セバスは馬車の中で再び番外席次を教育していた。
「番外席次様。人は大切なものの為であれば信じられない力を発揮する事があります。倒壊した家屋の中にいる我が子を助ける為に母親が柱を持ち上げるように、転落しそうになった妻を片手で持ち上げる夫のように。それが人の強さだと私は思っております。他に譲れない何かがあれば、あなたが考える自分を超えた力を発揮することができるでしょう。」
「…セバス様。それこそが陛下方の教えなのね?」
「その通りです。お二柱はいつもそれを体現してらっしゃいます。自分一人で培った物なんて弱いものですよ。自分が折れてしまえば終わりなんですから。そうではなく、誰かと共に築き上げたならば、誰かのために尽くすのなら、へし折られてもまだ倒れたりはしません。」
「私は全て持たないけど…少しだけ分かってきた気がするわ。誰かと共に…ね…。ねぇセバス様。明日はネイア・バラハの馬車に行ってもいい?」
「もちろんですよ。そうなさるのが宜しいでしょう。」
昨晩の勉強会は随分番外席次に良い影響を与えたようで、今日の番外席次は熱心だった。
セバスは大いに満足すると、念のためもう一人の教師に確認をとった。
「デミウルゴス様もよろしいでしょうか?」
「……あぁ…。」
デミウルゴスは聖典の様子を見に行ってから様子がおかしかった。
窓の外を見て何かを考えているのかため息を吐いては静かに頭を振っている。
「デミウルゴスよ、休憩するか?」
「あぁ……はっ。いえ。問題ございません。」
アインズの声に途端に我に返るが、すぐにまたぼんやりと窓の外に視線を戻した。
おかしな雰囲気にアインズはセバスと視線を交わし、何があったのだろうかと考えるが、賢い悪魔のなにかを見抜くことなど当然叶わなかった。
その晩、デミウルゴスは約束の通りフラミーの部屋を訪れた。
「デミウルゴス、御身の前に。」
「ありがとうございます。座ってくださいね。」
フラミーは悪魔を招き入れるとソファに掛け、自分の前の席をすすめた。
なんと頼むのが一番良いのか未だにわからず、少し悩む。
アインズと友達になってくれと言いたいが、遠回しに「関係を進めようとするな」と言うように聞こえてしまわないか。
元から関係を進めない様に必死に耐えている悪魔には少し残酷かもしれない。
セバスに頼むべきだったかと少し思うが、いつも優しい悪魔につい甘えてしまう。
フラミーが悩み、なにも言わない静寂の部屋の中、デミウルゴスは口を開いた。
「…フラミー様はいつからお気付きだったのでしょう…。」
フラミーは一度思考をやめた。
「ん?お茶会の時、あんな風に言ってわかんない人なんていませんよ。」
「…それはそうですね。私をさぞ不敬だと思われた事でしょう。」
「いえ、そんな事ないですよ?想うことは自由ですもん。」
「では、このまま想い続けることをお許し頂けるのでしょうか…。私は御身には何も望みません。」
「もちろんですよ。でも何も望まないなんて寂しいこと言わないでください。」
頭を抱えていたデミウルゴスは震えるように顔を上げた。
「そ、それは…どう言う…。」
「ちゃんと私が可愛がってあげますからね!」
聞くや否や瞳は開かれ、デミウルゴスは立ち上がった。
「よろしいのですか……。」
「よろしいですよ?それでね、あれ?デミウルゴスさん?」
悪魔は震える足で一歩一歩進み――不可侵の至高なる存在に触れた。
アインズはナザリックでアルベドとパンドラズ・アクターと共に短い執務を行なっていた。
ミノタウロスの国へ魔導国羊達の出荷がついに始まるので、それに関わる承認書類や牧場指導計画書類にポコポコとリズミカルに国璽をついていく。わかる所とわからない所が半々だが、これでも割とよくやっている方だ。
全てが終わるとアインズは骨の身には無用だというのにウーンと伸びた。
「お疲れ様でした、アインズ様。もしお望みとあらば私が全身くまなくほぐして差し上げますわ!くふふふっ!」
アルベドは嬉しそうに執務机の向こうで羽を揺らした。
「いや、どう見ても私は骨だろう…。」
「ではではどうぞ人の身にっ!くふーっ!」
一体何を想像しているのかアルベドが顔を赤くしてくねり始めると、パンドラズ・アクターは確認していた懐中時計をカチリと閉じて胸ポケットに戻した。
「申し訳ありませんが統括殿、そろそろ時間です。さぁ父上、今宵のお勤めにお向かいください。私は弟と申しましたが勿論妹でも構いませんので。」
「…パンドラズ・アクターよ、もう少し言い方はないのか…?」
「やはり生命創造に、の方がよろしいでしょうか?」
「間違ってないがそうじゃない…。」
「ああ、アインズ様!!私も命を作りとうございます!!」
アインズは息子と娘の再教育を考えながら立ち上がると、直接フラミーの部屋に
「…な…こ、これは……。」
「アインズさん…ごめんなさい…。」
フラミーは目に少しだけ涙を溜めていて、揺れる瞳は自分の行いを悔いているようだった。
「デミウルゴスさんが…動かなくなっちゃった…。」
その足下には跪き恭しげに足を持ち上げ、サンダルに口付けを送ったまま固まるデミウルゴスがいた。
「あー…昼からおかしかったですけど…。大丈夫か…?おい、どうした?デミウルゴス?」
アインズに肩をポンポン叩かれ名を呼ばれるとデミウルゴスは顔を上げフラミーの足をそっと離した。
「…アインズ様…私は…。」
その目からは光る宝石が溢れカラコロと音を立てて床に落ちた。ひどく澄んだ音が響く。
アインズはギョッとすると慌ててデミウルゴスの前に膝をついてぽろぽろと宝石を落とす顔を両手で覆った。
「どうした!?どうしたんだ!デミウルゴス!!なんだ!?どこか痛いのか!?」
「いえ…私は、御身にお目溢しいただいて来たというのに…あまりにも不敬でございます…。」
「そ、それは…仕方ないと言うかそう言うこともある。お前には毎晩辛い思いをさせて悪いと思うが――」
「アインズ様…どうか…私に自害の御許可を…。」
「自害!?バカな!来なさい!!」
アインズは未だ宝石をこぼし続ける悪魔を引っ張って立たせた。
「ご、ごめんなさい!私、私!!」
フラミーも立ち上がりついて来ようとする様子にアインズはビッと手を上げてそれを制した。
「フラミーさんはここにいて下さい。良いですか、ここにいるんです。」
再び
「あら?アイン――デミウルゴス!?あなたどうしたの!?」
「父上!?デミウルゴス様は一体!?」
アルベドとパンドラズ・アクターは立ち去ったばかりの主人が泣く僕を連れて戻ってくると目を丸くした。
アインズ当番と
「私がいいと言うまで決して誰も扉を開けるな…。」
アインズは守護者の疑問を無視するとそのままデミウルゴスをつれて寝室に入った。
二人の歩いた後にはまばらに透き通る宝石が落ちていて、パンドラズ・アクターは取り敢えずそれを拾い集め適当な瓶にしまった。
二度と手に入る気がしない。非常にレアアイテムの匂いがする。
アルベドは急ぎ扉の前にぴたりと耳を寄せると、中からは啜り泣くデミウルゴスの声が若干聞こえ、パンドラズ・アクターとメイドをぶんぶん手招いた。
「デミウルゴス。何があったんだ…。お前らしくもない…。」
アインズは息子をベッドに座らせ、隣に自分も腰掛けると落ちてくる石を手の平で受け止めながら訪ねた。
コツンコツンと骨の手に石が当たる音が響く。
「アインズ様、先ほど…フラミー様に全ての気持ちを解っていると言われ…私は不敬にもフラミー様に踏み込もうといたしました…。」
アインズは絶句した。あれに限ってそんな訳はない。
いや、気付いていればデミウルゴスを自室に一人呼び出しはしないだろう。
「んん…デミウルゴス。言いにくいが…それはお前の――」
デミウルゴスは前傾姿勢になると頭を抱えた。
「その通りです…その通りなのです。全ては私の勘違いでございました。」
「そ、そうだろう…。それで、お前は踏み込んだ様ではなかったが…。」
「はい…すぐに気が付きましたが…一瞬でもそうしようとした自分が…自分が許せません!」
瞳からバラバラと落ち始めた石はデミウルゴスの悲鳴のようだった。
「デ、デミウルゴス…落ち着きなさい…お前は踏み込まなかったんだ…。それで十分じゃないか…。」
「アインズ様!御身のご慈悲に付け込む卑しきこの身はもはや存在すら許されるべきではないのです!!」
受け止めきれない石が転がっていく様をアインズは綺麗だと思った。
暗闇の部屋の中、アインズの瞳に灯る炎に照らされ、美しい宝石達は赤い色を軽く反射していた。
「もうわかったから、静かにしなさい。我がアインズ・ウール・ゴウンの名において――…いや、鈴木悟の名においてお前の全てを許そう…。」
「…スズキ…サトル…様…。」
「そうだ。モモンガより長く名乗ってきた…今はフラミーさんだけに呼ぶ事を許す私の真実の名だ。」
アインズは可哀想な息子の背をさすり、いつもより若い声で続ける。
「俺が許したんだ。お前は俺の意思を無視するほど愚かじゃないだろう?な?」
「…アインズ様。」
「――デミウルゴス。どうか私にお前の心の棘を抜かせておくれ。」
アインズが乱れた髪を撫で付けるとデミウルゴスは心底安心したように最後の一粒を落とし、いつもの冷静な表情に戻っていった。
「…ありがとうございます。しかし、どうか私に何かしらの罰をお与えください。」
「お前は毎日罰を受けているじゃないか。私がお前の立場ならもうとっくに気が狂っている。」
我慢強い息子に感謝の気持ちを持って骸の顔で微笑むと、デミウルゴスも少し笑った。
「よし。偉いぞ。そろそろ戻ろう。お前が死ぬんじゃないかフラミーさんもきっと今頃気が気じゃないだろう。」
「申し訳ございませんでした。」
「良いさ。お前がそういう男で…私は本当にいつも命拾いして来たんだから。」
「デミウルゴスさん!!」
部屋に戻るとフラミーは散らばっていた宝石を両手いっぱいに持ってベッドに座っていた。
「フラミー様、取り乱しまして申し訳ありませんでした。もうなんともございません。」
「あぁ…良かった…!ごめんなさい、私そんな、いじめるつもりじゃなかったんです!本当にごめんなさい!」
フラミーは宝石を投げる様にベッドに置くとデミウルゴスに駆け寄って抱き締めた。
「あ、あの、フラミー様。その様なことは…。」
「ごめんなさい、本当に…。デミウルゴスさんはずっと我慢して来てたのに…。」
「はは…それは御身の思い違いですので…しかし、お友達と言うのはやはり辞退させて下さいませ。」
「…わかりました、わかりました。絶対絶対二度と言いませんから…だから…本当にごめんなさい…。」
デミウルゴスがフラミーの背に手を回しかけては持て余して下ろすと言う動作を繰り返す様を見て、アインズは少し笑った。
「よくわからんが許すと言ってやれ。それの望みだ。」
デミウルゴスは己の胸から泣きそうに自分を見上げてくる主人に視線を落とした。
金色の美しい瞳にアインズが眠っていた秘密の日を思い出す。
そっと背中に手を回して軽く抱きしめ返すと、フラミーの耳元でこぼす様に告げた。
「……お許しいたします…………申し訳ございませんでした……。」
その後アインズは深々と頭を下げるデミウルゴスを退出させるとフラミーをグイと抱き寄せた。
「まったく本当に…次は俺が許さないですよ…あんな事…。」
「……ご、ごめんなさい…。可愛がってやれって言われてたのに…。」
そうじゃねーよと心の中で散々悪態を吐くと、アインズは骨の身のまま顔を寄せてフラミーの鼻を噛んだ。
「あぅ。」
「…お前ら一体何をしてるんだ?」
次の日アインズが執務に戻ると、寝室の扉の前には大量の人だかりがあった。
いひひひ
やっぱりデミデミの忠誠心はナンバーワン!!
あ、また隙見せてる!!
次回 #6 砂漠
以前usir様より頂いたデミデミを貼らせて頂きました!
【挿絵表示】
デミデミエンドif話は裏で!
IF酒宴会分岐物語デミルート3話一章貼ってあります!
https://syosetu.org/novel/195580/