「…これは、私には派手じゃないか。」
アインズは式の日に着る服のチェックのため、人の身で袖を通していた。
二十人近い大量のメイド達がその様子を見ている。
「いえ!!むしろ、地味なくらいかと!!」
想像通りの返事に苦笑する。式の準備は一事が万事こんな感じだ。
アインズとしてはタキシードやスーツで十分だがそんな事を許すナザリックではない。
金属の糸で無数の刺繍を散りばめた白の長いローブに、幾重にも大量のネックレスを着けられ、大きな耳飾りをし、それと同じ石の嵌められた額飾り、装飾過多なベルト、そして金糸の豪奢な刺繍の施された黒地のマント――。
ローブはフラミーが選んだ白の生地が使われていて、フラミーのドレスと揃いだ。
「…少なくとも足りない事はないだろう…。」
制御の腕輪を着けていると言うのに、腕を取られ、さらに腕輪を入れられる。
こんなに新郎が派手な結婚式があるだろうか。
これまでの試着ではローブとマントだけだった為派手さに気付かなかったがこのフル装備には驚かされる。
アインズが唸っていると、間仕切りとして引かれていたカーテンから更にメイドがひょこりと顔を覗かせた。
「アインズ様!フラミー様がご覧になりたいと仰っております!」
「すぐに入ってもらえ。フラミーさんにチェックをお願いしたほうがいいだろう。」
メイドは頭を下げるとカーテンはゆっくりと開いて行った。
既に試着を終わらせたフラミーがいつも通りの格好でそこにいた。
「わぁ!すごーい!」
その感嘆はどう言う意味だろうか。
アインズは腰に手を当てため息をついた。
「ちょっと俺正直派手すぎると思うんですけど…。」
「え?そうですか?神様のアインズさんにはとっても良い気がしますけど。」
メイド達がですよねー、と合いの手を入れている。
女子と男子では感覚が違うのだろうか。
アインズは神様ねぇ…と呟いていた。
「フラミーさんのドレスもこんな感じなんですもんね。」
アインズは当日までフラミーのドレス姿は見せないとお預けを食らっている。
「あ、えっと、ドレスって言うか、私もすんごいドレスローブですよ!女神様って感じの!」
フラミーの表情の奥のものを読み取ろうとしばし眺めると、控えるセバスを手招く。
「おい、お前はどう思う。ツアレニーニャの隣でこれを着たいか?」
「いえ。私には似合いませんので、私はタキシードで十分でございます。」
「そうだろう。それならあまり――」
「ですが、アインズ様にはそれでは地味かと。」
アインズの言葉を遮るようにセバスは続けた。自分は着たくないくせに人にはもっと装飾を着けろと言う執事に頭を抱える。
腕をあげるとジャラジャラ…と腕輪が鳴った。
「……いや、私もタキシードかなんかで十分だ。」
「アインズ様。式には国中、いえ、大陸中の者達が来るのですからその誰か一人にでもアインズ様のお召し物が下回るようなことがあれば、ナザリックだけでなくフラミー様まで侮られてしまいます。」
今見えている世界の、端から端までの者達が来てしまう。
「――ふぅ。最初から分かっている。少し言いたかっただけだ。」
「それはようございました。」
アインズはお前の式では覚えてろと心の中で呟いた。
試着を終えた二人は
近頃アインズはフラミーを連れてよく図書館に来ては様々な本を読み漁っていた。
今日も今日とて服の資料が載っているような書籍数冊に手を伸ばす。
「今日はこれと…これと……。」
「アインズさん、大丈夫ですよ。ちゃんと神様でしたもん。」
「神様には良いですけど、俺にはちょっとね…。」
「まぁ確かにちょっと派手でしたけどね。ふふふ。」
苦笑とも微笑みともつかない顔をするフラミーに、少し真剣な顔を向けたアインズは結婚式について書かれている資料集も新たに抱えて席に着いた。
今アインズは人生史上最も服に関心を持っているだろう。
フラミーもあれこれ喋りながら、アインズの持ってきた本を開き、今更またドレスの載っているページに目を通す。
「こう言う普通のお嫁さんが着るドレスがよかったなぁ。でも、式典じゃ仕方ないですよねぇ。皆がせっかく神様に見えるように仕立ててくれるんだし…ナザリックの威だし…。」
「ん…うん。そうですね。もう少し待ってね。」
生返事をするアインズは真剣だった。
その後二時間くらいすると、パタリと資料を閉じた。
「――よし。分かったぞ…。」
満足いった様子のアインズにフラミーも本から視線を上げる。
「フラミーさん、俺今日もちょっと鍛冶長の所行ってきますね。」
「はは。また何かいいアイデアありました?」
「ありました。遅くなると思うんで、ご飯とか先に食べてて下さい!」
アインズはフラミーの見ていた本を回収すると駆け足で立ち去って行った。
その後久し振りにフラミーはメイドと二人で食事をとり、一人でもぞもぞと布団に入った。
余程何か良いアイデアがあったのだろう。
今夜は鍛冶長と寝ずに相談、いや、説得するのかもしれない。
フラミーは目を閉じた。
久しぶりに一人で過ごすベッドは妙に広く感じ、寝付けずにいると、寝室の扉は開かれた。
「あ!アインズさん!おかえりなさい!!」
待ち人が現れるとフラミーは布団を放り投げるようにベッドを抜け出し、アインズに駆け寄るとボフンっとその胸に激突した。
サラサラと髪を撫で付けながら、アインズはその様子に思わず顔が綻ぶのを止められない。
「ただいま。すみません、遅くなっちゃって。フラミーさん、まだ今夜起きてられます?」
「あの、弟作り?」
それはフラミーがやらなければいけない仕事だと夫婦喧嘩以来、隙あらば教え込んできた。アインズを見上げるフラミーの頬は赤く染まった。
「あー…それはまた後でね。」
と言いつつ、アインズはフラミーをベッドに座らせ、せっせと脱がせた。
すっかり身包みを剥いで下着姿にさせると、アインズは
ベッドにぺたりと座り、何もされる様子がないことに首を傾げているフラミーにふわふわとした白い布を手渡した。
「こりゃなんですかい?」
「はは、警戒しないで着てみてください。」
脱がされたばかりのフラミーは訝しむようにアインズを見てから布を広げると――「アインズさん!これ、ドレスですよ!」
フラミーの瞳からはキラキラと星が飛ぶようだった。
「ははは、知ってますよ。フラミーさん、普通のドレス着たかったでしょ。」
「着たかったです…。それにこれ、私が着たいって言ってたやつ…。すごい…。」
「良かったら着てみて下さい。」
フラミーはドレスに足を入れると、胸まで引き上げ「わぁ…」と声を漏らした。
嬉しそうな声を聴きながら、アインズは背中のリボンを編み上げて着るのを手伝った。
鍛冶長の下で幾日も掛けてひっそりと作ってきた魔法のドレスはフラミーの体にぴたりと合った。
フラミーは自らを見下ろし、潤んだ瞳でアインズを見上げた。
「あ…はは。なんか、思ったよりずっと綺麗で参ったな。」
「アインズさん、私、神様じゃなくてお嫁さんみたい…。」
「うん、神様じゃなくて俺のお嫁さんです。…本当に綺麗ですよ。」
「嬉しい…本当にありがとうございます…。」
アインズは恥ずかしそうに下を向くフラミーを前に、少し泣けた。
それを誤魔化すようにフラミーの髪に魔法で作った櫛を通して行く。
丁寧に髪の毛を束にすると、くるくると巻き上げ、かつてずっとそうしていたようにお団子を作る。
身を乗り出し、サイドボードに置かれたままの蕾を取ると、お団子を支える為
「アインズさん、やり方覚えたんですか?」
「覚えました。ユリに土下座して教えてもらいましたよ。シズの頭で百回練習しました。」
「えっ?土下座?」
「はは、土下座は冗談です。――よっと。」
アインズは綺麗に整ったフラミーを横抱きにして転移した。
第十階層、
五メートル以上はある荘厳な観音開きの大扉の前に着くと、扉は主人達を迎える為ゆっくりと開いていった。
天井から吊り下げられている複数の豪奢なシャンデリアが七色の光を放つ中、玉座に向かう長すぎる道にはいつもと違い
やわらかな光に映し出される赤い絨毯は幻想的で、フラミーはアインズの腕の中から、何度も瞬きしながら玉座の間を見渡した。
玉座へ向かって歩みを進めるアインズは語り出す。
「フラミーさん、本当はちゃんと大聖堂でそれを着せてあげたかったんですけど…俺の力不足のせいで本当にすみません。」
二人で楽しく立て始めた式の計画は、守護者や僕、神官達、国の中枢に関わる者達によって少しづつ、二人の思うものから離れて行った。
ナザリックが威を示すと守護者達は日々ノリノリだ。
家族水入らずの披露宴をナザリックでしようと言っていたのも、いつの間にか増えた戴冠式と同等の物だと立ち消え、大聖堂でそのまま披露の宴が行われてしまう。
しかし、遠路遥々重鎮達が訪れるのだから、当然と言えば当然かもしれない。
神様で王様で、女神で王妃になる二人なのだから仕方がない。
小心者で、僕の期待に応えたがるフラミーはそんなの嫌だと言えなかったし、アインズは昼のセバスに向けるようにチクチクとNGを出し抵抗してはそれの有用性に溜息をついた。
しかし、もしアインズが強く言おうとすればフラミーはこのままで良いと言っただろう。
普通のお嫁さんのドレスもいつの間にか神様仕様のドレスローブに変わり、中々ままならないなと思っていたフラミーだった。
「ううん、私、こんな、こんなに素敵なの…。着れないって思ってたのに…。わたし…本当に嬉しいです…。」
腕の中でふるふる震え、雫を払うように何度も目元に触れるフラミーを見るとほっと一息ついた。
「はは、良かった。もっとちゃんと渡そうと思って作って来たんですけど、今日のフラミーさん見たら、何だか居ても立っても居られなくなっちゃって。」
「あいんずさん…。本当に本当に、本当にありがとうございます。」
「いいえ、でも結局式の前にお嫁さん見ちゃったな。やっぱり俺っていつも順番間違えてばっかだ。」
玉座へ続く階段の手前まで来ると、アインズはフラミーを下ろした。
「文香さん、フラミーさんとの式は後少しだけ先ですけど、フライングしませんか?神様じゃない俺と、女神じゃない貴女で。」
ハッと息を飲んだような音がフラミーの喉から漏れ出る。フラミーは何度も何度も頷いた。
「しますっ、しますっ…させてください!」
背伸びをして首にギュッと掴まるフラミーの背中をポンポン叩く。
「
アインズは黒い金属糸で編み上げられたタキシードに身を包み、壁にかかる四十一枚の旗を見上げた。
「最初に人前式にしようって言ったの覚えてます?」
言いたいことに思い至ると、フラミーも天井から床まで垂れ下がる四十一枚の旗へと視線を送った。
二人は静かに手を繋ぐと、玉座に上がることもせず友人達へ思いを馳せる。それは支配者としてではなく、個人であろうとする二人の意思表示かもしれない。
「皆さん、俺達は今日結婚します。今日を迎えられたのも、俺達を育てて、守護者達を残してくれた皆さんのおかげです。これから俺達は、どんな苦難も喜びも糧にして、ここで二人で生きて行きます。どうか、いつまでも俺達を見守って下さい。」
「どうか見守って下さい。」
ぺこりと頭を下げた二人は照れ臭そうに笑うと、向かい合った。
「文香さん。病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、愛し、敬い、慈しむ事を誓います。それから…あなたのことをきっと全てから守り抜いてみせます。」
「悟さん…。私も、どんな時でも生涯あなたを愛すると誓います。私の持つ全てをあなたに。」
静かに唇が触れる。
二人の耳には三十九人の拍手と、少しの野次が聞こえた。
老いることはない二人だが、もしいつか老いてしまう日が来たとしてもきっと変わらずにいられる自信があった。
この人だけがいればいい。
二人は小さな繋がりの中で確かに気持ちを共有した。
そうして女神が生まれてから抱き続けた小さな夢は叶い、村瀬はその日、鈴木になった。
「何百年も何千年も、何万年も後に会う時、俺達はきっと、皆さんが驚くような二人になってますよ。」
その後二人はひっそりと写真を撮り、秘密の思い出を共有した。
フラミーは何度も愛していると言ってアインズに縋って泣いた。
その後何百年経っても、この日だけは必ず二人で揃ってどこかに消えるらしい。