辺りはすっかり黄色い砂が広がり、遠くには街と、天空にはうっすらと浮かぶ城が見えるようになってきていた。
一行は馬車から張られているタープの下で昼食をとった。
「フラミー様。」
「はい?」
番外席次はアインズではなく、フラミーに絡むようになっていた。
「私のこと、祝福してくれる?」
「……してますしてます。してますから。ほら、ネイアちゃんのお片付けのお手伝いに行ってください。」
何度目かわからない質問に何度目かわからないセリフを返すとフラミーはため息をついた。
「はは、お母さんは大変ですね。」
アインズの可笑しそうにする声にじとっと視線を向けた。
「アインズさん、それ仕返しですかぁ。」
「そうですよ。ほら、来てください。お母さん。」
アインズが手を広げるとフラミーは不服そうな顔をしながらアインズの胸に収まった。
「私番外席次さんのお母さんじゃないですもん。」
アインズは笑うとフラミーの翼を撫でた。
「ははは。じゃあ、お母さんになります?」
「っぇ…あぁあいんずさん…。」
「俺はいつでも大歓迎ですよお母さん。」
顔を赤くして見上げてくるフラミーを面白そうにしばらく眺め、顔を寄せかけると、低くなだらかな砂丘の上から駆け寄ってくる人影が見えた。
分別のつく漢、アインズは顔を寄せるのをやめてフラミーの頭をポンポン叩いた。
「アインズ様ー!おっ待たせいたしましたー!」
「戻ったな、アウラ。街に強者はいたか?」
この日、町を目前にし、隠密能力に長け力を看破できるアウラを呼び出していた。
アウラは番外席次が苦手なので、そちらをチラリとも見る様子がないが、向こうは僅かに興奮していた。
「はい!あたし達と同程度の力を持つ天使達が何人かいたみたいです。冒険者の言う通り街を警邏してるようで、特に目的はなさそうにフラフラしていました!」
「そうかそうか。よくやったな。偉いぞ。」
アインズは腕の中のフラミーの髪の毛を弄びながらどうしようかなと考える。
これから宝を全て奪取し、挙げ句の果てにはギルド武器を破壊してNPCと城を抹消しようと言うのだから真正面から馬鹿正直に名乗って町に入る気は更々無い。
遠くに浮かぶ見覚えのある城にアインズの警戒心は最高潮だ。
アースガルズの天空城を保有したギルド。ヘルヘイム最奥の氷河城を支配したギルド。ムスペルヘイムの炎巨人の誕生場というフィールドを支配したギルド。
この三つのギルドはアインズ・ウール・ゴウンに匹敵する。
そんな相手が創った三十人のNPCだ。一体何人が百レベルかわからない。
最悪全員が百レベルの可能性もあり得るだろう。
アインズ・ウール・ゴウンはそのギルドランクに比べギルドメンバーが極端に少なかった故に階層ごとに凡ゆる力を求めた――当然お遊びやロマンもあったが。
しかし、どのギルドも大抵アインズ・ウール・ゴウンの倍はギルドメンバーを有していた為、NPCで細やかな対応能力を求める必要はないのだ。
手を付けていないギルド拠点の最大レベルは三〇〇〇で、アインズ・ウール・ゴウンの拠点レベルは二七五〇だった。
バランス良く作ろうとしなければ百レベルのNPCを二十七人は創れた筈だ。しかし実際問題ナザリックの百レベルNPCは九名。
アルベド、シャルティア・ブラッドフォールン、コキュートス、アウラ・ベラ・フィオーラ、マーレ・ベロ・フィオーレ、デミウルゴス、セバス・チャン、パンドラズ・アクター、そして桜花聖域の守護者を任せるオーレオール・オメガ。
オーレオールには真実のギルド武器の管理を任せている為外に出すことは無い。
つまり、最悪の場合三十人の百レベルNPCに対してこちらは実質八人だ。
これは素直に戦うにはあまりにも馬鹿げた戦力差だろう。
「ふむ。やはり私が不可知化し、単騎にて手当たり次第無力化させて――」
「「いけません!!アインズ様!!」」
遠くからデミウルゴスとセバスが上げた声にアインズは苦笑した。
創造主もそうだったが、いつもは仲が悪いと言うのに何故かこういう時ばかりはぴたりと息が合う。
二人の近くにいた紫黒聖典と番外席次達は、その覇気にびくりと身を震わせていた。
「安心しろ。何人たりとも私の
アウラは少し悔しそうな顔をした。
不意に胸の中から羽織っていたローブがピンピン引っ張られ視線を落とすと、金色の瞳が心配そうに見上げていた。
「アインズさん…また一人で行っちゃうんですか…?」
「あ、いえ。単騎とは言いましたけど、フラミーさんは一緒に行きましょうね。」
フラミーは嬉しそうに笑った。
「アインズ様。それでしたら尚の事、どうか護衛をおつけ下さいますようこの通りお願い申し上げます。」
「私もセバスの意見に賛成です。せめてアウラだけでも。」
デミウルゴスとセバスが説教モードに入って近付いて来るとアインズは若干肩身を狭くした。
「お前達…。相手も恐らく百レベルなのだ。向こうが本気で看破しようと動けば不可知化を持たないアウラやお前達守護者では見つかる危険性がある。わざわざお前達の手を引いて戦うのは面倒だ。ただの足手まといだと分かれ。」
NPCはゲームの特性上、極一部例外を除き基本的には
拠点NPCを不可知化させて忍ばせておく事ができれば、他所の拠点に侵入できるプレイヤーはいなくなり、それこそクソゲーだ。
「じゃあアインズ様!他の守護者も全員呼び出して皆でギッタンギッタンにしてやったらどうでしょうか!」
「アウラよ、向こうの戦力が解らない以上、叩かれていると向こうが気が付く前に一人でもNPCを無力化して回収しなければならないのだ。殺せば最悪その場で復活、良くて拠点内で復活し天空城から降って来るぞ。ここは奴らのホームなんだ。」
転移から二年。未だNPCの復活地点は不明だ。
データではない以上死体がある場所で復活するのか、はたまたデータの時と同じように死体は消えて拠点内から復活するのか。
どちらにしてもNPC無限おかわり地獄には変わりない。
守護者達は不服そうな顔をしていた。
「アインズさん、アインズさん。」
冒険が待ちきれないとでも言うようなフラミーの様子にアインズは少し頬を緩めた。
「もう行きたいですよね。あと少し待って下さいね。」
「いえ、そうじゃなくって、ズアちゃんも不可知化持ってますよ!」
アインズの顔は"バレた"と書いてあるようだった。
パンドラズ・アクターが到着し指示を受けている横でデミウルゴスは番外席次に探知阻害の指輪を持たせていた。
「番外席次。これは君みたいな者には過ぎたアイテムですから全てが終わったら必ず返しなさい。死ぬ分には良いですが、それによって無くしたり奪われたりしないように気を付けるんです。」
紫黒聖典はツンデレだと思った。彼なりの愛ある言葉にしか聞こえなかったのだ。ただ、本人は本気で番外席次の命よりもアイテムの方が重いと思っているが。
「畏まりました、デミウルゴス様。」
うやうやしく指輪を受け取ると、それを指に通した。
ここの人間たちは最悪死んでも良いし、復活も容易だ。珍しく守護者達は番外席次と紫黒聖典に期待していた。
パンドラズ・アクターは間違いなくフラミーの警護に回される為アインズを守る者が一人もいないのだ。
番外席次はナザリック基準で弱いとは言え、囮やアインズの盾となるくらいはできるだろう。
「クレマンティーヌ様。番外席次様を頼みます。」
セバスは紫黒聖典達に
「お任せください。たーっぷりこき使っちゃおーっと!ひひひっ。」
クレマンティーヌは馬車に繋げられていたゴーレムの馬を外しながら嬉しそうに笑った。
紫黒聖典と番外席次が馬にまたがると、アインズは残る守護者に告げる。
「よし。お前達は偽りのナザリックで全守護者と待て。向こうに無力化したNPCを送り込むからちゃんと殺さないように捕らえておけよ。」
そう言うと、パンドラズ・アクターと手を繋いで待っていたフラミーの手を取り、三人は消えた。
後には照り付ける太陽と、じりじりと焼かれる砂だけが残る。
「畏まりました。行ってらっしゃいませ。どうぞお気を付けて。」
「アインズ様、フラミー様をどうかお護りください。」
「パンドラズ・アクターも頼んだよー!」
守護者達は足跡も残さない不可知化を前に、支配者達がどこにいるかもう分からなかったが頭を下げる。
紫黒聖典が馬で街へ向かって駆け出すのを見送ると、守護者は相変わらず守られてばかりの自分達を恥じらった。
「…パンドラズ・アクター様がいらっしゃれば、もう我々はあまり必要ないかもしれませんね。」
セバスの自嘲にアウラは手を握り締めた。
「守護者って…。」
「君たち…御方々はそのような事は思いません。馬鹿を言ってる暇があれば働きますよ。」
この時支配者達が守護者をもう少しケアしていれば未来は少し変わったのかもしれない。
デミデミは可愛がられてるからいいけど…二人はちょっと不安だよね…。
天空城向かいますか!!
次回 #7 PCvsNPC