部屋から出てきたアインズが「天空城のギルド武器を持っている」とNPC達へ脅すように通達すると、全員がしんと静まり返った。
「…これでいい。」
アインズはイツァムナーの記憶を閉じた。
イツァムナーは目をゆっくり開くと、美しい瞳はこれまでと何も変わらぬ雰囲気でアインズを写した。
「どうだ?」
「………何も変わった気がしない。」
「ダメか…。キイチではうまく行ったんだが…。」
しかしどうもこのNPCにはうまく行かない。
「………実は前からアインズ様もフラミー様も好きかもしれない。そのせいかも。」
「ん?何だ。効果は出ていそうだな。しかし"好きかも"くらいでは困る。とは言ってもあまりお前の記憶を滅茶苦茶にしては
イツァムナーは悩むように考えるアインズを暫し眺めた。
「………周りの守護者の記憶を開いて確認するべき。私と大して変わらないはず。」
アインズは突然の発言にイツァムナーを睨みつけた。
「何だと?守護者達の忠誠を疑うのか。」
様子を見ていたセバスとナーベラルからも忌々しげな雰囲気が流れ、チリリと空気は震える。
イツァムナーはその様子を見ると呟いた。
「………なんでもない。やっぱり私より忠誠心に溢れてる。」
「…慣れ親しむのは良いが滅多な事を言うな。本当に滅茶苦茶にするぞ。」
その後しばらくイツァムナーへの慎重な書き換えは続き――イツァムナーは牢を出た。
「………ナザリック、万歳。」
「本当に思っているのか?」
「………思ってます。エリュエンティウくらい、万歳です。」
「超える事は出来んか。根幹には触れられんし…暫くキイチでまた実験して見るか…。」
アインズはイツァムナーを連れて氷結牢獄を後にし、
そこではフラミーとティトゥス、更には図書館に勤める
「あ、来ましたね!」
フラミーはティトゥスの着ている物と揃いの緋色のヒマティオンと、それの下に着るキトンと呼ばれるオフホワイトのワンピースを手にしていた。
「………フラミー様。お待たせしました。」
「いいえ。囚人服からこれに着替えて下さいね。」
イツァムナーは深く頭を下げ恭しげにそれを受け取った。
「………かしこまりました。」
フラミーは何となくこれまでと違うイツァムナーの喋り方に違和感を感じアインズを見上げた。
「イツァムナーさん、どう書き換えたんですか?」
「これの創造主と並ぶ程度に俺たちへの忠誠を書き込みました。一応魅了を使って尋問もしましたけど、やっぱり超える事は出来てないみたいです。」
フラミーがふんふん話を聞いていると、イツァムナーはアインズの後ろで囚人服を脱ぎ出していた。
「あ!ちょ、イツァムナーさん!!」
アインズも何事かと振り返ると、まだ胸の膨らみもほとんどないような少女がカボチャパンツ一丁になったところだった。
「うわ!!なんでこの世界の奴らは皆こうなんだ!!」
アインズはキトンとヒマティオンを引っ掴むとイツァムナーを抱き上げ、慌てて本棚の影へ走っていった。
「お前達は何でそうやって突然恥じらいを忘れるんだ!!」
本棚の影で世話の焼ける他所の子供にキトンをズボッと被せた。
「良いか、フラミーさんの前でああいう真似は厳禁だ!男女関わらずに!!私が差し向けたと思われる!!」
イツァムナーはぽかんとアインズを見ていた。
「………アインズ様…すごく優しい…。」
「優しくない!訳解らんことを言ってないで早く着ろ!第一貴様はもう五百年生きているはずだろうが――」
その目からは涙が溢れていた。
「――おい、やっぱり記憶をいじり過ぎておかしくなったか?」
しゃがんで暫く様子を見ていると、イツァムナーはポツリポツリとこぼした。
「………サナのマスター以外は…誰も私達をこんな風に触れたことはない…。………ううん。サナのマスターもサナにしか…優しく触れたりはしなかった…。」
アインズはイツァムナーの記憶の、次々とNPCが殺されて行くシーンを思い出して頭をワシワシと掻いた。
この世界の弱いモンスター達を狩るより余程いい経験値だっただろう。
ユグドラシル時代にはフレンドリィファイアが解禁されていなかった為、他所のギルド拠点でしかそんな事はできなかったが、現実となると事情も変わる。
アインズは別にどんな残虐な景色を見てもどうという事はなかったが、ナザリックの守護者をああしようとは思わないし、程々に気分の悪い記憶だった。
「…私達は自ら生み出した命に責任を持っている。お前もナザリックに忠誠を誓え。エリュエンティウを超える物だ。」
「………そうしたい。そうしたいけれど…きっとできない…。」
「嘘でも『やってみる』と言えばもう少し可愛がってやると言うのにお前は毎度律儀だな。」
イツァムナーは少し笑うとヒマティオンをせっせと体に巻きつけた。
しかし着方をしらないようで、かなり不恰好だった。
「来なさい。ティトゥスに習うんだ。」
アインズは立ち上がり皆の所へ向かうと、イツァムナーはアインズの手を取り嬉しそうに笑った。
「………お父さん。」
「違う。」
アインズはぴしゃりと言い切り、可愛くもない他所の被造物の手を振り払った。
するとイツァムナーはもっと笑った。
(………嘘でも「そうだ」と言えば簡単に更なる忠誠を得られるのに神は律儀。)
イツァムナーはその後
最初からNPCに優しいアインズとフラミーの事を好いていた彼女は特別書き換えられなくてもナザリックで暮らすことに何の不快感も抱かなかった。
いや、それどころか忌々しい竜王からギルド武器を回収し、エリュエンティウを壊さないで管理してくれると言うこのプレイヤー達にどうやって不快感を抱けと言うのだろう。
仲間のNPCは殺されたが、最初から創造主達に殺させる為に生き返らせた者達だ。
いつか気が向いたら創造主を復活させてくれるかもしれないし、最初から何ひとつ文句はなかった。
イツァムナーの持っていた
文字通り生き字引として働く中で、ツアーが力の感覚を教えるためと言ってナザリックに姿を現わすと露骨に嫌な顔をしたらしい。
二人はすぐに喧嘩をする為アインズは毎度頭を抱えた。
とは言え、何だかんだとナザリックの生活に満足し、幸せな人生を送り続けた。
一方テスカにはレベルダウンの実験が行われ、無事に八十レベルまで奪う事に成功する。
これならば番外席次もまともになれるのでは、と早速試してみたが、設定として付けられているわけではないレベルを下げる事は出来なかった。
NPC達は死んでもレベルダウンを起こさないし、根本的に存在が違うのだろう。
テスカは空中都市の管理権限を持つ為、――イツァムナー程重要な存在ではないが――イツァムナーと同程度の記憶の改竄で済まされた。
エリュエンティウへ捧げるのと同じ程度の忠誠をナザリックに持つようになったテスカはBARナザリックに送り込まれた。
理由は黒いスーツがボーイっぽい。それだけだ。
たまにティトゥスがイツァムナーを連れて遊びに来ると妹のような存在の元気な姿に毎度大層喜んだらしい。
その後彼は魔法の効果を持たない料理をせっせと学び、副料理長とBARで仲良くやっているとか。
ちなみに副料理長は夜しか出勤しないがテスカは日中もいる為、ランチ営業も始まった。
ランチ時にはナザリック生まれの者がいないのを良い事に休憩のメイド達が日々何やら怪しい会を開きながら食事をとっているらしい。
テスカに同じく双子の猫達、ケットシーとニッセもレベルを八十まで下げられた。
フラミーからの助命願いによって生き残った二匹も当然忠誠を書き込まれ、執事助手のエクレア・エクレール・エイクレアーの下で日々掃除をしている。
たまに廊下でデミウルゴスとすれ違うとスキルを使用して身を隠すほどに自分達の皮を剥ぎ、拷問したその存在を恐れているようだ。
しかし――この猫達はフラミーを撃ったというのにおそらく一番幸せなNPCだろう。
アインズやフラミーのお膝が寂しい時に呼び出されるとその膝に乗り頭や体をモフモフと優しく撫でられるのだ。
猫達がナザリックを心から気にいるまでそう時間はかからなかった。
アインズ達と同じだけの忠誠を捧げる創造主は起きてくれないし、こんな風に可愛がられる事もなかった。
生きる為に生きる日々は輝いていた。便器も舐められるほどに輝いていた。
二匹は素晴らしい毎日を提供してくれる支配者を愛し――不遜なことを言う上司のペンギンをよく小突いたとか。
その後お膝抱っこが守護者達にバレると、誰とは言わないがとあるカルマ値の低い三名にいたぶられ、猫達が姿を隠さなければならない対象は増える。
ちなみにシズから二匹へ不思議なシールを与えられたのは言うまでもない。
九階層のメイド達に与えられている大部屋で一人と二匹が銃の手入れをしている様子は日常だ。
そんな中可哀想なキイチはイツァムナーとテスカという重要人物達の踏み台となり殆ど廃人状態になった為一度全ての記憶を真っさらに戻された。
普通の人間ならば空っぽにすると言葉すら話せなくなるが、設定を持つキイチは目を覚ますと「ここはどこですか?あなたは私を創った方ではないですよね…?」と不安そうに聞いたらしい。
アインズはまたひとつNPCの事を知れたと実験の重要性を再認識する。
すぐ様キイチにも忠誠が書き込まれると彼は一人エリュエンティウへ帰された。
ゴーレム達が管理を続けているが、念のために常駐警備員を置く事にしたのだ。
キイチは変わらず着流しに警棒、小さな刀を持った小姓姿で竹箒を持ってあちこちを掃いて日々を送っているようだ。
暮らすは自分を生み出した創造主の家。
日没に眠り、日の出とともに起き出し、城の脇で自分が食べる分だけの稲を育て、草花を摘んでお浸しにし、季節毎になる果物をもぎ、日々刺身や焼き魚と白飯をかっ食らう。
焼け焦げたプレイヤー達の死体は何かに使えるかも知れないとコキュートスの下で凍結保存されているので、天空城には本当に何もない。
しかし、彼が孤独だったかと言うと意外とそうでもないようだ。
週に一度パンドラズ・アクターが宝物殿の確認に来ては二人は割と仲良く過ごしたし、ククルカンの深池には週に二度は副料理長に伴われたテスカが訪れた。
仲間のオーラを放つテスカの来訪はいつもキイチを喜ばせる。
そしてコキュートスとデミウルゴス、シャースーリュー兄弟もよく訪れた。
下界の魚やナザリックの魚、エリュエンティウの魚の交配実験とそれを外へ持ち出した時の生態系の変化実験がこの地で行われた為だ。
妙に可愛がられる猫達も週に一度一日与えられる休みにはここでキイチとしょっちゅう鬼ごっこをした。
キイチはこの祝福された地で何が起きたのかは何も知らないが、幸せだった。
毎日毎日、誰かしらがここを訪れる。
自分のもう一人の支配者と主人は、訪れると楽しげに散歩し、キイチの管理をよく褒めた。
大量の護衛を付けずに――
キイチは、本来の支配者達は二度と帰ってこないとイツァムナーに言われたが、まぁそれはそれで良いんじゃないかと、何の思い出もなく、新たな忠誠を捧げる存在を持つキイチは思ったらしい。
全NPC達はそれぞれ違う場所に配属されたが、月に一度はナザリック第三階層に呼び出された。
シャルティアの魔眼で忠誠の確認を行う為だ。
月日を重ねる毎にNPC達の忠誠は上がり、幸福だと思う事も増えて行った。
ちなみにシャルティアはイツァムナーにイタズラするたびにアインズに叱られた。
そんな事も含め、NPC達は幸せだった。
立ち去らずに可愛がってくれる慈悲深き神がいると言うことはこんなに良いものなのかと、偽りの主人達を心から愛した。
当のアインズとフラミーは、やはり一郎二郎へ向ける程度の愛情しかNPC達には向けなかったのだが。
もう…ほんと何だかんだ言って慈悲深いんだから…。
サナは残念だったけど…皆よかったね…。
テスカのランチタイム…………。
次回 #16 閑話 天空城宝物殿