竜王国の災害対策チームは悪魔が代償を求めたと思われる場所にたどり着いた。
そこには人の死体も金品も何もなく、共に来ていたドラウディロンは余りの出来事に、馬車の中で嘔吐した。
悪魔は確かに喚んでしまったし、恐ろしげな空も見たが、まさかこれ程とは――。
「あいんずど……へいか…。」
女王のあまりの痛ましい様子に宰相は流石にいつもの様にふざけんなと突っ込むことも出来なかった。
その場で必死に調査を続けてくれているデミウルゴスにも、一体何処へ民が連れさらわれたのかは分からないようだ。
レヴィアタンと言う悪魔は当然のようにフラミーの光の力に滅ぼされたのでレヴィアタンの事を追うこともできない。
しかし滅ぼさなければフラミーも国もどうなったか解らないので正しい判断だろう。これ以上の惨状が待ち受けていたに違いなかった。
災害対策チームは神聖魔導国の調査チームと共にせめて死体だけでも取り戻そうと必死になったが、最上位悪魔のデミウルゴスに分からないことが分かるはずもなく、時間だけがいたずらに過ぎて行った。
そして悪魔騒動が女王によって引き起こされた事は世間に伏せられたが――いつの間にかそれは広まり、周知の事実となっていた。
女王の下にいれば再び同じ悲劇が繰り返されるかもしれない。
国民が自分達を救おうと必死に戦ってくれた神々に恭順を願うまでもう幾ばくと時間はかからなかった。
ドラウディロンは飲んだくれ、ソファに仰向けに転がっていた。
腕を目の上に乗せ、外界と自分をシャットアウトするように過ごしていると、ノック音が聞こえた。
これで何度目かだが、訪ねて来る者の予想が付くためずっと無視している。
放っておけば居なくなるだろうと扉から背を向け、自分の耳にボフンとクッションを押し当てる。
すると扉が開かれ、人が入ってくる音がし、ドラウディロンは見向きもせずに苛立たしげに話しかけた。
「…今日は何だ。誰が私に文句を言いにきた。」
「そう拗ねるな。お前は国を預かれると言っていたじゃないか。」
呆れ返ったような声音にドラウディロンはクッションを放り投げるように飛び起きた。
「っえ!?あ、あいんずどの!?」
思わず名を呼ぶとハッと口元を押さえ、自分の身なりの酷さに赤面する。
慌てて少しでもましにしようとスカートを撫で付けた。
アインズはどっこらせと向かいのソファに腰掛けると、肘掛に寄りかかり頬杖をついた。
「悪魔騒動を蒸し返すなと言っているがどいつもこいつも中々どうして受け入れてはくれん。困ったものだな。」
「あ…そ、そんなご慈悲を…。」
「まぁ人の噂も七十五日だ。もう暫く辛抱しろ。」
あまりにも慈悲深い神王は女王の罪を濯ごうと動き続けていた。
しかし噂話が落ち着く様子はまるでなかった。そこら中でまるで影が語るように噂は飛び交った。
「ところで今日はビーストマンの討伐に出る日だろう。もう皆出発の準備は出来ているぞ。」
「あっ、そうでした…。」
だと言うのにすっかり職務を放棄し忘れていた。
朝も夜も眠れないような日々を過ごし、ドラウディロンは時間と日にちの感覚を失い始めていた。
「いつまでも幼児退行しているんじゃない。もう置いていこうと皆言っていると言うのに、フラミーさんがお前を待つと言ってきかん。どうする。」
ドラウディロンはバッと立ち上がると深々と頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。すぐに行きます!」
「そうか。じゃあ、いつもの元気なドラウディロンで頼むぞ。」
「はい!!」
アインズも立ち上がると、自分の頭をちょいちょいと指差した。
何かなとドラウディロンも自分の頭のその辺りに触れると、ピンと立つ寝癖に触れた。
「っうわ!!く、こ、これは、そのっ!!」
「はは、急げ。待っているぞ。」
一笑すると慈悲深い王は立ち去った。
「…アインズ殿…。貴君も変わらずに居てくれるんだな…。」
ドラウディロンは胸を押さえた。
「…よし。」
顔をパンっと叩くとドラウディロンは着替えを始めた。
空には薄いベールの様な雲がかかっている。
強い風が吹く中、四台の馬車と、大量の民兵達が城の前で待っていた。
戦場に宗主国の王だけを行かせるわけにいかないと民兵やそれを指揮する者達、悪魔騒動の謝罪の意として共に行く竜王国の重鎮達が出発の時を待っている。
その場は話し声が重なり合い、軽いざわめきで溢れていた。
「ドラウさんどうでした?」
アインズはフラミーがドラウディロンを迎えに行くと言ったのを制した。
フラミーとドラウディロンはもう二度と二人にさせたくない。
今後遊ぶことがあったとしても、自分の目が届く所でしか会わせる予定はないのだ。
それに引きこもっていると聞いたし、様子によってはフラミーに余計なことを言いまた傷つけるかもしれないと先行調査に出たわけだ。
「ちょっと荒れてましたけど、まぁ元気そうでしたよ。ビーストマン狩りも来るそうです。」
「良かった。あー…ドラウさん出てきたら、なんて話しかけたら良いかなぁ…。」
ああ言おうか、こう言おうかとソワソワするフラミーはまるで恋する乙女だ。
アインズの苦笑の中フラミーはウロウロと馬車の周りを何周も歩いた。
まずは天気の話からか、今日の朝食の話からか――あまり良いアイデアだと思えるものは浮かばない。
唸りながら歩いていると、ふいにドンっと何かにぶつかりフラミーは軽くよろけかけた。
「あぅっ。」「わっ!!」
ドラウディロンを突き飛ばしたことを理解すると踏ん張り、慌てて手を伸ばして豊満な肉体を引き寄せた。
「あ…ふ、フラミー殿…。」
「ごめんない!私、余所見してて…!」
「い、いや…私こそすまない。気付かなくて。」
二人はまるで踊りのフィニッシュのような体勢のまま無駄に見つめあった。
どちらもそれ以上何を言えばいいのか分からない様子だ。
「あの…お元気でした…?」
「あぁ…貴君こそ…どうだ…?」
おかしな姿勢のまま、まるで百年ぶりに会うとでも言うような雰囲気で会話をすると、二人は顔を赤くしていき声を合わせて楽しげに笑った。
「はは、やっぱりフラミー殿は紳士だな!」
ドラウディロンはフラミーに支えられながら自分の足で立った。
「そんな事ないですよ。ふふ、それにしてもドラウさん朝からお酒飲んでるんですか?解毒してあげますよ!」
「あ…はは、そうしてもらおうかな!」
アインズはやはりドラウディロンを警戒していたが、しばらく二人の様子を見ると「まぁ良かったかな。」と馬車のドアを開けた。
「あ!アインズ様!出発ですか!」
「わ、ざ、雑種さんも、その、一緒に行くんですか?」
中には双子が乗って控えて待っていた。
「あぁ。そろそろ行こう。だがドラウディロンは竜王国の馬車だ。――フラミーさん!」
女子二人は出発の様子に手を振り合いながら別れると、それぞれの馬車に乗り込んだ。
――音がした。燃え続ける線香花火が地に落ちた時に聞く、儚いジュッと言う音だ。
世界の理を形成する力に支えられた――位階を超えた魔法がその地を白く染め上げた。
その様は後に、地に太陽が落ちた様だったとも、世界を創造し直す序章の様だったとも伝わっている。
激しいと言う言葉では足りない、想像を絶する熱がビーストマンの国を襲った。
赤茶けた土の上に街として、国として存在し続けて来たはずのその場所は、今や円形状に抉られ黒く変色していた。
恐るべき死の力に蹂躙された地はガラス化している部分もあり、もはや美しさすら感じさせる。
一切の生者を許さぬとでも言わんばかりの大地からは、尾を引く青白い発光体がいくつも浮かび上がり――再びの生を与えられる為、力を奮った神の下へ還った。
日中に吹いていた強風は雷雲を呼び、その地を潤すかのように三日三晩雨を振らせ続けた。
雨が上がるとそこには巨大な漆黒の湖が出来上がった。
ガラス状の部分が光を反射するその湖はカラカラに乾いていた大地を潤し、隣接するミノタウロスの王国にも多くの恩恵を与える。
その日世界から
一つは物理的に、一つは名前を失い――。
まばらに降り出した雨の中、最後の一つの魂を――地獄を削り出したかの様なガントレットの中に収めたアインズは髪の毛から滴る雨を気にもしないように、心から嬉しそうに笑った。
「ハハハハ!!ここまでか。ここまでだとはな!」
その左右に立つ双子の瞳には羨望、狂喜、畏怖、敬意――名伏し難い感情が入り乱れている。
「――喝采せよ。」
ドラウディロンと宰相、竜王国の政と軍事を司る者達は口を開け、死の神を凝視する。
声の聞こえる所にいた民兵達も同じ様に死の神を見た。
視線が集まりだす。
隣の者が死の神を見ると、その隣の者も死の神を見つめ――それが連鎖し全ての視線が集まるとアインズは再び口を開いた。
「我が至高なる力に喝采せよ。」
フラミーは杖を抱えると嬉しそうにパチパチと拍手を始めた。
「すごーいアインズさん!」
すると狂信に包まれる双子達も喝采を送る。
「さっすがアインズ様!!」
「す、すごいです!!い、いつもこうやって世界を作り変えて来たんですね!!」
嘘だろうとでも言うような顔をした後、竜王国の重鎮達もぱらぱらと拍手をし、いつの間にかそれは民兵達の心からの万雷の喝采と万歳唱和に包まれた。
民兵達は完全に魅せられた。
早くこの強大な力に守られたい。
この力の下にいればビーストマンも、悪魔も、何一つ恐るるに足りないだろう。
女王は悪魔を呼ぶし、強大な力を持つと聞くのにそれを行使して国民を守る様子もない。
今すぐに庇護を求めたかった。
しかし、民兵達の熱狂とは裏腹に、国の中枢に関わる者達はその身に怖気を走らせていた。
女王が悪魔に願ったのはこの死の神と対を成す生の神の消滅――。
もし光の神が失われていたら、果たして世界はどうなってしまっていたんだろうか。
慈悲深い面しか見たことがなかったが、神が慈悲深いだけの存在の筈がなかった。
特にこの神は死を司るのだ。
侮った事などない。しかし、それでも――いつものその神は優しすぎた。
「陛下…フラミー殿がいなくなったら…御身は…一体…どうなるんだ……。」
女王の呟きは民兵の喝采の中でもよく響き、竜王国の重鎮達は恐る恐る様子を伺った。
「ん?またその質問か。何故か私はそれをよく聞かれる。お前はどうなると思う。」
しとしとと降りしきる雨の中、アインズから返された質問にドラウディロンは震えながら答える。
この震えは冷たい秋雨のせいか、愛する神の驚くべき一面を見たせいか本人にも解らなかった。
「世界を…破壊する…。」
雷鳴が轟き始める中、アインズはいい笑顔を見せた。
「大正解だ。」
その日の夕刻、竜王国はブラックスケイル州と呼ばれる場所になった。
ドラウディロン・オーリウクルスが
後に何百年か経ち、ドラウディロン・オーリウクルスの名前が一般の者達から忘れ去られると、黒い鱗のような輝きを見せる神の生んだ湖が州名の由来だと思われるようになる。
しかし、歴代州知事の情報をまとめた書物にその名を残す女王は歴史家達と神官達の間ではあまりにも有名だ。
強大な悪魔を召喚し、国を生贄に光の神の消滅を願った呪われた女王。
何故そんな者が初代州知事の任に就くことが出来たのだろうかと、勉強が足りない者達は首をひねったが、聖女ネイア・バラハのまとめた書物には、生きて罪を償い闇を受け入れることの重要性を彼女程その身で体現した者はいないと書かれているとか。
馬車に戻ったアインズは大量の経験値回収にホクホクだ。
広範囲の破壊は生態系に影響を与えるため若干躊躇したが、民兵を投入した泥沼の戦いになっては経験値回収もできないので今回は仕方がないと自分に言い聞かせた。
ちなみにビーストマンの死体はアンデッドにするとゾンビ系になってしまうことが判明した為死体もいらない。
ゾンビ系は悪臭がキツく、存在が公害だ。
メンテナンスに服を支給するのもバカらしいだろう。
アウラとマーレに穴を修復させるつもりで連れて来たが、外は土砂降りになり始めたので取り敢えず今日の所は中止だ。
雨くらい魔法で止めてしまえばいいが、この世界に来て初めて打たれた雨は、リアルの川や海、土を穢す強い酸性に偏った雨とは違い、優しくあたたかかった。
この雨で命を永らえる者は数え切れないだろう。
本降りの雨に打たれ、濡れた髪を絞るフラミーは嬉しそうだった。
「これで限界突破の指輪が出来上がったら、アインズさんまた強くなりますね!今ので一レベルは上がりそう!」
「ふふ、そうですね。だけど、実は俺一つ考えがあるんです。」
「考えですか?どんな?」
数十万の命を奪い高らかに笑い声をあげた男はまるで別人のように優しい顔をしてフラミーの腹にそっと手を沿わせた。
「今はまだ秘密です。」
ドラちゃん、フララのお友達枠として州知事にしてもらえたみたいです( ;∀;)良かったね…。
次回 #28 閑話 おいでよ!デミウルゴス養殖場!
えっ!牧場の次は養殖場…!!