アインズの下には、都市国家連合を筆頭に近隣各国から日々婚姻を望む書簡が届き続けていた。
皆、アンデッドの姿から人の身になったアインズの何かに涙する人間臭さと、その見目麗しさ――そして強大な力を前に、これならば是非婚姻をと望んだのだ。
手紙は神都大聖堂から始まり、果ては聖王国の生死の神殿にまで届き、一日に一度、各都市神殿に配備している
余談だが、戦いの後はどのリッチ達も
痛みを感じない彼らは涼しい顔をして過ごしていたが、中には不幸にもタンスの角に小指をぶつけて死んだ者もいる。
自薦他薦を問わないその書簡達は、全て第七階層に集められ、知恵者三名がサッと目を通して火山へ破棄し続けた。
一国の王が正式に送られてきた手紙を無視することも出来ない為、当然知恵者達は返事も出した。
カメラを改良して産み出されたスキャナー複合式プリンターで書き出される返事は全てコピーだ。
宛名だけは直筆の必要があるためスケルトン達が日夜筆耕を行なっている。
そして、いつか利用できるかもしれないと婚姻を願うもの達の名はリストに残された。
「…それで…これはいつ使うんだ?」
アインズは手紙の山の前で、六法全書のようになり始めたリストを一通り眺めてからパンドラズ・アクターの手に返した。
「このご令嬢方は父上の名を聞けば恐らくなんでもしたがるかと思いますので――念のために。」
「う…わぁ…。」
フラミーの少し引いたような雰囲気にアインズが若干焦っていると、デミウルゴスが手紙から視線を上げた。
「さて、二人とも、今日はここまでにしようじゃないか。暑苦しい文章ばかりで胸焼けしそうです。」
悪魔の号令に統括も手紙を読むのをやめる。
「そうね。私はラナーに呼び出されていたんだったわ。時間を作って顔を出さなくちゃ。」
「黄金の知事に?珍しいですね。私は午前中のうちに牧場に戻ります。昨日生まれた赤ん…――いえ、家畜達の実験が残っているので。」
「では私も宝物殿に帰って八欲王の秘宝を収める予定の場所作りの続きをしましょう。」
三人が速やかに片付けを始めるのを見ると、フラミーは思い出したように闇に両手を突っ込んだ。
「あ、デミウルゴスさん待って下さい。いつものを…えーっと。」
「これはフラミー様。いつも誠にありがとうございます。」
何が起こるのかなと三人がその様子を見ている中、フラミーは赤地にストライプの入った布に包まれた箱を取り出した。
「はい、今日の弁当です!」
「「「えっ!?」」」
周りの驚きを無視して、デミウルゴスは心底嬉しそうに両手を差し出し、本日の宝箱を受け取った。
「ふ、フラミーさん!?デミウルゴスに弁当を!?」
「ふふっそうなんですよ!偉いでしょっ!」
フラミーはなぜか可愛らしく褒めてと言う視線をアインズに送って来るが、当然褒めるべきところではない。
デミウルゴスも尻尾をブンブン振っていてまるで犬だ。
「アインズ様、フラミー様!ありがとうございます!」
「し、信じられん……弁当…いつもって…いつから……。」
デミウルゴスはその言葉に目をパチクリさせた。
「いつから…でございますか…?酒宴会から数日してからなので――」
デミウルゴスが細かく何月何日何時何分と唱えるのを聞くと、アインズは目眩を覚え、しゃがみ込んで頭を抱えた。
「ふらみーさん…。あんたまじで悪魔だよ…。」
なんでこうもこの悪魔は自分をおちょくるんだと心から嘆いた。
「えへ?私は悪魔ですけど…アインズさん、どうかしました?」
「フラミー様…アインズ様は一体…?」
悪魔コンビは目を見合わせ、きょとんとした様子で首を傾げあった。
その様子を動かない顔で見守る――パンドラズ・アクターがデミウルゴスの手の中からひょいと宝箱を取り上げた。
「あっ!何をするんだ!」
「デミウルゴス様。こちらは宝物殿にて保管いたしますので悪しからず。」
「ズアちゃん、デミウルゴスさんをいじめちゃダメじゃないですか。これから夜まで牧場で働くっていうのに。」
フラミーがパンドラズ・アクターの手から弁当を回収すると、その弁当は更にアインズの手に回収された。
「…中身を見よう。」
「わ、アインズさん!恥ずかしいです!」
「俺に見せて恥ずかしいものなんかこれ以上あるんですか!」
フラミーはアインズの発言に顔をボンっと赤くした。
「な、なんて事言うんですか!エッチ!!」
捨て台詞を吐くとフラミーは駆け込むようように
「デミウルゴスよ。見てもいいか…。」
「え、えぇ。もちろんでございます。これまでの物も写真に残しておりますので、良ければそちらもご覧下さい。」
アルベドの殺意の篭った視線を無視し続け、一行は赤熱神殿に入った。
四人で机を囲み、アインズが小さな弁当風呂敷を開くと、弁当箱の上にはメッセージカードがのっていた。
「デミウルゴスさんへ。今日もお疲れ様です。食べたいものがあったら、また教えてくださいね……フラミー…。」
アインズはそれを音読すると目を抑え、今日は人の身で来てなくてよかったと悲しくなった。
なぜこれが自分へ届かないのか心の底から謎だ。
弁当もさることながら手紙なんか一通ももらった事はないし、実は大して愛されていないのではないのかとすら思う。
「…俺の完敗だ…。」
「デミウルゴス!!あなた、これ程良いものを頂いていながら私に報告しないなんてどういうつもりよ!!」
「アルベド、君に知らせたら君はこれを奪いに来るでしょう。」
「当たり前でしょ!!なんなのよ貴方って男は!!もーいつもいつも!!今度の今度は本当に許さないわよ!!」
「君に許して貰わなくても私は別にかまわないとも。」
統括と悪魔が喧嘩しているのを他所に、アインズは震える手で蓋を開けた。
中身は桜でんぶのかかったご飯、卵焼き、ウインナー、ヒジキと豆の煮物、アスパラの肉巻き、ほうれん草のバターソテーだった。
「…あぁ…もうダメだ…。」
「ちっ父上!お気を確かに!!」
「俺の味方はお前だけだよパンドラズ・アクター…。」
「はっ……っへへ、そ、それほどでも…。」
リアルでは液状食料ばかりを食べていた貧困女子は、必死になってレシピを読み込み、最初の頃は時に失敗しながらなんとか弁当を完成させていた。
下手に母の手料理を知らないせいでフラミーの中の料理ハードルは異常に高かった。
栄養、バランス、彩り、盛り付け。
全ては料理長と副料理長が出す日々の食事と、レシピ本に載っている素晴らしい料理達を手本としている。
デミウルゴスはヒジキという黒い謎の食べ物は、フラミーに使いたいと言われて聖王国の海で取るようになるまで知らなかった。
ヒジキの煮物は一度にある程度たくさん炊いた方が美味しいと、残りは
つまり、大抵入っている定番メニューだ。
桜でんぶも、同じく聖王国で取れたタイをフラミーがほぐして炒ってピンクに色付けしたもので、これも大抵かかっている。
ちなみに料理は魔法の効果を持つものを作ろうとすると、料理スキルを持たないフラミーでは爆散する。
親子の絆を感じさせる謎のやり取りの横で、デミウルゴスはアルベドを無視し機嫌よく闇に手を突っ込むと、小さなカメラを取り出し、弁当の写真を撮った。
ジーという音と共に、手のひら大の写真が出てくると満足げに眺める。
「今日の分もこれでいいでしょう。」
「デミウルゴス…これで何回貰ったんだ…。」
「は!今日で三十六食目でございます!」
忙しい時は当然持たせてもらえない為、月に一度も持たせて貰えなかったり、毎日持たせてもらえたりと、運任せのそれはスーパーボーナスステージだ。
支配者のお茶会以降は割と頻度が高い。
「ああああーー…。デミウルゴス…。お前どうやってねだったんだよ…。」
「これはアインズ様ご冗談を。」
デミウルゴスはにっこり笑うと闇に手を突っ込み、弁当アルバムを取り出し一番最初のページに入るメッセージカードと弁当の写真を見せた。
酒宴会より数日がたったある秋の日――。
昼に開けるように言われた謎の包みを持ってデミウルゴスは牧場に併設された小さな執務室に現れた。
執務机の上にそれを乗せ、立ったまま包みを開けると――そこには小さなメッセージカードが入っていた。
「デミウルゴスさんへ…アインズさんに頼まれたので作ってみました…フラミー……。」
カードを読むとデミウルゴスは何か作戦に必要な物かと急いで箱を開き――数秒停止する。
それは拙い食事が詰め込まれた宝箱だった。
デミウルゴスはしばらく宝箱と作ってみましたと書かれたカードを交互に眺めると、決意した。
(祭壇へ祀らなければ…。)
同日深夜――。
全体に<
数日以内に時間を作って祭壇を設け、執務机に置いてあるフラミーの写真と共にこれを安置するのだ。
やらなければいけないことが山積みだと喜び、身を震わせていると、七階層の神殿前の階段で眠りこけるフラミーの姿を見つけた。
「なっ!フラミー様!!」
慌ててデミウルゴスが駆け寄ると、フラミーはもにょもにょ何かを言いながら目を覚ました。
「ん……あ、でみうるごすさん。おかえりなさぁい。」
信頼しきったような笑みに癒されながら即座に跪いた。
「お呼び頂ければ即座に参りましたものを…。何かご用でしたか…?」
「はい!お弁当箱、返してもらおうと思って。美味しかったですか?」
フラミーはデミウルゴスの手の中のものへ両手を伸ばした。
「あ、いえ。もったいのうございますので食べずに持ち帰りまし――」
「食べなかったんですか!?」
パッと宝箱は奪われ、フラミーの手によって開けられた。
「ほ、ほんとに…食べてない……。」
そっと箱は閉められるとフラミーは肩を落としわずかに瞳を潤ませた。
「やっぱり…美味しくなさそうだから…。」
「な!?ち、違います!!こちらの物の価値を考えれば食べる事など出来ようはずもございません!!」
「うぅ…気を使わないでください…。また明日も作ろうと思ったけど…私センスないみたい…。もうやめておきます…。」
明日も作るという言葉にデミウルゴスは衝撃を受けた。まさかこれ程までに貴重、かつ特別な褒美をさらに貰えるのかと。
するとフラミーは宝箱を持ったまま立ち去ろうとし、慌てて我に返った。
「お、お待ちください!!こちら、こちらは夜食として頂きます!!どうか、どうか、再びのチャンスを……!!」
「…はは…無理しないで下さい…。」
「とんでもございません!!」
フラミーは僅かに迷うと躊躇いながら弁当を差し出した。
「あの、美味しくなかったら…捨てて下さいね…。」
恭しく宝箱を受け取った悪魔はその後フラミーを見送り、慌てて宝物殿へ飛んだ。
視界が夜を彩る全ての星を集めたような燦然とした輝きに埋め尽くされる。
金塊と金貨、宝石で出来た山脈が連なる間を小走りで抜け、べったりと黒い
「かくて汝、全世界の栄光を我がものとし、暗き者は全て汝より離れ去るだろう!!」
少し焦るような声音が響く。壁に張り付いていた漆黒は一点に集中し、
静寂の廊下を小走りで行く。左右には無数の武器が綺麗に整頓された上で見事に並べられていた。
距離にして百メートルほど――陳列された武器は約数千だろうか――進んだあたりでソファーとテーブルの置かれた部屋に出た。
「パンドラズ・アクター!!」
「――これはこれは。私を差し置いて酒宴会を開かれた幹事その二である、デミウルゴス様ではありませんか。」
その日のパンドラズ・アクターは大層不機嫌だった。ちなみにこの呼び方はこれで数度目だ。
「そ、それに関してはこの通り本当に申し訳なかったと…。いや、それより、どうか、どうか私にカメラを…カメラを作ってくれないか…!!」
「…なんですか?貴方が私にそこまで頭を下げるなんて。」
平身低頭する悪魔のただならぬ様子にパンドラズ・アクターは首を傾げた。
「どうか…どうか……。」
「…良いですよ。ただし、次の酒宴会に私を必ず呼んでくださるなら、という条件つきですが。」
ため息交じりのパンドラズ・アクターにデミウルゴスは深く感謝した。
「来週にはお渡ししま――」
「今夜中に何としても作ってくれ!!小さいもので構わないんだ!!」
「デミウルゴス様、そんなに急いで一体カメラをどうするおつもりで…?」
「……アインズ様のご指示でフラミー様が作成する重要機密の記録を残す為にどうしても必要なんですよ。」
一瞬何かを考えた悪魔から出た言葉に、これまでソファに気怠げに座っていたパンドラズ・アクターは慌てて立ち上がった。
「早くそれを仰って下さい!!私は製作に取り掛かります!!小さいもので良いんですね!?」
何一つ嘘をついていない悪魔はしてやったりと僅かに口元を歪めた。
「デミウルゴスさんへ…アインズさんに頼まれたので作ってみました?フラミー?」
アインズはそれを読み上げると、全く身に覚えがなく、震える手でこめかみに触れる。
パンドラズ・アクターは、アインズの指示によってフラミーがそれを作成したと知るや否や悶え始めていた。これがあの時デミウルゴスが言っていたあれかと。
アルベドは当然悶え続けている。
「フラミーさん…戻って来てください……。」
フラミーを待つ間、弁当アルバムをパラパラとめくり確認していく。
アインズはこれまでの弁当遍歴と可愛らしいカード達全てに目を通した。
あまりの羨ましさに精神が鎮静され、最早デミウルゴスは一回くらい謹慎させてもいいんじゃないかとすら思う。
すると、神殿を支えるイオニア式の柱から紫色の悪魔がぴょこりと顔をのぞかせた。
「フラミーさん…こりゃなんですか…。」
フラミーは近付き始めていたが、アルバムを見せられると気まずそうに立ち止まり、もごもご何かを言い出した。
「あ…ヒジキと桜でんぶはちょっと…一度の消費が少ないせいでほとんど毎回入れてるっていうか…その…。」
そんな話はしていないとアインズは思うと、アルバムをデミウルゴスに返し、フラミーの手を取って守護者三名から離れて行った。
「俺が、いつ、あいつに弁当作ってくれって頼んだんですか…。」
「え?アインズさんが可愛がってやれって言うから。」
アインズはあまりの衝撃に頭の上にタライが落ちてきたかと思った。
酒宴会の時のやりとりが走馬灯のように脳内を駆け巡る。
(可愛がってやってください。俺はうまく可愛がれないから。)
(男親って、そう言うものですかね?)
(ま、そんなとこです。)
「取り敢えずどうしたらいいかなぁって思って、男親にできない可愛がり方にはお弁当がぴったりかもって!あ、あの…でも…手抜きのつもりはないんですけど…どうしても同じもの入れちゃって…。」
悪魔は下を向いて、期待に添えずに申し訳ないとでも言うような顔をしていた。
「私なりに…アインズさんのお願い、一生懸命叶えようってやってるんですけど…。」
「…あいつは全然損な男じゃない…。」
アインズはフラミーなりの自分への配慮に心の中で泣いた。
もっと違う方向でお願いしたかったと。
しかし取り敢えず
「はぁ…俺もお弁当食べたいですよぉ…。」
「あ、あの…アインズさんにお見せできるほど大したものじゃないですよ…?」
「それが食べたい…。」
フラミーは母親を持つアインズに自分の拙い料理を見せるのが恥ずかしかった。家庭の味とは、お袋の味とはどんな感じだろうと少し悩む。
「むぅ。鈴木さんのお母さんはお弁当に何入れてくれてました…?」
「液状食料持たせてくれるのが多かったけど……そうだな…。特別な日はケチャップをかけた唐揚げとかかなぁ。」
アインズは瞳の灯火を消し、懐かしい日々へ思いを馳せた。
「唐揚げにケチャップです…?」
「えぇ、唐揚げといえばケチャップです。」
唐揚げにケチャップ――フラミーは生まれて初めて聞いた情報を胸に刻んだ。
「じゃあ明日はケチャップの唐揚げしますから、お弁当持ってどこか行きませんか?私、頑張ります!」
「い、行きます!行かせて下さい!!」
「良かったぁ!あの、そしたら、えっと…初めてのちゃんとしたでーとですね!」
少し顔を赤くしてへらりと笑うフラミーを見ると、アインズは「で、でーと…」と呟き鎮静された。
「――はっ。フラミーさん、どこか行きたいところありますか?」
「えっと、どこがいいかな。牧場とか?」
無邪気な邪悪な笑顔にアインズは質問したことを後悔した。
「……やっぱり俺が考えておきます。任せて下さい。」
「はぁい!」
ワクワク皮剥体験はもう充分だと思いながら頭をぽんぽん撫でる。
アインズはすっかり機嫌を直すとフラミーの手を取り、様子を伺っている守護者達の下に戻った。
「デミウルゴスよ。弁当とは素晴らしいものだな。」
「はい!誠におっしゃる通りかと!」
嬉しそうな男子二人を見るとアルベドはグギギと噛んでいたハンカチをついに破った。
「フラミー様!!私にもフラミー様のお弁当をぐだざい!!」
「ははは、じゃあ、これからはアルベドさんもお外にお仕事に行くときには用意してあげますね!私頑張ります!」
「ふ、ふらみーさまぁ!」
フラミーは縋って頬ずりしてくるアルベドの事も心底愛しいと思う。
二人は痛みを隠すように平気な顔をして日々を送り始めた。
あの日ペストーニャが贈った自分達も家族だと言う言葉は、
可愛い娘と息子がたくさんいる今の生活を大切にしたい。
たった三ヶ月で命を散らした、墓すら用意されなかった程に小さかった――名もなき子の分も。
フラミーは少しだけ腹をさすった。