息をついて幻術を解いた。

 

「あ、そういえば、昼、幻術看破されたんだった…。」

「え!?アインズさんの幻術を…?」

 フラミーは不安そうにアインズの顔を見た。

 少し考えてからアインズは立ち上がると、フラミーの隣に座った。

「付けた影の悪魔(シャドーデーモン)の話ではタレントによる力らしいんですよね。とりあえず怪しい事をすればすぐに殺します。」

「タレント…。」

「はい。ニニャさんやバレアレも持ってましたけど、今後どんなタレントがあるのか僕達によく調べさせようと思います。恐らくエルニクスが始原の魔法の存在を見破ったのもタレントの一種だったんでしょう。」

「す、すごい。アインズさん。ジルクニフさんのこと見破っちゃった…。」

「はは。フラミーさんと毎日勉強してる甲斐が出たかな?」

「うん、出てます。やっぱりアインズさんって賢い…。」

「あなたが安心して暮らせるように、俺、頑張りますよ。」

 アインズは隣に座るフラミーを引き寄せると自分の胸に収めた。

「ちゃんと守りますから。」

 

「あ、あの…アインズさん…。」

「ん?どうしました?」

 腕の力を弱めて顔を覗き込むと、アインズはフラミーの揺れる瞳に吸い込まれかけた。

 

「あの…私…また好きって思っちゃった…。」

「え?」




いや、アインズ様、違うよ!!
全然見破れてないよ!!

次回 #42 閑話 最最重要課題
閑話ちゃん12時です。
申し訳ないのですが次回は本当にR15なので、15歳未満の健康優良児の皆様はご遠慮ください!(えぇ!?
#43に#42の3行あらすじを書きますのでよろしくお願いします!

外で読むような話じゃないので土日の昼間に上げたかった…( ;∀;)

Twtr閑話の更新のお知らせです。
ジッキンゲンが引き当ててしまった謎お題を書きました。
Twtr閑話は仕事中に書くせいかどうも誤字脱字で乱れてますねぇ?(働け

●Twtr閑話 #4 あなたは50分以内にRTなんてされなくても、二人とも5才児の設定で浮気と勘違いして喧嘩するアイフラの、漫画または小説を書きます。
https://twitter.com/dreamnemri/status/1147911059870646272?s=21
●Twtr閑話 #4.5 アフター。あなたは50分以内にRTなんてされなくても、二人とも5才児の設定で浮気と勘違いして喧嘩するアイフラの、漫画または小説を書きます。
https://twitter.com/dreamnemri/status/1148057931054608384?s=21

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