宿をとったらすぐにナザリックに一時帰還するつもりが、アインズとフラミーが部屋に入り随分時間が経っていた。
あれ程までに心配していたアウラとマーレの事を一時的に頭から追い出し、二人は時間を忘れて昔を語り合った。
フラミーは飲食可能なため、食事に誘ってあげようかと一瞬思うアインズだったが、悲しいことに宿に泊まっただけで金がもうほとんどない。
「このスクリーンショットなんて傑作なんですよ!」
ペロロンチーノと源次郎がエントマを以て繰り広げられるぐじゃぐじゃ虫ックスについて妄想し熱く語らっているのを聞き咎めたぶくぶく茶釜が、わざわざジョーク課金アイテム「拷問前の捕虜」を手に入れ、拘束した二人をエントマの前に置き去りにしたものだ。
二人は笑顔のアイコンを表示させていて、「エントマの前……!むしろご褒美!!」と更に妄想を加速させたのだった。
スクリーンショットは<設定>の<アルバム>を押すとフォルダ分けされたものが見れていたが、この世界では物理的なフォルダーの中に、ごっそり紙焼きの写真が入っているという代物になっていた。
アインズはそれを一生の宝物にしようと決めた。
「なんでこの二人はこうなんでしょうね。特にペロロンチーノさんはご病気です!」
「本当ですよねぇ」
アインズの向かいのベッドではははと笑うフラミーは笑いすぎて浮かんでしまった涙を払ってから言葉を続けた。
「ねぇモモンさん。守護者や僕の皆で今度写真撮りたいですね!カメラがどうやって出来てるのか知りませんけど」
アインズはいい案だと思った。
アンデッドや悪魔は老いも寿命も存在しないが、それこそアウラやマーレのように今後の成長が楽しみな者達も大勢いるのだ。
何枚あっても足りないだろう。
「そうですね!そういうのが作れそうなアイテムや魔法に詳しいNPCを募りましょうか」
アインズは第十階層にある
一方──
「あ、そっか!電気がないこの世界でもマジックアイテムとして作ればいいんですね!アインズさんが作ったパンドラズ・アクターなんて居場所的にアイテムに詳しそうですし、アインズさん自身も魔法に詳しいじゃないですか!二人で作れるんじゃないですか!」
電気がなくてもカメラが作れる事を知らないフラミーはアインズの魔法を用いようとする柔らかい頭に感心していた。
「えっパンドラズ・アクターは……」
「そう言えば、パンドラズ・アクターは宝物殿にいるんですか?カメラ、楽しみだなぁ!」
NPCを製作していないフラミーにアインズの
楽しみ楽しみとわくわくしている様子にアインズは己の黒歴史に会いにいくことを決めた。
すっかり日が暮れてからナザリックに戻ると、二人は一番に宝物殿へ飛んだ。
「──え?わぁ……!」
想像を大きく上回る大量の金貨にフラミーは一瞬驚き足を止めた。
「どうしました?」
「こ、これ、全部アイ──いえ、モモンガさんが貯めたんですか……?」
アインズはたった一人で宝物殿と狩場を行き来していた日々を思い出し、胸が痛くなると、「えぇ」とだけ短く返事をした。
「モモンガさん……。すごいです。ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げられるとアインズは胸に温かさが広がるのを感じ、存在しない目尻を下げた。
「いえ、ナザリックの為ですからね!」
二人は金銀財宝が積み上げられた宝物殿を真っ直ぐ進み、真正面に二次元的な闇がべたりと張り付く場所にたどり着いた。
アインズとフラミーは懐かしそうに「あ〜」と声を上げた。
「タブラさんは凝り性だったからな」
「そうですね。パスワード、何でしたっけねぇ」
アインズは少し悩むと、ナザリック中に共通する一つのパスワードを口にした。
「アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ」
その言葉に反応し、湖面に何かが浮かぶように文字が現れた。
Ascendit a terra in coelum, iterumque descendit in terram, et recipit vim superiorum et inferiorum.
これをタブラにも見せたかったなと少し思いつつ、あぁと思い出したように声を上げた。
「かくて汝、全世界の栄光を我がものとし、暗き者は全て汝より離れ去るだろう──だったかな?」
エメラルド・タブレット──タブラ・スマラグディナに記された言葉だ。
闇はしゅるりとある一点に吸い込まれ、道は開かれた。
「あー!そうでしたそうでした。すごい。それまた覚えないとパンドラズ・アクターさんに会いに行けないですね。覚えられるかなぁ」
フラミーは「かくて汝……世界の栄光を手に入れ……」と既に少し間違えたパスワードを口の中で復唱した。
「はは、会いにいかなくて良いですから、覚えないで下さい」
「えぇ。なんでですかぁ」
「なんででもです」
「昔はよく一緒に来たのに」
中へ進んでいくと博物館のような所に出、そして待合室に辿り着いた。
フラミーはぴたりと足を止めた。
「──タ、タブラさん!!」
それは水死体のように真っ青な体に、紫がかった白いタコのような頭部を持った異形だった。
ごぼりと首を傾げ、二人を迎えた。
「パンドラズ・アクター、元に戻れ」
アインズがそう言うと、異形はくるりと身を翻し──後には軍服に身を包む卵のような頭部を持つ姿へと変わった。
それはカツンッ!と踵を合わせると、オーバーな動きで敬礼をした。
「ようこそおいで下さいました!!我が創造主たるモモンガ様!!──そして、我がフラミー様!!」
「──あ、そっか。パンドラズ・アクターさん、そうでしたね。こんにちはぁ」
「……元気そうだな」
アインズは頭が痛くなりそうだった。
「はい。元気にやらせていただいております。ところで、今回はどうなされたのでしょうか?随分お久しぶりにお揃いで」
ウッキウキしてたまらん。そういう雰囲気でパンドラズ・アクターは答えた。
「実は──」
アインズはナザリックがユグドラシルとは違う世界に今ある事を簡潔に告げた。そして、名を改めたことも。
「──という具合でな。フラミーさんがカメラが欲しいそうだ」
「おぉ……おぉ……!カメラ!!」
わざとらしいリアクションで驚きを表現され、アインズはどうしてこんな風に作ってしまったのだろうと無い眉を顰めた。
「どうだ、作れるか」
「それはもちろん!なんと言ってもこの私はアインズ・ウール・ゴウン様によって生み出されし最高傑作!作れないものなどございません!!」
「そ、そうか。期待しているぞ」
「はっ!ところで──」
「なんだ」
「かめらってなんですか?」
フラミーはたまらず吹き出した。
宝物殿を後にした二人はアインズの執務室へ向かった。中では既に守護者達が控えていた。
双子からの定時連絡を受けたアルベドが朗々と法国について語る。
かつて六百年前、この世界へ来たと思われるプレイヤー達を神と崇める法国は、特にスルシャーナを信奉する闇の神殿が最大の信者数を有していた。
神都には未だ生きた「従属神」と呼ばれるアンデッドが残っていて、それはスルシャーナが国を見守らせるために生み出していったらしい。
そのストーリーも闇の神殿の人気の理由だが、何よりも、このアンデッド以外のすべての従属神達は堕落し『魔神』となり世界を荒らし回ったため、スルシャーナを信奉する事は理性的且つ道徳的であると思っている節があるようだ。
「──と、ここまでが一次報告でございます」
「なるほど。アウラ達はよく調べたな」
アルベドは頭を下げると続けた。
「畏れ入ります。そこで、アウラはこれより闇夜に紛れて神都大神殿へと潜入し、スルシャーナの従属神のレベルを看破する予定でございます」
それを聞いたフラミーは共にソファに座るアインズに視線を送った。
「あの……これ、危ないんじゃないですか?アインズさんが
「俺も危ないと思います。スルシャーナがどんなビルドの
説明を聞いたフラミーは背筋に冷たいものを感じた、アインズは顎に手を当て考え込んだ。
「守護者達よ……。お前達はこの問題にどう挑むのがいいと思う」
キラリとメガネを輝かせたデミウルゴスが一歩前へ出て進言する。
「恐れながら……百レベルに達する者に近付いてもそれを気取らせないだけの隠密能力で言えば、このナザリックに於いてアウラの右に出る者は存在しません。しかし、御方々のご心配もごもっともかと……。そこで、私は敢えてアインズ様とフラミー様、そして全守護者で向かうのがよろしいかと愚考いたします」
やはりそうか……とアインズは頷く。
人任せにせず自分の目で確かめるのが一番だと思ったからだ。
「向かってどうするでありんすか?デミウルゴス。まさか見るだけで済ます気ではないでありんしょうね」
「当然だとも、シャルティア。アインズ様を模し神を名乗る不届きものを全力で抹殺し、代わりにドッペルゲンガーを置いて帰るのさ。そうして、来たる約束の日、そのドッペルゲンガーにアインズ様こそ正当なる神である事を告げさせれば、不届きなアンデッドの信仰をアインズ様は一心に引き受けることができる」
「ナルホド、ソウスレバ簡単ニアインズ様ノ御名ハ国中ヘト広ガルト……」
殺すことが前提だとは思わなかったが、名前が広がると言われてはそうするのがベストな気がする。
「素晴らしいぞデミウルゴス。そういう進言こそ私の望むものだ」
「おお、アインズ様。貴方様は、既にお気付きになられていたと言うのに……。お二人で我々をお試しになった……そういう事ですね?」
デミウルゴスからの不思議な期待に満ちた瞳を向けられるとアインズは背中がムズムズした。
「ん、んん。その通りだ。そこまで読みきるとは流石はナザリック一の知恵者」
「いえ。私もアインズ様がご帰還された際に、一番に宝物殿の……会ったことはありませんが、パンドラズ・アクターの下へ向かわれた事を知ってこそでございます」
フラミーがこちらを見ている気配を感じるが、知ったかぶりを重ねる己が恥ずかしくてそちらを見れない。
「では、これよりアンデッド討伐へ向かうぞ。準備を怠るな。アルベド、アウラにはお前が連絡しておけ。ナザリックの初陣だ!」
アインズはフラミーとデミウルゴスを伴い宝物殿を訪れていた。
「ンァインズ様、フラミー様!これは、再びのご来臨このパンドラズ・アクター喜びに身が──あっ、ドン」
瞬時にパンドラズアクターを壁側まで追い詰め、目一杯顔を近づける。
「パンドラズ・アクター!お前は私を超えていかねばならぬ!それが父と息子というものだ……!良いか、デミウルゴスを見てみろ」
ゆっくり二人で顔を向ければ、落ち着いた様子でフラミーと何やら言葉を交わすデミウルゴスの姿があった。
「あれは、どう考えても生み出したウルベルトさんの想像を遥かに超えている。わかるか?」
「はぁ……?」
このハニワはまるでわかっていない様子だ。
中二病全開だったウルベルト・アレイン・オードルの息子がああなり、同じく中二病に罹患していたアインズの息子がこうなっているのは何故なのか。
「アインズ様。何か」
フラミーとの話を中断させ、自分の話をしていることがわかったのか優雅にデミウルゴスが声をかけてきた。
「いや、今パンドラズ・アクターにお前を少しは見習えと言い聞かせていたところだ……。昔お前を生み出した時ウルベルトさんは最高傑作だと言っていたぞ。無論、私の生んだこれも素晴らしいとは思うのだが、な」
デミウルゴスは歓喜に震える。
何か声を出せば涙が溢れるのではないかと思い、黙って頭を下げた。
一方パンドラズ・アクターは、目の前の悪魔が果たしてどれだけの成果を上げたのかと、宝物殿の外で働ける守護者を少しだけ羨ましくなっていた。
「パンドラズ・アクターさんだって、今回きっと活躍してくれますよ!」
フラミーのその声はパンドラズ・アクターにとってまさに福音だった。
「は。必ずや見事カメラなるものを生み出してみせます!フラミー様っ!」
期待を超えようと、今までで一番華麗に舞いながら、フラミーの足元にひざまずき、胸に片手を当てながら、もう一方の手をフラミーのすぐ前に差し出す。
背中にバラが咲いて舞い散るのを幻視したアインズは沈静化された。
「えぇ……。あぁ……いや…………うん…………。パンドラズ・アクターよ。今回はカメラとは別件で来たのだ。んん。先程伝えてからいこうと思ったが、守護者達を待たせていたのでな。詳しいことはデミウルゴス、お前が説明してやれ」
畏まりましたと頭を下げたデミウルゴスは、どのように作られたのか未だ解らないパンドラズ・アクターに懇切丁寧に説明を始めた。
が、すぐに作戦の趣旨を理解し、討伐ではなく、実験体として使用するため捕縛で進められるよう見事なる作戦案等を次々と提案したのであった。
「御身は貴方に私を見習えと仰ったようですが……私も貴方を見習わせてもらいますよ。ここに私を連れてきたのは、恐らく貴方からの良い影響をアインズ様が計算されてのことでしょう」
「我が創造主たるアインズ様は全知全能の御方。私達のこの会話すら、おそらく読んでいらっしゃることと思いますよ」
落ち着いた様子で話を続ける男子二人を、全く落ち着かない気持ちでパパアインズは嘆き見守った。
「あぁぁ。フラミーさん……どうしたらパンドラズ・アクターはあの動きをやめてくれるんでしょうか……。デミウルゴスみたいになれって言ってんのに……」
「え?やめてほしいんですか?可愛いじゃないですか。個性があって!それに、ちょっぴりキザな感じは、デミウルゴスさんっぽさもありましたよ」
そう話しながら、フラミーは二人で外に出た夜を思い出し、デミウルゴスに言われたキザなセリフが脳裏をよぎった。
再び熱を持とうとする悪魔の尖った耳を両手で頭に押し当てるように押さえた。
「デミウルゴスがあのポーズでバラでも持ってきたら……似合うんでしょうけど……」
イケメンに創造しなかった自分が悪いのかとアインズは再び苦悩し──二人は小さな呻き声を上げた。
第六階層、
この場所には珍しいNPC達が揃っている。
一人目は双子を監視しているアルベドの姉ニグレド。
そしてもう一人は転移門を開くために呼び出された
「アインズ様。この度は御改名おめでとうございます。今後も我ら変わらぬ忠義を捧げます」
手短に挨拶を済ませると、ニグレドはスキルでアウラの様子を追った。
オーレオールもどこにでも
アウラは連れてきていた全てのしもべをマーレの影へ渡し、たった一人、アーチ状の天井のかかる回廊が囲む美しい中庭を音も無く駆け抜けた。
すると、突然神殿が騒がしくなった。
「陽光聖典が!!!神官長様達をお呼びしろ!!」
アインズに心を折られたニグンと、その部下達が這々の体で帰還したようだった。
多くの者が走り行き交うが、大した力も持たない人間達は誰一人、アウラの存在に気がつかない。
アウラは静かになり始めた廊下に少し気が抜けた。
次の瞬間、声が響く。
「誰かいるの……?」
守護者すら欺く力を持つアウラを看破する者の存在に、ニグレドの後ろから様子を見ていた全員が武器を強く握りしめ、今回の作戦を破棄しなければならない事を予想する。
それは、左右で髪と目の色が違う、幼そうな女だった。
2019.06.04 kazuichi様 誤字報告本当にありがとうございますm(_ _)m適用させて頂きました!