#29 究極の鬼ごっこ
ちらほらと雪が舞う。
その日、死の具現と生の具現が神都、魔導学院の一番大きな階段教室に現れた。
共に入るは、髪を夜会巻きにしているメガネを掛けた理知的な美女、涼しげな目元が印象的なポニーテールの美女、野性味溢れる褐色の肌の美女。
フールーダ・パラダインは教室へ向かって手を伸ばし、深々と頭を下げた。
「陛下方を知らぬ者などここに居るはずもありませんが、どうぞ自己紹介を。」
生徒達は師が頭を下げる存在を真剣に見つめた。
「私こそ神聖アインズ・ウール・ゴウン魔導王、その人である。今日は少しばかり訓練をする為ここに来た。本当は私達が生んだ地で行おうと思っていたんだが…フールーダが見たいと言って聞かなくてな。一日邪魔するぞ。」
おぞましい筈の骨の身は神々しく、威厳に満ち溢れた態度はその王がただのアンデッドではないと生徒達に強く思い知らせる。
今日の神は巨大なトゲのついた漆黒のローブを着ていて、骨の腹の中には赤い不思議な球が体の一部のように浮いている。
神はそっともう一柱の背を押した。
「フラミーです。学校って何だかドキドキしちゃいますね。よろしくお願いします!」
頭を下げられ、生徒だけでなく様子を見ていた教師達も含めた全員が慌てて机に叩頭し、「よろしくお願いします!!」と言う大声を教室中に響かせた。
今日の魔導学院は特別授業のみで、教師も神の授業を受ける為全てのクラスは閉講している。
希望しない者は休んでもいい自由登校だが、その日学院に集ったのは当然全生徒だった。
魔法を使える者は勿論、魔法は使えないがただ一目神を見てみたいと言う生徒も大勢いる。
魔導学院が魔法を使える者のみが通う所だと勘違いする者もいるが、そうではない。
学院には三科あるが――
フールーダ・パラダインも教鞭をとる特進科は基本的に魔法を使える者のみが在籍しているが、信仰科の生徒は魔法を使える者とそうでない者はほぼ半々で、普通科の生徒に至っては殆どが魔法を使えない。
普通科では生活魔法と呼ばれる第一位階に満たないような魔法を教えるところから始まり、魔法の成り立ち、一般教養など幅広く教えられ、リアルで言う所の高等学校の授業に一部魔法が組み込まれているような感じだ。
特進科は研究機関である魔導省で働く人材育成を主としているため特に高度な魔法について教えているが、他にも魔導省の管轄下にある多くの座学も学ぶ。
信仰科はその名の通り神官を目指すクラスで、やはり似たようなところである。
魔導学院は確かに魔法を教える部分もあるが、所属する生徒の大半は魔法を使う能力の無い者たちなのだ。
魔法は誰にでも扱えるほど優しくはない。
「ありがとうございます。陛下方。良ければこれから行う事の詳細をお教え下さい。」
「良いだろう。私達はこれから、
本気の鬼ごっこを行う。」
アインズは練習してきたそれらしい事を語ったのち、フラミーと共にグラウンドに出ると、杖を取り出した。
「じゃあ、お互い本気でやりましょうね。」
「痛く…しないでくださいね…?」
「はは、する訳ないじゃないですか。」
同じく杖を取り出し僅かに不安そうにするフラミーの髪を撫でた。
「ルールの確認をしましょう。互いへの攻撃はなし、周りの人間を傷付けるのもなし、不可視や不可知もなし、始原の魔法もなし、僕召喚なし、場所はこのグラウンドのみで、怖くなったり嫌になったら勝敗関係なくそこでお終いです。俺の勝利条件は貴女を時間制限以内に捕まえること。貴女の勝利条件は制限時間を迎えるまで俺から逃げきるか、俺に参ったと言わせること。」
良いですね、と言うとフラミーは頷き、PVPに相応しい距離までアインズから離れていった。
「フールーダ!!始めるぞ!!」
遠くにいるハッスルじいちゃんへ声を掛ける。
二年数ヶ月かけて読み切った魔導書――と言う名のゲーム設定資料を返しにきたフールーダについ口を滑らせた結果がこの場所だ。
「いつでも!!」
アインズはフラミーの準備が整ったことを確認すると詠唱を始める。
「<
無数の魔法がその身を包んで行くと、見学をしている者達は目を離しもせずに手元のメモに全ての魔法を書き込んだ。
同時にフラミーも詠唱を始めるが、フラミーの場合一番最初の魔法は――「<
周囲の空気はバキンッと固まったようだった。
アインズは自分よりも多くのバフを持つフラミーの全ての詠唱が終わるのを待ちもせずに
転移を阻害された以上真正面から行くしかない。
前回と同じ戦法は難しいだろう。
「――悪魔の諸相:おぞましき肉体強化。」
詠唱を中断し、生徒達に聞こえないようにスキルを呟くとフラミーは肥大化した翼を広げドンッと光の跡を残すように飛び上がった。
「ッ早い!!<
直角に移動する為地に魔法を放つ。
アインズは自らが起こした爆風に乗り、フラミーへ向かう。
「わ、攻撃魔法!!」
空から聞こえる驚きの声に手を伸ばす。
「痛くしてません!!」
「それはそうだけどっ。<ジュデッカの凍結>!」
ピキピキっとアインズの身が固まっていく中フラミーはすぐに背を向け逃げ出す。
(…なるほど、他の物に気を取られなければこれを使うわけか。)
アインズは一つフラミーのパターンを知ったが、次にまた同じ事をされた時の回避方法が今のところは思い浮かばない。
これが訓練でなければ僕を召喚し追い詰めればいいが、今はルールがある。
しかしすぐ様凍結に抵抗した。
一方フラミーは――(よく考えてみたらモモンガさんと戦うのなんて無理かも。)
随分と懐かしくなった名前を思い出しながら、その男がPVPのプロだと思い出しフラミーは早くも降参気分になり始める。
すると背から次の魔法が聞こえた。
「<
「え?なんでそれ?」
チラリと振り返ると、フラミーは突如目の前に生えた壁に顔から激突した。
――「イッッ!!」痛かった。
体勢を立て直し目の前に聳える骨の壁に足をつくと、迫り来るアインズに蹴伸びのように向かった。
「痛くしないって言ったのに!」
「あ、すみません!大丈夫ですか?」
痛む顔に触れながら飛び込むように向かってくるフラミーへアインズが腕を伸ばす。
「おいで。」
フラミーはアインズに杖を向けた。
「――って、えっ?あれ?」
「もう怒りましたもん!!<
アインズに向けて加速魔法を掛けると、フラミーは触れ合うギリギリで、するりとアインズの身の下に滑り込み――「うわっっ!!」
アインズは止まる暇もなく自ら生み出した骨の壁に突っ込んだ。
骨の身の為痛みはないが、人の身なら痛みに繋がるジンワリとした感覚に冷や汗が出る。
手を払い壁を消すと、空にはバフの続きを掛け始めるフラミーがいた。
「こ、これは…本当に本気の鬼ごっこになるんじゃ…。」
最早人間には何がなんだか分からない鬼ごっこの中、ルプスレギナの熱い実況は続いていた。
「っおぉーーっと!!流石アインズ様!!フラミー様の行く手を完全に妨害!!これには痺れるっすねぇ!!」
「今のは何という魔法ですかな!!」
フールーダは着いて行こうと必死にユリに魔法の名前を聞き続ける。
「今のは恐らく
「なるほど!なるほど!」
魔法の名前と、予想される効果をガリガリと書いていくのをナーベラルは極寒の視線で眺めた。
「ちっ。
すると、こちらへ向かって支配者達が高速で飛んでくるのが見え、ナーベラルはガガンボの首根っこを掴んで移動した。
ザァッと風を巻き起こした支配者達はそのまま離れて行った。
いつの間にか雪も止み、地は浅く降り積もった雪で白く染まり上がっていた。
「フラミーさん!!本当にすみませんでしたって!!」
「アインズさんの嘘つき!<
以前天使達によって偽りのナザリックを吹き飛ばした超高位の魔法が放たれる。
神聖属性が天敵のアインズは思わず身構え、距離を取るが――カルマ値がマイナスに振り切れているフラミーには第一位階以下の攻撃力しか出せない。
可愛らしさすらある小さな爆発がアインズの前で一瞬弾けると、フラミーは再び離れ――力が抜けたように蛇行しながらゆっくり降下を始めた。
「あっ!?まずい、忘れてた!<
慌ててふらつくフラミーに向かう。
「フラミーさん、大丈夫ですか!?」
「も、もうだめです…。」
魔力欠乏を起こしたフラミーが雪の上に膝を付くと、魔力の底という概念を忘れ掛けていたアインズは雪の中からフラミーを抱き上げた。
「お疲れ様でした、…痛かったですね。」
赤紫に少し腫れる頬を撫でるとフラミーはぷぃと顔を背けた。
「アインズさん、ずるいです。」
「はは、本当ですね。でもこの調子なら俺達やっぱり普通のプレイヤーには負けない気がするよ。」
言いながら人の身を呼び出す。
むくれるフラミーと少し強引に口を繋ぐと、アインズは上機嫌でルプスレギナの下へフラミーを運んだ。
生徒達が照れ臭そうに、恥ずかしそうにワッ…と声を漏らしたが、支配者達には届かない。
「また遊びましょうね。」
ふふ、この子等の戦い癖になるぅ!
次回 #30 閑話 魔導学院