竜王国での戦いから一年と少し。力を取り戻し始めたビーストマン達は食料調達のために再び竜王国に現れた。国境の村々では大量の人攫いが発生し、ドラウディロンはアインズへ救援を求める手紙を出した。結婚式と神王妃戴冠式典への出席を告げる手紙の山に埋もれていたアインズはフラミーに竜王国へ行くことを勧められた。渋々出掛けた先で、ドラウディロンからシャルティアの再びの出撃を依頼され――。
今回もドラ注意です。
「再びで申し訳ないんだが、ブラッドフォールン嬢を出してくれないだろうか。」
アインズはドラウディロンの話を聞きながら、
シャルティアの影響力を最大限に高めたいと言うデミウルゴスの進言により、竜王国にはアンデッドを置かなかったのだ。
「最速の策ではないことは分かっているが、どうしてもこの手で手に入れたい。任せてほしい。」と頑張ってくれている。
何故最速の策を取らないのかアインズには分からなかったが、下手な事を突っ込めば藪蛇だ。
アインズはデミウルゴスに全てを任せると言ったが、もうあれから一年が経つし、アンデッドの配備について相談しても良いかもしれない。
が、デミウルゴスが良いと言っても今すぐ制作して配備することは躊躇われる。と言うのもアンデッドの素が大分減っているからだ。
死刑囚などの回収は日々進めているが、中々死体が手に入らない状況はこの先を考えるとかなり不安だ。
日の傾き始めた部屋の中でアインズは決断する。
ビーストマンの死体が
「そうだな。不安を取り除くか。」
ドラウディロンの様子を見るとその顔は柔らかな夕陽に照らされて赤かった。
「…ありがとう…。」
アインズはモノクルをしまい、制御の腕輪と並ぶように着けている茶釜時計をチラリと確認した。
「さて、それでは方針も決まったし私は一度ナザリックへ戻るとしよう。フラミーさんが困っていては可哀想だからな。」
「アインズ殿…待ってくれ…。」
ドラウディロンはたった一人何もかもを預かり持とうとする王を案じた。
この王は女神にも寄りかかれないのだとしたら、一体誰がこの王を癒し守るのだろう。
常に自分の半身たる、もう一つの世界の理が脅かされないか気を配り、たった一人国と美しい全てを守る。
目の下に入る不思議な亀裂は涙のように見えた。
せめて国を安心して誰かに任せ、心休まる時間があれば――。
「どうした?シャルティアの力はもう存分にわかっているだろう?それに私も出るからそう浮かない顔をするな。」
「そうじゃないんだ…。なぁ、貴君が以前私に言ってくれた言葉を覚えているか…?私への…教訓を…。」
アインズは目を伏せ、その時を思い出しているようだった。
「……当然だ。あの時の話だな。」
「そうだ…。」
「あの時だな。」
「あぁ…。」
「あの時か…。お前はよく覚えているな。」
「貴君と交わした全ての言葉を私は覚えているとも。」
ドラウディロンは初めてシャルティアが出撃した時の言葉を思い出していた。
(強さとは単純な暴力だけではないだろう――戦場とは皆それぞれだ。)
どれほどその言葉に救われただろう。
あれ以来ドラウディロンは学び続けていた。
始原の魔法を取り戻すための勉強は勿論の事、位階魔法の勉強、王としての自分の戦場を往くための勉強など幅広い。
将来を誓い合って一年。
ドラウディロンはたった一年で生活魔法を覚えた。
普通は魔導学院に通うか、誰かの下に弟子入りし、才能の有無にもがき苦しみながら数年かけて学ぶ事が多いと言うのに――誰の師事も受けずに手に入れたそれは、血の滲むような努力の結晶だろう。
第一位階ですら使えるものはほんの一握りなのだ。
「この一年間、私は凡ゆる力を求め続けた。貴君がそうして来たように。」
ドラウディロンはその腕にハマり続ける腕輪へ視線を落とした。
決して外さないと誓った約束の腕輪を。
「私は――私なら、国を治める事に関してはフラミー殿を凌ぐ。この私の力を…どうか認めて欲しい。」
アインズはドラウディロンをじっと眺めていた。
「そうか。」
たった一言。
「アインズ殿、私は王という戦場で戦い抜けるだけの力を持っているぞ!私はきっと、貴君が国を任せても大丈夫だと思えるだけの女になったはずだ!…だからっ、だからっ!」
ドラウディロンは息継ぎもせずに一気に言うと、自分の顔を抑えた。
泣いてしまいそうだった。
この王の為だけに一年生きたのだ。
毎日会いたかった。本当はこの世の全ての理を知る叡智の結晶であるその身に教えを請いたかった。
親友との結婚は胸が張り裂けそうだ。
しかし二人の幸せは心から喜ばしかった。
「お、おい。大丈夫か。ドラウディロン?」
心配そうな声が聞こえるがドラウディロンはこんな顔は見せられないと顔に手を当てたまま首を振った。
「…相変わらずたまに幼児退行だな。おい、お前達席を外しなさい。」
控えていたシャルティアと宰相が立ち去りドアを閉める音が響く。
ドラウディロンの肩は震えていた。
「あいんず殿っ!私は国を預かれるぞ!!」
「落ち着きなさい。最初からそんなことは分かっている。」
「…え…?な、なんて…?」
ぴたりと涙は止まり、恐る恐る顔を覆う手を下ろしていく。
「私は最初からお前にはそれができると分かっている。今更何を言っているんだ。」
正しく評価し、常に見守ってくれていた神を、ドラウディロンは見上げ硬直した。
では、この力を持って自分を神聖魔導国へ――。
「涙は止まったな。さて、私は今度こそ帰る。おい!シャルティア!」
アインズがソファを立ち上がり、外からシャルティアが戻るのを見るとドラウディロンも慌てて立ち上がりその腕を取って引き止めた。
「待って!待ってくれアインズ殿!!」
「ッチ。不敬でありんすねぇ…。」
「今度はなんだ?本当にお前は秋の空のような女だな。」
皮膚の下にアインズの骨格を感じる。
ドラウディロンは呟くように言葉を紡いだ。
「…なぁ、フラミー殿を信じて向こうを任せて…。今夜は、今夜はこのまま泊まって行かないか…精一杯…もてなすから…。」
覚悟を決めたドラウディロンは顔が熱を持つのを感じた。
「持て成しは感謝するが…私はフラミーさんが居ないところでは眠れんのだ…。」
「な、なぜ…?」
「夜私が目を閉じている間にアレが消えてしまわないように、この腕に収めておかなければ……。闇に紛れてアレが消えるようなことがあれば私は狂う…。」
その手は一瞬震えたようだった。
「夜、闇が深くなる時に光を守らなければいけないのは解るが……。アインズ殿…そんなんでどうやってこの先側室や第二第三の妃と子を持つと言うんだ…。」
闇の神はキョトンとした。
夕日ははいつの間にか遠くの山の端にかかり、今にも落ちてしまいそうだ。
それはまるでかつて共に見上げたハナビの終わりのようで――
「私は他の者と子を成すつもりはない。フラミーさんにも誓っている。」
――まるで共に見下ろした毒々しい血濡れた大地の様だった。
ドラウディロンは絶句した。
何故。これまでそんな事を言ったことは無かったのに、フラミーが誓わせたのか――。
震える拳を握り締める。
「……フラミー殿を呼んでくれ…。」
「何?向こうを任せていると言ったばかりじゃないか。」
「呼んでくれ!!」
「…やれやれ。」
アインズはドラウディロンの様子を見ると、
シャルティアを連れて行かなかったと言うことは戻ってくると言う事だろう。
ドラウディロンはアインズの
最初は後宮に入って形だけの婚姻になると思っていたし、それを望んでいたが――ドラウディロンはアインズとの子を持ちたかった。
曽祖父も近頃はとても応援してくれているし、自分の血を残したい。
このままでは例え神聖魔導国へ嫁いでも、ドラウディロンは子を授けてはもらえないだろう。
「フラミー殿……こんなの…あんまりじゃないか……。」
シャルティアは面白そうに女王を見てからその部屋を立ち去った。
ドラウディロンも大変だなぁとアインズは苦笑しながら第九階層の廊下を歩いていた。
いつも宰相を顎で使っている女王も流石に王として疲れてきている様子だった。
ああ言う気持ちはアインズもよく分かる。
なんなら毎日「俺ちゃんと出来てますよね!?」と叫びたい。
ドラウディロンはフラミーよりうまく国を治められていると主張していたが、当たり前だ。なんならアインズよりも余程うまく国を治めているだろう。あの女王はそうなるように生まれ、育てられて来たのだ。
デミウルゴスの話によるとドラウディロンは為政者として良くやっているらしい。
王としては及第点だと、しばらく竜王国を任せても大丈夫だと言っていたのを思い出す。
ただ、どれだけ優秀な者でも心が疲れることはあるだろうし、友人とお泊まり会だってしたくなる物だろう。
アインズはフラミーの部屋に着くと軽くノックしながら扉を開いた。
「こんこーん。フラ――いないのか。」
アインズはそっとこめかみに手を当て呪文を発動する。
「――<
数秒の後、『はい。フラミーです。』
余所行きの声が聞こえるとアインズは誰もいないフラミーの部屋で鈴木悟としての声で応えた。
「俺です。今おんみの部屋なんですけどどこですかー。」
『あぁー!今デミウルゴスさんとBARナザリックですよぉ!』
途端に嬉しそうな、締まりのない声になった事にアインズは少し笑い、移動を始める。
「まーたデミウルゴス虐めてるんですか?」
『虐めてませんよぉ。可愛がってます!』
「…いや、それはそれでどうなんだ…。」
『え?じゃあ可愛がってもらってます!』
ガランガランと来客を知らせる鐘が鳴る。
「『………フラミーさん、それは問題でしょ。』」
「『へへへ。息子に可愛がられちゃ親の名が廃りますね。』」
二重に聞こえだした声に二人は目を見合わせて笑った。
カウンターに座るフラミーは振り向いた体勢で親指と小指を立てた受話器型の手をそのまま振った。ここはハワイか。
「アインズ様、おかえりなさいませ。」
「あぁデミウルゴス、虐められてないか?」
カウンターの向こうで副料理長とテスカが深々と頭を下げているのに手を挙げて応える。近頃は来客も増えているので、店員を増やしたのは正解だった。
背の高い椅子から立ち上がってアインズを迎えていた悪魔は頬を少しかくと笑った。
「もちろんで御座います。本日は私が畏れ多くもフラミー様をお呼び出しいたしました。お弁当のお礼に。」
「あぁ、そう言えばそんな話もあったな。」
フラミーは副料理長と協力してデミウルゴスが作った夕飯を口に放り込み嬉しそうにしていた。
「それよりアインズさん、今日お泊まりは?」
「え?なんで分かるんですか?食べ終わったらフラミーさんも行きましょうね。」
「「えっっ!!??」」
二人の尋常じゃない驚き様に、アインズもビクリと一瞬肩を揺らすと鎮静された。
「二人して何だ?大きい声を出して。とにかく、ドラウディロンが王として疲れているから少し構ってやって下さい。」
子会社の社長のケアだ。
「え、あ、えへへ。そうですよね。行きます行きます。」
フラミーは少し顔を赤くしていた。
「そうして下さい。デミウルゴス、竜王国の今後の方針と死体の残数で少し話があるからお前も来なさい。」
「今後の方針…死体…。なるほど、そういう事ですね。畏まりました。お供させて頂きます。」
その後アインズはちゃっかり食事会に参加した。