「か、かいにん!?」
アインズはガタンと立ち上がった。爆発した喜びはシュンッとすぐに抑制されて消えてなくなった。大きすぎる感情は何度も湧き上がったが、何度でも間髪入れずに押さえ込まれ、その頭は冷静そのものになった。
フラミーはどんどん子作りをしてくれと子供を心底望んでいたし、最初からそのつもりで励んでいたのでいつかは出来るかと思っていたが、付き合い始めてたった三ヶ月半でできてしまうとは思いもせず、心底驚いた。
そして、まだミノタウロスの子供の育成実験も――それどころか繁殖すら行えていないのに先走ってしまったかと振り返る。
この先どうやって育てて行こうかと一瞬で多くのことを考えた。フラミーの為にこれから何をしてやれば良いのか、我が子の為に何をしてやれば良いのか――。幸福な思いは再び抑制された。
周りからは祝いの言葉と拍手がドッと上がっていた。
ジルクニフは、帝国を落としてからすぐにでも交わったのかと思うとあまりにも悔しくて泣けた。
枷の秘密なんかもういらねーじゃん、この呪いどーしてくれんだよ、と膝を地に着き顔を抑えた。
ジルクニフの内心とは裏腹に、感涙を落とし喜びに身を震わせていると思った周りの要人とカベリアはすっかりもらい泣きし、場の和やかさは最高潮だ。
しかし――
「あ……あの……ご、ごめんなさい…。」
フラミーは周りの温度と対照的に、喜ぶ様子のないアインズに気まずさを感じていた。
「あ、いや!違う!!そうじゃない!!」と言うと、再び抑制された。
アインズは精神抑制が邪魔くさくなり「ええい!」と鬱陶しそうな声を上げ、その効果を外した。
その身には形容し難い達成感のようなものや、大いなる喜び、かつて失った両親への感謝、溺れるほどの幸福が一気に襲った。
感情に任せてフラミーに駆け寄ると、高い高いするかのように持ち上げてくるくる回った。
「わっ!あ、あいんずさん!!」
「フラミーさん!!すごいじゃないですか!!子供ってまじでできるんだ!!ははは!!」
アインズの謎の発言に、守護者は骨のはずのアインズが子供を持てる神秘に確かにスゴイと納得した。
人の身しか知らない面々は種族を超えた愛に感動した。
「アインズ様!安定期前ですのでご安静に!!」
ソリュシャンの慌てる声にアインズはそうかそうかと笑って一度フラミーを下ろした。
「あぁ!すごい!すごいすごい!!フラミーさん、本当すごいですよ!!」
アインズは自分の胸の中にフラミーを収めるとギュウと抱きしめた。
「あぁ…すごい…本当すげーやぁ。俺、父ちゃんになっちゃうのか…!フラミーさん!」
ふふふと笑うアインズにフラミーは安心して目を閉じた。
――二人の脳裏には父上という声が響いたが埴輪の顔は努めて無視する。
そしてアインズはあることを思い出し、フラミーを自分の背に隠すようにバッと鎧に振り返った。
(――君達には生殖しないで貰いたいけど。)
鎧は階段を降り始めてこちらに向かいだしている。
アインズは杖を握る手に力を込め掲げると、腕輪は輝きながら浮かび上がり始めた。
脳内には一撃で鎧を破壊し、その後評議国に始原の魔法を撃ち込む一通りの動きが浮かんでいる。
しかし、いくら始原の魔法が強力だとは言えここから届くだろうか。僅かに不安になりながら、これまで触れたことのない破壊を司る始原の魔法に手を伸ばす。
「アインズ…まさか…君たちの子か…。」
ツアーの呟きにアインズはいよいよかと殺意を持って破壊の力を握りしめると一瞬グラリと視界が歪み――竜神の象と目があった気がした。
周りで祝いの言葉を口にしていた人々は様子のおかしいツアーとアインズを交互に見た。
どこかからか竜の咆哮が聞こえる――。
(うるさい、うるさいうるさい…。)
使ったこともない強大な力に触れ続け視界が歪みかける中、アインズは鎧から目を離さなかった。
「ツアー…俺は今からお前が口にする言葉の如何では、私はお前を今すぐに――」
「待てアインズ。君が想像するようなことをする程僕は外道じゃないよ。」
ツアーはユグドラシルの血の者がまたこの世界に増えるのかと少し不快感を持ったが、その雰囲気を察したアインズは今にも世界を破壊しそうだった。
別に最初から殺そうなんて思いもしていなかったが、少しでもプラスに考え直そうと心を入れ替える。
(子供がいればこの二人は世界を決して蹂躙しないだろうし、必死になって守る…かもしれないか…。)
ただ、はっきり言って世界征服については懐疑的だし、その子供がどう育つのかと思うと恐ろしい。
「――フラミー、良かったね。祝いの品は何が良いかな。君達の欲しがってた僕の鱗をあげても良いよ。」
穏やかな様子にアインズはようやく安堵し、魔杖を下げ腕輪で無理矢理呼び出そうとしていた力から手を離した。
「…ツアー、良かったよ…。色々すまない。」
ツアーは謝罪を聞きながら近付いていくと
「良いよ。君のそう言う所に僕もだんだん慣れて来たようだ。面白い友人だよ。」
「はは、友人か。良い響きだな。」
二人は朗らかに笑い声を上げた。
その後ツアーは帰され、会は舞踏会から祝いの会に転じた。
「フラミーさん疲れてないですか?」
「ぜーんぜん!」
踊ったり飲んだり食べたりしている人々を眺める横顔は嬉しそうだった。
アインズは帰ったらナザリックか神都か、エ・ランテルで式を挙げようと決め、また順序が間違っていたと反省する。
指輪はあるものを交換しただけだし、愛していると言ったこともないし、結婚してくれとも言っていないし、いつも自分はヘタレてフラミーを傷付けがちだ。
親に手を引かれた令嬢達が次々に名乗ってはアインズとフラミーに祝いの言葉をかけ立ち去っていくと言う不思議な状況の中アインズは思考を続けた。
宴のあとナザリックへ報告の為一時帰還しようとすると、下はスケルトンから上は守護者まで、僕の狂喜乱舞に二人は一時帰還を見送った。
カベリアが事前に用意していた部屋は二つだったが、二人は一つの部屋に集まった。
アインズは掃き出し窓を開け、小さなバルコニーにフラミーを連れ出した。
ひんやりした空気が流れる満点の星空の下、アインズはフラミーの両手を取った。
「フラミーさん、調子どうですか?」
「良いですよ。とっても。でも、
フラミーは照れ臭そうに笑い声をあげた。
「はは、俺皆にボコボコにされるかも。特に女性陣には相当怒られる気がします。…はぁ。反省する為に謹慎しようかな。」
「あ、あの、あんまり…乱暴なのはダメってソリュシャンが…。」
「あ!ち、違います。一人で、一人でちゃんとした謹慎です!」
「あ、はは。恥ずかしい…。私ったら。」
下を向いて押し黙ったフラミーの両手の甲を親指でさすりアインズは少し考えてから跪いた。
「フラミーさん、俺、もう二度と順番を間違えません。…一度も正しい順序で進めなくて…本当にすみませんでした。」
フラミーの目の中にたくさんの星が写り込んで輝いている。
その向こうにも美しい星空が広がって、まるで夢のような景色だった。
「良いんですよ。私、すごく嬉しいんです。親を知らない私が親になれるか不安だけど、前にアインズさんが言ったように、たっくさん愛してあげるんです!」
ふふっと笑うフラミーは心底幸せそうだ。
「そうですね。沢山愛してやりましょう。きっとフラミーさん、至高のお母さんになれますよ。俺も精一杯頑張ります。」
「アインズさんも絶対至高のお父さんになれます!私の、私の生まれて初めての本当の家族。へへ。ちょっとだけ不安だけど、頑張りますね。」
「俺があなたの全てを支えます。安心して産んで下さい。…でも、その前に。フラミーさん。俺は、あなたを愛――。」
コンコンコンとノックが響いた。
いつもならここで止めるが、そう言う自分の呪われた体質はここで断ち切らなければ。
ちらりと扉を見たが、アインズは出なかった。
良いのかと目で訴えるフラミーの手をぎゅっと握って首を左右に振ってから、ゆっくり伝えた。
「村瀬さん。愛しています。俺と結婚して下さい。」
フラミーは困ったように笑ってキラキラ輝く雫を落とした。
もったいない――アインズは迷宮でフラミーの髪の毛を拾っていたコキュートスの姿を思い出す。あれはどうしたんだろう。
「あは、鈴木さん。あなたに…どこまでも付いて行かせて下さい。私も、愛しています。」
「…っ、俺、必ずあなたを幸せにします!!」
ノックが響く中アインズはフラミーを抱き寄せて長いキスをした。
誰が何の用で来たのかは知らないが、今だけは出たくなかった。
アインズは唇を離すとフラミーを抱えてベッドに向かった。
初めての日のようにフラミーはベッドを振り返ると、恥ずかしそうにアインズの肩に顔を埋めた。
ノックはしつこかったが一回くらい待ってもらおうと決めてフラミーに被さると、外からは遂に声が聞こえた。
「アインズ様。申し訳ありません。アインズ様!」
デミウルゴスの声にこいつが珍しいと思うと、アルベドの声も聞こえだす。
「アインズ様!フラミー様!至急お耳に入れなければならないことが!」
鬼気迫り出したその声に、アインズは渋々フラミーから離れた。
「あいんずさん…。」
名残惜しそうにしているフラミーにもう一度被さるとアインズは囁いた。
「すぐに戻ります。いい子でいて下さい。」
フラミーがウゥ…と声を上げるのを聞くと腹をトントンと撫でて、一度人の身を手放した。骨になってしまうと、先程まで胸に溢れていた幸福はずっと落ち着いた。
「なんだ。お前達。全く守護者達は皆仕方な――」
「アインズ様!!竜の谷付近から激しい揺れが!!竜王国のシャルティアと、ミノタウロスの国のパンドラズ・アクターから連絡が来ております!!」
アインズはフラミーをちらりと振り返ると、フラミーは起き上がってベッドに座った。
「…セバスも含めた全守護者を呼べ。流石にやり過ぎたようだ。私が奴を起こした。」
アインズは守護者二名を連れて部屋に入った。
「アインズ様、竜王は起きたのでしょうか…?」
「あぁ。起きただろうな。これまで新しい力を使うたびにあれを見て来たが…夢の中以外でこれほど鮮明だったのは初めてだ。すぐにでも出てくるか。」
アルベドが不安そうなのをみると頭をさっと撫で、骸の顔で笑ってみせた。
「そう不安がるな。ロンギヌスをパンドラズ・アクターから回収しろ。デミウルゴスは直ちに従属神を連れて来い。記憶を書き換える。行け。<
守護者達は了解の意を示すと直ちに滑り込んで行った。
「フラミーさん、すみません。あれを片付けたら、式について話し合いましょう。あなたはここで待っていて下さい。」
ベッドの上のフラミーを引き寄せて抱きしめながら、本当に自分は帰って来られるだろうかと少し思う。
まだ大きくもなっていない腹の中に、新しい命があるのかと思うとアインズは心底この世界に、この人と来られて良かったと思った。
(もし戻れなかったら…デミウルゴスに全てを任せてユグドラシルと始原の力を持って生まれて来るであろう子供を――)
「アインズさん?」
全てを見透かしたような瞳にアインズはドキリとした。
「は、はい。」
「結婚式、話し合いましょうね。私の夢は可愛いお嫁さんだって、覚えてますよね。」
「はは。そうでした。」
二人が穏やかな視線を交わす中、
これでまたもうじき夏を迎えることになるが、そうするとここに来て二年だ。
こうして傅かれる事にもすっかり慣れた――と、王様気取りのサラリーマンは自嘲する。
「アインズ様。
手足をもがれた
「お前の生まれた意味を書き換える。スルシャーナに別れを告げろ。」
従属神は目を閉じた。
「ルフス、お前の記憶には何度も助けられた。恐怖も痛みも持たない体を選んでお前を生んだ
「
目を閉じたままつぶやいた従属神はアインズを呼んだのか、スルシャーナを呼んだのかわからなかった。
アインズは杖をかざした。
竜の谷から決して近くないはずのこの地すら揺れだすと、パンドラズ・アクターは全員に再び
オーレオール・オメガからシャルティアに渡ったもの。
コキュートスの持つ幾億の刃。
評議国に行って以来持ち続けているアウラの傾城傾国。
マーレの山河社稷図。
デミウルゴスのヒュギエイアの杯。
アルベドの
セバスの
生きる意味を書き換えられた従属神はシャルティアに回復され、パンドラズ・アクターから
パンドラズ・アクターも「二十」のうちの一つを腰のバッグに携えると、フラミーは王国との戦争以来しまっておいた強欲と無欲を取り出し、アウラと共に隣室へ行った。
アインズはセバスに手伝われながら
少しすると傾城傾国の上にいつものジャケットを着たアウラと、出来うる限りの最強装備へと身を包んだフラミーが戻った。
どう見ても一緒に出ようとしているその姿に、アインズは戸惑う。
「…フラミーさん、待っていて下さい。」
「アインズさん、光の神は闇の神と共にいないと消滅するんですよ。」
守護者達は支配者達の様子を見た。
「私、一緒に行かないと…消滅しちゃいます…。」
「……俺だって光の神が消滅したら消滅しちゃいますよ…。」
「じゃあ、じゃあ――」
「お願いします、ここにいて下さい…。」
NPCを生み出さず、至高の四十一人の中でもあまり力を持たないその悪魔が、こちらの世界に至高の支配者とたった二人で渡った意味を守護者達は改めて思い知る。
コキュートスは忠誠の儀の時に送った言葉を今一度二人に送った。
「…フラミー様ハモモンガ様ヲ支エル何ニモ代エ難イ
アインズは一度目を閉じてからフラミーに告げた。
「…ツアーを。」
「はい。」
フラミーは二人で過ごしたバルコニーへ出て行き、
次回 #53 目覚め
っく…最終回がまた近くなってきてる感じをビンビン感じます…!!