ニグンとの約束の日、前日に帰還したアウラは玉座の間に向かっていた。
その足取りは重く、拳はキツく握り締められている。
これでもし慈悲深き御方々が失望されるような事があれば、きっと世界を渡る力を一番に取り戻そうとするだろう。
それの手伝いだけはしたくない。
見上げるほどに大きな扉は、アウラが触れずとも自動で開いていった。
玉座の間にはすでに第八階層の守護者であるヴィクティムを含めた全守護者達が集まっていた。
皆の視線は中長期遠征への労いと、大いに支配者達の役に立った者に対する羨望で染まっていた。
縫い付けられたように動かなくなりそうな足をなんとか動かし、アウラは玉座の間へと進んだ。
柔らかなカーペットは靴音一つ立てさせる事なくアウラを守護者達が待つ最前列へと誘う。
「――アウラ、よく帰ってきたね。さて、それでは本日至高の御方々と謁見するための並び方を伝えるよ」
アルベドは支配者達の介添えとしての務めがある為、デミウルゴスの指示の元謁見の列や並びを覚えていく。
アウラは皆の迎え入れる優しい言葉と空気に、何とかはにかんだ笑顔を返していく。
「お、お姉ちゃん?ど、どうしたの?」
「……ん」
「なんでありんす?アインズ様とフラミー様にお目通りが叶うといいんすのに、何をそんな顔をしていんすか?」
「ドウシタ。御方々ハオ前ノ戻リヲ楽シミニシテラシタゾ」
「ん……」
明らかに様子がおかしいアウラに皆が声を掛けるが、アウラは何も返さなかった。
「――面を上げよ」
毎回このやり取りをしなければいけない事に面倒くささを感じながら、アインズはいつも通り皆に号令をかけた。
今日は多くのしもべが守護者達の後ろに控えている。
失敗できない状況だ。今日は誰もが功績をあげたいと思うように見事アウラを褒めなければならない。いや、褒めちぎらなければならない。
「アウラよ、この度は六日間に亘る隠密任務、ご苦労だった」
アウラは物言わず、深く頭を下げた。
「それでは最終日のあの女と、神官長達の様子をここで聞こうじゃないか」
これまで、法国に残りアウラは様々なことを報告した。
漆黒聖典というもの達がナザリックのほど近くの森林をうろついている事。
番外席次と呼ばれる女があの法国最強である事。
その強さは恐らく八十八レベル程度だという事。
戻った陽光聖典は、パンドラズ・タナトスの元に現れたあと、神官長全員と共に転ぶような勢いで再びカルネ村へ発った事。
他にも数えきれない報告を行い、法国やこの世界に関する数えきれない情報をもたらした。
その成果は目を見張るほどだ。
そのアウラが、今にも泣き出しそうな様子で話し始める。
「あ、アインズ様……フラミー様……。あたし……あたし……」
明らかに何かを失敗したような、不穏なものを感じた守護者達からはまるで殺気でも登るようだ。
殺気などと言うものをフラミーは生まれて一度も感知したことはないが、皆の視線や息遣いが妙に重苦しく感じ、フラミーは珍しく玉座の間で口を開いた。
「アウラ、大丈夫?何があったの?」
アウラは目をギュッと閉じ、ダラダラと冷や汗をかいている。小さな体が強張るさまは見る者の心を殴り付けるようだった。
「――アウラ、謝罪があるなら、顔をあげなさい。それに、フラミー様は何があったのか、とお聞きになっているのよ」
アルベドの冷たい声に、アウラは慌てて顔を上げた。
「フ、フラミー様、アインズ様。も、申し訳ありませんでした……。今日、大神殿を出ようとしたら、番外席次が……『また来てね』と……」
それは、「決して気取られずに監視しろ」と言う命令の失敗を意味する言葉だった。
だが、アインズは特別怒るでもなく、「ふむ」と軽く頷いてみせた。
「自分より低レベルだからと言って見くびるなという良い例だな。しかし気付いておきながら相手はアウラが身辺を探る事を許していた」
「本当ですね?大事な大神殿に侵入されて、身辺調査までされて。なんで黙っててくれたんでしょう?」
アインズとフラミーがしもべ達をざっと見渡すと、アルベドが口を開いた。
「畏れながら……。アインズ様が神であると、パンドラズ・アクターが神官長達にすでに通達していた為ではないでしょうか。如何に低俗な存在でもこのタイミングで現れたアウラとアインズ様に繋がりがあるくらいは理解できたのでは」
補足するようにデミウルゴスが続ける。
「しかもあれは自分より強い存在を求めるような発言を繰り返していました。アウラがそれに該当している事にも思い至ったのでしょう」
それを聞くとシャルティアは発言した二人へ視線を送った。
「強い相手を求めていたなら、なんで戦いを挑んで来なかったでありんすか?余計わけがわかりんせん」
「ソウダ。シャルティアノ言ウ通リダ。強キモノノ存在ヲ求メテイタノナラ、何モシテコナイノハ矢張リオカシイ……」
「ど、どういう事なんでしょうか?」
そして集まる視線にアインズはわからない答えを求め、近頃編み出した必殺技を繰り出した。
「仕方ないな。デミウルゴス。皆にわかるように説明してやりなさい」
この一週間、法国からの報告を聞き、分からないと言うものが出るたびにこれを言ってきた。
時にはフラミーが分からないと正直に言い、デミウルゴスが答えると言うこともあったが。
「――は。お任せください」
デミウルゴスはゆっくりと立ち上がると、皆を見回してから口を開いた。
「簡単な事だよ。アウラの挙動から自分の事を見張らせている、更なる上位者――アインズ様の存在に気が付き、アウラを支配できるだけの強大な力に期待しているんだろうね。"強きものを求める"番外席次は恐らく、アインズ様との謁見の時にこそ動くでしょう」
なるほど、と皆がうなずく中、マーレがおずおずと手を上げた。
「あ、あの、じゃあ、デミウルゴスさん。番外席次さんは、アインズ様と会ったら、アインズ様に襲いかかるかもしれないんですか?」
「畏れ多くも、そういう真似をしでかす可能性も大いにありえるね」
マーレの問いに応えるデミウルゴスの言葉に、全員の瞳に剣呑な光が宿る。
「アインズ様!明日の陽光聖典との謁見後、あたしにもう一度法国へ一人で行かせてください!!」
アウラの叫びに、精一杯の優しい声でアインズは応えた。
「アウラ、お前はまだ聞いていないだろうが、明日の謁見の後、皆でそのまま法国へ行く予定だ。パンドラズ・アクターの回収をしなくては」
「そしたら、明日、あの女の命はあたしが必ずや!!」
血気盛んな様子にアインズは骨の顔をぽり……とかいた。
「殺す予定はないんだけど……んん。まだ様子を見るのだ。そう昂ぶるな」
アウラから視線を外して続ける。
「アルベド、明日の予定を皆に伝えろ。それから、ガルガンチュアの起動確認を忘れるな。私はこの後フラミーさんと共に天使の召喚を行う。コキュートスはアルベドの説明が終わり次第第五階層にて天使の訓練を行え。少しでも見栄えを良くするようにな。先に渡した者たちの調子はどうだ」
「ハ。ナザリック・オールド・ガーター達ノ訓練ハ既ニ万全カト。後ハ天使ガ加ワレバ、正シク神話ノ軍隊ヘトナリマショウ」
「よし。では我々は一足先に行く。――フラミーさん」
「はい!神話の始まりですね!」
二人が玉座の間を後にすると、歓声が響いた。
そして、皆がアウラに「よくやった」と言い肩を叩いてやった。
玉座の間はアウラの昂りも合わせてヒートアップする一方だ。
アインズ・ウール・ゴウン。
明日、神話が始まる。
「<
ちらほらと粉雪の舞う第五階層でフラミーは何度目かのその魔法を唱えた。
アインズはすぐ隣で天使が召喚されていく様子を座って見ていた。
そんな二人を包むように十メートルもの蒼白いドーム状の立体魔法陣が清浄な輝きを放ち、忙しなく形や文字を変えて回っていた。
「――ふぅ。天使、まだまだ呼びたいですね」
辺りには高レベルの天使達が随分と召喚されていたが、二人の求める天使の人数にはまだまだ届かなかった。
「疲れました?フラミーさん、少し休んでください」
「いえ!平気です。頑張りますよ!私も役に立ちます!」
フラミーがふんっと鼻息を吐いていると、二人の周りを回っていた魔法陣は強く輝いた。
「お、時間か」
「わぁ。初めての超位魔法ですね」
二人の周りを回っているように見えた巨大魔法陣だが、起点はアインズだ。
アインズは下ろしていた腰を上げると目的の魔法を唱えた。
「<
魔法陣は砕けるように輝きを放ち、複数体の高位の天使を召喚させた。
超位魔法は魔法というよりスキルに近いもので、魔力を消費しない。ただし、一日に使用できる回数が決められている。アインズとフラミーならば日に四回しか使えない。
更に強制的な冷却時間が"パーティーを組んでいる全員"にかかる。
高位天使達はアインズの前に跪いた。
「召喚主よ。御命令を」
「そちらにいるフラミーさんの天使達と共に控えていろ」
天使達は頭を下げると言われた通りに控えた。
「――じゃあ、私も使えるか試して見よっかな」
「お願いします」
"パーティーを組む"と言う状態だと認識されれば恐らくフラミーにも強制的な冷却時間が押しつけられるだろう。
――が、二人の周りには再び輝く立体魔法陣が浮かんだ。
「大丈夫みたいですね」
「良かったぁ」
「フラミーさんの魔法陣の時間が来るまでお喋りでもしてますかぁ」
「はひ!ありがとうございます」
課金アイテムで時間を短縮する事もできるが、勿体無い症の二人はどちらもそれを使おうとは言わなかった。
アインズが再び雪原に腰を下ろすと、フラミーも腰を下ろした。
魔法陣は移動やダメージで砕け、キャンセルされてしまう。
二人は真っ白な雪に座り込むと、話をしながら雪を丸めたりして時間を潰した。
「見てぇ、雪だるまです!――やぁ、ぼくはすのうまん!」
手のひらサイズの雪だるまが出来ると、フラミーはアインズへミニ雪だるまを見せながら鼻声でそう言った。
「ふふ、なんちゃって」
「はは、何か可愛いことしてますね。じゃあ俺も――」
アインズが雪を掌で丸め始めると、雪を踏む足音がザクザクと近付き、二人は音の方へ視線を送った。
「アインズ様、フラミー様。オ待タセ致シマシタ」
そう言い、現れたのはこの階層の守護者――「コキュートス、御身ノ前ニ」
二人のそばに来るとすぐさま膝を雪に下ろした。
遠くには魔法の装備に身を包んだナザリックを守護するアンデッド達が足を揃え見事な行進を見せていた。
「いや、待ってなどいないぞ。なんと言ってもまだ召喚は終わっていないからな。しかし、よく来たな。コキュートス」
アインズは作りかけた雪玉をそっと置いた。
「コキュートス君、もう少し待って下さいね」
「ハ。畏レ入リマス!」
コバルトブルーの武人はプシューと霜を吐き出した。
三人に増えた雪原で、魔法陣が時間を知らせるまで飽きることなくお喋りをした。
コキュートスは何と良い時間だろうと胸を踊らせた。
天使の召喚が全て終わる頃にはフラミーの作った小さな雪だるまは雪原に置かれ、静かに降る雪に隠されて消えた。
ほのぼの〜