フラミーはツアーを呼んで送り出した後、ペストーニャに手を引かれて自室に入った。
「あの、私、どうしちゃったんですか…?」
「ご心配ございません。私達の想像通りでしたら、それはとても喜ばしい事でございます。あ、ワン!」
ソリュシャンも嬉しそうに頷き、寝室の扉を開けた。
フラミーは熱もないのに寝なきゃ行けないのかと扉をくぐると、ソリュシャンが
「ユリ姉様悪いんだけど、全員連れてフラミー様の寝室へ来てくれないかしら。」
ベッドに腰掛け、ペストーニャとソリュシャンの様子を見ていると、
「フラミー様、只今参りました。」「お邪魔するッスよ!」「失礼いたします。」「……来た。」「フラミー様ぁ!入りまぁす!」
「皆さん…私、そんなに悪いんですか?」
フラミーは不安そうだった。
ペストーニャはフラミーの前に跪きその手を取ると、ゆっくり語った。
「フラミー様は生理のないお身体だと仰っておりましたが、御身の中には新しい命が宿っているかもしれません。あ、ワン。」
「ぇ…?」
「ですので、大変ご無礼かとは存じますが、どうかこの私共にそれを調べさせて下さいませ。あ、ワン。」
「に、妊娠してるんですか…?わたし…。」
「まだわかりません。ですが、私がお調べすればすぐに解りますわ。」
ソリュシャンはフラミーの手を取って立ち上がらせた。
ペストーニャの言を聞いて一気に顔を明るくした
シズとエントマが慌ててベッドのヘッドボード前にクッションを積んで行き、ユリとナーベラルは薄い毛布を取り出した。
ルプスレギナは温かい湯を用意し――ソリュシャンはフラミーをそっとクッションにもたれ掛からせた。
「あ、あの、あのあのあのあの私、私。ちょっと女の人には見せられないというか、その。」
「フラミー様、そうは仰っても男性使用人では…。」
フラミーはさっと顔を青くした。
「そ、それは無理です…。」
ユリとナーベラルはフラミーの座った足の上にピンと張った薄手の掛け布団を持つと、ソリュシャンに頷いた。
シズとエントマは控え、ドキドキと様子を見ている。
ソリュシャンはルプスレギナの持ってきた湯に手を暫く浸して温めると、指を糸のように細長くさせた。
「それではフラミー様、申し訳ありませんがお下着を。あ、ワン。」
嘘だ嘘だとフラミーは顔を真っ赤にしながらパンツを脱いだ。
「畳んでおきます!フラミー様!」
相手を弁え、きちんとした口調で話すルプスレギナが明るく手を差し出す姿にぶんぶんと頭を振った。
「い、いいです!どうせすぐにはきますし、自分で持っておきますから!」
「そうですか?クンクンしてみたかったんすけどね"ッ――いったぁ!!」
頭をすりすりしながらルプスレギナが横を向くと、ユリの鉄拳が下されたところだった。餅のようにぷくりと大きなタンコブができあがった。
「フラミー様、お許しください。ルプーあなた反省が必要よ。」
ルプスレギナはトラウマのセリフにゾッと背を震わせると、大人しくシズ達の側に並んだ。
「……バカ。」
「バカですぅ!」
ソリュシャンがフラミーの前に座るとフラミーは目を泳がせ始めた。
「では…不敬かとは存じますが、脚をお開きください。布団の下に顔は入れませんから、何も見えませんので。」
「あの、他に方法って…。お腹の上からエコーあてるみたいな…。」
「…ないですよね…。うぅ…文明ぃ…。」
フラミーは文明を育てないと決めた事を少し後悔した。
しかしリアルでも詳細まで確認が必要な場合は腹の上から当てる経腹エコーではなく、経腟エコーが用いられている――が、当然そんな知識は村瀬にはない。
ソリュシャンは姉妹によって張られた布の下に手だけを潜ませた。
「痛みのないように行いますが、万一の時は仰ってください。」
フラミーが頷くと検査が始まった。
糸のようなそれはほとんど異物感もなく、なんだこんなものかとフラミーは安堵にため息をついた。
「痛みますか?」
「あ、いえ、全然!でも…ちゃちゃっとお願いします。」
ソリュシャンは糸のような指をさらに細くし、慎重に臓器内部を確認した。
「…これは…。」
片目に手を当てて眼球を一つ消す。それはソリュシャンの視界が別な場所に行ったことを意味していた。
「ソリュシャン…どうなの?」
ナーベラルは焦れたように同じ三女に問うたが、ソリュシャンは真剣なため何も言わなかった。
粛々と行われる検査の中フラミーはただ脚を開いてもたれ掛かり座っているだけだった。
皆どこでこういう作業について教わるんだろうと関係ない事を考え始めると、ソリュシャンが深々と頭を下げた。
「フラミー様、済みましてございます。」
「あ、もう終わったんですね!どうでした?」
ソリュシャンは口に手を当て震えたかと思うと、ポロリと一粒涙を流しながら答えた。
「っ…はい!フラミー様!本当におめでとうございます!!ご懐妊ですわ!!二ヶ月半から三ヶ月と言ったところでございます!」
ソリュシャンの明るい声に、全員がワッと歓声に沸くと、皆が目元を抑えて震えていた。
フラミーも喜びに一瞬溢れたが――
「ほ、本当にできてた…。」
ミノタウロスの繁殖育成実験が終わっていない前に懐妊など本当に良かったのかと不安になった。
こんなに早く子供ができるなんてアインズは想定しているだろうか。
「あぁフラミー様!アインズ様に早くお知らせしないと!」
「アインズ様もお喜びになりますわ!!」
「やばいっすね!!本当に、本当におめでとうございます!!」
「おめでとうございます…うぅっ…なんて佳き日でしょう…。」
「………すごい。嬉しい。」
「フラミー様ぁ!次はデミウルゴス様とですかぁ!」
未だに繁殖実験を行うと思っているエントマは置いておいて、全員が諸手を挙げて喜んでいる様子にフラミーは照れ臭そうに笑った。
「あ、ははっ!皆ありがとうございます!!私、私お母さんになっちゃうんだ!!」
「「「「「「はいっ!!」」」」」」
フラミーはいそいそとパンツを履くと、幸せそうに両手を口元に当ててクスクス笑った。
「ふふふふっ、ねぇソリュシャン。二ヶ月半や三ヶ月ってどんななんですか!」
「はい!性別は分かりませんでしたが、口、鼻などのお顔の特徴が形成されておりました!まだ瞼は閉じられ、口も開かないご様子でしたが、人よりも尖ったお耳を確認できました!まだ御身には感じられないような大きさですが、小さく動いていたようです!」
「え!も、もうお顔があるの!?たった三ヶ月で!?」
フラミーはきゃーと寝転ぶとバタバタ脚を動かし、生まれてから孤独だった村瀬は初めて血の繋がりを持つ存在を想って胸を躍らせた。
夢のようだった。むしろ夢ではないかと自分を疑ったが、夢ではなさそうだ。
「ふふっ!私の赤ちゃん!初めての家族!」
フラミーはミノタウロスの事は置いておいて、どんな風に育てようと思い描いた。
両親や仲間、友人に囲まれた日々を送ってほしい。
なんなら、弟や妹がいても良いかもしれない。
何もかも持たなかった自分の傷跡を埋めるように、まだ見ぬ我が子の未来を思い描いた。
「フラミー様。あ、ワン。」
「は、はい!」
慌てて身体を起こすと、全員一列に並びベッドの前に跪いていた。
「不敬かとは存じますが、私達も御身の家族、でごさいます。あ、ワン!」
フラミーは一瞬惚けると、ベッドを駆け下りてペストーニャに抱き着いた。
「ありがとうございます…!私、皆の事もちゃんと家族だって思ってますよ!」
ペストーニャは僕だが、母のような優しさを持ってフラミーの翼を撫でると嬉しそうに身体を離した。
「さぁ、アインズ様にお知らせに参りましょう!ソリュシャンも一緒に来てアインズ様にもう一度詳細を。あ、ワン!」
「かしこまりました。さぁフラミー様!」
可愛い娘達の笑顔の中、フラミーは戻って行った。
「これは祝杯だわ!!今すぐよ!!」
ユリはくるりと妹達に向くと、妹達は当然と言った顔をしていて、皆でキャアキャア喜びながら寝室を出た。
外には、
「セバス様!!」
「皆さんどうかしたのですか。フラミー様に何か?」
「「「「「「フラミー様がご懐妊です!!!」」」」」」
セバスは第三階層のシャルティアの住居――玄室を訪れていた。
家の中には外に立ち込める死と腐敗の匂いは一切無く、濃密で甘ったるい匂いに満たされている。香を焚いているためなのか僅かに空気に色が付いているようだ。
室内の照明は若干落とされて、室内に薄絹がつるされている。その薄絹にピンク色の光が当たり、僅かに輝く様はどこか淫靡なものがある。
そんなハーレムじみた室内に、部屋の持ち主の声が響き渡った。
「そ、それは本当でありんすか!セバス!!」
「えぇ。ソリュシャンが今たしかに確認したそうです。あぁ…なんて素晴らしい日でしょう!」
シャルティアはワナワナと震えながら立ち上がった。辺りに控える
「わわわわ、す、すばら…すばらしすぎんす…!!この後竜王国に行ったら雑種に教えてやりんしょう!!」
「あ、いえ!それはお待ちください!」
シャルティアは首を傾げた。どう考えても伝えた方がいい。
これを機にドラウディロンには出る幕がないと分からせたかった。
「な、なぜでありんすか!」
「そこはアインズ様御自ら国中へ触れを出されるのが一番でしょう!我々が勝手に申し伝えてはいけません。」
「なるほど、それはそうでありんすね!初めてのお世継ぎの報告は盛大に神都で披露の宴を催すのが筋でありんした!!それに、その方があの雑種も理解しんしょう!ふふふ。」
シャルティアは少し意地悪なことを言ったが、まさにその通りなのでセバスは満足そうに頷いた。
「お分りいただけて何よりでございます。それでは私はコキュートス様に御報告に参りますのでこれで!」
「ご苦労でありんした!妾ももう竜王国へいきんす!」
ひらひらと幸せいっぱいの笑顔で手を振るシャルティアに頭を下げると、セバスは階層の転移ゲートへ向かって駆けて行った。
「ナ、ナンダト!!ソレハ本当カ!!!」
多くの死体が収納されている凍り付いた湖の上、真っ白な世界に色を差し込む二人は興奮したように向かい合った。
「はい、コキュートス様!ついにお世継ぎがお生まれに…と言ってもまだ性別は分からなかったそうですが。」
「オオオ!私ハコノ時ヲズット待ッテイタ!!素晴ラシイ…ナンテ素晴ラシインダ!!」
コキュートスは四本の腕を空高くあげ数歩進むとピタリと止まった。
「……私ハ爺ト呼ンデ頂ケルダロウカ?」
「それはもうアインズ様とフラミー様に…いえ、お世継ぎ様にそうお願いするしかありませんね。」
「フフフ。不敬ダト言ワレナケレバ是非ソウ呼ンデ頂コウ!アア…素晴ラシイナ!アアボッチャマ、爺ハ…爺ハ…!!」
爺と言う立場になって、二人の子供に仕えている光景を幻視し始めたコキュートスをセバスは幸せそうに暫く眺め、長くなりそうなのでそのまま置いて第六階層へ向かった。
「「えぇぇーーー!!!」」
水上ヴィラのそばでふんふん、と話を聞いていた双子は結論を告げられると口を丸く開け、声を上げた。
「じ、じゃあ!ついにお世継ぎがお生まれになるんですね!!」
「はぁー!かっわいいんだろうなぁー!!」
二人はキラキラと星を飛ばすような無垢な瞳でセバスを捉えた。
「全くですねぇ!すでに尖ったお耳が見られたそうですよ。」
「わぁー!すっごーい!!」
「あ、あの!ぼ、ぼく、男の子だったら、僕のお洋服、貸してあげます!!」
「マーレ、それは不敬でしょ!」
「だ、だってお姉ちゃん。」
「ふふふ、アインズ様とフラミー様でしたらきっとお喜びになるでしょう!もしかしたら、フラミー様のように両性の可能性もありますし、はっ、お洋服の手配も始めなければいけませんね!!」
気の早いセバスはポンと手のひらを叩いた。
「それに、フラミー様には滋養のあるものを召し上がって頂かなければ。来たばかりですが、私は料理長の下へ行きます。それではこれで。」
セバスはパッと頭を下げると再び駆け出して行った。
「あー!どんな方にお育ちになるんだろうねー!」
「き、きっと、すごく美しくて、かっこよくて、それで、慈悲深いお方になるんだと思うよ!お姉ちゃん!!」
双子はこれから会える命を想って胸を躍らせた。
まぁただじゃ産ませませんけど(?
次回 #52 視線の交わる時