でも不愉快じゃないドラウディロンです!
#20 手紙
新参者がナザリックに慣れ、ナザリックも新参者に慣れたある秋の午後。
「――何?ドラウディロンから?」
アルベドの報告を聞いたアインズとフラミーは大量の手紙の山の中から顔を上げた
アインズの骨の手にはモノクルが握られ、フラミーの目元には眼窩の皮膚で押さえるようにモノクルが嵌められている。
足下では猫達がもふもふと手紙の封を切っていた。
冬に行われる結婚式と神王妃の戴冠式典への誘いの招待状を出して以来、こんなに呼ぶの?と思うほどの人数からの出席の返信が来ているのだ。
招待する人選は極一部を除いて当然知恵者任せである。
ちなみに側室に如何かと令嬢や姫達の推薦状も変わらず多く来ていて、それらはやはり、パンドラズ・アクターが「何でもする女リスト」へと控えていた。
その部屋にはアルベド、パンドラズ・アクターの他に、招待リストと照らし合わせながら出席者名簿を書き上げるデミウルゴスもいる。
息子二人はドラウディロンという名前に不快げな反応を示したが、すぐに自分たちの仕事を進めた。
アルベドは何故かアインズとフラミーのそばで作業をする事を許されている猫達を忌々しげに睨み付ける。
二匹はビクリと震えると、ソファの下に慌てて潜り込み、小さくなりながら封切り作業を続けた。
「はい。アインズ様へ個人的にお手紙が届きました。」
「ほー、招待状の返事はもう来ていたのにな。」
ソファ下から差し出される手紙にさっと目を通してはデミウルゴスに渡す。はっきり言って殆ど読んでいない。
フラミーは食い入るように手紙を一通一通読んでは嬉しそうにしていた。
どの手紙にも祝いの言葉がたっぷり書かれているのだ。
アインズは手紙のバケツリレーを中断すると、身を屈めてソファ下を覗きこんだ。
「ケットシー、ニッセ。あとは直接デミウルゴスに渡せ。後で目を通す。」
「でみうるごすさまに。」「ちょくせつ。」
猫達はぷるぷる震えながらデミウルゴスの隣に移動すると悪魔に恐る恐る手紙を渡していった。
「アルベド、見せてみなさい。」
アインズが手を伸ばすと、アルベドは封切りだけ行いドラウディロンの手紙を渡した。
その手紙は美しい時節の候から始まり、フラミーとの結婚を祝う文が続き、初夏以来会えていないとまるで寂しがるかのような言葉が続き、最後には――再びのビーストマン達の出没に不安な日々を過ごしていると綴られていた。
「…またか。まぁ国を滅ぼしていない以上戦力を整えたら食糧を取りに何度でも出没するか。」
アインズはぺらりと手紙をアルベドに返し、手に持っていた魔法のモノクルを下ろした。
皮膚があれば顔に固定できるが骨ではモノクルはツルツルと滑ってしまう。
だと言うのにわざわざ骨でいる理由は――推して知るべしだろう。
敢えて言うとしたら、フラミーにべたべたしたくなるからだ。
「あの、読んでもよろしいでしょうか?」
「ん?当たり前だ。」
なぜか珍しく遠慮がちなアルベドに首を傾げた。
「では失礼して。」
知恵者達は最早マジックアイテム無しでこの世界での公用語を読み書きできるようになっていた。
「漆黒聖典でも送るか。いや、また同じ部隊では国の戦力を侮られる気もするな。とすると紫黒聖典――はティトとマッティに騎乗指導を受け始めた所だったか。なら陽光聖典が手頃か?」
アインズが一人ぶつぶつ言っていると隣でフラミーは読み終わった手紙をデミウルゴスへ渡した。
「聖典送るって、竜王国何かあったんですか?」
「えぇ。何でもまたビーストマンが出たとかで不安らしいですよ。」
「あらら。じゃあアインズさんも行ってあげなきゃ。」
「え、俺もですか?ちょっと忙しくってそんな暇は…。」
アインズは一応目を通すべきである招待状の返信の山を前に他にもやらなければいけない大量の事柄を思い出す。
式と式典までもう後三ヶ月程度しかない為、恐怖公に当日の式典の段取り等を叩き込まれなければいけないし、エーリッヒ擦弦楽団と音楽の相談もしなければいけないし、料理長と副料理長と共に行う――式典で振舞われる物の試食会にも行かなければいけないし、鍛冶長に衣装の相談に来るように言われているし、神官長達にも呼び出されているし、他にもやらなければいけないことは山積みだ。
ここに来て今までで一番自分で決めなければいけない事が多い上に右も左もわからない。
こんな時にたっち・みーが居ればとつい思ってしまう。
全て守護者にやらせれば良いのかも知れないが、フラミーの
フラミーは少し申し訳無さそうな顔をした。
当然全ての作業にはフラミーも参加している。
自分ばかりここで大変だと言えば特に何も欲しがらないフラミーの小さな夢にケチがつく気がした。
「いや、やっぱり何でもありません!このくらい軽いもんです。分かりました、行きます。」
アインズが立ち上がると息子達はそれぞれ本日はここまでかと作業を終わらせ片付けに入った。
「あ、あの、無理しないで下さいね。」
「いえいえ。楽しくやってますから、無理なんてしてませんよ。」
アインズが骸の顔で笑いかけると、動かないはずの顔の表情を読み取る妻になる人は嬉しそうに笑った。
「アルベド。シャルティアを呼べ。私とフラミーさんは少し竜王国へ行く。」
「かしこまりました。」
「あれ?私も行って良いんですか?」
フラミーが首を傾げると、アインズも首を傾げた。
「ん?――あ、いや。やっぱり俺一人で行ってきますね。」
アインズは当たり前のように二人で行こうと思ったが、フラミーが一人で進められる準備は進めておいて貰った方が良いかと納得する。
アルベドに呼び出された――竜王国に一番出入りし、国中を隅から隅まで行脚させられたシャルティアが来ると、アインズは
出た先は城の玄関口だ。
いくら属国とは言え約束もしていないのにいきなり城に入るのはまずかろう。
シャルティアに取次を頼むとアインズは正面玄関にある噴水へ向かった。
それは以前水を止められ濁りきっていたが、今ではもうすっかり清らかな水を流すようになっていた。
例え水の濁りの原因が環境破壊でなくても、リアルを思い出すような情景は嫌いだ。
アインズは汚れない水の流れを見るとそれだけで心が安らいだ。
秋晴れの空にはいわし雲が泳いでいて、抜けるように高い空はまるで宇宙まで手が届きそうだとアインズは骨の目を少し細め、雄大な空を仰ぐ。
すると、脛まであるミモレ丈の軽やかなスカートを靡かせる背の高い女性がこちらへ向かって城門から歩いてくるのが見えた。
周りには複数名の護衛と神官が付かず離れず側におり、その者が如何に高貴で、重要な人物であるかを現しているようだ。
女性はこちらに気付くと、嬉しそうに目を細め――桜色の唇はゆっくりと開かれていく。
その様はどこか蠱惑的で、アインズは始めてその人と会った日のことを思い出した。
「アインズ殿。」
「ドラウディロン。手紙を読んだぞ。思ったより元気そうじゃないか。」
「ふふ。今元気が出たところだ。」
外出から城に帰ってくると元気が出るなんて―― この女王はかなり引きこもり体質だ。
ドラウディロンは秋風に吹かれる中アインズまで真っ直ぐ歩いてくると、すぐ側で立ち止まり幸せそうな笑顔を見せた。
「そうか?ところで街はどうだ。流石に恐れ混乱しているか。」
「いいや、皆ブラッドフォールン嬢が定期的に顔を見せているから、信じているようだよ。必ず紅蓮の戦姫が手を差し伸べてくれるはずだと。」
ドラウディロンと並び城の玄関へ向かって歩き出すと、巨大な城の扉は開かれた。
中には共に出て来ようとしていたシャルティアと宰相がいた。
「あ、アインズ様、宰相を連れて――雑種、帰ったでありんすか。」
「神王陛下。ご無沙汰しております。よくぞおいで下さいました。陛下もおかえりなさいませ。」
深々と頭を下げる宰相に手を挙げ軽く挨拶に応える。
「宰相。久しいな。さぁ、ビーストマン達との事を教えてくれ。」
一行はドラウディロンの執務室へ向かった。
以前は埃が積もり荒れた雰囲気だった城内は、噴水同様美しさと輝きを取り戻している。
城内で働く者も以前の比にならないほどに増え、メイドや文官のような者達、与えた
ドアマンによって扉が開かれるとドラウディロンは執務机へ向かい地図を取り出した。
机の上には日々の勉強で使っている魔導書とノート、筆記用具が所狭しと並べられている。
アインズは興味深そうに部屋を見渡していた。
片付いているとは言えない部屋に羞恥を覚え、ドラウディロンは急かすように応接のソファセットを勧めた。
一人がけソファが二台づつローテーブルを挟むように置かれていた。
アインズがソファに座り、後ろにシャルティアが控える。
ドラウディロンはアインズの正面に座ると地図を開いた。
「見てくれ。」
アインズはモノクルを取り出し人の身になると、眼窩の皮膚で挟むようにそれを固定した。
「どれどれ。」
覗き込むようにするその人から僅かに優しい香りがする。
ドラウディロンは理知的な目の前の人を眺めると心臓が激しく鼓動を打ち始めるのを感じた。
ドラウディロンが何も言わない事を訝しんだのかアインズが顔を上げると、サラサラと流れる美しい銀色の髪は晴天に降る雨のように輝き、真夜中の空を思わせる漆黒の瞳の中に瞬く星を幻視した。
それはアインズが超常的な存在であるという事をただの娘に再認識させるようだった。
「どうかしたか?」
痛む程早まる心臓に手を当て、深呼吸をする。
「――いや。何でもない。」
地図へそっと手を伸ばし、竜王国とビーストマン国の国境を指でなぞる。
「ここと、ここと、ここの付近から大規模な人攫いが起きているんだ。隠れてやり過ごした者達は確かにビーストマンを見ている。」
アインズは黙って話を聞いていると、外にいたメイド達が静かに部屋に入ってきた。
それぞれが客へ出すお茶と軽食を手にしていて、洗練された動きでこちらへ進んでくる中ドラウディロンは続ける。
「それに対応する為に再び国民を徴兵しなければならないと思ってな。ここの所は徴兵への理解を促す為の演説に回っていたんだ。民は皆ブラッドフォールン嬢が共に来るならと重い腰を上げかけている。そこで――」
結論を言おうとしたところで、ガチャンと無作法に食器がぶつかる音がした。全員がそちらへ視線をやると、メイド達の視線はアインズで止まり揺らいでいた。
「…私がどうかしたかな。」
少し不愉快そうだと言うのに尚美しい声が響くとメイド達はハッと我に帰ったようだ。
「おんしら、至高の御身の前で不敬でありんすよ。」
シャルティアの言に慌てて頭を下げ、口々に謝罪を述べると王と女王の前に配膳して下がっていった。
「うちのメイドが失礼した。すまないな…。」
とは言えドラウディロンもメイド達の気持ちはよくわかる。
つい先ほどまで自分もその圧倒的な美に見惚れていたのだから。
「構わん。もうとっくにこう言う扱いは慣れている。それより続きを話すんだ。私はあまり長居はできない。フラミーさんに向こうを任せて来てしまったんだ。アレに任せっきりにもできん。」
ドラウディロンは国を少しの間も安心して任せられないフラミーが今後神王妃として立つので良いのだろうかと少しだけ思う。
「なぁ、フラミー殿はどのくらい国の事を預かっているんだ?」
「国か?国は評議国の事は任せている。ツアーと相談してうまくやっているよ。私ではツアーとそう言う話をすると喧嘩になりそうだし、助かっている。さぁ、続きを。」
――もっと助けになりたい。
女神の力がこの王に必要だと言うことはもう痛いほどによく分かっている。
しかし、叡智の闇の神と違い、無垢なる女神は人を救う事はできるが国の管理などをした事はないのだ。
これだけ広く、多くをまとめあげる神聖魔導国に於いてフラミーにはただ一国しか任せられないのなら――フラミーとは違う形で、自分はこの王の助けになれる筈だとドラウディロンは胸に当てていた手を握りしめ、王としての顔を作る。
「再びで申し訳ないんだが、ブラッドフォールン嬢を出してくれないだろうか。」
アインズは日の陰り始めた部屋で地図に視線を落としたまま軽く唸り、頷いた。
「そうだな。不安を取り除くか。」
地図に顔を向けたままの上目遣いな視線に射抜かれると、ドラウディロンは顔が熱くなるのを感じた。
あードラちゃんキュンキュンしちゃうねぇ!!
次回 #20 王様の気持ち
当然次回もドラ回です。
前書きのあらすじを読むだけでアンチドラの方々が何とかなるようなるべく工夫します!
ドララの妄想とか言う誰も得しない裏 R18
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