ドラウディロンは戦いが無事に終わった時、安堵から地面にへたり込んだ。
アインズが地に落ち、動かなくなった時は何度迎えに行こうと思ったことか。
戦いが終わると二人は縋りあって泣いていた。
余程怖い思いをしたのか――いや、あの涙は自分達のために流した物ではなかったように見えた。ツァインドルクス=ヴァイシオンを悼んだのかもしれない。
未来の夫と、友と、痛みを共有できない弱い自分を恨んだ。
「…早く会いたい…。」
よそ行きのドレスに身を包み、自室からあの日邪竜が空に浮かんでいた方を見あげていると、ノックと共に宰相が現れた。
「女王陛下。
「――いらしたか。行こう。」
女王はフッと息を吐いて気合を入れ直すと、宰相と共に城の中庭へ向かった。
竜王国の王城中庭には
「ひいお祖父様!お待たせしました。」
「私の可愛いドラウディロン。さぁ、乗りなさい。」
ドラウディロンは熱気球につけるような籠に乗り込むと、宰相に振り返った。
「国を任せたぞ。何かあったら、最悪アインズ殿からお前に直接<
「かしこまりました!お気をつけて!」
魔導国内とその属国では、身分の高い極一部の者、高位の神官達、聖典達のみ、神殿に勤める
それは<
人間同士の
ちなみに当然料金はかかるし、内容によっては断られる。
空気を切り裂くように飛んで行く中、竜王はドラウディロンの入る籠に視線を落とした。
「…ドラウディロンよ。お前はゴウン君の何を知っている?」
「えっ?そうですね。アインズ殿の――」
そう言われてみると、自分はアインズの何を知っているのだろう。
生まれたところ、育ったところ、今住んでいる場所、趣味、歳、好きな食べ物、何もあの王の事を知らない。
ただ一つ知っていることは「――慈悲深い所を、誰よりもよく知っております。」
「…そうか。それが偽りだったとして、お前はそれでもゴウン君のところに嫁ぎたいのか?」
ドラウディロンは首をかしげると少し考えた。
「…あれ程の慈悲深さを持つ王の慈悲が嘘だったら、この世に真の慈悲などありません。私は、アインズ殿を信じます。――しかし、ひいお祖父様。何故そんな話を?」
竜王は少し躊躇ってから語り出した。
「お前もあの戦いを見たな?」
「はい。凄まじい戦いでした。いつアインズ殿が討たれるかと…気が気じゃなかった…。」
「…我等竜王の中でも、竜帝と肩を並べ最も力を持つと言われる
「はい。アインズ殿もかなり悲しんで――」
「が、そもそも何故あの竜王達は争っていたのだろうな。」
竜王はドラウディロンの感想を最後まで聞くつもりがないのか被せるように疑問を言い切った。
「それは、
「…ドラウディロン、この評議国での集会、お前は耐えきれるだろうか。」
曽祖父の意味深な発言にドラウディロンは再び首を傾げたのだった。
評議国には十六もの真なる竜王と、一人の真にして偽りの竜王が集まった。
広く細長い巨大なホールで竜王達は向かい合うように並び、沈黙の中
空に映し出されていた映像は
その後竜王の中の竜王と評される
約束の時間になると、巨大な扉が重々しく開いていく。
部屋はこれだけの竜王達が集まっているというのに決して狭苦しくなく、高い天井には複数のシャンデリアが輝いていた。
カツンカツンと床を叩く硬質な音と、複数の足音が響く。
全員がそちらへ警戒の目をやる中、ドラウディロンは嬉しそうに手を振った。
「ずいぶん集まっているじゃないか。竜王のバーゲンセールだな。」
骨の姿で現れたアインズは中央で立ち止まると、左右に並ぶ竜王達を見渡した。
「私こそが神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導王、その人である。」
アインズの後ろには守護者達が控えており、全員が最強装備に身を包んでいる。
アルベドはヘルメスメギストスに。
シャルティアは真紅の鎧に。
コキュートスは全裸に金の美しい装飾を。
アウラは傾城傾国にいつものジャケットを。
マーレ、デミウルゴスはいつも通りだ。
すると、途端に宙にバキンとヒビが入り、すぐにヒビは消えた。
神殿には下手に覗き見るなと言ってある。
アインズがどこかの竜王の家が吹き飛んだかなと考えていると、竜王達はざわめき始めた。
「…随分と派手な演出だねアインズ。」
「いや、今のは私も本意じゃない。」
「そうかい。さて、今日はわざわざ悪かったね。査問会なんて不毛な物は僕は賛成じゃなかったんだけど。竜王は皆臆病なんだ。」
ツアーは竜の体で気だるそうに真ん中正面に座っていた。竜の身の外出を楽しむ様子はまるでない。
臆病だと評された左右に並ぶ竜王達は忌々しげに口を開いた。
「
「あぁ、それは悪かったね。」
「心にもないことを。」
竜は本来群れない生き物だ。早くも一触即発の雰囲気に空気はピリピリと震え、ドラウディロンはこの会にただの小娘の自分が耐え切れるのかと震えた。
そして
「神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導王よ。我々は
名も知らない竜王の疑問にアインズは振り返ると少し後ろで控えている守護者に向かって手招きした。
「我がナザリックで元気に暮らしているとも。シズ、見せてやりなさい。」
「……ん。これが滞在人。なんちゃって。大罪人。」
竜王達はあまりの光景に息を飲んだ。
常闇は生きたまま皮と鱗を剥がされ、肉を切り取られ、骨を取り出されていた。
おぞましき異形たちは実に嬉しそうにそれを行い、時に回復し、竜王は絶えず血を流しながらも死ぬことなく悶え続けている。
「こ…これは…。アインズ・ウール・ゴウン!!貴様は何をしているんだ!!」
「ははは。地獄を見せているだけさ。私はこの竜王ほど罪深い生き物を他に知らない。どうだ、元気そうだろう?」
「なんと邪悪な……。ツァインドルクス=ヴァイシオン…。私はあの時我々を巻き込むなと言ったはずだぞ…。これは…これは…。」
「巻き込むも何も常闇は自分でアインズと戦う道を選んだんだ。こればっかりは僕の責任じゃないと思うけどね。」
愉快そうな笑い声を漏らすアインズにドラウディロンは驚き、口を開けてその様を眺め、曽祖父の言っていた偽りの慈悲深さとはこの事かと納得した。
しかし、何の罪を犯したか解らないが断罪の為にこれを行なっているのなら仕方のないことのような気もするし、神として罪人には苛烈であるべきとも思えた。
「常闇がぷれいやーに刃向かったとは言え…幾ら何でもここまでの事をされる程の罪などないはずだ…。」
スヴェリアーはシズの見せ続ける光景に胸を痛めていると、突如激しい悪寒に背筋を震わせた。
「なんだと?貴様。今、それ程の罪はないと言ったのか。」
「――ッ!?ツアー!!この者は危険すぎる!!」
「知っているよ。だから僕は力を持つ前に討ち取ろうと必死だったんじゃないか。敵わなかったけれどね。」
「ツアー、この者もナザリックに連れ帰っていいか?」
「アインズ。この竜王は何もわかっていないんだ。許してやってくれ。」
ツアーがアインズに頭を下げる様子を見た周りの竜王は絶句した。
常闇が捕らわれ、竜帝もいない今、竜王たちのなかで最も力を持つのはこの竜王だ。
「な、な…そもそもお前がこの者と繋がりを持ったから常闇はお前とアインズ・ウール・ゴウンに挑んだのではないのか!!」
「そうだったとして、だからどうしたのかな。僕にはわからないよ。」
ツアーの口調からはその時々の大局を見極める力のない竜王と話すことはないと言う冷たさがあった。
それを聞いた別の永久評議員が口を開く。
「やめろスヴェリアー=マイロンシルク。ツァインドルクス=ヴァイシオンのいう通りだ。」
「ようやく話のわかる竜王が現れたみたいだね。助かるよ。」
「黙れツァインドルクス=ヴァイシオン。私はお前を引き裂いた常闇をあんな風にする力を持つアインズ・ウール・ゴウンに挑んだ所で、どうこう出来るわけがないと分かっているだけだ。貴様の肩を持っている訳ではない。――それより、戦いの中で使っていたあれは始原の魔法だろう。貴様は何故それを持つ。」
永久評議員はアインズをじっと見た。
「私はプレイヤーだ。そう言う力を持っていてもおかしくないだろう。これまでは使い方を知らなかっただけだ。」
アインズは嘘にならないように丁寧に話す。
評議員は確かめ合うように向かいにいる竜王や左右の竜王に視線を送った。
「なんだと?嘘ではないようだが…。」
「そんな話は聞いたことがない。」
「しかしぷれいやーは未知だ!」
「使い方さえ知ればぷれいやーは皆それを使うというのか!?」
するとアンデッドの
「竜帝の汚物が…。ツァインドルクス=ヴァイシオン。貴様は我々に何か隠しているな!」
「隠しているのは僕じゃない。君達自身だよ。皆自分の胸に聞いてみたらいい。答えは其処にある。」
「な……貴様、では…まさか……。」
「――…やはりそうだったか。」
あれほど強大な力を持つはずの常闇が挑んでいる時に、何故一度も始原の魔法を使わず撃たれるがまま撃たれ、這い蹲って敗れたのかこの竜王はずっと考えていた。
力の喪失からそう間も無く現れたアインズ・ウール・ゴウンと言う存在は奇妙すぎる。
この事実を前に可哀想な曽孫はどうなってしまうのだろう。
まっすぐゴウンを信じ、愛し抜こうとするその心はここで手折られてしまうのか。
「いいのか?ツアー。」
「仕方ないだろう。見られてしまったんだからね。――それにもうこの中に君の脅威はいない。」
「待て。
「そうかもしれないし、そうではないかもしれないね。」
竜王達はツアーの言葉に乗る嘘の香りに息を飲んだ。目を伏せる者、顔に手を当てる者、唸る者。
それぞれ想像が間違っていた場合を恐れているのか、または言葉にする事で真実だと肯定される事を恐れているのか、「始原の力はアインズ・ウール・ゴウンに奪われた」とハッキリ口にできる者はおらず、沈黙が流れた。
重苦しい空気は粘度を持つようで、とても肺を満たしてくれる新鮮なものだとは言えない。
そんな中、場違いにも思える声が響く。
「ま、待ってくれ!竜王の皆様は一体何の話を?ただ一人の真なる竜王とは…?」
ドラウディロンは置いてけぼりだった。
「この小娘はここに来るべきではないだろう。」
「何故連れてきた。
「立ち去れ!偽りの竜王よ!!」
「竜王ですらない者が何故いるのだ。」
竜王達のまっすぐな敵意は物理的な重さを持ってドラウディロンにぶつかり、暴風に当てられたようにドラウディロンは数歩後ずさった。震え、意識を失いそうになっていると、
「哀れで可愛い私の子も、ここに立ち会う権利はある。ゴウン君、君はドラウディロンを騙そうと思っていたのか?」
「騙す…?私はドラウディロンを騙そうと思ったことなどないが…?」
中央に立ち、竜王達に左右から観察されるアインズの言に嘘はなかった。
では、力というのはこれまで始原の力だと思い込んでいたが、位階魔法や武技などをドラウディロンが多く持てば嫁取りすると言うわけか。
二人の間の子供はこの世のただ一人の真なる竜王としてこの世に君臨するだろう。
「そうか。ではゴウン君、ドラウディロンの事をよろしく頼む。」
「関係のない話をするな。それより、アインズ・ウール・ゴウン。我等にそれを返せ。」
「断る。力とは独占して初めて意味を持つ。」
「なんと傲慢な…。力があったなら私も常闇と同じように――」
「やめろ評議員。あの日竜帝がゆぐどらしるとの道に触れて以来いつかはこうなると私は思っていた。だからこそ私は位階魔法も求めてきた。」
「おい。どういう事だ、そこのゾンビ。」
「貴様は骨だろう。」
「下らないことを言っていないで教えろ。ユグドラシルへの道だと?」
「ほう。貴様教えれば帰るか?」
「あぁ、帰るさ。」
「堂々と嘘をつきおって。我等の目を誤魔化せると思うな。」
凄まじい怒りが燃えるように吹き上がった。
竜帝はツアーの父親だと聞いてきたし、ツアーは何か知っているのかとアインズが視線を送る。しかし、ツアーは首を振った。
「悪いがアインズ、こればかりは僕にも分からないことなんだ。ただ、ここに来ていない
「ほう、お前は戦ったあの日にも
「いや、いないと思うよ。
勝手なことを話すなと言う竜王達の叫びを無視してアインズは少し考えた。
「…そうか。なんでもお前に聞こうとするのは私の悪い癖だな。では直接見させてもらうとするか。<
アインズは腕輪を輝かせて骨の竜王に向かって魔法を使った。
記憶を覗こうとすると、魔法は拒否されたように弾かれパチリと綺麗な火花をわずかに散らした。
「なんと凶悪な…。」
「ふむ。私の魔法を弾くか。たしかに相当に強い――いや、強かったんだろうな。ではこれはどうかな。<
穏やかに次の魔法を繰り出すと、それもまた弾かれパチリと小さな火花が散って消えた。
「…下らん。児戯だな。」
「
「それを刺激するな!!」
「何が起こるかわからん!!」
せっかく実験をしているのにすぐに喚き出すトカゲ達にアインズは少しうんざりした。
「まぁいい。それで、お前たちの聞きたいことは以上か?」
万一開戦する場合に備えて、置いてきたフラミーが家で待っている。
ユグドラシルへの道は興味深いがどうせ自由な行き来は出来ないだろうし、サービスが終了した今、モンスターを引きずりこむ事もできるか怪しい。
どうしても知りたくなったらアウラの傾城傾国を使えばいいだけだ。
アインズは恐怖の色がわずかに混じる全ての竜王と視線を交わした。
「いいみたいだよ。悪かったね。竜王達を許してやってくれ。次は僕たちがそちらへ行くようにするよ。」
「ツァインドルクス=ヴァイシオン!!竜王としてのプライドがないのか!!」
「…僕は世界とぷれいやーの調停者として生きているだけだ。」
竜王達は、世界最強へと繰り上げ昇格した竜王を睨んだ
ついに竜王達は真実を知ったけどミンチになる未来しか見えないですね!
次回もまだもうちっと竜王達とのお話なんじゃよ。
#58 閑話 ドラウディロンの腕輪
ドラちゃんの運命や如何に…!
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このまま死ぬまで幸せな夢を見続ける
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アインズ様にちゃんとまっすぐ振られる
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他に好きな人ができる(宰相かなぁ
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紆余曲折してアインズ様を諦める