城の外の庭に出ると、荘厳な石造りの建物があった。
それは扉を持たずに壁と柱が屋根を支えるギリシア建築の神殿のようで、ナザリック地表部入り口に酷似している。
建物は池で囲まれ、飛び石のような足場が点々と入り口に向かって続いていた。
やはり池は恐ろしい透明度で、水面に浮かぶ花はまるで空中にあるようにすら見える。
水中にはアインズが一番に消去していた蛇に羽の生えた者の色違いが優雅に泳いでいた。
「………ここが霊廟。」
建物の中では人間、亜人、異形が八人横たわっていた。
損傷のない身は薄い布に包まれ、今にも動き出すのではないかとすら思わされる。
サナは一人の男の下へすぐさま寄っていくと愛おしそうにその頭を撫でた。
その顔にはどこか懺悔の色があった。
「あなた…。」
プレイヤー達と共に転移して数日が経ったある日――。
「沙奈。沙奈!」
焦り嘆くような声に呼ばれ、サナは夢から覚めた。
「ん…マスター!失礼いたしました。如何なさいましたか。」
最も忠誠を捧げるその人が自分を不安そうに覗き込む様子に慌てて起き上がり頭を下げる。
魔法のない世界では空腹も睡眠も疲労も皆平等に訪れる。
「ッ…沙奈!!」
すると横から腰を引き寄せられるように抱き締められ、何事かと混乱し、思わず声が上擦りかける。
その男はサナを創造した、神そのものなのだから。
「ま、ますたー…?」
「沙奈ぁ…俺はお前が生きていてくれるだけで良いんだ…。またお前が二度と起きないんじゃないかと思うと…俺は…俺は…。」
サナは言われている意味は分からなかったが、そっと創造主の背に手を添わせてトントンと叩いた。
「マスター。私は必ず目覚めます。」
「…沙奈!マスターなんて呼ばないでくれ。昔みたいに、あなたって呼んでくれよ…。」
「む、昔みたいに…?マスターそれは――」
「沙奈!!」
ひび割れてしまいそうな、狂気にも似た叫びはサナの肩をわずかに跳ねさせた。
しかし、すぐ己が創造主のために頭を下げ命令通りに呼んだ。
「はい。あなた。」
「沙奈ぁ!!」
創造主はそのまましばらく泣き、サナの知らない沙奈との思い出をサナに聞かせた。
あれも懐かしいよね、これも懐かしいよね、と壊れたラジオのように繰り返すそれを聞きながら、創造主の胸に顔を寄せその動悸を聞いた。
「…懐かしいですね。」
サナは嘘をついた。いや、その日からサナは嘘を吐き続け、幾度となく愛でられた。
優しい日々を送り、いつまでも世界がこのままで在り続ける事を心から望んだ。
「沙奈おはよう。」
「おはようございます。」
「今日は皆、五行相克を使うなんて言ってるよ。今までは街を作るとか言って周りの村の人と遊んでたのにね。本当、ゲームと現実を勘違いしてるよ。全く困った奴らだろ。」
創造主は少し呆れたようにしていたが、サナの髪に指を通すと笑った。
「ふふ。でも、実は俺も五行を試しても良いんじゃないかなって思うよ。昔飛行機に一回だけ乗った時、沙奈は空が飛べるようになったらって言ってたよね。ああ、ゲームじゃこの城も、こんな風に地面に落ちてなかったっけ。一緒にゲームして…ゲーム…して…?沙奈と…?俺は…どうしてユグドラシルを…。」
「あなた!懐かしいじゃないですか!エリュエンティウは空に有りました。美しき天空城を、あなたも覚えてらっしゃるでしょう!」
創造主はたまに発作のようになにかを思い出しかけては苦しんだ。
「あぁ…そうだよね。ははは。懐かしいなぁ。」
久しぶりに共有できる思い出に背を震わせる。
サナはいつもの儚い笑顔に、とびきりの笑顔を返した。
「はい!懐かしいです!」
その日世界は魔法に満ちた。
力を取り戻した城は再び空へと上がり、止まったまま濁り始めていた水は輝き満ち溢れ、地に流れ落ちた。
すぐに八人のプレイヤーは世界の覇者へとなって行く。
ある者は理念なき政治を行い、
ある者は労働なき富を求め、
ある者は良心なき快楽に溺れた事で
ある者は人格なき学識に寄って国を滅ぼし、
ある者は道徳なき商業で人々の生活を狂わせ、
ある者は人間性なき科学を広めようとし、
ある者は信仰を集める為力を見せつけ、
――ある者は城を出ようとせず怠惰を極めた。
そうして――偽りの日々は終わりを告げる。
「悪いけれど、君達はあまりにも世界に悪影響だ。」
「…ツアー。気を付けよう。この人達は――いや、このギルドは強いよ。」
「わかるよ、スルシャーナ。君に溢れるようになった力と同じものを感じる。ゆぐどらしるの力と言ったかな。」
大量の竜王達と共に現れたのはプレイヤーだった。
激戦を繰り返し、竜王達を何度も殺した。そして何度も殺された。
何とか竜王達との戦争に押し勝ち、竜達の時代は終わりを迎えた。
しかし城に平和は戻らなかった。
一人の竜王に奪われたギルド武器を奪還する為、失ったレベルを取り戻そうと創造主達は自身が生み出せしNPC狩りを始める。
どのNPCも嘆くどころか喜び首を差し出した。
何度でも創造主達に首を捧げて見せると全ての者が役に立てるその瞬間に歓喜した。
しかし、復活には大量の金貨を必要とする為、手始めに皆殺しが始まる。
拠点管理に必要とされたテスカやイツァムナーを除く殆どの者が殺され――
「沙奈。沙奈は必ず俺が守るから!!」
一人それに納得しない創造主は創造主達と戦っていた。
自分ではない自分を守ると言って創造主達と終わらぬ戦いを続け、日々傷付いて行くその背中に、サナは叫んだ。
「マスター!!もうやめましょう!!私は沙奈じゃない!!だから、もう守らなくていいんです!!早く私を殺して下さい!!」
叫んでしまった。
「沙………サナ…………。」
そのまま戦いをやめなかったサナの創造主は、創造主達に殺され――二度と起きることはなかった。
そして創造主達はプレイヤーの圧倒的な経験値量に気が付き、互いを手にかけ始め、最後は乱戦の中全員が命を落とした。
処刑を免れたNPC達は自分達を殺してくれればよかったのにと、ギルド武器を取り戻せれば力など要らないのにと、横たわり復活を拒否し続ける創造主達の前で泣いた。
全ては竜王と、それを連れて来たスルシャーナのせいだと激しい憎悪にまみれた日々を送り始めるのだった。
創造主達が再び起きる日が来たら、きちんと首を差し出せるようNPCの復活を済ませ、いつか訪れるその日を待ちわびる――――。
「フラミー様!」「起こして起こして!」
フラミーは相変わらず杖を持ったままの猫達の頭を撫で付けながら少し笑った。
何故か猫達は撫でられる感触に驚愕したように目を剥いた。
「ケットシーとニッセは、マスター達が大好きなんだね。」
フラミーは自分達の守護者を思い出し、少しだけ哀れに思う。
しかし猫達は目を見合わせ首を傾げた。
「すき?僕達マスター達の為に――」「――死ぬ為に生きてるから、起こして欲しいの。」
「はは。どこの守護者も過激。でも好きじゃないの?」
「フラミー様はちょっと好き!」「優しい!」
フラミーは愛らしいもふもふの塊を撫でながらどうするべきか悩む。
レベルダウンしていると漏れ聞くこのプレイヤー達ならば復活させたとしてもナザリックの手に余ることはないかも知れない。
しかし、もしアインズの持つモモンガ玉のような物を八欲王が持っているようなことがあれば危険だ。
それに――そもそも、復活を拒否している様子のプレイヤーをフラミーに起こす事ができるのだろうか。
フラミーは色々なことを悩んだが、兎に角アインズに聞かずに何かを試すことはできない。
勝手なことをしアインズを傷付けた過去が、フラミーの脳裏には浮かんでいた。
「イツァムナーさん。私、何にしてもアインズさんに聞かないと…。連絡してもいいですか?」
「………アインズサン?私の周りには通信を遮断する魔法と、転移を阻害する魔法がかけられているから、できない。」
「うーん。困ったなぁ…。」
「………もしアインズサンが復活に必要なら考えてもいい。アインズサンはプレイヤー?」
「はい、うちのギルドマスターなんです。さっきも一緒にいた
背後からはガシャンと何かが落ちる音がし、フラミーが振り返ると全員が口を開けていた。
サナは剣を落としていた。
「あ、あの…なにか…?」
すると猫達は翻るようにフラミーから離れ、流れる手つきでどこからともなく拳銃とスナイパーライフルを取り出した。
「スルシャーナじゃない?」「プレイヤーを復活させたことはない?」
「「撃ちたくないよ!!フラミー様!!」」
「なんて事だ…。あの見た目で…ツァインドルクス=ヴァイシオンの死を悼むような者がスルシャーナじゃないなんて…。」
猫達は震え、テスカはドサリと地に膝をついた。
「じゃあ…復活は……ますたーは……。」
サナは呆然とした後、ガタガタと震える手で隣にいるテスカが腰に佩いだ刀を引き抜いた。
「っあ!サナ!!」
口は災いの元だと聖王国でよく学んだと言うのに、フラミーは自分の学習能力の低さを呪いながら弱い杖を構えた。
相手が持つは刀、劔、魔銃、謎の魔道書。
前衛と後衛がバランス良く組まれたパーティーだ。
総勢五名の百レベルにフラミーは対処しきれるんだろうかと心の中で泣いた。
未だ消費した魔力はほとんど回復していない。
運良くここを出られたとして罠にハマらずに城を出られるのだろうか。
――いや、今はとにかく命を守る魔法を。
「<
第十位階のそれは時間内の斬撃ダメージを軽減させる効果と共に、能力発動で一度だけ斬撃属性のダメージを完全無効化することができる。
回復しかけの魔力が再び減ると、フラミーは軽い貧血のような感覚を起こした。
「許さない!!!支援を!!!」
サナが刀を振るうと、すぐ様斬撃を完全無効化する能力を発動させ、フラミーは猫達の射線を避けるように飛び上がった。
震える銃口から発射された魔弾がチュンッと頬を傷付けるとフラミーの耳の端には虫食いのように半円の穴が空いた。
「っあぅ!!」
「サナ!!やめろ!!ケットシーとニッセも待て!!」
テスカが発した絶叫にピタリとその場の
サナの瞳には荒れ狂うような怒りの色が宿り、切っ先はフラミーに向けられ続ける。
イツァムナーはサナの手をゆっくり下ろさせた。
「………フラミー様は、自分のことを最初に復活の神だと言った。マスター達を復活させてくれるかも知れない事に違いはない!」
激しい動悸と耳の痛みからフラミーは震えるように浅い呼吸を繰り返していた。
「………フラミー様。どうかマスター達を、起こして。」
「うんって言って。」「起こすって言って。」
祈るように手を組むイツァムナーと震える手で銃を構え続ける猫達の前にそっと降りると、フラミーは涙をこらえて絞り出すように語り出した。
「…うぅ…アインズさんが良いって…言わないと…うちの子達の為にも…試せないですよぉ。私、もう勝手な事…できない…。私が皆を守ってあげないと…。」
「………フラミー様…。」
「あいんずさんに連絡する?」「いーちゃん、連絡してもらお?」
イツァムナーが猫達の質問に応えようとすると、テスカは首を振った。
「ダメだ…ここにあの
「イツァムナー、魅了を使って!!…ううん、折角装備を奪ったのにまた勝手に抵抗するような装備を着込んでいるし――」
サナはいい事を思い付いたと天使のその身で悪魔のように笑った。
「――
テスカは悩むようにしてから頷いた。
「…それなら抵抗はできない…か…。」
フラミーは絶望的な顔をするとイツァムナーに救いを求めるような視線を送った。
「………サナ、テスカ。
「思わなくて良いのよ!マスター達の幸せを取り戻す為に何でもするって誓ってこの屈辱の日々を送って来たんじゃない!!」
「………わかってる。わかってる…。でも…。」
「
「イーちゃん…。」「サナちゃん…。」
サナの瞳はキツく睨みつけるようだったが、そこには涙が光っていた。
五百年の悲願を前に自分でも荒れ狂う思いを抑えきれない様子を見ると、イツァムナーは苦しげに目を閉じフラミーの方へ向いた。
「………わかった。」
「っそんな!?ッ<
フラミーは耳を撃ち抜かれた痛みも忘れて杖を振るうと、即座に猫達によって杖は撃たれた。
「あぁっ!!」
手から僅かに血が弾けると杖は転がっていき、二本目を取り出す。
「フラミー様やめて下さい!」「傷付けたくない!」
ここのNPC達はほとんど皆カルマ値が高いようだった。猫達はもはや泣いていた。
勝てなくてもフラミーはとにかく時間を稼ぐしかない。
必ずアインズは迎えにくる。自分を探しているはずだ。
もしかしたらもうそこ迄来ているかもしれない。
いや、ギルド武器を叩いてくれている頃かも――。
再び魔法を放とうとするとパンっと杖は弾かれ、また魔法は散った。
「………フラミー様…すぐに綺麗にするから…。」
「お願い、それだけは――記憶だけは失えないの!わかったから!生き返らせるからやめて!」
「嘘よ。イツァムナー、やって。」
フラミーはサナを睨み付けると闇に手を入れた。
テスカは地を蹴るようにフラミーに近付くと、再び杖を引き抜こうとした手を捻るように掴み上げる。
「ッンァ!!」
「フラミー様!これ以上傷付けさせないでください!!」
組み伏せられ、地に顔をぶつけるように倒れると、知らない大きな手に強い恐怖を感じた。
「テスカさん!!離して下さい!離して!!」
「俺達にも…俺達のマスターがいるんです!!」
イツァムナーが本を開くと、それは自動でバラバラとめくれて行く。
「………フラミー様…本当にごめん…。」
目当てのページに辿り着くとイツァムナーは本にパンっと手を当てた。
次回 #13 天空城蓮池
ああああサナあああああフラミー様ああああ
(∵)早く!!!!