アインズは
常闇は四肢を丁寧に切り開かれ、中から骨を取り出されている最中で逃れようと必死に身をよじっている。
ずっと叫び続けているらしいが
「ツアーの話では眼球と心臓が良いそうだ。」
そう話しかけた相手はニューロニスト・ペインキル――。
ウキウキとメモを取るその姿は、膨れ上がった溺死体の頭部に六本足のタコが張り付いたようだ。身を包むボンテージファッションは余りに膨れた体を締め付け、まるで肉料理に使う糸のように食い込んでいて醜悪だった。
ただ、長い爪全てにはマニュキュアがキレイに塗られていて、凝ったネイルアートが施されている。たまに第九階層のネイルサロンでシャルティアとネイルの話をしている姿が見られるらしい。
ヘソにはハート型のピアスがぶら下がっていて、頷いた瞬間にそれがキラリと揺れた。
「かしこまりましたわん。今の骨が取れ次第摘出いたしますので少々お待ちくださいまし。」
あまり急ぎすぎるとショック死するため細心の注意を払った丁寧な拷問だ。
始原の魔法で復活させれば拒否はできないが、万が一強大な状態で復活されては下手したらナザリックが破壊されてしまう。
喪失のない復活はある意味危険だ。
「頼む。あとは小さくなるときに落とした鱗の質に、今の鱗が何枚で追いつくのか確認したい。鱗はどのくらい取れている。」
ニューロニストとトーチャーたちは嬉しそうに剥いだ鱗の下へアインズを案内した。
そこには漆黒の鱗が積まれ、黒い山が輝いていた。
「結構取れたじゃないか。明日にでも第五階層に運んでおいてくれ。」
「かしこまりましたわん!アインズ様!」
第五階層。
巨大な氷山をくり抜かせて作った錬成室は壁も天井も透き通っていて、空が氷の向こうに見えている。
「これは面白い建物だね。」
「美しいだろ。折角専用の場所を作るならと思ってな。」
鎧のツアーを呼び出した第五階層の今日の天気は晴れにされていて、氷山の壁が外からの光を反射したり増幅したりしながら、内部は七色に輝く光が降り注いでいた。
「あぁ。美しいね。あれさえなければ。」
ツアーがアゴをしゃくった先には部位ごとに大量に積まれた常闇の体の一部があった。部屋の美しさと正反対に、非常におぞましい光景だった。
「あれが主役なんだから仕方がないだろう。取り敢えず作り方を聞いたら品質の確認をしなきゃならんな。下手に時間を奪ったせいであれは若い竜になってしまったから、あれでお前の言う限界突破の指輪が作れるか少しだけ不安だ。」
「作れなければ作れないで僕は良いけどね。」
相変わらずすぐに水を差す竜をアインズは人の体でジトッと睨み、ロッキングチェアに腰掛けた。
「全くお前と言うやつは。まぁいい。――さぁ、お前も座ってくれ。」
「これで僕はついに本腰を入れて魔王の手助けをするわけだ。完成するであろう七十年後が恐ろしいよ。」
アインズは少し笑いながらノートを取り出した。
その後アインズはツアーとともに夢中で素材の質について確認していった。
どうやらニューロニストが新たに剥いだ鱗は、これまで剥いだ全てを足しても常闇が縮まる時に落とした鱗一枚分にも満たないようだった。
今ある素材からはギリギリ指輪を二本作れるか作れないかという瀬戸際だ。
しばらく二人であーでもない、こーでもないと話していると、ツアーは鎧の顔を上げた。
「おや?フラミーが来たみたいだよ。」
わずかな時間が流れると、フラミーが氷山の入り口からヒョコリと顔を覗かせた。
「ツアーさん、こんばんは!アインズさん、今日式の話するって言ってましたけど、もう遅いんで私先に寝ちゃいますね。」
気付けばクリスタルのような氷山が反射しているのは日の光ではなく星と月の光だった。
たくさんの星の光の粒が降り注ぐその場所で、フラミーの耳にかけられている蕾は咲いていた。
暗視を持ち、疲労も無効化しているアインズはこういう時周りの状況を見誤りがちだ。
「えっ!?す、すみません!!まさかこんな時間だとは思いもしなくって!」
「はは、いいんですよ。でも人の身でいるならちゃんと寝てくださいね。じゃあ――」
「ま、待ってください!」
別に怒っている雰囲気でもないがアインズは慌ててフラミーの腕をとって引き止めた。
「すみません…。時間忘れてて…。」
「いいえ、ぜーんぜん。お仕事ですもん。」
「フラミーさん…嫌なことは嫌だって…ちゃんと怒って下さい。」
フラミーはきょとんとした。
「必要な事ですし、アインズさんが好きな事してるの、私好きですよ!」
あっけらかんと言い放つフラミーに、アインズは何となくこのままではまずい気がした。
自分の行いを悔いるとフラミーを抱き締め、顔を上げた。
「ツアー、すまない。今日は終わりにしよう。おかげで作れそうだよ。<
アインズはツアーを復活させた日に家へ行ったので帰りの扉を開いた。
「いいよ。それじゃ僕はこれで。フラミーも何か困ったらいつでも来るといいよ。君の存在はアインズを孤独にしない為にも必要だからね。」
「ふふ、それ前も言ってましたね。おやすみなさーい。」
鎧は少し笑ってから立ち去ると、アインズはフラミーの顔を掴んだ。
「…フラミーさん。嫌な時は嫌だって、ちゃんと怒って下さい。お願いします。」
「ははっ、分かりました。怒ります。アインズさんもう忘れちゃ嫌ですよ。」
フラミーはアインズの胸のあたりを掴むと引っ張った。
「すみませんでした。もう二度と忘れません。」
二人は顔を寄せ合い長いキスをすると、フラミーは顔を赤くして照れ臭そうに笑った。
「へへ、また許しちゃった。」
その夜二人は星の光が降り注ぐその場所で一つのロッキングチェアに揺られながら眠った。
「アインズ様。オハヨウゴザイマス。」
コキュートスの声にアインズが目を覚ますと、フラミーはまだ腕の中で眠っていた。
しー、と口に手を当ててからアインズは小さな声で話し出した。
「あぁ、コキュートス。もう朝か…。今日の予定をアルベドに聞いて時間を作らなきゃな…。それで、お前はあれか?」
「ハ。ニューロニストカラ素材ガ全テ届キマシタノデオ持チイタシマシタ。」
二人の声にフラミーは目を覚ますと猫のようにアインズの胸に顔を擦りつけた。
「おはようございます、フラミーさん。」
「フラミー様。オハヨウゴザイマス。」
「うーん…おはようございまぁす。」
アインズは足で軽く地面を押してロッキングチェアを揺らしだした。
「昨日の話からすると、量が足りるか少し不安だな。最悪ツアーに鱗をせびるか。コキュートス、入れてくれ。」
コキュートスは頭を下げると
その様子を見ながらアインズは自分の胸の上で人のような形にさせた手をテクテク歩かせるフラミーの顔を覗き込んだ。
「フラミーさん、何十年も後になっちゃうんですけど…。アイツがあの日に落とした鱗とこの素材達で指輪を二本作りますから、出来上がったら…良かったら俺と同じ指にはめて下さい。あんな奴から作る指輪なんて嫌かもしれな――」
フラミーは歩かせていた人型の手でアインズの唇をムニリと押し、ようやく体を起こすと、揺れる椅子の上で微笑んだ。
「そうさせて下さい。嬉しい。」
アインズも微笑むと頭をクシャリと撫で付け、フラミーを抱えて椅子から立ち上がった。
「じゃあ、やりますか。」
最初の二本は常闇の時間を奪った時に落とした強大な力を持つ鱗達を用いてすぐに製作に取りかかれたが、三本目以降は素材の質が悪く、量を集める必要がある為大層難儀した。
その後アインズは素材が集まるたびにここに訪れ、限界突破の指輪を量産しようと始原の魔法をかけ続けた。
フラミーも指輪の完成を待ちわびて、たまにこっそり一人でそこを訪れては楽しみに指輪を眺めた。
何十年か経つと氷山の中には、数本の指輪が魔法の膜に包まれふよふよと浮かぶようになる。
おぼっちゃまとお嬢ちゃまと呼ばれる二人が母の楽しみに待つそれを取ってきてあげようと魔法の膜に触れ、父に散々叱られるまであと残すところ――――――。
アインズは素材に魔法をかけるとフラミーを連れて
「じゃあ、式は神都大聖堂で人前式、披露宴はナザリックですね。」
散々迷ったが、神さまだと思われている中で披露宴は辛いと祝いの宴は墳墓内で行うことにした。
そして神前式や教会式など色々悩んだが、神が神に何かを誓うと言うのも奇妙かと人前式に決めた。
「式の頃にはラナーちゃん臨月ですね。あー楽しみなことたっくさん!」
「はは、それは何よりです。フラミーさんが毎日楽しそうで俺は嬉しいですよ。」
式には各国の要人を大量に招くため、じゃあやりましょうと言ってすぐに行うこともできず、式は約半年後、二年目の真冬に決められた。これでも近々で、何としても出席しようと多くの者のスケジュールを軽く混乱させたのだが。
それまでに八欲王の所へ行き、宝を奪取する予定だ。
アインズはそこでいい素材があったらフラミーにまた何か作ってやろうと決めると、冒険に行きたい気持ちがどんどん湧き上がり出した。
「…フラミーさん。」
「はぁーい。」
「そろそろ、冒険行きません?」
フラミーはドレスのカタログから視線をあげると、目をギラつかせた。
「なんなら今すぐでもいいっすよ。」
二人はサムズアップを交わすとニヤリと頷きあった。
ツアーはお母さんの遺体から、限界突破の指輪をたった一本だけ作れたみたいですよ!
そして杠様より素敵すぎるいちゃつきを頂いたので貼ります!!
【挿絵表示】
ああ…椅子でそんな風に過ごしたんかワレェ
次回 #60 閑話 ダークエルフ
閑話は次回でおしめぇです!
ドラちゃんの運命や如何に…!
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このまま死ぬまで幸せな夢を見続ける
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アインズ様にちゃんとまっすぐ振られる
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他に好きな人ができる(宰相かなぁ
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紆余曲折してアインズ様を諦める