「それでは女王との契約を果たすため、代償を頂きましょう。」
アインズが立ち去った執務室に悪魔の声が響いた。
「っ私は悪魔に願ったんじゃない!!代償なんて絶対にやらんぞ!!」
ドラウディロンは拳を握りしめ、僅かに震えていた。
「召喚された以上願いを叶えなければ魔界にも帰れません。あなたのせいで現世との間に楔を打ち込まれたので願いは叶えます。それでは。」
そう言うとレヴィアタンは窓を開けて足を掛けた。
「待ちなさい!」
デミウルゴスの制止にレヴィアタンは「はい。」と素直に止まり、窓にかけた足を下ろすと丁寧に頭を下げた。
ドラウディロンは微かな違和感を感じて首を傾げ掛けるが、最上位悪魔だと言うデミウルゴスもまた、悪魔達に頭を下げられる者なのだろう。
デミウルゴスは心底不愉快そうにレヴィアタンを睨んだ。
「ここで戦いますか?」
レヴィアタンが挑発するように肘から先の黒い翼を広げて見せると、デミウルゴスは悔しげに自分の周りにいる竜王国の重鎮達を見た。
ここで戦いが始まれば、恐らく全員が巻き込まれて死ぬ。
「戦いません。しかし、あなたがここを出たら私達は必ずあなたを追います。フラミー様の消滅など見過ごせません!!」
消滅――そこまで願ったつもりは無かったし、事実願っていないが、全員が震えるドラウディロンに視線を送っていた。
「女王…陛下………。」
宰相の絶望したような声が響く。
「違う…違うんだ…私は、私は少しフラミー殿の力を――」
「そう言う事です。では私はこれで。」
悪魔はドラウディロンが全てを言う前に黒い翼でふわりと風を起こし、開いた窓から闇に消えて行った。
「女王陛下!!何故そのような呪いを!!」
信じられないとでも言うような国の重鎮達の視線にドラウディロンはふるふると首を振った。
「違うんだ…本当に違うんだ…!」
「なんと言うことを…。ああ!見なさい!」
デミウルゴスが指し示す方を見ると、ポツリと浮かんでいた輝きは砕けた。
「そんな!!まさか!!フラミー殿!!」
ドラウディロンは窓辺に駆け寄り身を乗り出すように外を見た。
「
「デミウルゴス殿!!どうしたらいいんだ!一体どうしたら――!」
すると部屋の中は一気に暗くなった。
差し込んで来ていたはずの月の光も、星の輝きも届かなくなった事に背を震わせる。
「ひ、ひかりが……。」
「これが光のない世界…。」
二度と日も昇らないのではないかと思わされるほどの闇だ。
「回収でありんすね。」
「か、回収…?代償の…?」
シャルティアが美しい真紅の瞳を向ける先で、ドラウディロンや竜王国の者達の想定したあらゆる代償を大きく上回る光景が広がり始める。
空の暗闇から、もはや闇の塊のように見える程大量の悪魔が降り注いでいく。
「なんという事でしょう…。」
デミウルゴスは圧倒的な力を前に背を震わせた。
至高の四十一人の中でもほぼ最弱とは言え、一度にあれだけの悪魔を呼び出すとは誠神の所業。
アインズがフラミーに任せろと言った意味もよくわかる。
眺め、心酔していると、魔法の力を感じさせる輝きが空で数度チカチカと光った。
そろそろ作業を始めろという合図だろう。
顔面蒼白な竜王国の面々をもう少し眺めて遊びたかったが、行かねばならない。
「デミウルゴス様!光神陛下はもう弑されてしまったのでしょうか…!」
宰相の額には大量の汗が流れていた。
「安心して下さい、お側でアインズ様が消滅させられないよう必死に守られている頃かと。」
「あぁ……神王陛下も我々がここにいるせいで戦えず…光神陛下を守るため一も二もなくお出かけになったのですね…。」
「そう言う事です。」
この男は半端に賢いため扱いやすい。
「…わたしは…本当に願ってしまったのか…。」
震えるドラウディロンを無視し、シャルティアはデミウルゴスへ振り返った。
「デミウルゴス、そろそろ妾達も出んしょう。」
「そうですね、
「デミウルゴス様、ブラッドフォールン様!どうか…光神陛下をよろしくお願いいたします…!」
やはり宰相はよく出来ている。
二人は勝利を確信するような笑顔を見せ
その先は人間の血にまみれ、大量の死体が転がる地獄の世界だった。
デミウルゴスとシャルティアは恐怖にまみれた豊潤な血液の香りにうっとりと鼻腔を震わせた。
先に現地入りしていた
「アインズ様とフラミー様はどちらにいんすか?」
さらりと辺りを見渡せば、空ではアインズのアンデッドとフラミーの悪魔が戦っていた。
万一部外者に見られた時に戦っていましたと言えるよう配備されたか。
「今は近くの家屋でお休み中でございます。」
「女王は想定以上に不敬なことを言ったそうだね?フラミー様はお疲れでしょう。」
「何を言ったか知りんせんが、あの雑種は本当に教育が必要でありんすね。」
三人は向かってくる弱い悪魔達を適当に殺しながら血の海を踏みしめ歩いた。
一歩進むごとにパシャパシャと小気味良い音が響いて行く。
シャルティアは頭の上に血のプールを作り出し、グングンとそれを溜めた。
「それで、楽しくはありんすが、どうして殺してからナザリックに持ち帰るんでありんすか?前におんしが王国でやったように生きたまま連れ帰れば自分の足で歩かせることもできんしたのに。」
「忘れたんですか。以前連れ帰ったクアゴアの子供を間引こうとした時にペストーニャとニグレドが邪魔した事を。あれは実に不愉快な出来事でしたからね。」
ナザリックに連れ帰ってから殺そうとすれば邪魔立てが入るか。
王都の時は荒くれた男達だけだったが、今回は女子供も無差別に回収するのだ。
シャルティアはなるほどと納得するとナザリック、第五階層へ向けて
「手間ではありんすが、確実にアンデッドの素を手に入れるならこれが一番と言わすことでありんすね。」
「そう言うことです。それに、国際問題にならないよう全ての罪を女王へ被せて死体を持ち帰るのですから、我々が指示を出さなくても自由に行動する悪魔達の様子は説得力を高めるでしょう。好きにさせて、多少この国からも逃げ出して他所でも暴れるくらいがちょうどいいですよ。」
悪魔が眼鏡を押し上げていると、
「待タセタナ。場所ハ用意シテオイタ。イツデモ受ケ入レラレル。」
「いきなりですみませんでしたね。もっと早くからアインズ様はきっと私に伝えてくださっていたのでしょうが…私が至らず気付くのが遅くなってしまいました。」
支配者にBARナザリックで竜王国からの死体回収をやんわりと伝えられ、デミウルゴスは一時離席して大慌てでコキュートスに連絡を取った。
あれから大した時間も経っていないと言うのに親友はやはり優秀だ。
「気ニスルナ。ソレヲ言エバ私モ気付カズ過ゴシテ来テシマッタノダカラ。」
二人が丁寧に互いの事情を慰め合うとシャルティアは面白そうに笑った。
「おんしらは妾と違って成功だけの道を歩んでるわけではありんせんことでありんすからね。もっと精進しなんし。」
今まで一切失敗無しの吸血鬼は無敵だ。
以前には褒美としてペロロンチーノの
「…シャルティア。私から説明を受けるように虐殺に参加させていただけず、あそこに置いていかれていたという事に、君も少しは危機感を持ったらどうかな。」
「な!違いんす!!雑種の監視のためにあの場を任されたに違いありんせん!!」
「……そうですか。ナザリックに私を迎えに来た時もまるで作戦に気付いていない様子だったと言うのに。」
「き、気付いておりんしたよ!!」
あわあわし始めたシャルティアに、デミウルゴスはやれやれとでも言わんばかりに両手を挙げて首を左右に振った。
プシューー…と冷たい空気が流れると地面に広がる血溜まりが凍っていく。
「…ドチラデモ良イガ、ソロソロ回収ヲ始メナイカ…。」
一人
「…アインズさん…ごめんなさい…。」
「そんな、謝らないでください。俺が悪かったんですから…。」
二人は床に座って壁に背を預け、固く手を握りしめ合っていた。天井に開いた穴から見える空は悪魔だらけだった。
「さぁ、そろそろ行きましょうか。お片づけが待ってます。」
アインズはフラミーの首にかかる
しかし外は妙に静かだ。
二人はもそもそと立ち上がると家を出た。
「これは…?」
家の外ではアインズが召喚したアンデッド達が控え、デミウルゴスとシャルティア、そしていつの間にか来ていたコキュートスが何やら楽しげに話していた。
悪魔達はまだ大量にウロついているがここに控える者達のレベルの高さが分かるのか寄って来る様子はない。
「アインズ様、フラミー様。お疲れ様でございました。」
デミウルゴスが代表して言うと守護者達は揃って頭を下げた。
「あぁ…。お前に全てを任せると言ったのにこんなにしてしまって済まなかったな。それにしても随分片付いているが…。」
シャルティアは瞳を輝かせた。
「妾の眷属が今も死体の回収を進めておりんすよ!!」
「えっ、大丈夫なんですか…?」
フラミーの問いはアインズも思った事だ。
最悪アインズの始原の復活魔法で一気に起こせばいいと思っていたと言うのにどうやら守護者達は先走って死体をナザリックに回収してしまったようだ。証拠を隠滅するには些か死人が多すぎる。
デミウルゴスは
「もちろん我々の悪魔や眷属ごと貫いて頂いて結構ですので、よろしくお願い致します。」
全員の視線がフラミーの首に集まる。
そう言う意味で大丈夫か聞いたのではなかったが、何はともあれ悪魔の掃討だ。
アインズはそっとドラウディロンの腕輪を抜くとフラミーに渡した。
「じゃあ、これ着けて。効果範囲はなるべく絞ってくださいね。始原のこれなら多分出来るはずですから。最悪できなけりゃ世界中に降らせても良いです。」
フラミーはこの腕輪を受け取っていいのかと友人に一瞬遠慮したが、兎に角今は事態の収束が第一だと考え直す。
ドラウディロンと自分達はこれからどうなるのだろうか。
「やってください。」
フラミーが頷き首にかかる清浄なネックレスの効果を使うと竜王国は再び真夜中の夜明けに包まれた。
低レベルの悪魔達は流星のような光に撃たれると悲鳴を上げ、命を媒介にしていないため黒い靄の中消えて行った。
方々で悪魔が貫かれ、断末魔を響かせる。
空を覆うようにいた悪魔達が消えると、空には月と星が戻り、アインズは僅かに安堵する。
守護者達も空を見上げ、やりきったような顔をしている。
彼等なりにフラミーを庇おうと死体を回収してくれたのなら、もうそれはそれで良いかとアインズは思った。
むしろ優しい心遣いが嬉しい。
「…アインズさん、私、もっと勉強して、アインズさんの助けになるように頑張ります…。」
「ん?そんな事気にしなくて良いって言うのに。」
「ううん。ちゃんと、頑張るから…。」
「じゃあ、帰ったら教えますよ。あなたのやらなきゃならない仕事を。」
アインズはフラミーの頭を撫でると守護者に振り向いた。
「お前達の今回の働き、私は少し感動したよ。ここの後処理の一切はお前達に任せる。私達はドラウディロンの下へ行って来る。」
守護者達は歓喜に震えないよう丁寧に頭を下げた。
何やっても大丈夫なんでしょ、僕知ってゆ。
次回 #25 ドラウディロンにごめんなさい
旅行に行ってたので書き溜め消滅しました。(白目