「やっぱり仕事っていうのは信頼されて任せられると違うもんなんですねぇ。」
アインズはフラミーを連れて、空中都市の小さな家々を楽しく漁っていた。
「ふふ。皆やる気いっぱいですもんね!」
二人はRPGの主人公よろしく棚からツボまで覗いて行く。
アインズがあれもこれも悪くないと装備を回収している横で、フラミーは引き出しを開けた。
「おりょ?ノートだ。」
これまでプレイヤー達の痕跡は装備や調度品からしか得られず、アインズはフラミーの後ろからその手の中の物を覗き込んだ。
「手記ですか?」
「そうみたいです。」
初めてのプレイヤーの生きた声だ。ユグドラシル内で日記を付ける者などいなかったし、アインズやフラミーもこちらに来たからと言って自分たちの存在を確かにするような物を特別進んでナザリックに残したりはしていない。建国はしたが、万一死すれば五百年後にはここと同じく、自分達の生きた証は中々見つからないだろう。
「――どりゃどりゃ…。」
ノートを開き、立ったままページをめくって行くフラミーを抱えるとアインズは漁り終わった家を後にし、ククルカンの深池に出るとコキュートス達が釣りをする所から一番遠い場所に腰掛けた。
ズボンとブーツを履いたまま水に足を浸して真剣な面持ちで手記を読むフラミーを眺める。
天空城はかなりの高度にあるというのに、突風が吹いたりすることは無く、周りに咲く花々はさわさわと柔らかな風に揺らされていた。
真夏の太陽はギラリと輝き、鏡のような水面に反射してアインズの人の目を焼こうとする。
壊さなくて正解だったと満足し、しばらく静かに過ごした。
「それ、長そうですね。」
フラミーは物言わず頷くと――その目からはポロポロと涙がこぼれて行った。
「え?フラミーさん…?」
紫黒聖典が魚を釣り、キャイキャイと嬉しそうな声を上げる中、静かに涙をこぼすフラミーの手からゆっくり手記を回収する。
フラミーは両手を顔に当て、アインズの膝の上で静かに泣いた。
アインズはフラミーの頭に頬を乗せ、その身を腕で包むようにすると手記に目を通して行く。
それは
幸せな日々が書き連ねられていくが、それは最後のページにはサナへの謝罪と、過ごした偽りの日々を悔い、ここを出て自由に生きて欲しいと言う願いで終わっていた。
アインズはそれを静かに自分の空間にしまい込み、精神抑制を使った。
「私…この人を起こしてあげたい……。サナさんが必死になっても…しかたないよ…。」
肩を震わせるフラミーをアインズはキツく抱きしめ、多くのことを考える。
NPC達の記憶を一通り眺めたが、たしかに皆がフラミーを害する事に躊躇っていたのだ。
ただ、サナだけは何をしても構わないと思っていた。
それどころかスルシャーナのみならずプレイヤーそのものを恨むようだった。たった一人、創造主を除いて。
「アインズさん…お願い。あなたの始原の力なら…この人は復活できます…。」
アインズはフラミーを膝から下ろすと、ふわりと浮かび上がり、水面に立つようにして城を見上げた。
暫く城の様子を見ると、辛そうに目を閉じ、フラミーに告げる。
「……ダメです。このプレイヤーは今頃――ようやく沙奈と会えてるはずだから…。」
フラミーも立ち上がると城へ視線を送った。
「沙奈さん…。」
呟くとフラミーは胸の前で手を組んだ。この人は本当は死の神なんかじゃない。
それでも――(どうかこの二人の死を祝福してあげて下さい…。)
祈らずにはいられぬ程にアインズが神々しい存在に見えた。
水面に映るその姿も、遥かに広がる空を背負うような姿も、風に揺らされるローブも、まるで全てを統べる者のようで――いや、もはやこの人はすでに――。
アインズはポンとフラミーの頭に手を乗せ、神とでも呼ばれるような存在へ祈りを捧げているようなフラミーを慰めた。
チャカっじー……――。
二人は空気を読まない場違いな音に視線を上げると、周りの守護者や副料理長、
写真を確認すると、シャルティアはそれを即座にしまい一歩遅れて胸の前に手を組み膝をついた。
「…うわー。行きましょう。何か祈られてる。」
フラミーはそのセリフにふふと笑い声を漏らした。
「あなた、やっぱり神様じゃないですね?」
「……当然です。」
支配者達は氷結牢獄へ向かった。
「これはアインズ様、フラミー様。お帰りなさいませ。」
猫のニ"ャウニ"ャウと鳴く声が響く中、NPC達を監督していたセバスはルプスレギナ、ナーベラルと丁寧に頭を下げた。
「帰った。セバス、早速書き換えをするぞ。」
NPC達は皆肌着になっていて、装備は全て回収されている。
アインズはフラミーを連れてまっすぐサナの下へ向かうと、サナは床で膝を抱き蹲っていた。
「………アインズ様。フラミー様。サナからやるの。」
後ろからかかるイツァムナーの声に二人は振り返りもせずに、サナの牢獄に入った。
「<
アインズの声はセバスとNPC達の顔を苦しみに満ちたものにさせた。
サナは全てを受けれたように目を閉じた。
「沙奈。沙奈は必ず俺が守るから!!」
一人それに納得しない創造主は創造主達と戦っていた。
自分ではない自分を守ると言って創造主達と終わらぬ戦いを続け、日々傷付いて行くその背中に、サナは叫んだ。
「マスター!!もうやめましょう!!私は沙奈じゃない!!だから、もう守らなくていいんです!!早く私を殺して下さい!!」
叫んでしまった。
「沙………サナ――――、ずっと我儘に付き合わせて悪かったね。本当は解っていたんだよ。だけど、解らないふりを続けていたんだ。俺はもう沙奈の所に行くけれど、これからサナはサナとしての人生を歩んでくれ。俺はサナの未来を守るために、もう行くから。ここを出て幸せになるんだよ。」
そのまま戦いをやめなかったサナの創造主は、創造主達に殺され――二度と起きることはなかった。
サナはハッと目を開けると、その目からは大粒の涙がボロボロと零れ落ちた。
「あ……あなた……あなた……。」
愛しい者を求める声はいつしか慟哭へと変わって行った。
「っあぁ……うっうわぁあああああ!!!」
サナの涙の意味を理解した周りのNPC達はアインズに深く感謝した。
その別れの記憶は手記の創造主からの謝罪に書き換えられた。
「…さぁ、サナ。お前の創造主に正しく別れを告げろ。これはプレイヤー同士としての――いや、愛する者と共に生きたいと願う者としての最初で最後の慈悲だ。」
「うっうぅ……あなたぁ……ごめんなさい…。私の未来なんて…いらなかった…。あなたの糧になれるなら…私はそれで良かったのに…!!ごめんなさい…あなた、本当にごめんなさい…!愛してる…愛していますっ……!」
泣きながら紡がれる言葉達はサナ自身の心を癒すようだった。
そして再び記憶は開かれる。
アインズはレベルの書き換えが可能なのか、サナの根元に触れていく。
しかしサナの製作者とその愛の記憶には決して触れなかった。
が、レベルの書き換えを行う前に、アインズは戦闘技術に関する物を容赦なく消していった。
どんどん滅茶苦茶になる記憶の中、いつの間にか前後の整合性を失った愛の記憶は――
「あなた。私、今日あなたが死んで…目を覚まさない夢を見たの…。ううん。眠る前にも何度も同じ夢を見たわ。」
不安そうにするサナにアインズはため息混じりに答えた。
「…私は死なないさ…。」
するとサナは嬉しそうに笑いアインズの胸にすがった。
アインズは無視してその百のレベルに――
「あなた、本当にありがとう。愛しています。」
一つだけレベルを付け足すと、サナはアインズに口付けを送って光の中に消えて行った。
どんなに拠点レベルが余っていても百レベルを超えさせることは出来なかった。
「アインズ様、ありがとうございます。」
正面の牢獄で様子を見ていた襦袢姿のキイチは正座し、アインズに深く頭を下げた。
「…感謝される筋合いはない…。」
アインズはキイチに背を向けたまま、フラミーを抱くとそのまましばらく動かなかった。
何の感慨もない筈だと言うのに、サナとプレイヤーの記憶を見過ぎたのかも知れない。
「アインズさん…。」
大きな背を何度もさする。
「フラミーさん、消毒。」
フラミーはアインズの顔を丁寧に包むと触れるだけのキスを優しく送った。
「…ありがとう。少しこたえたな。今日はここまでにしましょう。…イツァムナー、次はお前だからな。」
「………わかった。私もマスター達に別れを告げる。」
「イーちゃん、サナちゃんは?」「どうなったの?」
猫達は自分の隣の牢獄にいたサナが見えず、怯えたように二匹で抱き合っていた。
サナの斜め向かい、猫達の正面にいたイツァムナーは笑った。
「………神様がマスターの所へ送ってくれた。」
鈴木悟の残滓は自室でフラミーに慰められていた。
「…あいんずさん…辛いなら、もう、もうやめても良いんですよ…。」
「俺は…俺は他所のNPCなんか…生き物だなんて思ってないはずなんだ…。」
骨の身で見れば良かった。いや、せめて精神抑制を付けていれば良かった。
「鈴木さん…。」
フラミーは本当のアインズに触れようと優しく顔を包んだ。
「…村瀬さん…。…はは、俺本当困ったやつですね。」
「ううん。
「八十レベルじゃ使えないさ…。使えても…使わせないですけどね…。」
アインズは暫くフラミーを眺めると、小さな体に縋るように抱きしめた。
温かい。
幸せにしなければ――幸せにならなければ――。
「…村瀬さん。冬が来たら、あなたも鈴木さんになるんですね。」
「ほんと…ですね。」
「だから、鈴木さんはもうやめよっか。」
「……はひ。」
照れたような切ないような顔をするフラミーを見るとアインズは胸を押さえた。
「…文香さん…愛してる。」
二人は暫く部屋を出てこなかった。
サナ…お前はフラミーさんにあまりに不敬だったからな…。
でもちょっと辛い。
次回 #15 天空城NPC
他の子達どうなってまうん…。