「あの…また好きって思っちゃった。」
「え?…あ、フラミーさん…俺もまた…好きって思っちゃいました。」
アインズは自分の胸から鳴り響く爆音の鼓動がフラミーに聞こえてしまうんじゃないかと思った。
腕の中のフラミーの瞳は切なそうに揺れていて、フラミーの鼓動が聞こえた気がした。
顔に溜まる熱にどんな言葉を紡げばいいのかわからない。
無音の部屋の中、アインズはフラミーの感触で頭がいっぱいになった。
外はもう冬が訪れ初めている。この世界に来て一年数ヶ月。
たった一年と二つの季節を一緒に過ごしただけでこんな想いを抱くのは間違っているだろうか。
腕の中におさまるフラミーは耳まで赤かった。
「アインズさん…。」
「はい。」
アインズは初めて言えた好きという言葉に深い幸せを感じた。
こんなに簡単なことなら、もっと早くに言えばよかった。
静かな部屋で、フラミーは泣きそうに呟いた。
「きっと…あなたの好きと私の好きは違うけど…それでも嬉しいです…。」
「…え?あ…フラミーさん…おれ…。」
震える声でなんとか言葉を紡いでいると、フラミーはヘラリと笑った。
「へへ、はぁ。もう、私離れなきゃ。」
フラミーはアインズから体を離そうと少しアインズを押した。
「…待って…待って、俺はあなたのこと仲間――」
「言わないで下さい…もう、行きますね。」
アインズはこれ以上踏み込むなと言われたと解ったが、小さな体を強く抱きしめた。
一体どうしたら、と頭の中で必死に考えていると、フラミーはため息と共に言葉をこぼした。
「…はぁ…これからどうやって暮らそう。」
自分の胸の中から聞こえたそれは死刑宣告だった。
アインズの頭の中には離れる、もう行くと言う言葉が激しく鳴り響いた。
フラミーノアタラシイクラシ――。
口から出してしまった好きという気持ちは――、一瞬期待してしまった幸せな未来は――、フラミーがナザリックを立ち去る映像に滅茶苦茶に破壊された。
「そ、そんな…。俺…無理だ…無理だ……。」
「…私だってもう、もう無理ですよぉ。こんなのぉ。」
フラミーもアインズの背中に手を回すと二人は抱きしめ合ってポロポロ泣いた。
アインズは精神が鎮静されて行く中これまでの触れ合いを心の中で謝罪した。
自分の我儘に付き合っていつも優しくしてくれていたフラミーの残酷さを恨む気持ちと、ナザリックを離れられないから仕方なくそうしていたかも知れないというのに何も察せず、ずっとベタベタしていた自分の愚かさを悔やむ気持ちと――もうめちゃくちゃだった。
「…無理だ……本当に無理だ……。」
フタリデイキルッテイッタクセニ――。
アインズは涙に濡れる視界の中、同じく涙に濡れるフラミーの顔を両手で覆った。
もう何も聞きたくなくて、何かを言おうとした唇を塞ぐ。
これで最後になるならと精神抑制を切ると、溢れる想いにアインズは立ち止まれる気がしなかった。
ずっと焦がれた二度目の柔らかな感触を何度もはんで確かめた。
こんな事は良くない。
しかし、この人を手に入れる為なら残りの三十九人を手放しても良いと思えてしまうくらいに想いは募っていた。
嫌がる様子のないフラミーに、アインズは違う"好き"のくせに、これから立ち去ろうと言うのになんでこんな事が出来るんだと――なんであの日求めたんだと――怒りを感じてフラミーの唇を軽く噛んだ。
「あぅっ…。」
唇を離すとフラミーの目はぼんやりとしていて、まるでもう少しとでも言うようだった。
「…そんな顔して…あんた本当悪魔だよ……。」
アインズは噛んでしまったフラミーの唇を親指で数度ふよふよと押した。
「あいんずさんこそ…。いっつも、いっつも私のことおちょくって…。」
フラミーの目からはまた涙が溢れた。
「俺はあんたをおちょくった事なんかなかった!!」
アインズはもう一度目を閉じて押し付けるように唇を重ねると、唇で唇をこじ開け、フラミーの口の中に自分をねじこんだ。もっと深く深く、全てを知りたかった。ずっとそうしたかった。愛しさが爆発し、狂うような飢餓感がその身を襲った。
「ふぇっ…なんっ…んぁ、こんな…んぅ…こんなことしてっ。」
重なる唇から漏れて来るフラミーの悪態を聞きながら、アインズはもうなにもかもどうでも良いかと思った。
世界征服も、綺麗な空も、残りの三十九人も、ナザリックも。
この人のことをどこかに閉じ込めて二人で静かに暮らせればそれでいい。
重ね直された唇からは二つの吐息が何度も漏れ出た。アインズはどんどん理性がこぼれて失われていくのを感じた。
唇を離すと二人の間にはヨダレで一瞬橋が渡り、肩で息をするフラミーの目はとろけきっていた。
「…あいんずさん…どうしてこんな酷いことするの…?もう行かせて下さい…。」
フラミーの口の端から垂れていたヨダレを親指で拭うとアインズは悪魔を睨みつけた。
再びの行くと言う言葉はアインズの残っていた心の光を蹴り飛ばすように失わせた。
どうしたらこれは離れないと再び誓ってくれるんだろう。
忘れられたくないのに、いつかは自分を忘れてしまうのか。
どんな手段でもいい、タチサラセナイタメニハドウシタラ――。
「…そうか。そうしたらいいんだ。」
アインズは薄暗くついていた
「あ、あいんずさん?」
フラミーを持ち上げると大して広くもない部屋の中ベッドへ向かう。
「えっ!?や、やだ…!なんで!?」
バタバタするフラミーを抱えたまま、アインズはベッドに乗るとゆっくりフラミーを押し倒すように寝かせた。
「これ以上したら、もう本当に私!離して下さいっ!」
「フラミーさん、ナザリックを立ち去れないようにするだけですから、今は大人しくていおいて下さい。」
アインズの手によって靴を放り出される中、フラミーはその言い分に違和感を覚えた。
「ふぇ?な、なに?なざりっくを…?」
フラミーは違和感の正体にたどり着く前に、足首を掴まれるとゾクリと背を震わせた。足首に通されたアンクレットも外され、放り投げられた。
「これは何の効果が付いてる装備だったかな。」
閉じ込めておくにはもっとその身から力を奪わなければ。
「あっ!やめて!ちょっと待って!!」
フラミーが闇から杖を引き出すと、舌打ちとともに杖は払われガランガランと音を立てて転がっていった。
アインズはフラミーの両手を片手で押さえつけると辛そうに少し笑った。
「フラミーさん、触れ合いは人の心を動かすんですよ。俺は動かされ続けた。こんなに離れがたい。あんたももしかしたら、遠い未来、いつかは俺の事好きになれるかもね。」
その顔に、ベッドに押し付けられたフラミーは違和感の正体にたどり着いた気がした。
「アインズさん!アインズさん待ってください!!あなた、あなた私のことどう思ってるんですか!」
「…俺の人生。」
アインズはフラミーをナザリックのどこに閉じ込めようかと考え始める。
ちゃんとこの宝物を仕舞えたら、次は立ち去り暮らそうと考えた行き先を破壊しておかなければ。
それが国なら国を、世界なら世界を、リアルならリアルを。
自分より弱いとは言え、この装備に身を包むフラミーと本気の戦闘になれば互いを傷付けずに仕舞い込めはしないだろう。
最悪レベルダウンさせる必要もあるかもしれないが――それだけは嫌だった。
フラミーは熱したように熱いアインズの手が体を這い、再び装備を外そうと動き出すとその手を止めようと押さえつけられる手に力を込めた。
「あっ…やだ!わ、私も!ひっ…わ、私もあなたをっ、人生だって思ってます!!」
「…じゃあなんで立ち去るんだよ…。嘘ついて…離したらどうせあんたもいなくなっちゃうんだろ…。」
同じ百レベルだと言うのに、抵抗が何の意味もなさない様子にフラミーは背筋を震わせた。
「ヤ、やめ!ちょっと待って!聞いて!!お願い聞いて下さい!!」
「…フラミーさん…行かないで…俺を忘れないで…。」
押さえつけていた手を離すとアインズはフラミーに上半身を乗せるように片腕で抱きしめた。分厚い体は押し返そうとしてもびくともしなかったが、拘束が完全ではない為にすり抜けられない。
「アインズさん!私、ただの妹かっ…仲間くらいにしか思われてないんだって、ずっと…ずっと思ってたの!だからこれから、どんな顔してあなたと…っどうやって暮らせばって…!!」
「……嘘だ…皆いなくなった。皆暮らしがって言っていなくなった!」
「う、うそじゃないっ!本当にっ本当なのにっ!!」
フラミーはどうしたらわかって貰えるんだと足りないおつむで必死に考えた。背のリボンが引かれそうになると、させまいと必死に背をベッドに押し付ける。
「私、私…!ずっとそばにいるから!」
「…ずっと…そばに…――…いたいのに!なのに!!」
アインズの声は怒りと嘆きが合わさったものだった。絡められた指から指輪を抜かれ、ブレスレットを抜かれ、着実なるステータスダウンを感じる。
ローブのリボンを解くことで脱がせられないならと、下からたくし上げるようにされると、太腿を手が滑り、どんどんローブが上がっていく感触にやだやだとフラミーは首を振った。
「っあぁっもう!やめてよぉ!絶対そばにいるから!こんなに大好きなのに!大好きなのにぃっ!!聞いてよぉ!!っすずきさんってばぁー!!」
鈴木はガンッと激しく頭を殴られたような感覚に陥ると慌ててフラミーの上から体を起こした。
若干脱がせられかけ、パンツが晒されていたがフラミーは女子としての尊厳をギリギリ守り切った。
「む、むらせさん!?」
鈴木は震える手でフラミーの顔を覆った。
その顔には汗と涙で髪の毛が張り付き、荒い呼吸から胸は上下に大きく動いていた。
「…あっ…あぁ…俺…まさか…そんな…やっちまった……。」
「…すずきさん…っひどいよぉ…。」
「俺…俺どうしても離したくなくて…手に入れたくて…。」
アインズの腕の下、フラミーは自分の顔を手で覆った。
「…っうぅ…いつもいつも…なんなんですかぁ…あなたぁ…。」
「すみません、すみませんでした本当に…俺…どうかしてて……。」
「…あいんずさん、あなたには反省が必要…。謹慎してください…。」
アインズはあの時ルプスレギナはこんな気持ちだったのかと思った。
「本当に、本当にすみませんでした…何て、なんて謝ればいいのか。俺、俺…あぁ本当になんて事…。」
「…っぅ…ばかぁ…ばかばか…アインズさんのばかぁ!」
「フラミーさん…本当にすみませんでした…。」
アインズが再び自分にのしかかって抱きしめてくる感触にフラミーはわずかに背を震わせた。
「あっ!もう、もう行ってよぉ、謹慎してよぉ…!うぅっ…ひとりにしてぇっ…。」
「で、でも俺、まだあなたにちゃんと――」
「いいからぁ!」
フラミーはアインズが自分を離す様子がないのでゆっくりとこめかみに触れた。
「デミウルゴスさん…今どこですかぁ…っひっうぅ…牧場…?来てぇ、今すぐ来てぇ…。」
「ふ、フラミーさん…。」
無詠唱化された
「フラミー様!?ご無事で――っえ!」
月と星の光だけが届くその部屋で、どう見ても夜伽の最中に呼び出された悪魔は硬直した。
微妙にめくれあがってるローブや、辺りに散らばる装備品、フラミーの瞳に溜まる涙は犯罪的だった。
フラミーはデミウルゴスを見るとアインズをぐいぐい押した。
「…デミウルゴスさん、この人謹慎です。連れて行ってぇ…。」
部屋の隅に転がるフラミーの杖を見た悪魔は察した。
支配者に求められれば誰でも応じるべきだが、この二人は対等なのだと支配者達自ら言い聞かされている。
「あ、アインズ様!どうか、どうか今はフラミー様をお離し下さい!!」
アインズはフラミーからゆっくり離れて座ると顔に手を当て、俯いた。
「デミウルゴス…。違うんだ……いや、違わないか…。違わないがそんな目でみないでくれ…たのむ…。」
「アインズ様…?」
悪魔は察したが何かがおかしい様子に首をひねっていると、フラミーももぞもぞ起き上がりはだけていたローブを直し目元を拭った。
「デミウルゴスさん、『いつでも御身のお言葉に従う準備があります』ですよね?アインズさんを捕まえて下さい…。」
「あの、ですがアインズ様のこのご様子は…。」
「…やっぱり…私の言葉じゃダメですか…?」
「あ、いや、そんなことは…。アインズ様…、お叱りは後程…。」
デミウルゴスはギシリとベッドに片膝を着くと、アインズに触れるか触れないかと言うところまで行って――硬直した。
「…フラミーさん、こいつがそんな事できるわけないです…。」
「じゃあ自分の足で早くでてってくださいよぉ。」
「こ、こんな状態であなた置いてなんて行けないです!」
「いいからぁ!出てってばぁ!」
「フラミーさん!!」
「フラミー様…アインズ様をお許し下さい、男性とは時にどうしようも――」
「うるさいうるさい!私だって男性の部分あるけどこんな事しないもん!」
「い、いや…あの見えた盛り上がりは男性というより男児…。」
「なっ、なんて…!?もう!二度と私に触んないで下さい!!」
「ああ…フラミー様、お小さくても気にされる事は――」
「そんな話じゃないです!!!」
フラミーは無様に叫んだ。
はー闇ンズ様の中に鈴木の残滓がちゃんと生きててよかったぁ!
次回 #43 消えた帝国
あぁあ。謎のいちゃつきの後に唐突に禿げ散らかすじゃん。