「アインズさん、私学校通いたいです!」
フラミーは魔導学院に訓練に行って以来学校行きたい病にかかっていた。
アインズも小学校一つ卒業できていないフラミーの境遇を思うと行かせてやりたいと思うが、――あまりにこの存在は目立ちすぎる。
「分かりますけど…毎回あれじゃ学院もフールーダの心臓も持ちませんよ。」
「じゃあ、ふらみーさまじゃない格好でいくから…。」
「それこそ一発でも魔法使ったらえらい騒ぎになっちゃいますよ。うーん…プライマリースクールはどうですか?」
「プライマリースクールじゃ皆子供じゃないですかぁ。」
アインズ達は洗脳教育と、情報を制限するための場として、都市ごとにプライマリースクール――国立小学校を創立していた。
それは義務教育機関で、神と魔法が如何に崇高で素晴らしいかを教えている。
科学文明なんて物を求めようなどと少しも思わないように――。
授業は、宗学、魔法、国語、算盤、社会、道徳、図工、美術、家庭、音楽、体育。
タレントの発現が分かりやすい授業のラインナップで、週に五日登校日がある。
ただ、魔法は零位階止まりだ。第一位階ですら獲得できる者は少ないので、あまり突っ走った授業は行わない。
ちなみに、子供の期間に価値観を植え付けることが大切なのでミドルスクールとハイスクールを作る予定はない。
執務室のソファでフラミーに腕を引っ張られ揺すられながらアインズは唸った。
「うーん…そうは言ってもなぁ…。」
「お願ぁい。アインズさん…。」
ねだるような瞳に骨の手をかぶせて伏せさせる。
「ダメです。すぐそう言う目ぇして。」
「でもでもアインズさんだって生活魔法使えるようになりたいでしょ?」
その言葉にアインズはピクリと反応した。
「……生活魔法、俺達が覚えられるんですか…?」
骨の手を退けると、フラミーの顔には「やってやったぜ」と書いてあるようだった。
「それを確かめに行かなくちゃ!!」
「…なるほど。アルベド。学院長とフールーダに連絡だ。適当に理由を付けろ。神ではない者として挑む。」
「畏まりました。」
フラミーはキャー!と喜ぶとソファに膝立ちになり、アインズの頭に抱きついて骨の額に何度も頬擦りした。
その様子にアインズは骨の動かない顔を緩めると――
「…俺こんなんで父ちゃん勤まるのかなぁ…。」
自ら遠回しに尻に敷かれに行っている気がする自分の未来を心配した。
数日後の朝、フラミーはむにゃむにゃと夢見心地のアインズの腕の中から飛び出すようにドレスルームに向かうと、ただの布で出来た白い膝丈のフレアスカートと、特別に背に大きな穴を空けたブラウスを取り出した。
パジャマを脱ぎ捨て、何の効果もない服に着替えていく。
「フラミー様…本当にそのようなお召し物でお出になられるのですね…。」
メイドが心配そうにその様子を眺めていると、フラミーは背に穴の空いていない、これまたただの布で出来た魔導学院の生徒が着るローブを着込んだ。
「ふふふっ!ふらみーさまじゃないですよ!村瀬さんです!」
フラミーは得意げにそういうと、フードを目深にかぶり寝室に駆け戻った。
ボフンッとアインズの上に飛び乗る。
「――っぅ!」
「アインズさん!おはようございます!学校行きましょう!」
「はは、おはようございます。良かった、いきなり出て行くからびっくりしましたよ。」
強制的に起こされたアインズはフラミーの満面の笑みに心をほぐされ、髪を撫でつけた。
「はーそれにしても…手配はしたけど本当に行くんだなぁ…。」
エ・ランテルの魔導学院からの留学生という事で神都魔導学院の学院長とフールーダに書類を送った。
しかしアインズは若干気が重くなってきていた。
フラミーが今身につけているのは魔導学院の生徒達が普通に身に着けている制服だ。
何の効果も持たない装備でフラミーを外に出したくない。
引っ張られるように起こされたアインズは、パンツ一丁姿にガウンを引っ掛け、若干重たい足取りで部屋を出て行った。
神都・大聖堂。
人の少ない部屋に出るとアインズは嫉妬する者達のマスクと言うこの世界に来て最初の頃にわずかな時間被っていた不名誉の証を顔に掛けた。
鈴木の顔はモモンとして知れているし、アインズの顔も当然知れている。だが、アインズはまるきり知らない誰かの顔を拝借できるほど図太くない。結果、隠してしまおうと言うのだ。
体は始原の魔法で高校生くらいの歳の頃のものを練って来ている。
いつもより低い背丈は新鮮だ。
フラミーも幻術で肌を肌色に、髪と瞳は黒く――ちょっぴり美化したリアルの顔を展開していた。
どれくらいがちょっぴりなのかは人によるだろう。
アインズはフラミーの顔をしげしげと眺めた。
「…これが文香さんかぁ…。」
俺の嫁はリアルでも可愛いらしい。
二人は探知阻害の指輪を着け、少し扉を開けてキョロキョロと周りの様子を伺ってから部屋を出ると聖堂内を通り抜けて外に向かう。
途中すれ違った神官に若干訝しまれながら外に出ると――空気の澄んだ冬晴れの空の向こうに、雪がたっぷりと降り積もった山々が見え、ここから世界の果てまで見えるような気がした。
「わぁ!!」
「これは…。」
何の効果も持たない服を着ている二人は衝撃を受けていた。
身を摘むような寒さ、太陽から感じる熱。
当たり前のものを前に自分達がここで生きていることを感じさせる。
どこか非現実的に折り重なっていた日々は途端に色濃く見えた。
アインズは己の身を抱きブルリと震える。
「なんだかすごく良い朝ですねぇ。」
フラミーは白い息を吐き出しながら、嬉しそうに頷いた。
「はいっ!全部鈴木さんのお陰です!」
寒さからか鼻の頭と耳を赤くするフラミーの頭をポンポン叩く。
幻術とはいえ体の様々な動きに合わせるように作らなければ口が動かないなどの弊害が生じる為、高位の幻術を用いたそれはフラミーの体の変化までよく表していた。
凍えさせようと吹き付ける風がフードを落ろしてしまいそうになるのを抑えてやる。
「ははは。また鈴木さんですか? 」
「あっ、えっと…さ、さと…さと……。」
神官達に妃問題の終止符を打ちに行って以来、照れられて結局名前は呼ばれていない。
「さ……さずきさん…。」
「あぁー…惜しかったかな…。もう一回お願いします。」
「むむむ…さ…さと…さと……。」
「る、だよ。さとる。」
「さと………き……さん。」
「っく……!惜しい………!」
こんなことをしていてはいつまで経っても学校に行けない。
今日も脳味噌までふやけている支配者達はようやく歩き出した。
街路樹から落ち葉が舞う様を見ながら、魔導学院へ向かう。
その道は赤や黄色で染まっていた。
大して街路樹もない世紀末の街で育ったフラミーは、どうして葉はわざわざ色を変えてから落ちるんだろうと降り注ぐ命に手を伸ばす。
ひらりとフラミーの手を躱した葉はアインズの手に回収され、耳にかけられる蕾の脇に差し込まれた。
「へへへ。」「へへへ。」
まるで締まりのない笑顔を交わしながら角を曲がると、――見事に人にぶつかった。
しかし倒れる二人ではない。
「っうわ!?ちょーっとちょっと!!」
視線の先では大聖堂に向かう途中だったのかクレマンティーヌが尻餅をついていた。
「わ、先輩大丈夫ですか?」
「こんな学生相手に遅れをとるなんてクインティアは紫黒聖典の恥さらしね。」
「ちゃんと前見て歩かないから…。すみません、大丈夫ですか?」
朝から騒々しい四人は奇妙な学生二名を見た。
「あ、いえ。こちらこそ不注意でした。」
いつもよりずっと若い声でアインズはレイナースへ応えるとクレマンティーヌに手を伸ばした。
「……あんた何者?」
「学院の生徒です。」
クレマンティーヌは差し出された手を素直に握り、力を込めて立ち上がった。
「それじゃ、すみませんでした。」「すみませんでした〜。」
ペコペコと頭を下げながら、二人はそそくさと退散した。
クレマンティーヌは自分の手と仮面を着けた駆け出し
レイナースは歩きだす様子のないクレマンティーヌの手を取ると、軽く引っ張った。
「何やってんの。行くわよ。騎乗指導に遅刻するとまたレイモン様にどやされるんだから。」
ティトとマッティからすぐに遅刻の報告が上がってしまう。
「…レーナース…ありゃバケモンだ。」
「は?あんた自分が転ばされたからって何――」
「この私が全身全霊の力を込めて引っ張ったのに、あいつは身動ぎ一つしなかった。」
番外席次はそれを聞くと後方へ立ち去っていく学生の背を睨んだ。
「…本当なんでしょうね。クインティアは弱いけれど、普通よりはましだわ。」
「弱い弱いって…いちいちうっさいわねー。」
すぐに喧嘩を始めようとする二人をレイナースは無視すると、末妹を手招いた。
「ネイア、レイモン様を呼びに行って。私達は学院に行くわ。」
「え?レイモン様を?先輩方はそれでどうするんですか?」
「聖典に入らないか声をかけるのよ。」
「あの強さ、先祖返りかもしれないっちゅーわけ。よろけもしないんだから…ありゃ尋常じゃない。」
「あ…なるほど。わかりました!」
得心いったネイアに番外席次ぎ付け足す。
「ネイア・バラハ。あと、レイモンに念の為漆黒聖典も呼んだ方が良いって言っておいて。」
ネイアは三人と視線を交わすと頷き、大聖堂へ走って行った。