前回のあらすじ
アインズはビーストマン狩りを快諾し、一も二もなくナザリックへ帰還しようとすると、ドラウディロンに泊まっていくように勧められた。しかし、アインズはフラミーのいない場所では眠れないと不安を吐露する。「そんな事でどうやってこの先側室や第二第三の妃と子を持つと言うんだ」ドラウディロンの言葉にアインズは首を傾げた。「私は他の者と子を成すつもりはない。フラミーさんにも誓っている。」アインズの言葉にドラウディロンは驚愕すると、フラミーを呼べと叫んだ。ドラウディロンは嫁ぎ子を持つ日を楽しみにしていたと言うのに、もう嫁いでも子を持てる日は来ないのか――――。
アインズは少し遅くなってしまったがフラミーとデミウルゴスを連れてドラウディロンの執務室に戻った。
明かり一つ灯っていない薄暗い部屋で、ドラウディロンは遠く眼下に広がる街の光と空に輝く星達を眺めていた。
「フラミー殿…。」
「ドラウさん!」
フラミーが嬉しそうに近付くと、ドラウディロンは一歩下がった。
「…アインズ殿。フラミー殿と少し二人で話しをさせてくれないか…。」
「構わんぞ。存分に話しなさい。」
アインズは暗闇の部屋でフラミーの顎を掴むと顔を上げさせ、軽いキスをして微笑んだ。
「話が終わったら迎えに来ますから呼んで下さいね。デミウルゴス、行くぞ。」
「は。」
顔を赤くするフラミーを置いてアインズは部屋を後にした。
「アインズ様、宜しいのですか?」
「宜しい宜しい。これこそが大事なんだとお前にも分かるだろう。安心してフラミーさんに任せてお前はお前の務めを果たせ。」
「これこそが大事…フラミー様にお任せ…竜王国の方針…死体の残数…。」
デミウルゴスは何やらブツブツ言うと閃いたような顔をした。
「どうかしたか?」
「申し訳ありません、アインズ様。何卒一度ナザリックへ戻るご許可を頂けないでしょうか。」
「構わんが…忘れ物か?」
「はい。忘れ物でこざいます。」
「ははは。お前が珍しいじゃないか。良いぞ、行きなさい。」
アインズが
夜に飲まれた部屋の中でドラウディロンはフラミーをまっすぐに見据えていた。
「フラミー殿…貴君は陛下をなんだと思ってるんだ…。」
「へ、へいか?」
あまり聞いたことのない呼び名に数度瞬いた。
「…神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下だ…。」
フラミーは王として悩むどうこうではなく明から様に不愉快そうにしている友人を前に焦りだした。
本当は今夜久々に伽をする予定だっただろうに、自分がアインズにあんな事をされては気分も悪くなる。
「あの…本当いつもごめんなさい…。」
「ごめんなさいじゃない…。貴君は陛下と国の未来を一体どう思っているんだ。」
「国の未来…ですか…?」
「そうだ。本当に陛下と国を思うなら、陛下のご寵愛を自分だけの物にしようと言うのは違うんじゃないのか…。」
「あの…、最近はちょっと出掛ける事が多くて、アインズさん、あ、いや…陛下も…全然ここに来られなかったと思うんですけど…。」
フラミーも毎晩自分の所でアインズが眠っていて良いのだろうかと思わなかったわけではない。
しかし行かないなら行かないでもう良いと甘えていた。
「そうじゃないんだろう…。私は貴君が陛下と婚姻を結ぶと聞いて心からの祝いの言葉を送ったのに。」
「お手紙ありがとうございました。すごく嬉しかったです。なんだか抜け駆けしたみたいになっちゃって…本当ごめんなさい。」
「抜け駆けだとかそんな事私は気にもしていない。手紙に乗せた祝いの言葉は全て真実だし、貴君が第一神王妃として立つ事も最初から分かっていた。しかし、陛下はこの先持つ何人もの妃と、何百もの側室と、国と世界の為にお子を設けなければいけない事をちゃんと解っているのか。」
フラミーは動揺した。
自分の四人以上増やさないでくれと言う受け入れられてしまったワガママは世界の為に――いや、ナザリックの為にならない。
皆カルサナスの時、世継ぎの誕生をあれほど望み喜んでいたのだ。
「分かってたんですけど…。だけど…辛くって…。私…。」
自分が何も守れないのが悪いくせに、アインズを離さず、安全な場所で暮らしているドラウディロンの下へ行かせなかったのはあまりにも利己的だ。
その点ドラウディロンは百人でも他に女性ができることをきちんと受け入れている。
「見損なったぞ。貴君は女神としてこれまで何でも手に入れて来たんだろうが、地上に降りた以上地上のルールに従ってくれ。ここはもう神話の世界じゃないんだ。」
「私が…なんでも手に入れて…来た………。」
何一つ手に入れることが出来なかったフラミーは震える手で、腹に――いや、手に入れられた筈が自ら殺したものに触れた。
「…羨ましいよ。闇の神は光の神のいうことなら何でも聞くだろ…。陛下は貴君に国一つ任せられなくて…少しも自由なこと何て出来ないのに…。共に未来を見据え助けにならなきゃいけない筈の神王妃は自分のことばかり…。いつも陛下に自分を守らせて…本当に貴君の力は陛下に必要なのか…。私は、私は政治だって何だってお手伝いして差し上げられるのに…私の子ならそういう事も教えてやれるのに…。」
ドラウディロンが涙を零し始め、わずかな嗚咽が部屋に溢れた。
窓から差し込む月の光の中フラミーは深く反省した。
「ごめんなさい…。」
「…謝る相手が違うだろう…陛下にお詫びして来たらどうだ…。」
「そうですね…。ドラウさんはすごいよ…本当に。」
「すごいもんか。私は子を持てない辛さを他人に押し付けたくないだけだ…。貴君も押し付けるんじゃない…。」
フラミーは聞きながら顔を左右に振り、胸を押さえると突然フラついた。
「子を………ッ<
叫びに近い詠唱と共に深い闇が開くとフラミーは倒れこむように潜って行ってしまった。
ドラウディロンは少し泣くと深い闇と光が共にある夜空を見上げた。
『貴女の不敬なる望みを言いなさい。』
どこかからか耳障りのいい女性の声が聞こえた気がした。
手を前に組んでドラウディロンは闇へ呪いにも似た願いを吐く。
「光が闇への影響力を落としますように…。」
そう言ってからドラウディロンは内省する。
(…この願いは間違っているか…。)
すると、ドラウディロンの影がゾワリと動いた。
「え?何だ…?」
一瞬自分の目を疑い、ゴシゴシとこする。
影を見つめていると、それは二つに割れて行き、ドラウディロンは慌てて割れた影の主をその目にとらえた。
いつの間にかドラウディロンのすぐ隣には女がいた。
いや、おそらく女だ。
世界が
異形を前にドラウディロンは思わず尻餅をついた。
「ま…魔物!?衛兵!!衛兵!!!」
ドラウディロンの部屋の外で控えていた者達が慌てて入室してくる。
「陛下!!あ…あぁ……。」「な!?あっ…く…!!」
しかし、ドラウディロンも衛兵も目の前の者から放たれる圧倒的強者としての感覚に身震いを止められない。
早くアインズを呼ばなければと抜けた腰をなんとか奮い立たせようとしていると、女はドラウディロンを覗き込むようにし――「私は悪魔。貴女の願いの契約はなりました。」――喋った。
「悪魔!?願い!? 」
衛兵達は一瞬呆然としたが、女王は王として培ってきた物に突き動かされるように叫んだ。
「アインズ殿を呼べ!デミウルゴス殿もだ!!」
衛兵はハッと我に帰ると一人はドラウディロンの下に残り、一人はアインズの下へ走った。
煌びやかな王宮の廊下に、まるで相応しくない足運びで行く。
衛兵は目的の部屋に着くと、飛び込むように扉を開いた。
「神王陛下!!デミウルゴス様!!」
「な、神王陛下に無礼ですよ!」
宰相が少し焦り注意するが、衛兵は止まらない。
中ではビーストマン対策作戦会議が行われている真っ最中のようだった。
「陛下!!女王陛下の執務室へお急ぎください!!」
「あぁ、話は終わったようだな。よっこらせ。」
アインズがフラミーを迎えに行こうと立ち上がると、控えていたシャルティアも動いた。
「違うのです!執務室に悪魔が出ました!!デミウルゴス様は、デミウルゴス様はどちらですか!!」
「悪魔だ?うちの者をこれだけ置いているのに侵入されるわけがないだろう。それにデミウルゴスは今忘れ物を取りに――」
「し、しかし!!事実悪魔を名乗る者が!!」
「分かった分かった、行ってやるから静かにしろ。全く騒々しい奴だ。シャルティア、お前はデミウルゴスを呼び出せ。」
アインズは気怠げに手を振った。
衛兵が飛び出して行って以来悪魔はピクリとも動かなかった。
ドラウディロンは直感する。
(アインズ殿は全ての闇の上に君臨する。この者は悪魔なのだから、アインズ殿を知らないわけがない――!!)
相手はその名に驚き硬直しているのだ。
すると、外から大人数の者が駆けてくる音がし、ドラウディロンは勝利を確信した。
半開だった扉は勢いよく開けられ、宰相や執政に携わる多くの者達、民兵の指揮を執る者達――そして現れた闇の神と二名の守護神が駆け込んできた。
アインズは部屋に入るなり悪魔を見咎め訝しむような顔をした。
「――ん?なぜお前が?」
「アインズ殿!申し訳ない!!いつの間にか侵入されていた!!協力してくれ!!」
対峙した悪魔はゆっくりと頭を下げた。
それはまさしく神へ行う、細心の注意を払った挙動だ。
一瞬だけアインズかデミウルゴスの配下の者かと思ったが、あの者達がドラウディロンに隠して何かを城に配備したりすることは考えにくい。
「これはアインズ・ウール・ゴウン――様。私の名前は
レヴィアタン…?とアインズが呟く。
やはり知り合いや配下の者ではなさそうだ。
「
アインズと共に入ってきたデミウルゴスの緊迫した声に皆が身を強張らせた。
「ほんとでありんすねぇ。」
この神々に強大だと言わしめる存在が目の前にいるのでは、今生きていられることは奇跡だ。
一瞬アインズがそうなの?と言った気がした。アインズ程の力を持つ者の前では如何に強大な悪魔でも大したことはないのかも知れない。
「まぁいい、目的は何だ。」
アインズはまるでデミウルゴスに尋ねたようだった。
悪魔は平気で嘘をつく存在だし、このレヴィアタンなる者に聞くよりも確実なためだろう。
「私はこの女王のフラミー様に嫉妬する気持ちから召喚されました。そして光が闇への影響を失うように願われ、契約を行いました。」
ドラウディロンの背に大量の冷や汗が流れた。
「何だって!?私は、私は召喚なんて…!!それに、その願いも貴様に願ったつもりなんて――!!」
「待て、それで、フラミーさんはどこだ?」
アインズは途端に部屋をキョロキョロと見回し始める。
「女王が追い出しました。」
レヴィアタンの発言に、周りの者達の視線はドラウディロンに集まり――そのまま滑るようにドラウディロンの後ろへ送られた。
何事かと振り返った先には星の光が輝く空に、ポツリと青白い光の球があった。
星より大きく、地に近い所だ。
「何だと!?」
アインズは慌ててこめかみに触れ、部屋には場違いな静寂が流れる。
「ックソ!!繋がらん!!デミウルゴス、シャルティア!!ここはお前達に任せる!!」
「あ、アインズ殿!!待ってくれ!!」
ドラウディロンはこの世で最も強き者が離れてしまうことに心細さを感じ、思わず去ろうとしたその手を握った。
「待てん!!離せ!!」
即座にシャルティアに引き剥がされる。
「アインズ様、ここは我々が。」
アインズはデミウルゴスとシャルティアに頷くと
フラミーは竜王国の空を飛んでいた。
割られた大気が耳元でゴウゴウと言う風切り音を生む。
アインズにもドラウディロンにも合わせる顔がない。
どこでもいいから逃げ出したい。
良く知ったはずの辛さを人に押し付けて来たなんて、フラミーは思いもしなかった。
最早フラミーがアインズのそばにいて、アインズとその周りの人のためになる事が一つでもあるのだろうか。
恐らくその先はアインズだろう。
「会えない…会えないよ…!…アインズさんだってあんなに悲しんだのに…私は何も考えないでそれを押し付けて来たのに!!」
思わず泣きそうになるが、自分が人の生活を縛り、人を傷付けて来たというのに被害者面することも出来ず、ただただ心の中でもがいた。
ドラウディロンは素晴らしい女性だ。
生まれた時から王として全てを覚悟してきっと生きて来たのだろう。
自己中心的で人の気持ちを顧みない自分との差にただただ絶望する。
ふと地上へ視線を落とすと、フラミーの存在に気付いた人間が手を組み、何かを祈る姿がチラホラと見える。
「私は神様なんかじゃない…!!ドラウさんの言う通り神様ならなんでも手に入れられるのに!!自分の事だって、大切な人だって幸せにできない私が誰かに幸せなんか分けてあげられないよ!!」
フラミーは空に立ち止まり叫ぶと――猛烈な破壊衝動に駆られた。
温かな光が漏れ出る家のバルコニーから自分へ祈る者、愛する者と手を繋いで自分を指差す者、子供と共に嬉しそうに自分を見上げる者。
どこを見ても、信頼と信仰に溢れている。
フラミーの耳には自分の呼吸音と心臓が胸の外へ飛び出すのではないかと言うほどの鼓動が響く。
――破壊したい。
自分が引き起こせる惨劇を想像するとフラミーは昂ぶった。
地上にはどんどん人間が集まり、フラミーを指差しては手を前に組んでいた。
鼓動に全身をバラバラにされる。呼吸が乱されていく。
フラミーはその身に青白く幻想的な魔法陣を纏った。
すごい!ドラちゃん全ての地雷を踏み抜いた!!
ドラ出ません!
次回#22 夫婦喧嘩