アインズは一生懸命自分をもてなそうと斜め後ろから話しかけてくるジルクニフの好感度を再び上げていた。
流石に皇帝だっただけあり場数を踏んでいるのか非常に話し上手で、話を振るのも展開するのもうまく、本来であればそのまま何時までも話をしていでも良いとすら思えるほどだった。
しかし、アインズはこれから待っているダンスが少し気掛かりで、たまに心ここに在らずという風に生返事を送った。
フラミーはどうかなと隣に座る様子を見ると、カベリア都市長とアルベドと共に楽しげに話していた。
すると、聞き覚えのある曲が流れ出した。
ドラウディロンからデミウルゴスが調査して来た曲の中にあったはずだ。
フラミーは楽しそうにカベリアと口ずさみ始めた。
これなら踊れそうだと少し安心していると、人々の視線が集まっていることに気が付き、アインズはこんな時どんなタイミングで立ち上がれば良いのか恐怖公に聞かなかったことに気が付いた。
「アインズ様。是非、まずは御身が。」
困っているとデミウルゴスから背中を押され、アインズはさもわかっていましたというような顔でゆっくりと頷いた。
「良いのか?主催の方々を差し置いて私が。」
「もちろんでございます。陛下。」
ジルクニフと、少し離れたところに掛けている上院議員達にも勧められ、アインズは立ち上がった。
「フラミーさん。行きましょう。」
「は、はひっ。」
フラミーの手を取ってホールへ続く階段を数段降りていくと、想像より観衆が多く冷や汗が出るようだった。
精神抑制をたっぷり使っていると、フラミーも緊張し始めたのか少し顔が強張っている。
アインズはフラミーの耳に顔を寄せた。
「安心してください。絶対支配者のこの俺があれだけ練習したんです。俺に任せて。」
フラミーはアインズを見ると、嬉しそうに笑った。
二人は踊り出した。
カルサナスではあまり見ない踊りだったが、その美しく洗練された動きに皆が「これが神々の踊りか」と感嘆した。
女神の肩にかけられたレースのローブがさらりと舞い、下ろしていた翼が広げられたり閉じられたりする様子は、まるで水に広がる波紋のようで二人は泳ぐように踊った。
女神は時に嬉しそうに笑い、それを見た神王が楽しげに女神を持ち上げて回り――たまに顔を近付けてはくすぐったそうに笑い合う様子はまるで恋人だった。
見ていた乙女達は、聞きおよぶ話と少し違う様子に戸惑ったが、王ともあろうものが一人しか妃を持たないというのはおかしいし、事実竜王国の女王も嫁ぐというのなら、まだ芽はあると自分を奮い立たせた。
一曲が終わり、拍手が響いて次の曲が始まるとカルサナスの地位あるもの達が続々とホールへ降りて踊り出した。
アインズはここからが怖いんだと思っていると、フラミーと繋がれていた手は離された。
数小節踊っては次のパートナーへ、数小節踊ってはまた次のパートナーへと渡っていく。
たまたまアインズの手に渡って来た乙女達は皆一様にうっとりと笑いかけ、自分が何者なのかを名乗って行った。
が、残念ながらアインズは一人として顔も名前も覚えられなかった。
そろそろ曲も終わりかなと言うところでデミウルゴスと踊っているフラミーが見えた。
二人は練習の時よりも生き生きと、楽しそうに手を取り合っていた。
たまには許してやろうとアインズが思い、自分の腕に身を任せる令嬢へ視線を落とすと――
「フラミー様!?」
デミウルゴスの声に辺りは騒然とした。
音楽も止まり、皆が何事かとそちらを見ている。
「あっ……あれ…?まただ…ちょ、ちょっと待って下さいね…。」
「如何なさいましたか!?」
フラミーは赤くなったり黒くなったりする視界の中、デミウルゴスの腕に抱えられるように床にうずくまった。
「うぁ…。」
「み、水を、すまない水を!」
慌てて近くにいた白い鱗の令嬢が水を持ってくるとデミウルゴスはグラスを受け取り、フラミーの背中をさすりながら差し出した。
しかしフラミーはそれを受け取らず、口を押さえてふるふる首を振った。
本来ならば調子の優れない者を外に連れ出した方が良いのだろうが、悪魔に下等な周りの生物を気にする余裕はなかった。
「フラミー様いかがされたのですか!――アインズ様!!」
デミウルゴスは水を令嬢に返すとフラミーの肩を抱いてアインズへ視線を送った。
アインズはハッとして手を取っていた令嬢に軽く謝罪すると<
「フラミーさんまた酔いました!?」
「うっ…、き、気持ち悪いです。ウッ!」
フラミーはそう言うと数回えづいた。
「わ!アルベド!ペストーニャを呼べ!<
近くに来ていたアルベドは頷くと慌ててその門をくぐって行った。
デミウルゴスの腕の中で小さくなるフラミーの顔は文字通り真っ青だった。
「フラミー様、フラミー様!」
周りには呼び出された治癒の神官達がいたが、近寄ろうとするのをまるで番犬のように睨みつけるデミウルゴスを前にどうすれば良いかと手をこまねいた。
「アインズ様!ペストーニャを連れて参りました!!」
すぐさま
「――ま、またデミウルゴス様ですか!?…あ、わん!」
ペストーニャの声にアインズは炎が視線の跡を残すかのようにジロリとデミウルゴスを見た。
「こ、今回は私は何もしていない!人聞きの悪いことを御身の前で言うんじゃない!!」
「今回はだと?ペス!デミウルゴスは本当に以前何をしたんだ!」
聞かれたペストーニャがどうしようと口ごもっていると、フラミーはすっかり落ち着いたようだった。
「あ…あぁ…も、もう良くなりました。」
へへへと笑うフラミーをデミウルゴスは抱きしめた。
「フラミー様、フラミー様。申し訳ありませんでした。」
「おい、デミウルゴス。お前――」
「あはは、私誰にも何もされてませんよ。デミウルゴスさんも、びっくりさせてごめんなさいね。」
辛そうにするデミウルゴスをフラミーが撫でると、全員がほっと一息ついた。
「…兎に角、フラミーさんは少し休んでください。ほら、蕾使って。ペストーニャ。」
デミウルゴスの肩を掴んで引き離すと、フラミーのお団子から蕾を引き抜き手渡した。
「フラミー様、少し座らせていただきましょう。あ、わん!」
フラミーは肩を抱かれ、人々の心配そうな視線の中席に戻った。
「…騒がせた。すまなかったな。皆、楽しんでくれ。」
アインズはある程度の距離まで聞こえるようにそう言うと、デミウルゴスとアルベドを連れて椅子に向かうフラミーの背を追った。
「フラミー様、ご病気ではいけませんので
「はぁい。はぁ。おかしいなぁ。ここの所胸焼けするし何だかずっとぼんやり調子悪いんです…。ダンスの練習のしすぎかなとは思うんですけど…。」
ペストーニャはフラミーをまじまじと見た。
「…このような事をお聞きするのは大変不敬かと思うのですが」――ペストーニャは周囲で心配そうにしてる者達に聞こえないように声を潜めた――「御身の最後の生理はいつでしょうか?あ、わん。」
「え?せ、生理?そっか…そんなものもありましたね…。この世界に来てからは…一度も…。」
ペストーニャはムゥと悩んでから立ち上がると、アインズが守護者と心配そうに様子を伺っていた。
「アインズ様、フラミー様を診る為にソリュシャンを呼びたいのですが、
「もちろんだ。行け。」
開いた門へ立ち去るペストーニャを見送ると、フラミーはまたフラつきを感じた。
「あぁ…<
自分でも何度もその魔法をかけているが調子が良くなる様子はなかった。
「フラミー様、どうかご無理をなさらず…。」
デミウルゴスがフラミーの前に跪くとアルベドが悪魔をジロジロ見ていた。
悪魔は宝石の瞳をずっと開いていた。
「デミウルゴス。あなた、以前フラミー様に何かしたようだけれど、一体なんなの?」
アインズも腕を組んで聞かせてもらおうとでも言うような雰囲気だ。
「…それは――」
フラミーはデミウルゴスの立てられた膝の上にあった手を握った。
「何でもないんです。皆の言ってる以前あった事って言うのは、私に大事な事を教えてくれただけなんです。だから、ただの勉強会。それに今は本当に何もされてません。そうですね、デミウルゴスさん。」
アルベドはこんな風に至高の存在に庇われる悪魔を怪しく思ったし、アインズも本当に一体何なんだと心の中で黒い炎が燃え上がった。
アインズは悪魔が悪魔に抱かれている最悪の景色を想像しかけたが、フラミーはあの時確かに自分と初めてを迎えていたので少しだけ冷静になった。
いくら様々な事に疎いフラミーでも、このナザリックと言う集まりの中でデミウルゴスがやった事が広まったりすればこの悪魔は地獄に落ちるだろうと察しがついている。
この子は自分が殺されるよりも恐ろしい目にあう覚悟を持ってあの日自分に手を挙げたのだ。フラミーはウルベルトの息子を守ると決意していた。
それに、アインズからも彼を可愛がってやってくれと頼まれている。
デミウルゴスがアインズとアルベドの厳しい視線に晒される中、ソリュシャンを連れたペストーニャが戻ってきた。
「フラミー様。申し訳ありませんが、一度ナザリックへご移動頂けますでしょうか。こちらでは診ることは難しゅうございます。」
ソリュシャンの言葉にフラミーは頷くと、ペストーニャとソリュシャンとともに
周りは徐々に宴としての体を取り戻し始めていたが、未だに何事なんだと皆が魔導国の一行を見ていた。
「…アルベド。フラミーさんは一体どうしたと言うんだ…。
「わ、わかりません…。ですが、お試しになる価値はあるかもしれません。試されますか?」
「あぁ…そうしよう。とにかく調合を聞かねば…。」
アインズはこめかみに手を当てた。
「――フラミーさん……すみません。調子良くなったらでいいんで、ツアーを呼んでください…。」
「はぁ…デミウルゴス……お前本当に何やったんだ…。」
「…も、申し訳ありません…。」
「お前が何かをやってフラミーさんがああなっていたとしたら、俺はお前を殺してしまうかもしれない…。頼むからそんな事はさせないでくれ……。」
アインズは手で顔をおさえると、まだ戻らないのかと開いたままで放っておいてある
すると、見慣れた鎧が出てくる。
「アインズ、フラミーに呼ばれたんだが…君、どうかしたのかい?それにここは?」
「あぁ…ツアー…。頼む、
アインズの弱ったような様子にツアーは焦った。
「ど、どうしたんだ。教えるから、そんな…リーダーが命を落とした日のような顔をしないでくれ…。」
座るアインズの前に初めてツアーは膝をついた。
ツアーはどうしたらと思ったが、とりあえずアインズがいつもフラミーにしているように手を取って、その甲をポンポン叩いた。
「さぁ、僕の言うことをよく聞くんだ。…もし今人の身の優しい精神に引きずられてそんな風になっているのなら、一度人の身をやめてもいい。」
ジルクニフは跪く竜王の言うことを聞いてゴクリと唾を飲んだ。
やはり、別人のようだと思ったが人の姿の時の死の神は優しい王になっていたらしい。
竜王の語る――それだけで魔法が発動するような不思議な言葉の数々の中、ジルクニフは周りの要人達にその鎧が何者なのかを説明した。
「アインズ、使えそうかい?」
「あぁ…あぁ、使えそうだ…。あとはあの人が戻って来たら、かけてみるよ…。」
すると照れ臭そうにしたフラミーがペストーニャとソリュシャンを連れて戻ってきた。
「アインズ様!フラミー様はご懐妊でございます!!あっ、わんっ。」
ああああ!!!!
そりゃ三ヶ月も篭ってたらそーなりますわい!!!!
次回#51 閑話 その頃のナザリック