ずずん――と音を立ててしまったそれは、やはり重厚で、異質な空気を放っていた。
パンドラズ・タナトスには、ギルド武器の在り処を後で
万が一偽物だとバレるようなことがあったとしても、ギルドメンバー四十一人に変身できるパンドラズアクターならばなんとか逃げ出すことができるだろう。
同じく残されるアウラが撹乱すれば、より安全に退避できるはずだ。
フラミーから山河社稷図を受け取ったアウラは二色髪の女の監視に勤めるよういわれ、夜闇に紛れた。
万が一二色女と開戦する場合は
アインズ達が帰還すると、数時間後にニグンと陽光聖典数名を引き連れた神官長が扉の前に現れた。
「もし本当にスルシャーナ様のご再臨だとしたら、あの御方が何もおっしゃらないはずがなかろう!!」
全員が正装だ。
「しかし……確かにあのお力、全てを見通す智謀……あの御方がスルシャーナ様でなければ……それはこの世界の終わりにも等しいかと……」
ニグンの答えに、皆が悲痛な顔をした。
漆黒聖典はこんな時に限って
「ともかく……久々にお言葉を賜るほかあるまい……」
闇の神官長は人類の技術を超えたその扉をゆっくりと開けたのだった。
(あー魔力がなくなるってこんなにだるいのか……)
さまざまな魔法対策を施された氷結牢獄で、手足と装備をもがれダルマのように転がる
痛みも恐怖もないアンデッドは別になんということもないという具合におとなしくしている。
ただ、時折「スルシャーナ様……」などと呟きながらアインズを眺める姿は痛ましかった。
記憶を覗き、法国やスルシャーナ、魔神、八欲王、竜王、ギルド武器、神官長達の事をじっくり調べるアインズのそばで、司書のティトゥスは情報を書き起こして行った。
始まりの記憶はこうだ。
スルシャーナは、愛するギルドメンバーと共に作り上げた国と、メンバーとの絆の証であるギルド武器を守らせるために
スルシャーナは
『良いか、ルフス。これまで使えなかった魔法が我が身に戻ったのだ。推測に過ぎないが、相手は
スルシャーナのその後を、
魔力がいくらあっても足りない状況に、フラミー、シャルティア、デミウルゴス、ルプスレギナが代わる代わるアインズへ魔力を流し込んだ。
「なんという……」
読み上げるのをやめ顔を抑えるアインズに、フラミーが近付き慰めようとすると――
「素晴らしい!!」
高揚した声が響いた。
すぐに沈静化されたらしく冷静さを取り戻した雰囲気でアインズは続けた。
「ここのギルド武器はパンドラズ・アクターのすぐ側にあるのだが……更に
それでも興奮しているようで、いつもの丁寧な話し方ではなかった。
「この世界最強の竜、でございますね」
デミウルゴスの問いに頷く。
「ここには一度出向く必要があるようだな。これで先んじて法国の物も破壊ができる。ふふふ、良いぞ。ははは!――ふぅ。ははは!」
沈静を繰り返しながら上げる笑い声はまるで魔王そのものだった。
それを眺める守護者達の瞳は歓喜に、フラミーの瞳は何かに迷うような色が一瞬だけうつった。
アインズの話に出てくる八欲王の生み出した浮遊都市。――かつてユグドラシルにナザリック地下大墳墓があったとき、遠く米粒のような大きさで浮いていた天空城をフラミーは思い出していた。
初めて外に出たセバスに、アインズはそれの存在を確認したほどだ。
その後舐めるようにアインズが記憶を確認していくと、レベルの低いルプスレギナは魔力欠乏を起こしユリ・アルファに引きずられるように立ち去って行った。
次はデミウルゴスが魔力を枯渇させたが、ティトゥスの情報精査を手伝う為その場に残った。
そしてシャルティアも疲れ果てると、鏡で自分の顔を確認して悲鳴をあげて
なんとか一通り記憶を見終わったタイミングでフラミーの魔力も切れてしまった。
「あー……すみません。私、もーだめです〜」
簡易的な椅子にだらしなく座った。
「お疲れ様でした、フラミーさん。今日はここまでにしましょう」
「はひ、アインズさんもお疲れさまでした!あぁ……アインズさん、よく平気でいられますね」
「あ、いえいえ。かなり怠いですよ。でもアンデッドなんで疲労感は多分フラミーさんほど無いのかもしれないです」
「こんな時もアンデッドは便利なものですねぇ」
フラミーは疲れた顔で笑った。眠たそうだった。
すると、後ろでふむふむと話を聞いていたデミウルゴスが口を開いた。
「アインズ様、フラミー様、良ければ我が赤熱神殿にいらっしゃいませんか?疲れを癒すには絶好の場所でございます」
はじめての遊びの誘いにアインズとフラミーはパァっと顔を明るくした。
「い、いいのかデミウルゴス」
「ぜひ行かせてもらいましょう!アインズさん!」
ティトゥスと別れた三人は、全員
デミウルゴス配下の悪魔達が支配者達をもてなす準備を始め少しだけ慌ただしい。
灼熱の大地に、高さ十五メートルのイオニア式の柱で天井屋根が支えられる黒き神殿が建っていた。
神殿の内部はかなり薄暗い。普通の人間ならば目を凝らしたくなるような場所だが――アインズの闇を見通す目はそこに置いてあるものをしかと目に映した。
そこには右半身のまだ完成していない、実物よりも少し大きなアインズ像が建っていた。
「これは……。これはなんだデミウルゴス」
「はい。ここ数日時間がありましたので、悪魔のしもべを大量に召喚しまし、殺して良い部分を集め、アインズ様の像を作っております。完成した暁にはぜひ又当階層へお越しくださいませ」
「デミウルゴスさんって器用なんですね!これは一見の価値ありですねぇ!」
すごいすごいと喜ぶフラミーと、まんざらでもない雰囲気のデミウルゴスは、アインズとの温度差に気付く様子もない。
「次はフラミー様の像をお作りいたします」
「私は骨じゃ無いから難しいかもしれませんよぉ」
アインズ像を回り込むと隠すように地下への階段があり、下れば奥行きのある大広間と、さらに下層へ行ける階段があった。
そこには部屋がいくつもあり、デミウルゴスについて行きながら風呂場や食堂などを軽く案内された。
一階とは違いふんだんに白い大理石が使われ、随分と明るい雰囲気だ。
さらに地下へ下れば、数部屋と長い廊下の先に大きな扉があった。
「そちらには当階層の玉座の間がございます。ですが、本日は宜しければ私の私室をご案内いたします」
アインズとフラミーは顔を見合わせ、それで良いか目で確認しあう。
「うむ。玉座はウルベルトさんと何度も通ったものだ。今日はそちらを見させてもらおう」
代表してアインズが答えると、デミウルゴスはふぃんふぃんと数度尻尾を振った。
「畏れ入ります。では――取るに足りない、質素な部屋ではありますが、どうぞおくつろぎ下さいませ」
デミウルゴスが扉を開けたその先は、ゴージャスな雰囲気かと思いきや、モダンな内装だ。
しかし、決して質素などではない。
広いリビングルームには向かい合うように三人がけの茶色いソファが二つあり、真ん中のテーブルの両脇には肘掛のある一人掛けソファがある。
近くの壁の煖炉は燃えているが、薪は使われていない。
リアルでも薪が高級品になり、エタノールで燃やすほとんど二酸化炭素の出ない暖炉が主流になっていたが――ここは魔法の炎が灯されていた。
その先には執務机と、大量の本達が壁一面に所狭しと並べられている。
本棚の脇にひとつだけ扉があり、その先が寝室のようだ。
「デミウルゴスさんって、このリビングで物作りしてるんですか?」
「これはフラミー様。まさに今その話をさせて頂こうと思っておりました。実を申しますと、私は工房を持っておりまして……こちらの本をこのように押し込み、ずらして……」
カチリと何かが噛み合う音がし、本棚の向こうに隠し部屋が見える。
「このように、この先が工房にございます」
こんなに得意げなデミウルゴスは珍しい。
アインズは確信した。
「やれやれ、ウルベルトさんはやっぱり中二病だな。いつの間に課金してこんな部屋を作ったんだか」
「中二病って言うとウルベルトさんに怒られますよぉ」
「はは、秘密にしてくださいね」
進むデミウルゴスについて行くと、そこには白く美しい背もたれのない椅子があった。
「こちらは、アインズ様のために現在鋭意製作中の簡易玉座にございます。フラミー様の分もご用意しようと思ってはいるのですが……」
珍しく何か言いづらそうな様子にアインズは先を促した。
「どうした。何か困ってるのか?」
「は。実を申しますと、こちらも悪魔の骨だけで作るというのは少々芸がないかと思い、制作を一時中止しようかと思っております」
え?それも骨なの?と思うアインズとフラミーは、その後決して気の休まらない、そして共感もできない趣味の話をしばらく聞いた。
「やはり、御方々に触れるものかと思うと素材はより慎重に選びたいところでございます」
「……そ、そうか。うれしく思うぞ。うん」
甘え下手な息子が始めて自分の描いた絵を見せてきたような雰囲気と、ちゃんと趣味をエンジョイできる守護者の存在に、若干は癒されたような気もする二人だった。
ほのぼの日常パートも大好きなんですけど、中々うまく行きません(-_-)
精進します!!
2019.5.4 もんが様誤字修正ありがとうございます(//∇//)