前回のあらすじ
ドラウディロンはフラミーを連れて戻ったアインズに、席を外して欲しいと頼んだ。これまでは神として何でも手に入れてきたであろうフラミーに、地上に降りたなら地上のルールに従えと、アインズの寵愛を独り占めしようとしたその身を叱責した。フラミーはドラウディロンに謝罪し、ドラウディロンが何人の妃でも受け入れようとする姿勢をスゴイと評した。「すごいもんか。私は子を持てない辛さを誰かに押し付けたくないだけだ。」フラミーはその言葉から逃げるように<転移門/ゲート>を潜ると、ドラウディロンの下には謎の悪魔が現れる。悪魔は自分こそドラウディロンに召喚された者だと、助けに入ったアインズに名乗った。アインズは部屋にいないフラミーを案じていると、空には超位魔法の魔法陣が――。
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時間制限を迎えた魔法陣が割れると、フラミーの前には八十レベルの魔将が六体姿を現した。長いツノが印象的な、ヤギの頭蓋骨を彷彿とさせる頭部だ。身体は青白く、筋肉質な胸には呪いの紋様が走っている。黒い翼を持ち、腕は翼と同様の黒き羽毛で覆われている。湾曲した鉤爪は暴力の権化のようだった。
「六悪魔、推参。フラミー様、御身の前に。」
全員が丁寧にフラミーへ頭を下げる。
「あなた達……私をなんだと思う。」
フラミーの瞳は鋭く、見る者の心胆を凍りつかせるようだった。
六体の悪魔達は召喚主の言わんとすることを掴もうとフラミーを見た。
「――大悪魔かと。」
フラミーは笑った。
「そうだよ。私は悪魔だから、何一つ手に入れられないんだろうね。神様だったら良かったのに。 」
「御身は我ら悪魔の神であります。」
悪魔のお世辞にフラミーの眼光は緩んだようだった。
「ふふ、ありがとうございます。ねぇ、七人で
「最低八百八十九体です。」
地上の光を睥睨する。
「もう少し出したいね。数で押そっか。」
「人間共を殺し尽くすのならばもっと良い魔法もありますが。蒸発させるような。」
「そんなのダメだよ。誰も何も手に入れられないともがき苦しむ中の死を。」
「畏まりました。絶望の中の大虐殺を――。」
「フラミーさん!!」
悪魔の言葉を遮るように響いたアインズの到着の声にフラミーはびくりと肩を揺らした。
「あ、アインズさん…。なんでここに…王子様はお姫様の側にいてあげないと…。」
「だから来たんじゃないですか!こんな所で超位魔法なんて何事かと…あぁ、無事でよかった…!
アインズがフラミーに近付きかけると悪魔達は臨戦態勢に入るように武器に手をかけ腰を落とした。
その様子にアインズは一気に警戒度を引き上げ――「…貴様達どこからきた悪魔だ。」
「フラミー様に喚ばれし悪魔だが。」――警戒度を下げた。
「悪魔は割と荒くれているものか?…さぁフラミーさん、帰りましょう。」
アインズの伸ばした手をフラミーはジッと見ると首を振った。
「私、帰れない…。」
「ドラウディロンの城なんかに戻ろうってんじゃないですよ。ナザリックです。」
「帰れない。本当はアインズさんに合わせる顔も…ないですもん……。」
「何言ってんですか。ちょっと飛び出したくらいで怒る俺じゃないですよ。」
友人と喧嘩した様子に苦笑しているとフラミーはもじもじして悪魔越しにアインズを見上げた。
「それに、人間を絶望させたいの。」
物騒すぎる発言にアインズは思わずエッと声を漏らした。
「殺していい…?」
「こ、殺しちゃだめ…。」
残念そうにする姿にツアーの言っていた精神の変容を思い出す。
与えられれば残虐な事を楽しむところはあったが、幾ら何でもこれは何かがおかしい。
「フラミーさん、兎に角こっちに来てください。俺が話し聞いてあげますから。」
アインズが両腕をフラミーに伸ばすと、フラミーは泣きそうな顔をした。
「私、そんなに優しくしてもらえる価値なんかないです!!」
「落ち着いて下さい!仲直りくらい俺の手にかかれば――」
「もう仲直りなんかできないよぉ!!<
フラミーの周りに黒い泡が渦巻いた。
「は!?」
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六人の悪魔達も一斉に同じ魔法を唱えると、フラミーを取り巻いていた黒い渦と合わさり、大きく巨大な一つの竜巻へと姿を変えた。
夜空の光は巨大な闇に吸い込まれるようだった。
夥しい量の悪魔達が闇の渦より現れる。
空気を震わせるような笑い声が響いた。
アインズは見たこともない量の悪魔達を前に呆然と空を見上げた。
この魔法で喚ばれた悪魔達は誰の言うことも聞かない。
本来であれば十レベル足らずが六十四体、二十レベルが三十二体、三十レベルが十六体、四十レベルが八体、五十レベルが四体、六十レベルが二体、七十レベルが一体出てくる。
しかし、辺りには十レベル足らずと二十レベル、そして三十レベルの悪魔達しかいなかった。
それは十から三十までの悪魔達が倍の数召喚されていることを意味する。
三十レベル程度の悪魔等アインズの敵ではないが――悪魔達は地上へ向かって降りだした。
光の消えたその光景は、まるで世界の終わりのようだった。
「くそ!ビーストマンどころの騒ぎじゃない!!」
アインズは悪魔達が舞い出てくる様を見上げると慌てて杖を構え、一気に消し去ってやろうと超位魔法の魔法陣を出す。
しかし――「<
響いたフラミーの声に驚愕し振り返った。
痛みは皆無だが、第七位階のその魔法の生んだ衝撃波にアインズは身を動かされ魔法陣は消滅した。
「うわっ、何やってんですか!!」
再び魔法を発動させようとすると悪魔達も「攻撃しますよ」とでも言うように武器を抜く。
「主人の望みは大虐殺だ。」
「ッチ!コイツらもう片付けますからね!!」
「させません!!<悪魔の諸相:八肢の迅速>!!」
二人は睨み合った。
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天使の性質を持っているフラミーに呼び出される悪魔は普通のものよりも脆弱だ。
かと言って、フラミーの呼ぶ天使が強いかというとそうでもない。
天使を呼び出せるのはこちらの世界に来てかなり都合が良いが、同時に悪魔の性質を持つフラミーが呼び出す天使も脆弱だ。
流石に超不人気職なだけはある。ユグドラシルは何かに優れていると、それに見合う弱点がある。これはメリットとデメリットを持たせることでバランスを取る為である。
アインズは十分六悪魔を倒せるアンデッド達を呼び出すと、悪魔の諸相により移動速度を上げていたフラミーに正面から近寄ることをやめた。
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即座に転移し、目の前にいるフラミーを掴もうとすると――幻術だった。
手はスカリとフラミーを通過したと思うと「<
抵抗の成否関係なしに一時的だが視野を奪う魔法に軽く舌打ちをする。
力がなくても逃げながら戦う事に長けているプレイヤーは厄介だ。
「こんな戦い方誰が教えたんだ!!<
戻った視界で素早くあたりを確認すると、フラミーは自分の悪魔とアインズの生み出したアンデッドに向かって降下しつつ、アンデッドへ<
「じゃじゃ馬娘が!!<
アインズは身を消すと<
フラミーに追いつくと再び魔法を放とうとしたタイミングで姿を現し――「<
「っあぁ!<
フラミーが麻痺し落下を始めると、急ぎ抱き寄せ、もぎ取る様に杖を奪った。
可愛らしいタツノオトシゴの杖を自分のレプリカの杖と合わせて
しかし、麻痺抵抗を持たないほど相手も弱くはない。
フラミーがすぐさま動き出し杖を取り出そうとすると両手首を掴み、家屋の屋根を破壊し入っていった。
屋根には穴が開き、パラパラと破片やホコリが落ちた。
「はぁ…っはぁ…。」
「ッはぁ…はぁ……。」
二人が息切れする中、悲鳴をあげて家の持ち主が逃げて行く。
そして外に出た瞬間、<
悪魔達がケケケッと三下丸出しの笑い声をあげ、家に入ろうとするとアインズは瞳を赤く燃え上がらせ睨みつけた。
ミジンコでも恐怖は感じるらしく悪魔達は虐殺の続きへ向かって行った。
アインズは視線を和らげると壁に背をあてるフラミーに向き直った。
「ったくもー本当に困った奥さんだなぁ。」
「…私…アインズさんの奥さんに相応しくないですもん…。」
フラミーは悔しそうに目に涙を溜めていた。
「えぇ!?本当にどうしちゃったんですか?お、俺のこと嫌いになったんですか…?」
「なってないです…。」
「じゃあどうして!」
フラミーの瞳からポロリと涙が一粒落ちた。
「陛下、陛下の役に立てなくて…ごめんね…。」
「へ、へいか?こんなに役に立ってるじゃないですか。俺は貴女がいてくれるだけで良いんです。貴女だけが俺を癒す全てなんだから!」
握り締めていた両手首を離すとアインズはフラミーの顔を両手で掴むように包んだ。
「…私、ドラウさんみたいに政治の事何もできない…。ドラウさんみたいに陛下のこと支えてあげられない…。」
「ドラウドラウって、俺あいつに支えられたことなんて一回もないですよ!?あいつに一体何言われたんですか!」
「何も…何も言われてないです…。」
いつも世界を愛して輝いていた瞳は濁りきっていた。
「嘘つかないで下さい!そんな目ぇして!!」
フラミーは躊躇うように何度も口を開けては閉め、目を伏せてポツリとこぼした。
「…子を持てない辛さを…人に押し付けちゃいけないって…それだけ…。」
「なんだと!?そんな事を言われたのか!?」
フラミーの発する言葉にアインズは胸を締め付けられ、激しい怒りが渦巻いた。
知ってしまった都市国家連合の者達は仕方がないが、アインズは子供が出来たことも失ったことも誰にも言わなかった。
ナザリックにも箝口令を敷き、決して外部に漏らしてはいけないと強く言い含めた。
都市国家連合の者達にアインズは何も言わなかったが、ジルクニフが気を回し、他言無用だと通達していた。
いや、言われなくてもアレを見た誰もが話す気など起きるはずもなく、皆が忘れたフリをし、決して口外されなかった。
「ドラウディロンに話したのか?」
「話さないよぉ…!でも私のやってることはそういう事だったのぉ…!」
フラミーはボロボロ涙をこぼし始めた。
治りかけていた傷口をドラウディロンに開かれたフラミーをキツく抱きしめ、それを癒す方法を考える。
一体どうしたら――。
「アインズさんは国のために、ナザリックの為に子供を作らなきゃいけないのに…!」
「国!?ナザリック!?そんな事考えるんじゃない!!」
「私はアインズさんに守られてるだけの役立たずのくせに、何一つ守れなかったくせに――!」
「あぁぁ!良いんだ!!貴女が生きてくれてるだけでいいんだよ!!それに何も守れなかったのは俺だ!!」
フラミーはブンブン顔を振った。
「ドラウさんは百人のお妃も受け入れるって…!でも、私、これ以上何人も、百人もお妃なんて受け入れられないよぉ…!受け入れないといけないのに、酷いことしてるって分かったのに、それでもやっぱり無理だよぉ…!」
「な、なんなんだ!?百人の妃って何の話ですか!!」
「ごめんなざぁい…。」
フラミーはそれ以上何も言わなかった。
涙で滅茶苦茶になってしまっているフラミーの顔を掴むとアインズは叫んだ。
「落ち着け!!落ち着けフラミー!!俺を見ろ!!」
フラミーはしゃくり上げながらアインズと視線を交わした。
いや、交わし続けた。
外から聞こえる悲鳴の波の中、フラミーの呼吸がよく聞こえる。
「…いい子だね。」
落ち着きを取り戻し始めたのを見るとアインズは顔を撫でるように涙を拭いた。
「俺はフラミーだけに俺の全てを捧げるから、そんな妃がなんとかなんて、言わないで下さい…。それに、子供だってまたすぐに出来ますから。」
フラミーは震えながらアインズの顔に触れた。
「ふらみーだけで許されるの…?」
「俺はフラミーだけが良いんだよ…。文句を言う奴がいたら、俺がちゃんと黙らせるから…。」
アインズが優しく告げ、軽く唇同士を合わせると、フラミーの涙は止まったようだった。
唇が離れて行く。
「あいんずさん…。…じゃあ…四人から増やさないって約束…もうお終いだって思っても良い…?」
「え…?何の話ですか…?」
「私と、ドラウさんと、アルベドさんと、シャルティア以上増やさないって言ってくれた、指輪交換した日のお約束…。」
アインズは誓いを立てた日の全ての会話を丁寧に思い出していく。
まさか――そう思うと、背筋が凍りつくようだった。
「一回整理しよう…。フラミーさんは俺とドラウディロンをどういう関係だと思ってるんですか…?」
「…恋人…?あ…ううん。ドラウさんはアインズさんと結婚するって言ってたし、愛してるって言ってたし…。神官長の皆もドラウさんはアインズさんのお妃になる人だって言ってたから…婚約者…ですか…?」
フラミーから紡がれる言葉にアインズは焦りとドラウディロンへの不信、怒りを感じた。
「ドラウディロンは何を言ってるんだ!?神官長も竜王への言い訳を真に受けてんのか!?いや、それよりも恋人なんて、婚約者なんてどんな勘違いだよ!?」
「か、かんちがい…?」
「そうだよ!!俺はいつだってあんたしか見てこなかった!!肝心のあんたがなんで俺を無視するんだよ!!もっとちゃんと俺を見てくれよ!!」
顔を包む手の甲にフラミーの涙が伝って落ちていくと、アインズも泣けてきた。
正しく伝わっていると信じてきた愛情が半分も伝わっていない。
「フラミーたのむよぉ…!俺はあんたに、俺の全てを差し出して良いって思ってるのに…!俺の全てを捧げてるのに…!」
それは迷宮での答えのようだった。
「あ…あいんずさん…。ごめんなさい…ごめんなさい私…。」
涙が落ちて行くのを止められない。
フラミーの顔を包む手の親指で何度も頬を撫でた。
「…文香さん…聞いて…聞いて下さい…。俺は貴女だけを愛してるから、他に誰も絶対に嫁にしたりしないから、どうか俺と結婚して下さい…。」
フラミーは自分だけのものではないと諦めていた全てを手に入れた。
「っすずぎざぁん…!」
「…返事は…?」
「お願い、お願いしますっ。」
「はは…それなら鈴木さんはもう、やめろってば……。」
二人は悪魔に蹂躙され続ける街の、小さな家の中で抱き合って泣いた。
世界最悪の夫婦喧嘩はようやく終わりを告げた。