眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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試される命
#47 舞踏会へ向けて


 ジルクニフは州知事になり何ヶ月かが過ぎると随分頭が薄くなっていた。

 普段はもう帽子を被らなければ外には出ない。

「ロクシー、もう一回するか?」

「ご冗談を陛下。」

 ジルクニフのベッドからロクシーは一糸纏わず抜け出すと、ぺたぺたとドレッサーに向かって行った。

「陛下――か。お前はいつまでそう呼んでくれるんだろうな。」

 ジルクニフの後宮は顔立ちや親の地位で選んだ女達が揃っていたが、今ではすっかり見向きもしなくなった。

 女達も皇帝ではなくなったジルクニフに対して――いや、頭が薄くなりルックスが悪くなったジルクニフに対して、興味を失っている。とは言え嫁入りしたのに放り出されては困ると後宮は解散せずに未だ現存する。

 

 春先の空気はひんやりと寒く、ジルクニフは布団から出る気にならなかった。

「州知事殿と呼びますか?それより、そろそろリユロさんがいらっしゃる頃ではないでしょうか。」

「…あいつの教育は一刻を争うからな…。やれやれ、起きるか…。」

 ジルクニフは反勢力になりそうなものや、アインズ達を悪く言う者達、アインズをよく知らない者達を集めては熱心にその素晴らしさを説き、日々洗脳――いや、布教活動に勤しんでいる。

 布教会には近頃では飛竜騎兵(ワイバーンライダー)達が混ざり、熱心にアインズの素晴らしさ、その神としての力を語り、よく知らない者だけでなく、よく知っているはずの者も布教会に足を運ぶようになっていた。

 気分は一言で言えば最悪だ。

 誰かが下手に神王と言う言葉を口にしただけで死ぬんじゃないかと思う日々にジルクニフの頭はまた薄くなったようだった。

 しかし、事情を伝えたロクシーがついに自分の子供を持つことを決断してくれたのだけは僥倖だ。

 

 ジルクニフは服を着ながら、近々催されるイベントを思い出すと呟いた。

「…あぁあ。カルサナスの舞踏会…いきたくねぇなぁ…。」

 

+

 

 その頃、気を使わない営みを続けた支配者達は――

「はぁ。フラミーさん…もう一回…。」

「も、もうほんとにむりぃ…むりですよぉ…。」

 自分の腕の中で今にも意識を失いそうなフラミーを見ると、完全疲労無効化しているアインズは渋々繋がりを断った。

「…っはぁ…ちょっと幾ら何でも気を使わないにも程があったな…。」

 アインズはうつ伏せで色々な汁でまみれたまま転がっているフラミーを蕾によって回復すると清潔(クリーン)の魔法をかけた。

 適当なローブを着て死の支配者(オーバーロード)の姿を取り戻すと煩悩が駆逐されていき久々に賢者になった。

 

「…そろそろ働くか。あーカルサナスの舞踏会行きたくないですねー…。」

「…かぶとむし?」

「はは。そりゃコーカサスですよ。」

 元気が出たフラミーがもぞもぞローブを着るとアインズは下ろしたままの髪の毛を前へ送って背中のリボンを結んでいく。

「隣国になったとか言う都市国家連合が接待で舞踏会開いてくれるらしいですよ。――はい、できました。」

「あ、ありがとうございます。都市国家連合って、いつからそんな話になってたんですか?」

「あー…ここに戻ってくる前に。」

 二人はまたあれから何日が経っただろうと思った。

 今回はフラミーに疲労無効の指輪をつけさせたり外させたりして篭っていた為、相当長かった自覚を二人とも持っていた。

 アインズは"二人でどこか遠くへ"とか"全てを忘れて二人で生きたい"とか、ほんの少しだけ心の中で燻っていた欲求をこの謹慎(・・)ですっかり満たした。

 

「私、踊れまてん…。」

「三人も先生がつくそうですから踊れるようになりますよ。多分…。」

「うぅ…女神女神ってハードル上がってるから怖いですよぉ。」

「ほんとに……。」

 二人は揃って暗い顔をしたが、目が合った途端クスクス笑った。

「はは、ま、なんとかなりますって。行きますか?」

 アインズは手を差し出したが、フラミーは少し渋った。

 もっかいかな?とアインズが少しワクワクすると顔を赤くしたフラミーは呟いた。

「あ、あのアインズさん…みんな…私達がここで何してると思ってるんでしょう…。」

「そーれーはー……。」

 前回の守護者達の反応から言ってそれはもう二人でナニをしてるとしか思われていないし、事実そうだ。

 アインズは半ば開き直り始めていたが、女子にそれは難しいかもしれない。

「…仲良く執務してると思ってます…。」

 フラミーは顔を覆った。

「やっぱり…出れない…。」

「俺はそれでも良いですよ。」

 骨の手で顎を固定して顔を寄せていくとフラミーはアインズの骸の顔を両手で押し返した。

「やっぱり出ます…。」

「はは。行きましょう。」

 アインズがフラミーの手を引いて寝室を出ると、そこでは立ち去れと言わなかったせいで知恵者三人がソファで話し合いをしていた。

 全員がアインズの姿を見るとサッと立ち上がった。

 

「父上!おはようございます!」

「あぁ。フラミー様!羨ましい限りでございます!」

「アインズ様…フラミー様…お久しぶりです。」

 統括と息子はツヤツヤしていたが、デミウルゴスはなぜか少しやつれていた。

「…デミウルゴス、お前大丈夫か…?」

「いえ。なんのこれしき…どうと言うことはありません。ふ…ふふふ……ふふふふ……。」

 アインズとフラミーは目を見合わせると、アルベドがそれまで座っていたソファを勧められ腰掛けた。

「お前達も座れ。それで…舞踏会だな…舞踏会。はぁ。練習するか。」

 父と義母が座ったのを見るとパンドラズ・アクターは日々楽しく書き換えてきたスケジュールを二人に見せた。

「それでは、もう当日まで時間がありませんので、なるべく詰め込んで行いたいと思います。まずは恐怖公を呼ぼうかと思い――」

「「えぇっ!!??」」

 フラミーとアルベドの明から様に嫌そうな声にパンドラズ・アクターは首を傾げた。

「溜まり続けている執務は実に三ヶ月分ありますし、夜はお二人寝所へ上がられるかと思いますとやはり――」

「えっ!上がりません!!」

「えぇ!?」

 フラミーの拒否にアインズは微妙に傷付いた。

 

「上がりませんから、ちゃんと練習しますから、恐怖公さんは勘弁して下さい!そ、それに…それにそれに寝所に上がるって…。」

「…そうですか?父上はよろしいので…?」

「よろしいように見えるか?」

 不服そうな骨の父を見た後にフラミーを見ると、少しだけ顔を赤くして宜しい宜しいと頷き続けていた。

「んん。アインズ様。では、恐怖公は呼ばず、夜伽も我慢していただくと言うことで、きちんと我々がお教えいたします。」

 デミウルゴスはメガネを押し上げながらそう言った。

「仕方ないな…。それで?三ヶ月後だったか?」

「いえ、後一月ございません。」

 アインズは頭を抱えた。

「…真面目にやるぞ。」

 

 支配者達の三週間と二ヶ月に及ぶ謹慎は終了した。

 

+

 

 寝室を封印したアインズは舞踏会の練習を始め、幾日かが経過した。

 エーリッヒ弦楽団が奏でるは、デミウルゴスがドラウディロンより調査して来たこの世界の社交界で一般的に流れがちな曲達だ。

「あぁ…アインズ様…もう、このまま一生当日を迎えなければいいのに。」

 腕の中でうっとりするアルベドにアインズはいつ押し倒されるかとヒヤヒヤしていた。

 しかし当然骸骨モードなので最悪押し倒されても大丈夫だろう。

 ちらりとフラミーの様子を見ると、割と上達していてパンドラズ・アクターと普通に踊っていた。

 女性は基本的にリードする相手についていくようで、男性よりも難易度が低そうに見えた。

 パンドラズ・アクターがたまに持ち上げて回ったりすると嬉しそうに笑っていて、パートナーチェンジのタイミングでデミウルゴスに渡るときも割と様になっている。

 

「さぁ、アインズ様。そこで……そうです!!」

 そう声を上げたのは三十センチほどのゴキブリ――恐怖公だ。

 豪華な金縁の入った鮮やかな真紅のマントを羽織り、頭には黄金に輝く王冠をちょこんと乗せている。手には頭頂部に純白の宝石をはめ込んだ王杓を持ち、リズムに合わせてトン、トン、トン、と手のひらを打っていた。

 直立しているにもかかわらず、頭部が真正面からアインズを見ている。

 寝室を封印したと言うのにアインズの上達のスピードが期待通りに行かず、恐怖公を結局呼び出してしまったのでフラミーはこちらをちらりとも見る様子がない。

 アルベドは嫌そうだったが切り替えができるようで意外と普通にしていた。

「恐怖公よ。少し休まないか?」

 そろそろフラミーとの触れ合いが恋しかった。

「何をおっしゃいますアインズ様。アインズ様の腕前でお相手となるフラミー様の評価も決まるのです。さぁ、我輩も心苦しくはありますが、お続け下さい!」

 この男はたしかに三十センチサイズのゴキブリだが、デミウルゴスに勝るとも劣らない紳士だ。いちいち動きが洗練されており、優雅だった。

 最もな意見にため息をつくと、アルベドにリードされながら練習を続けた。

 

+

 

 カルサナスへ向かう春の朝、アインズ達は帝城――現州庁になった城を訪れていた。

 お供にはアルベドとデミウルゴスの知恵者二名贅沢盛りで、アインズはこれで踊ることだけを考えていられるはずと娘息子に全てをまかせる気でいる。

 ちなみにパンドラズ・アクターはミノタウロスとナザリックの管理の為に留守番だ。

 

「エルニクス州知事。元気そうじゃないか。」

「お、恐れ入ります。」

 骨のアインズを前に、ジルクニフは怯えた雰囲気だった。

「はは。そう怖がるな。前にも言ったが私は君に感謝しているんだとも。」

 ジルクニフは今回、仲介をして欲しいと都市国家連合から呼び出されていた。

 自分の頭の上で勝手にやってくれと思ったが呪いもありNGを出せずに渋々城を出ようとしている。

 先導する馬車にジルクニフは知恵者二人と乗るように言われると安堵にホッと一息ついた。

 今回のパーティーの主催地である、都市国家連合のベバードまでは馬車で約二日かかり、邪悪すぎる神王と移動するより、悪魔のような腹心と属国化当時世話になった天使と共に馬車に乗った方がまだマシだろう。

 ちなみにこの三ヶ月間、悪魔はしょっちゅう帝国に来てはジルクニフに汚辱にまみれた日々を提供した。

 

 支配者二人も馬車に乗ると都市国家連合についての書類にもう一度目を通していた。

「フラミーさんこっち座ったっていいんですよ?」

 フラミーはアインズの正面、進行方向に背を向ける形で熱心に書類を読み込んでいた。

「あ、待ってくださいね。もうちょっと…。」

「じゃあ、俺がそっち座ろうかな?」

 一度何かを読み始めると基本的に周りが見えなくなるフラミーは、もう何も聞こえていないのか、ふんふんと書類に目を通していた。

 たまにわずかに揺れる静かな馬車の中、アインズはフラミーの隣に座って書類を眺める横顔を見ると、たまにはこう言う景色も悪くないかと思った。

 しばらく見ていると、この角度はデミウルゴスも以前図書館で見たことがあるのかと思うと僅かに嫉妬し、骨の指で頬をぷにと押した。

「わ!び、びっくり!どうしました?」

「ははっ、可愛いなぁ。」

 アインズは満足すると骨の顔をふわりと緩め、外の景色を眺めた。




カルサナス…「ベバードを治めるカベリア都市長はジルクニフ好みの女性」
これしか情報がないですねぇ…( ;∀;)

次回 #48 閑話 不敬なイラスト
感想とツイッターで1週間前にお嬢様方の間で盛り上がりを見せたお話を書きました!

お代官様、約束のブツです。(三度目
営み1が女性の意見で生み出されたものだったので営み2は男性の意見で構築しました(*゚▽゚*)
そして「もっと甘い奴を」とご意見をいただいたので結局営み3まで取り急ぎ書きました。(ばか
でもなんとも甘さは足りなかったです〜、どうしたらいいんだろう?

気を使わない営み2 R18
https://syosetu.org/novel/195580/9.html
気を使わない営み3 R18
https://syosetu.org/novel/195580/10.html

御身たちのサイズ感をユズリハ様が描いて下さいました!
アインズ様が2m…でっかぁい

【挿絵表示】

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