フラミーは放っておくと恥ずかしがってアインズの寝室を訪れない為、アインズはフラミーの寝室で眠るようになっていた。
女子に男子の部屋へ通うというのは酷なのだろう。
フラミーはパチリと眼を覚ますと、こっそりアインズの腕の中から抜け出し、露わになっているアインズの肩へ毛布を引き上げてからベッドを後にした。
昨日約束したお出かけの為、部屋についているミニバー併設のミニキッチンへ向かった。
フラミーは段々慣れてきた料理をテキパキと進め、眠る事のないアインズ当番とフラミー当番に味見と言って一口づつ与えた。
ケチャップ付き唐揚げ、ミニエビフライ、マカロニサラダ、タコさんウインナー、甘い卵焼き、豆の和え物、キャロットラペ、残っていた最後のひじきの煮物。
オカズをたっぷりと三つのお弁当箱に詰めると、俵形のおにぎりを握って聖王国海苔を切り、ペタペタ貼っていく。
「ふふっ。かわいい。アインズさんがたくさんっ。」
円筒形の骸骨顔のおにぎりの並ぶ弁当が果たして可愛いのかは謎だがフラミーは大満足し、まだ暖かい料理に
昇り始めたばかりの日が湖畔を照らし出していた。
ゲームの時も綺麗だったが、草木が生命を持つようになったこの場所は一層輝いて見える。薄紫に染めた空は土や草の青い匂いを運んでフラミーの髪を揺らした。
タッタッタッと軽い足音が響き、湖からそちらへ視線を投げると、漆黒の巨大な狼が姿を現す。
「フェン!ストップ、ストーップ!!」
アウラの元気いっぱいな声が響く。柔らかな黒い毛並みに埋もれるように、その背には双子が乗っていた。
フェンはフラミーに近すぎない場所で止まり、二人はその背から降りるとフラミーに駆け寄った。
「フラミー様!おはようございます!」
「お、おはようございます!」
「あらら、おはよー!二人ともとっても早起きだね。ちゃんと寝てる?」
「「寝てまーす!」」
フラミーは可愛い返事をする子供達の頭を撫でた。
「フ、フラミー様!もう子山羊達のお散歩ですか!」
金糸のような髪をサラサラと揺らすマーレが見上げると、フラミーは首を振った。
「今朝は皆のお散歩じゃないの。ちょっと果物をとりに来たんだ。」
「じゃあ、畑ですね!――フェン!」
少し離れたところにいたフェンが近付いてくると、三人はその背に乗り、ドライアード達が普段面倒を見ているイチゴ畑に向かった。
魔法の効果が付与されているイチゴは少しでも料理と認識されるような事をすれば途端に食べられなくなってしまう為慎重にもいでいく。
「イチゴくらい言ってくだされば今度はあたし達が採って用意しておきますよ!」
アウラとマーレはフラミーと一緒に数粒楽しげに摘んだ。
「ふふっ。こう言うのは自分でやるからいいんですよぉ。誰も分からない事に手を掛けられることが嬉しいの。」
「あ!あたしも、誰も分からなくてもフェンの毛並みを整えるの大好きです!」
「じゃあ、私達一緒ね。」
尻尾が生えていたらブンブン振っているのではないかと思えるように嬉しそうなアウラの髪を撫でると、フラミーは幸せだと思った。
髪に指を通すと、アウラの髪は少し伸びてきているようだ。
「ふ、フラミー様!こ、この大きいの!あの、えっと、フラミー様にあげます!」
「わぁ!じゃあこれは私がお昼に食べるね。――ありがとう。」
マーレから籠にイチゴを受け取るとフラミーは前髪を少し避けてそのおデコにキスをした。
こんなお母さんがいたら良かったなぁと言う自分の中の偶像だ。
「は、は、はい!」
「…マーレ〜。フラミー様にキスして頂いてたってアインズ様に言いつけちゃおっかなー。」
「ははは、皆にしてあげないとダメだろうって私が怒られちゃうかも。アウラも来て。」
両手を広げると、何が起こるのか分かったアウラは少し顔を赤らめて、嬉しそうに抱きついた。
フラミーはアウラの狭い額にもキスすると、二人と今朝のことは秘密にしようとクスクス笑いあい、何の効果も持たないリンゴの木の下へ行った。
「ふーこれで全部かな。」
「あっちの
「あれじゃ私が包丁いれたら爆発しちゃうからね。これで良いんです。」
「あ、あの、お料理するんですか?」
「ううん、剥くだけ。そうだ、一つ今剥いちゃうから一緒に食べよ!」
フラミーは林檎を何等分かに切ると、最近覚えたばかりのウサギの飾り切りを披露するべくせっせと皮をむいた。
庶民的すぎるそれは、芋を煮ただけの料理が出たりしないナザリックでは見ることはなく、双子は興味深そうに眺めた。
「フラミー様ってなんでもおできになるんですね!」
「ははっ。何もできないから、できることだけでもね。はい、あーん。」
アウラは目を輝かせると大きく口を開いた。
「あーん!」
「ふふっ可愛い。マーレも、はーい。あーん。」
少し躊躇ってから、ギュッと目をつぶったマーレは小さく口を開いた。
ウサギに切られたリンゴを、三人は段々高く昇っていく朝日の中笑いあって食べた。
「なんちゅー光景だ…。」
アインズは悶絶していた。
フラミーが寝室を出て行ってからずっと
いや、前日に手伝うと言ったら断られたので、困ることが無いか様子を見ていたのだ。
「はぁ。ナザリックは本当に最高の家だ…。」
ナザリックのどこかに二人の家を建てたいなぁとアインズが考え始めると、鏡に映し出されるフラミーは第七階層へ転移して行った。
やはりそこでも寝ているのか疑わしい守護者が気配を感じてすぐさま現れた。
「フラミー様。おはようございます。このような早朝に如何なさいましたか?」
「デミウルゴスさん。今日、私お出掛けしちゃうんで先にこれ渡しておこうと思って。」
フラミーは自分なりに目一杯可愛がっている息子に本日の弁当を渡した。
「こ、これはありがとうございます!大切にいただきます。」
「あ、それから、今日はこれもですよっ。」
フラミーは小さな箱を別途渡してきた。
「頂戴致します。フラミー様、良ければ今度は私が何かご馳走いたします。」
「嬉しい。きっと誘って下さいね!」
「かしこまりました。是非お付き合い下さいませ。」
「それじゃ、私はこれで!」
フラミーは珍しく自分を誘ってくれた息子に手を振ると、弁当を楽しみにしていた統括の下へ立ち去った。
デミウルゴスは二つ目の箱はなんだろうと開くと、小さなウサギ型のリンゴとイチゴが入っていた。
「…これは…なんと……。」
デミウルゴスは胸を押さえて神殿に帰った。
アインズとフラミーはハムスケと共に聖王国のそばの海に来ていた。
真夏の昼間の海は青く澄んで、空と繋がるようでとても広かった。
お供にはメイド、イワトビペンギンの執事助手エクレア・エクレール・エイクレアー、マスクをかぶった男性使用人、更には護衛もついていて、デートと言うには少し難しいかもしれない。
浜辺に敷かれた美しい絨毯には大量のクッションが出され、食事をとり終わった二人はハムスケとクッションに埋もれるように座って海を眺めた。
「フラミーさん、前に来た時は日が落ちる頃だったから見えなかったけど、あんなところに島があるんですね。」
「どれですか?」
フラミーよりも余程視力の良いビルドで生み出された体を持つアインズは肩を引き寄せて、顔をピタリと付けると遠くを指差した。
「あれです。…島があるってことはきっと大陸もあるんだろうな。いつか隣の大陸にも行って、知識と技術を制限しないと。」
「ん…本当、島がある。もし隣に大陸があったとして、向こうにも竜王やプレイヤーがいるんでしょうか?」
「…いるかもしれませんね。もしかしたら、まだ生きてる人もいるかも。」
二人で少し唸っていると、アインズは
「私だ。――…アルベドか。……なに?…そ、そうか…少し待て。折り返す。」
アインズは
「…フラミーさん、幸せですか?」
「はいっ!幸せです。」
アインズの唐突な問いにフラミーは笑うと鼻歌を歌い出し、放り出されているハムスケの尻尾を手繰ると撫でた。
近頃フラミーがよく歌っているその曲は優しく不思議な旋律で、一体誰のなんて言う曲なんだろうかとアインズは思っていた。
「あの、じゃあフラミーさん、悩んでる事とかないですか?」
「んん?大丈夫ですよ?どうしました?何が怖いんですか?私、力になりますよ。」
長い髪を潮風に揺らしてフラミーはアインズをまじまじと見た。
「怖い…はは。俺、本当怖がりだな。」
アインズは少し自分を恥じると、長い息を吐いた。
「フラミーさん、聞いてください。ラナーが身籠りました。」
フラミーの瞳は一瞬揺らいだが、嬉しそうに細められた。
「おめでとうございます!お祝いを送らないと!」
ラナーは以前フラミーに頼んだ――つもりになっているクライムとの子を身籠っていた。
あの歪んだカルマを持つ女が
フラミーはアルベドに「ラナーがクライムと進展した。子供が欲しいそうです。」と言われ「それはいい事ですね!祝福しますよ!」と応えただけだったが、生命創造の力を持つと思い込んでいるアルベドとラナーを勘違いさせるには充分だった。
アルベドは今のフラミーの状況を思って少し悩んだが、その手でラナーから命を奪っていないところを見ると産ませていいのだろうと取り付いで来た。
「俺達に名前をつけて欲しいそうですよ。断ります?受けます?」
フラミーは海を眺めると、朝摘んできたイチゴを一粒アインズの口に放り込んで立ち上がった。
「付けてあげましょう!」
清々しい笑顔を見せるとフラミーは海に向かって歩きだし、アインズは背を見送りながらアルベドに繋ぎ直した。
「私だ。名を授けよう。」
フラミーは波がギリギリ届かないところでしゃがむと、鼻歌を歌いながら小さな小さな山を砂浜に作り、落ちていた貝を乗せた。
もしもいたら何と名前をつけていただろうか。
ラナー達の子と同じ頃に生まれる事ができたんだろうか。
ソリュシャンの話ではこのくらいの大きさだったはずだ。
「お墓ですか…?」
アインズの声にフラミーは振り向かなかった。
あれもこれも付けたかったと色々な名前を考えながら、今作ったばかりの小さな山を丁寧に両手で掬う。
海に向かってそれを放り投げると、砂と貝殻はキラキラ舞いながら波にのまれて消えていった。
「さようなら。」
フラミーは笑って手を振った。
「ラナーとクライムの子供だからクララ?クラリス?」
アインズはフラミーを抱き寄せて再び海の前に座っていた。
その名前は安直ネームだが、会心の一撃だと本人は無自覚だ。
「どっちも可愛いですね!男の子なら?」
「んー…ラナイム…?」
「なんだかスライムみたい…。」
「ははは。フラミーさんが男の子は考えて下さい。」
フラミーはアインズにイチゴを食べさせられると、咀嚼しながら少し考えた。
「んぅ、じゃあ、ラナーちゃんとクライム君だから、ライラ?」
「…それは麻薬の名前です。」
「ははっ聞き覚えあると思ったぁ。」
アインズはいつか自分達の子供の名前を考える日にはまたこの海に来ようと決めると、もう一粒フラミーの口に押し込んでから長いキスをした。
「甘いな。」
……君達なんか儚いよぅ……( ;∀;)静かなお話になってしまった…
次回 #57 閑話 評議国の竜王達
やばい…ヤバイヤバイ……こいつらやばい…
挿絵は杠様よりいただいたフララララのあーんでした!
【挿絵表示】
リクエスト頂いたこの後のお料理回のお話です!
https://syosetu.org/novel/195580/11.html