眠る前にも夢を見て   作:ジッキンゲン男爵

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#35 血の繋がらない子供

 祝賀会も終わると二人は大聖堂の屋根に上がった。

 フラミーはアインズの胸にもたれ、マントと腕に包まれながらお祭り騒ぎの街を見下ろしていた。

「凄かったですね、神様の結婚式。」

「本当ですね。ちょっと俺飲まれちゃいましたもん。空気に。」

 寄りかかってくる女神の露わになっている肩が寒くないよう何度かさする。

 魔法の装備に身を包むフラミーが寒いはずもないが喋るたびに白い息がふわりと流れる夜にはそうせずにはいられない。

 それに――うっとりと街の輝きを瞳に映すフラミーがこの世の存在ではないように見え、消えたりしないように形を残そうとアインズは必死だった。

 

「フラミーさん、貴女って本当に悪魔なんですか…?」

「ん?ふふ。私、悪魔なんかじゃないですよ。」

「…空に帰るなんて…言わないよな…。」

 街から視線を移し、アインズを見上げた女神はそのまま紫の顔を寄せ、口付けた。

 顔が赤くなるのを感じながら、触れられた柔らかな感触に意識を向ける。

 口を開こうかと言うタイミングで顔が離れて行くと、アインズは名残惜しそうにフラミーを見た。

「ふふ、私は鈴木文香さんです。」

「はは、そっか、俺の文香さんだった。」

 アインズは二人を隠すようにマントを広げて掛けると、フラミーをギュッと抱きしめた。

「あ、そう言えば、私ってふらみー・うーる・ごうんなんですか?」

 それはアインズも式中思ったことだ。

「うーん、どう思います?」

「いまいちですねぇ。」

「そうだよなぁ。」

 二人は苦笑すると、しばし街を眺めナザリックに戻った。

 

 第九階層は妙に静かで、何事じゃろうと首を傾げる。

 フラミーの部屋に入ると、パンドラズ・アクターが膝をついて待っていた。

「父上、フラミー様。おかえりなさいませ!」

「あぁ、ここでお前が待っているなんて珍しいな。他の者はどうした?」

 メイドも八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)もいない。

「皆もう準備は万端でございます!さぁ、こちらへどうぞお早く!」

 するりとアインズとフラミーの間に入り込むと、パンドラズ・アクターは二人の手を取り歩き出した。

「っうわ、どこに行くんだ?転移すればいいだろう。」

「こう言うのは歩くことが肝心なのです。それに、転移してはワクワクできないではないですか!」

 ワクワクしないで良いんですけど…と呟くアインズの声は息子には届かなかった。

 向かう先は第十階層への転移門。

 もうどこに行くのか分かり始めたが、そんな所で一体何がと二人は引っ張られるように進む。

 久々に歩いてソロモンの小さな鍵(レメゲトン)に辿り着くと、扉は自動で開きだし、パンドラズ・アクターはその場で跪いて二人を見送る体勢になった。

 開かれていく扉の中にはメイドを始めとした数え切れない僕と、守護者、この世界でナザリック入りを果たしたピニスンやハムスケ等を筆頭とした者達、天空城の面々がいた。

「…全員いるんじゃないのかこれは…。」

 端っこには五大最悪に名を連ねる餓食狐蟲王やチャックモールすらいる。

 完全に扉が開ききると、玉座の前から、揃った大きな声が響いた。

「「「アインズ様、フラミー様。ご結婚おめでとうございます!!」」」

 ワァッと歓声が上がり、子供達なりの小さなサプライズに支配者達は頬を緩めた。

「わー!皆集まってくれたなんてすごい!」

 フラミーがドレスローブの裾を持って走りにくそうに駆け出していく。

「ははっ、二次会か!」

 アインズも駆け出すと前方を行くフラミーを後ろから掬うように横抱きにし、拍手を送り続ける僕達の中に向かって行った。

 二人は数え切れない家族に迎えられ、幸せそうに笑った。

 

「実にいい話ですねぇ。」

 パンドラズ・アクターはこの日のために作った巨大なプリンターを取り出すと、カメラに繋いだ。

 事前にバミっておいた場所に三脚を立て、きちんと並んで待っていた僕達が一人残らず入りきる場所にカメラを置く。

「このままずっとこうだと良いんですけどね。」

 ぶつぶつ言いながら撮影の準備を進める。

 ファインダーを覗き、たしかに全員が入っている事を確認し終えると、もう一つコンパクトなカメラを取り出す。

 目一杯ズームすると、視界はフラミーの幸せそうな顔でいっぱいになった。

「もしまた貴女が父上を置いて何処かに行くような事があれば、私は今度こそ何がなんでも連れ戻します。」

 小さなシャッター音とともにフラミーの笑顔が吐き出される。

 

+

 

「パンドラズ・アクター、変身。フラミーさん。」

 話す事を許可されていないパンドラズ・アクターは頭を下げ、くるりとフラミーに変身した。

「フラミーさん、次はいつ来てくれるんですか?皆殆ど来なくなっちゃったけど、フラミーさんはまた来てくれるんですよね?」

 モモンガの寂しそうな声が響いた。

 パンドラズ・アクターの前に立つとじっとその顔を見つめる。

「はぁ…。これでもう一ヶ月じゃないですか…。またねって落ちたのに…いつもなら二週間くらいで来てくれんのに…またねっていつだよ……。いつなんだよ……。」

 心細そうな声に、パンドラズ・アクターは一瞬だけ声を掛けようかと思ったが、そうする事は何故かとても相応しくない事のように思え、やめる。

「このままもう、来てくんないなんて…ないですよね?フラミーさん…。」

 ウゥッと声を上げる支配者は、骸骨でなければ涙が溢れてしまうのではないかと思えた。

 すると、ハッと支配者は顔を上げ、こめかみに触れた。

「ふ、フラミーさん!お疲れ様です!え?ははは。今宝物殿で少し遊んでました。えーと、ほら、金貨置きに。すぐ行きますよ。円卓ですよね。」

 これまでの嘆きなど存在しなかったかのように極めて平坦な声だ。

 こめかみから手を離すとパンドラズ・アクターを見やりもせずに「解除。」――支配者は一言だけ呟き立ち去った。

 

 支配者のいなくなったその場所でパンドラズ・アクターは心の中で溜息をつく。

(モモンガ様…。それなら、いっその事何度か殺してここに縛り付けておけば良いではないですか…。)

 自分の立っているべき場所へ向かい、そうするべき姿勢を作った。

 

+

 

 パンドラズ・アクターはチラリと支配者達を確認し、写真を撮ったことに気付かれていない様子に満足すると、幸せに溢れるフラミー――ナザリックの最秘宝の写真を自分の内ポケットへ隠すようにしまった。

 再びカメラを構える。

 幸せそうな父にパンドラズ・アクターは大きな安堵を覚える。

「父上、私は幸せです。」

 シャッターを切ると、偉大な父の幸せの瞬間が吐き出された。

「だと言うのに…。」

 パンドラズ・アクターは父の写真を眺め、一番外の腰のあたりにあるポケットにしまう。

 フラミーの写真をしまった内ポケットがある辺りの胸を握りしめるように手を当てると、二重の影(ドッペルゲンガー)は動きもしない表情が滅茶苦茶に変わってしまうのではないかと思った。

 ずっと好きでした――。

 フラミーさん、帰ってきてください――。

 俺を置いていかないで――。

 ミンナ、オレヲオイテイカナイデ――。

 ワスレナイデ――。

「フラミー様…。フラミー様は時間が掛かっても必ず帰ってきて下さる…。だけど…あなたも父上やナザリックより大切な何かを、りあるにお持ちなんでしょうね…。――いつかあなたも、()と同じ場所に行っちゃうんですか…?教えてくださいよ…フラミーさん(・・)…。あなたの持つ、りあるに渡る力って、どうやったら奪えるんですか…。父上といつまでも幸せにここで暮らしてくださいよ…。」

 乱れた口調で呟く影は哀れにも、愛している、去らない、と支配者達が言ったタイミングに一度たりとも立ち会えなかった。

 転移直後のここで生きると言う宣言も――

 世界を渡る力を失くしたという言い訳も――

 ルプスレギナの失態の日も――

 アインズが七日の眠りから目覚めた日に二人が再びナザリックで生きると誓い合った時も――

 天空城で階層守護者が告げられた愛しているという言葉も――。

 ただの一度たりとも聞いたことはなかった。

 隔絶された宝物殿で過ごす領域守護者は、かつてのナザリックの常識に置いていかれたままだ。

 しかし、誰よりも可愛がられている――と思われている被造物がそれを知らないなどと僕達は思いもしない。

 ツアーとの会話を思い出す。

 

(フラミー。君達はその世界を作り、渡ると言う凄まじい力を持つ事を当たり前に考えすぎている。)

(――私達は世界を渡る驚異の力を持った神だ。)

 

 パンドラズ・アクターは動かぬ顔を上げ、胸を抑えた。

「本当は孤独だった。だけど、この世界ではそうならずに済みそうなんだ…。()は絶対にあなたをどこかに行かせたりは――」

 

「パンドラズアクター!」

 

 響いたアルベドの声に言葉は遮られた。

「準備万端よ!あなたはここに入りなさい!」

「畏まりました!ではお撮りいたします!」

 優雅に頭を下げたパンドラズ・アクターはいそいそとカメラに近付きシャッターを押すと、大急ぎで駆け出し空けてもらっているアインズの隣にするりと滑り込んだ。

 

 カチャッと小さなシャッター音が響くと、繋がれたプリンターに挟まれた巨大な常闇の皮が引き込まれていく。

 アインズは魔法の力で写真が刷り出されて行く様を見ようとフラミーを連れて飛んだ。

「あいつの皮は高位の魔法も込められるし便利だなぁ。」

「ふふっ、お持ち帰りできてほんとに良かったですね!」

「全くですね。部位をエクスチェンジ・ボックスに入れさせたら金貨も出ましたし、まだまだ先ですけど、限界突破の指輪を全員分作ったら後は毎日金貨を生めますよ!」

 二人がじっくりと排出されて行く巨大な写真を眺めながら話していると、僕達は物音を立てないようにひっそりと近寄り、皆がチラリと写真を確認しては幸せに浸るような笑顔を見せた。

 守護者達も遠巻きに巨大な写真と支配者達の背を見守る。

 

「おい、パンドラズ・アクター。これはお前の案だろう?」

「その通りでございます!」

 守護者とともに控えていた息子を手招く。

「これは素晴らしい物だな。潰れて顔も見えなくなってしまうが、全員に小さいものを焼き増して配ってくれ。」

「畏まりました!そのように手配いたします。」

「それから、私の執務室にギリギリ全員の顔が判別できるくらいの大きさの物を頼む。」

 パンドラズ・アクターは了承の意を示し、僕の人数を頭の中で素早く数え始める。

 

「――パンドラズ・アクター、数千年後には写真が溢れている気がするな。フラミーさんは写真が好きだし…宝物殿に写真室を作るか。」

「数千年後…。」

「ん?あぁ、数百年後にはもう溢れてるかもしれんな。」

 パンドラズ・アクターの黒い穴の中には流れ星が通った。

「――はい!私もそのように愚考いたします!!」

 ちなみに…とごそごそとポケットからアインズの笑う写真を取り出す。

「うわ、お前そんなもんいつの間に撮ったんだ。」

「こちらはフラミー様へ差し上げようかと!」

パンドラズ・アクターが華麗な動きで跪き写真を差し出すと、フラミーは瞳を輝かせ、花が咲いたような笑顔でそれを受け取った。

「良いんですか!私これ持ち歩いちゃおうかな!」

「はい!どうか忘れないでください(・・・・・・・・・)。」

「忘れませんよ!本当一生の思い出になりました!」

 パンドラズ・アクターが深々と頭を下げると、フラミーは自慢するように守護者達の下へ行き、それを皆に見せた。

 アインズはフラミーと守護者が盛り上がるのを眺めながら、気の利く息子を軽く肘で小突き呟いた。

「安心しろ。」

「何か…?」

 パンドラズ・アクターが湖の時のように小首を傾げると、アインズは帽子をぐしゃりと押さえつけるようにその頭を撫でた。

 

 その後、巨大な写真はソロモンの小さな鍵(レメゲトン)に飾られ、ナザリックを訪れる全ての人々が目を通すようになる。

 是非複製を売ってほしいと言う者も多くいたが、これは家族写真だと断られたとか。




ああ…パンドラ…何千年後もいるから安心せぇや…。
パンドラズアクター(鈴木悟の闇の濃縮還元)
(∵)どんどんしまっちゃおうね〜。

次回 #36 リトルの呼び声

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