眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#13 天空城蓮池

 フラミーは思い出を零さないように目を強く閉じた。

 流れ出す機械音に土を噛む。

 

 ――記憶操作(コントロールアムネジア)

 

 覗かれると思った瞬間、本が弾かれ、イツァムナーは痛みと驚きに声を上げた。

 そして滲み出た白磁の顔を持つ者を前に、フラミーは一瞬感情を爆発させかけたが、その存在が軍服を身に纏っている事にすぐ様気が付いた。

「なっ!?スルシャ――いや!死の支配者(オーバーロード)!!」

「流石にこれ以上は見過ごせません!父上は間に合わなかった…!」

「ズアちゃ――ッンゥ!」

 顔を上げたフラミーはすぐに顔を地に押し付けられた。

「イツァムナー!無銘なる呪文書(ネームレス・スペルブック)を!!」

 

「フラミー様!申し訳ありませんでした!私一人でここから御身をお助けできるのか…――いえ、何が何でも、お助けしてみせます!!」

 パンドラズ・アクターは美しく舞うことも忘れ、すぐさまぶくぶく茶釜の姿になった。

死の支配者(オーバーロード)じゃない!?」

「<位置交換(トランスポジション)>!!」

 途端にフラミーはパンドラズ・アクターの立っていた霊廟入り口に移動し、パンドラズ・アクターはテスカの腕の中に移動した。

「ケットシー!!ニッセ!!足止めして!!」

「フラミー様!!走って下さい!!」

 パンドラズ・アクターはスライムの身でテスカの腕からすり抜けると、本来の百レベルの姿を取り戻し猫達の手の中にある銃器を蹴り飛ばした。

 猫達は何故か安堵したような顔をした。

 

「邪魔しないで!!」

 サナは渾身の力で創造主より与えられた剣を振るい、斬り付けられたパンドラズ・アクターは苦痛に声を上げた。

 何を再現するにしても八十レベル程度までしか力を持たないパンドラズ・アクターに、複数の百レベルを止める力はない。

 守り切れない中で下手に開戦すればフラミーが殺され兼ねないのだ。

 最初から分かりきっていたためにギリギリまでアインズの到着を待っていたのだろう。

 

 フラミーは躊躇いかけたが、フラミーがここを離れなければパンドラズ・アクターは死ぬまで戦い続ける。

 逃げに徹すれば何とかなる可能性もあるのだ。

 フラミーは急いで立ち上がると、すぐに背を向け走り出し――「キャッ!!」

 ドンっと何かにぶつかり大きな手に引き寄せられた。

「いや!離して!!」

「離すもんか!!<焼夷(ナパーム)>!!」

 背後で灼熱の柱が上がり、霊廟の中が赤く染め上げられると、フラミーはハッと視線を上げた。

「パンドラズ・アクター!すまん!遅くなった!!」

「父上!問題ありません!!」

 パンドラズ・アクターは放たれた魔法で全身を火傷し、足を引きずるその姿は片腕を失っていた。

「お前達、これで最後のNPCだ!!全員実験対象とする!!あの本の女には気を付けろ、行け!!」

 了解の意を示す揃った声が響き渡った。

「キイチの言っていた人間のプレイヤーか!!」

「あああ!!マスターの体が!燃える!!燃えちゃう!!」

「イーちゃん!通信妨害を切って!」「イーちゃん!残りの九人を呼んで!」

「………わ、わかった!」

 

 激しい戦闘音が鳴り響きだす最中、フラミーは呆然とその人を見上げ続けた。

「…統制が取れていないようだな。守護者だけで何とかなるか。」

 その人はフラミーを見下ろすと、数度撃たれたボロボロの手を取り、半円状に穴の空いた耳に優しく触れた。

 そこから流れた赤紫の血は首筋で固まっていた。

「っ……クソが…。痛かったですね。遅くなって…本当にすみませんでした――」

 傷を癒すのではないかとすら思えるほどに優しい声が響いていく。

 

「――フラミーさん。」

 

 フラミーは顔をくしゃくしゃに歪めると愛する半身の首にすがった。

 周りはまだ戦っていると言うのにボロボロと涙を流しながら背を震わせ、この人を忘れずに済んだ事をこの世のあらゆる物と、パンドラズ・アクターへ深く感謝した。

 

「っあいんずさぁん!!」

 

 アインズはフラミーを横抱きにして立ち上がると、震えるその手に力を込めて二度と離さないと誓った。少し手間取る守護者達のために数度<現断(リアリティスラッシュ)>を投げる。

 マーレの手により既に回復されたパンドラズ・アクターは生き生きと戦っていた。

 戦局が完全にこちらに有利になった事を確認すると、戦いに揺れる霊廟を後にし、池の前に座った。

「怖かったですね、でも…もう大丈夫…大丈夫だ…。」

 アインズのその言葉は自分に言い聞かせたようだった。

 そのままフラミーの存在を確かめるように顎や首、手に唇で触れていく。

 パンドラズ・アクターを疑ったわけではないが、それでも手の中に戻った事に安堵せずにはいられない。

 脆く美しい人を慈しむと、アインズは優しく顔を包み込んだ。

 フラミーはすぐに目を閉じると、震える唇同士は触れ合い――やがて震えは止まった。

 美しい池の前で、支配者達が半身を取り戻す儀式はしばらく続いた。

 

「アインズ様。片付きましてございます。」

 デミウルゴスの声にアインズは目を開けゆっくり繋がりを解こうとすると、フラミーが繋がりを追い――再びアインズは目を閉じた。

 

「…これは永久保存版でありんすねぇ…。」

 NPC達の捕縛を行ったシャルティアがシャッターを切る軽快な音を数度鳴らしたが、二人は離れなかった。

 

+

 

「ふざけやがって。」

 アインズは拘束される瀕死の五人のことを腕を組んで睥睨した。

 殺してやりたいが、もうキイチとこの五人しかないのだ。

 あとは抹消した為このNPC達は大切な実験体なのでイライラしながらも我慢する。

 回復させられたフラミーは猫達から装備を取り返し、アウラとマーレが引く幕の中着替えていた。

「………フラミー様、良かった…。」

 血まみれで縛り上げられるイツァムナーの呟きは霊廟の中を妙に大きく反響した。

 

「父上こちらを。」

 パンドラズ・アクターがイツァムナーから奪った本を丁寧に捧げる。

 その身は炎で焼けてしまった軍のジャケットを脱いでいて、赤いボタンダウンのシャツに黒いネクタイと、珍しくさっぱりした格好だ。

 アインズは本を受け取るとすぐ様鑑定した。本はぼんやり輝き、情報が頭に流れていく。

「……これだ。間違いない。キイチの記憶にあった世界級(ワールド)アイテムだ。」

 本を受け取り、開こうとしたが本は開かなかった。

「…イツァムナーと言ったな。めくれ。」

 縛られるイツァムナーが口でめくっていくと、ありとあらゆる位階魔法が綴られており、大体本の七割を超えると、そこからは――「始原の…魔法……。」

 血が落ちて行くが、紙は少しもそれを吸うことなく、つるりと流れ落ちた。

 アインズは食い入るようにそれを眺めてから顔を上げた。

「お前はこの本の力を使えるそうだが、始原の魔法も使えるのか。」

「………使えない。」

「では位階魔法ならどれでも使えるのか?」

「………自分の魔力が許す限り。」

「そうか、わかった。」

 アインズはパタリと本を閉じるとパンドラズ・アクターに放り投げて返した。

「それは私の玉と同じように正当な使用者を選ぶ。とすると――」

 

 アインズはイツァムナーに近付いていき、顔の前に杖を掲げた。

「…嫌がらないな。お前は他の奴らと違うようだ。」

「………フラミー様に記憶操作(コントロールアムネジア)を使った時、全てを覚悟した。」

「何!?お前!何かを書き換えたのか!!」

 アインズがフラミーのいる幕へ慌てて視線を移そうとすると、イツァムナーは首を振った。

 その姿はやはり安堵しているようだった。

「………ドッペルゲンガーが止めてくれた。ありがとう。」

 後ろで控えていたパンドラズ・アクターは帽子を脱ぐと頭を下げた。

「父上。ここの者達はフラミー様を傷付ける事に躊躇っていたようでした…。この者も最後までフラミー様を庇っておりました。」

「そう、だったか…。世話になったな。」

「………フラミー様のエヌピーシーへの愛が嬉しかっただけ。」

 幕をはるアウラとマーレは少し目を見合わせたようだった。

 

「…私は恩には恩を、仇には仇を返す。お前が今後ナザリックに恭順すると言うなら…お前は書き換えをせずに許しても良い。」

「………ありがとう。でも…マスター達のココを守れないなら…生きている意味はない…。」

「そうか。仕方がないな。」

 イツァムナーが頭を下げると、フラミーがいつもの身なりで双子の張る幕から姿を現した。

 それを見るや否やサナは叫び出した。

「お願い!!頼むからマスターを!!一人でいいから起こして!!」

 フラミーは一度杖を下ろしたアインズに視線を送った。

「フラミーさんには恐らく起こせん。奴らは位階魔法の復活を拒否して来たんだろう。」

「試して見なきゃわかんないじゃない!!私達じゃなくて…同じプレイヤーに呼ばれれば…また…また……うぅぅぅ…起きてくれるかもしれないじゃないのぉ……。」

 その涙は何故かフラミーの胸を締め付けた。

「サナさん…。アインズさん、私試すだけ試そうかな…?」

 サナは瞬時に瞳に喜びを写して顔をあげると、隣で猫の皮を剥ぎ散々拷問していたデミウルゴスはフラミーの手を引っ張り寄せた。

「フラミー様!!」

「っあ!」

 よろけるようにデミウルゴスの前に立つと、デミウルゴスは人差し指でクビをトントントントンと何度も叩きながら叱りつけた。

「いけません!!何でもお許しになる事と慈悲深さは違います!!」

「あ、あのデミウルゴスさん…。」

「"あの"も"その"もございません!本来であれば御身がこの者達に関わることすら我々は嫌なのです!それをプレイヤーを復活させるなど――!!」

「ははは、デミウルゴス。それくらいにしてやれ。」

「しかしアインズ様!どうかフラミー様にそんな事はやめろと仰い下さい!」

「解っているとも。フラミーさん。そんな事はやめなさい。」

 

 猫がギャウギャウと痛みに鳴き続ける中、テスカはゆっくりと口を開いた。

「はは…エヌピーシーがマスターに口答えしてる…。俺達もそうやって…マスター達を止めるべきだったのかな…。」

 シャルティアは汚らわしいとばかりにテスカを一瞬チラリと見た。

「…おんしらは命をかけて創造主をお止めする覚悟も持たないゴミでありんす。万一お選びになる道が危険な物や間違った物であるならば殺されてでもお止めするのが筋でありんしょう。」

 

 テスカの目から自嘲の涙が溢れると――「止めたわよ!それでもマスター達は戦ったのよ!!」

 サナは再び叫んだ。

「うっさいでありんすねぇ!!何度斬りつけ傷付けてでも!!どれだけ泣かれてもお止めする、そう言う覚悟がおんしらに本当にあったなら、どうして今創造主が一人も生きとりんせんのか説明してみなんし!」

「そ、それは…。」

 シャルティアの言葉には星に願いを届かせまいと経験した重みがあり、デミウルゴスも続けた。

「全くですね。ここで何が起きたかは知りませんが君達はとにかく覚悟が足りない。もし選ばれた道に納得していたならば全てを覚悟して送り出すことも必要でしょう…。しかし君達は見たところ納得もしていなければお止めもしていない。何も考えずに全てをお任せして、これはとんだ甘ったれですね。」

 静かに聞いていたイツァムナーは複雑な視線を送った。

「………確かにあなた達は成熟している。でも、支配者とフラミー様があなた達を置いて二度と目覚めない時…きっと同じことは言えない。」

 

 それは一度自分達の心を激しく揺さぶった言葉だ。

 しかし、今度は全員が目を見合わせ笑った。

「我々は、もう覚悟を知っていますから。」

「同じ事を言うに決まっておりんすよ。」

 

「それにお二人は必ず目覚めます。愛する全ての為に。」

 

 アインズは守護者達が妙に熟したような気がした。

 

 その後NPCの実験の為ギルド武器が破壊されることはなかった。

 城には今一度アルベドも呼び出されると、デミウルゴスと共にテスカを引っ張り回して拠点管理システムを開けさせ、なるべく金貨を使用しないように次々と拠点維持設定の変更をして行った。

 パンドラズ・アクターとアウラは全ての罠が確かに解除されているかの確認に奔走する。

 同時に宝物殿のような高度なトラップが仕込まれている場所はニグレドやシズが出動し、今後ナザリックに組み込めないかを話し合った。

 コキュートスは池を泳ぐ低レベルの自動ポップの魚達をザリュースら蜥蜴人(リザードマン)達、一郎二郎兄弟と共にせっせと釣り上げた。

 料理長と副料理長はメイド達と魚の様子を見定め、それがナザリックに相応しい食物であるかを真剣に話しあった。

 シャルティアは地上に転移門(ゲート)を開くと、紫黒聖典を天空城に呼び出しマーレに回復させた。

 紫黒聖典はその場所の美しさに息を飲み佇んだ。

 どれ程そうしたかは分からないが、シャルティアが番外席次の尻を撫でると途端に神聖な雰囲気は台無しになり、聖典はコキュートスの魚釣りを手伝ったらしい。




はぁ間に合ってよかったぁ!
さりげなくにゃんちゃん達拷問されてるんですけど(真顔

じゃあNPCの実験のですな!!
次回 #14 天空城家々

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