NPC達の処理を終えたアインズは何日もかけてパンドラズ・アクターと共に宝物殿を漁った。
流石に百人規模のギルドだっただけはあり大量の金貨が無造作に積まれ、それは五百年の時を過ごしてきたと言うのに、ナザリックの宝物殿に積まれる物と同じか――いや、それよりも多くありそうだ。
エリュエンティウには一年の維持金貨を残して、一度ナザリックへ全ての回収を予定している。
スケルトン達が枚数を数えながらナザリックへ持ち帰る様があちらこちらで見られる。巨大な金貨の山脈は少しづつ数を減らしていった。
と言うのも、ここいらでナザリックの防衛機能を全てフル活用した場合の点検活動を行いたい為だ。
確かに存在するプレイヤー達――の遺体を目の当たりにしたアインズが訓練をしないで居られるはずもなかった。
ちなみにここの拠点はNPC達の記憶通り
しかし溢れる装備に素材にその場所は盛りだくさんだ。
漁っても漁っても漁り切れない。
フラミーはアイテムの海で興奮する無邪気な恋人を眺めると、同じく興奮しているパンドラズ・アクターを手招いた。
ぴょこりと宝の山からどう見ても黄色のピンク色の卵が顔を上げる。
「如何なさいましたか?」
パンドラズ・アクターはすぐに駆け寄ってくると跪き、フラミーも視線を合わせるようにしゃがんだ。
「ズアちゃん。本当にあの時はありがとうございました。」
「とんでもございません。御身が傷付けられるのを見過ごす結果になってしまい、誠に申し訳ございませんでした…。」
フラミーはアインズの息子の一度は捥がれた四本指のつく手を取ると、なるべく優しく撫でた。
パンドラズ・アクターは暫くその手を見つめた後、父へ視線を送る。
アインズは何かを探すように一生懸命金貨の山を崩していた。
「ねぇズアちゃん。ご褒美になんでもあげますよ!私があげられるものなら、なーんでも!」
「んな!宜しいのですか!!」
フラミーが満面の笑みでそう言うと、途端にパンドラズ・アクターの背には大量の花が咲き乱れた。
「ンンンンそれではっ――。あっ!」
パンドラズ・アクターは帽子が取られる感覚に慌てて視線を上げると、今の今まで宝探しに勤しんでいたアインズが覗き込んでいた。
「ちっちうえ!!今はおやめください!フラミー様にご褒美を頂戴するところなのです!!」
「お前変なもの強請ったらどうなるか分かってるだろうな。」
アインズの視線は妙に冷たかった。
「父上!私はデミウルゴス様ではありません!!」
「そうじゃない。私はお前をそんな風には思っていない。」
パンドラズ・アクターとフラミーは首を傾げた。
「デミウルゴスさんだって変なもの強請ったりしませんよ?」
「「それはないです。」」
フラミーは何故か親子に警戒されているデミウルゴスという存在に思いを馳せる。
(…アインズさんとチューしたいとか言い出したら困っちゃうか。)
うんうんと納得すると、アインズはやはり何か間違ったことを想像されているような気がしてジトっとフラミーを見た。
もはやデミウルゴスは一度フラミーにきちんと想いを伝えた方が良いのではないかとすら思えてきた。
安全圏にいる男は気楽なものだ。
「それで、ズアちゃん何が欲しいんですか?」
アインズはパンドラズ・アクターから奪った帽子を被ると腕を組んで様子をみた。
「っはい!!私はやはり!弟が宜しゅうございまっす!!」
パパーンと何処からともなく効果音が流れ、パンドラズ・アクターの後ろには集中線の書かれた黄色い板が現れていた。
「…やっぱり…。」
アインズは想像通りの答えを告げる息子の頭へ、かぶったばかりの帽子をボスっと後ろ向きにかぶせた。
パンドラズ・アクターは顔を赤くするフラミーをワクワクと眺めた。
「わ、わかりました。」
「わかったの!?」
「おぉ!!それでは私は楽しみにお待ちしております!!」
背負っていた謎の板はいつの間にか消え、パンドラズ・アクターは帽子の向きをキュキュッと直した。
「アインズさん!私、頑張ります!!」
「は、はい!!」
アインズは少しドギマギした。
そして産み分けなんか出来るんだろうかと生命の神秘と染色体のXとYについて考える。
一度身籠っているため当然子供を産むことはできるだろうが、娘ができてもおかしくないし――正直両性もありえる。
「パンドラズ・アクター、弟じゃなくても文句言うなよ…?」
「フラミー様が弟をくださると仰ったのですから…弟が生まれるのでは…?」
守護者達の熱い勘違いをいつかは正さなければいけないとアインズは顔を片手で覆い、あちゃーと漏らした。
しかしこれで男児以外ができれば自分たちの神様レベルは下がるかと考え直すと少し気楽になる。
「大丈夫です。弟、産みます。」
フラミーはこれで何人も娘が産まれたらどうしようと少し考えながら、弟ができるまで頑張るしかないと決意した。
命の恩人、記憶の恩人。
パンドラズ・アクターはフラミーの中で特別な守護者になった。
その後親子は再び宝を漁りに戻った。
特にアインズの熱の入り方は尋常じゃない。
フラミーは熱心に宝をひっくり返すように全てに目を通していくアインズを観察し、飽きると宝物殿を後にする。
まだ城の内部マップをよく覚えていない為、適当にうろうろすると、城のバルコニーに出た。
広い円形のバルコニーは城の二階にあって、その下は庭と霊廟の蓮池が見えていた。
柔らかな風が吹く中、神官達がうろつくようになった空中都市を眺める。
ここにはキイチ以外誰も住まないが、地上の砂漠の都は神聖魔導国に取り込まれる事になったとテスカが都民に通達した為、知恵者二名とテスカ、神官達が砂漠の扱い方を話し合っていた。
神都直轄市になる為スレイン州エリュエンティウ市だ。
都市守護者を失う為大量のアンデッドを配備したが、評判はすこぶる悪く、今迄と違う反応にアインズが首を傾げたのは言うまでもない。これまでの都市はどこも大喜びでアンデッドを受け入れてきたはずなのに、不思議なこともある。
神官達はスルシャーナの仇討ちが出来たと大いに喜び、新たな神話の制作に取り掛かっているチームもある。
神話チームはシャルティアと紫黒聖典より今回の戦いについて池のほとりで聞かされていた。
フラミーはあの日の恐怖が嘘のようにすら感じる情景に心を和ませると、遠くの空にキラリと何かが輝くのを見た。
「んん?」
目を細めていると、その煌きはどんどん近付いてきて、目があうとフラミーは嬉しそうに手を振った。
「ツアーさーん!」
「フラミー。すっかり片付いたみたいだね。」
巨竜は暴風を巻き起こしながら城の庭に着地した。
その風はネイアを吹き飛ばしかけ、番外席次が慌てて城から落ちないように引っ張り寄せた。
レイナースとクレマンティーヌも神話チームが飛ばされないように支え踏ん張る。
池の水も激しく巻き上げられ、砂漠支配チームの神官達と知恵者二名をずぶ濡れにし――下では竜王への罵詈雑言が飛んでいた。
特にツアーを心から嫌うテスカと、管理を任されているキイチの怒りようはずば抜けている。
しかし、そんな怒りもどこ吹く風。ツアーはいつもの事とばかりに無視し、手を伸ばすフラミーに顔を近づけた。
「アインズから連絡をもらったよ。結局ギルド武器は壊さないんだって?」
「はい。だって、こんなに綺麗なんですもん!」
フラミーは可愛いトカゲの鼻の頭をぽんぽんと叩き、ツルツルした冷たい鱗の感触を楽しんだ。
「そうかい。アインズも君も美しい世界を守りたいんだったね。」
「ふふふ。そうですよ。」
「全く本当に変わったプレイヤーだよ、君達は。それじゃあ、僕はアインズが出て来るまでここで待たせてもらうとするかな。」
ツアーはフラミーから鼻先を離すとバルコニーの下の庭で丸くなり、大きなあくびをしてからうむうむとまどろみ始める。
尻尾を霊廟の蓮池に垂らす様はどことなく猫のようだった。
フラミーもバルコニーから白金の山にぴょんと飛び移り、その背を滑るように庭に降りる。
かつてアインズが眠っていた一週間定位置だったツアーの顔の横に座り、それに寄りかかると書類の束を取り出し、少し読み込んだ。
それはキイチの記憶から書き出された世界の五百年の記憶だ。
「…海上都市に眠るプレイヤーかぁ。」
ツアーは僅かに目を開き自分に寄りかかるフラミーを見ると再び目を閉じた。
まどろみの中声が聞こえる。
「テスカとキイチと言ったかな。従属神も多少は生き残らせたんだね。」
「あぁ、六人――いや、五人だけ残して後は抹消したよ。生き残った者は私に忠誠を誓った。」
「それは安心したよ。君に任せて良かった。しかしぎるど武器は奪われないようにしてくれるね。」
「言われるまでもないさ。なぁ、それより話を戻すが、お前はどう思う?」
「うーん。僕ならそっちだけれど、こっちと言うんじゃないか。」
「やはりそう思うか。お前は結構わかってるな。でも私はこっちだとも思うぞ。」
「賭けるかい?」
「ふふ。私が負けるわけがないのに賭けなんて良いのか?」
「じゃあ、君が負けたら始原の魔法を返してくれよ。アインズ。」
「良いだろう。お前は何を私にくれるんだ?」
「そうだね。心からの祝いの言葉を送るよ。」
「…そんなの賭けにならないじゃないか。」
「「はははは。」」
仲睦まじいような笑い声と、背もたれがゆさゆさ揺れる感覚にフラミーは目を覚ました。
「ん…。」
「あぁ、フラミー。起きたかい。」
「こんなところで眠っちゃって。フラミーさん、ツアーが来たなら教えてくれたら良かったのに。」
美しい白いレースの布をいくつも持たされた
「はは、あいんずさん。おはようございまぁす。」
「おはようございます。神王妃陛下のドレスの生地になりそうな物を集めましたよ。ここの宝物殿の物の他にナザリックに置いてあった奴も出させましたから、見てくださいね。」
フラミーはピョンっと跳ねるように立ち上がるとアインズとツアーを交互に見た。
宝を漁るあの力の入りようを思い出す。
アインズはフラミーの背中をそっと押して
「存分に悩んでください。俺はツアーと一応賭けてるんで。ふふ。」
アインズはツアーの顔に寄りかかると、ツアーと揃って嬉しそうにフラミーを見た。
フラミーは気付いた。いや、知っていたのにすっかり忘れていた事を思い出した。
この二人は友達だった。
アインズの孤独を癒してくれる人がこうしてここに居てくれたことにフラミーは心底安堵し、今にも涙が流れそうな笑顔を作ると、はいっと頷いた。
幸せに震える胸に手を当て、涙と幸せが溢れないようにしてから
床には男性使用人達が相変わらず絨毯を敷く。
女子達は靴を脱ぐとそこへ上がり、あれがいい、これもいいとフラミーに布を掛けてはきゃいきゃい盛り上がった。
アインズもその様子を幸せな気持ちで眺める。
フラミーがたまに作る晩御飯を撮るためにパンドラズ・アクターに用意させたカメラを取り出すと、美しいその人の笑顔を撮った。
白く輝く魔法の生地を左右の肩から垂らし、ベールを軽く掛けられて笑うフラミーは真実女神のようだ。
アインズはその写真を眺めると、これは生涯の宝物にしようと決め、その後執務机の上に飾られた。
そして賭けの行方は当然――ツアーから熱い祝いの言葉が送られ幕を閉じた。